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2024年1月の2件の記事

2024年1月24日 (水)

トーマス・J・ケリー「月着陸船開発物語」プレアデス出版 高田剛訳

この本はアポロ計画の月着陸船を設計した主任設計者が、研究、提案段階から、設計、製作、実際の月着陸の支援活動について、自分が経験した内容を詳しく述べたものです。
  ――訳者あとがき

グラマン社はM-1号機のモックアップ審査で、宇宙飛行士は特別な存在として対応する必要があることを学んだ。彼らは同じ職業の操縦士を通じて調整しないといけない。飛行機の操縦をしない技術者や管理者は、いかに有能であろうと、彼らから全面的に尊敬され評価される事はない。
  ――第6章 モックアップ

多くの飛行機や宇宙線に関して蓄積された実績データによれば、最初の大まかな設計と、基本構想段階の搭載システムによる初期の重量は、最終的な製品の重量より20%から25%少ないのが普通だ。
  ――第8章 重量軽減の戦い

搭乗員用の船室の円筒形部分のアルミ外板は、厚さが0.3ミリ、つまり家庭用アルミフォイルの三枚分の厚さだった。
  ――第8章 重量軽減の戦い

【どんな本?】

 人類を月へと送り出すアポロ計画に、グラマン社は参加を望む。幸い月着陸船の受注に成功したものの、不慣れな宇宙用機材の設計・開発・製造は苦難の道だった。

 海軍用の航空機では、その頑健さで鉄工所の二つ名を勝ちえたグラマン社。だが月着陸船では勝手が違った。増殖する不具合・相次ぐ仕様変更・複雑きわまりない設計・特殊な素材と部品そして失敗が許されない厳しいNASAの要求。当然、スケジュールは遅れ作業の手間は増え必要な書類も積みあがってゆく。

 合衆国の宇宙開発機器開発の現場を赤裸々かつ生々しく描くと共に、まったく新しい分野に挑戦したエンジニアたちの奮闘を記録した、技術屋魂が炸裂する挫折と冷や汗と歓喜のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Moon Lander : How We Developed the Apollo Lunar Module, by Thomas J. Kelly, 2001。日本語版は2019年3月1日第1版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約358頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント52字×20行×358頁=約372,320字、400字詰め原稿用紙で約931枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はやや硬い。だってバリバリの航空エンジニアが書きバリバリの航空エンジニアが訳した文章だし。その分、技術的な詳細と正確さは信用できる。内容は、工学と宇宙開発に多少の知識があるといい。少なくともアポロ計画(→Wikipedia)とアポロ宇宙船(→Wikipedia)は知っておいて欲しい。

 それだけに、マニアには美味しいネタがギッシリ詰まってる。特に設計・開発が始まる第7章以降は読みどころが満載。

【構成は?】

 基本的に時系列順に進むので、できれば頭から読もう。

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  • 第1章 納入までの苦闘
  • 第1部 勝利
  • 第2章 月へ行けるかもしれない
  • 第3章 月着陸船の提案
  • 第4章 最終決定
  • 第2部 設計、製作、試験
  • 第5章 難しい設計に挑む
  • 第6章 モックアップ
  • 第7章 図面発行に苦戦する
  • 第8章 重量軽減の戦い
  • 第9章 問題に次ぐ問題の発生
  • 第10章 日程、コストとの戦い
  • 第11章 悲劇がアポロを襲う
  • 第12章 自分が設計した宇宙船を作る
  • 第3部 宇宙飛行
  • 第13章 宇宙飛行を行った最初の月着陸船、アポロ5号
  • 第14章 最終的な予行練習、アポロ9号と10号
  • 第15章 人類にとっての大きな飛躍 アポロ11号
  • 第16章 巨大な火の玉! アポロ12号
  • 第17章 宇宙からの救出 アポロ13号
  • 第18章 不屈の宇宙飛行士の勝利 アポロ14号
  • 第19章 大いなる探索 アポロ15号、16号、17号
  • 第20章 スペースシャトルの失注
  • 結び アポロ計画が残したもの
  •  注/訳者あとがき/索引

【感想は?】

 マニアにはたまらなく美味しい本だ。特に挑戦的で新しいモノの開発に従事した経験のある人は、何度も「そうだ、そうなんだよっ」と拳を振り上げるだろう。

 今からアポロ計画を調べると、月への往復方法も各宇宙船の形も、アレが最善だと思うだろう。だが、構想段階では様々な案があった。本書の主役である月着陸船も、結局は四本足の蜘蛛みたいな形になったが、構想段階ではもっとスマートだった。

「実際に作られるアポロ宇宙船は、僕らが研究したどれにも似てないと思う」
  ――第2章 月へ行けるかもしれない

 そう、細かい所は実装を煮詰めるに従ってドンドン変わっていくし、最初は気づかなかった問題も見えてくる。問題の解決案は時として常識破りな発想が画期的な手段となり、それが全体の形も変えてゆくのだ。

「座席をやめたらどうだろう?」
  ――第5章 難しい設計に挑む

 とかね。まっとうな航空機のエンジニアには、まず出てこない発想なんだが、この案が幾つもの問題を解決したり。

 多少なりとも大掛かりなシステムを設計・開発した人なら、次の文に激しく頷くはずだ。

目の前の課題を詳しく見れば見るほど、もっと細かな課題が見えてくるのだ。
  ――第7章 図面発行に苦戦する

 その「細かな課題」が、分かりやすく具体的に書いてあるのが、本書の最も大きな魅力だ。少なくとも私は、そういう所が最も美味しかった。

 結果としてアポロ計画は成功裏に終わる。だが、それは大量の失敗の積み重ねによるものだ。何度もの厳しい試験で一つづつ課題を潰し、問題のないモノを創り上げたのである。この辺、デバッグに苦しむ計算機屋は、我が事のように感じるだろう。そんな課題の一つがポゴ。

ポゴは、ロケットの縦方向の振動で、ロケット・エンジンの推力が変動すると、その影響で燃料ポンプの入口圧力が変化し、それによって推力がもっと大きく変化することで生じる振動である。
  ――第7章 図面発行に苦戦する

 言われてみれば確かに起きそうな問題だが、素人が予め予測するのは難しい。そんなネタが続々と出てくるのが、私にはとても嬉しかった。そして、そんな課題を前もって危惧する著者たちの能力にも恐れ入る。例えば月着陸船の離陸時の懸念だ。

緊急上昇時には、上昇段のロケット排気が当たる影響で、姿勢制御能力を持たない降下段がひっくり返ることが懸念された。降下段がひっくり返ると、分離した上昇段にぶつかる可能性がある。
  ――第13章 宇宙飛行を行った最初の月着陸船、アポロ5号

 「そこまで考えるのか」と感心するが、月から離陸する際の発進方法も、なかなか背筋が凍る。

月面からの離陸では、(略)(上昇段の)ロケット・エンジンの推進剤の弁を開いて点火が起きた瞬間に、爆薬が上昇段と降下段を繋ぎとめているボルトとナットを断ち切る。段と段の間の直径10cmの電線と配管の束をギロチンカッターが切断し、無抵抗分離型のコネクターがその電線への電力を止める。
  ――第15章 人類にとっての大きな飛躍 アポロ11号

 ホンの少しでも電線や配管の切り残しがあったり、爆薬が暴発したり、動作のタイミングがズレたら、取り返しのつかない羽目になる。これを前人未到で真空かつ高温にさらされる月面(→JAXAの「もっと知りたい! 「月」ってナンだ!?」)で行うのだ。なんちゅう無茶な注文だろう。

 やはり予測した問題の一つが、かの有名なアポロ13号(→Wikipedia)の事故だ。これはグラマン社のお手柄で、月着陸船が宇宙飛行士たちの命綱になった。が、電源を節約したため船内の温度が下がり、こんな懸念が持ち上がる。

司令船を再稼働すると、搭乗員の呼吸により、冷えている場所に結露が予想される。電線やコネクターが濡れるが、ショートを起こさないだろうか?
  ――第17章 宇宙からの救出 アポロ13号

 こういう所まで気が回るあたりは、つくづく尊敬してしまう。

 などの課題の中には、こんな嫌らしいシロモノもあって、著者らは暗闇の中に叩きこまれたような絶望も味わうのだ。

一般には燃料不安定は、ロケット・エンジンを作動させた時に毎回起きるものではなく、平均して何回に一回生じるかと言う、確率的な現象である。
  ――第9章 問題に次ぐ問題の発生

 うわ、嫌らしい。何が嫌といって、再現性がないのがタチが悪い。試せば必ず問題が起きるのなら、現象が消えれば安心できる。でも、起きたり起きなかったりするんじゃ、巧くいっても運が良かったのか問題が解決したのか、わからない。内輪の試験で巧く行っても、本番でコケたら目も当てられない。

 グラマン社の担当部分ではないが、アポロ1号の悲劇(→Wikipedia)も影響が大きかった。

火は飛行士がチェックリスト、飛行計画などを入れる網ケースなどの、燃えやすいナイロン製品に燃え移り、それから船室全体に急激に広がった。環境制御装置の、可燃性のグリコール(→Wikipedia)水溶液の冷却液が流れるアルミニウム製の配管が熱で溶け、可燃性の液体を火災の中にまき散らした。
  ――第11章 悲劇がアポロを襲う

 これにより、月着陸船にも大幅な仕様変更が入る。あらゆる配管の漏れが厳しく検査されると共に、燃えやすい素材が全て使用不許可となるのだ。全ての部品と素材を洗い出し、ヤバいのは耐熱性のあるモノに変える。言うのは簡単だが、実際にやるのはとんでもなく手間と忍耐力が要求される。頭抱えたくなっただろうなあ。

 その配管の漏れも、グラマン社は散々苦労したようで、長々と書いている。地上ならゴムのパッキンとかでどうにか出来そうだが、なにせ月面で動かすシロモノだ。おまけに燃料は四酸化二窒素とエアロジン、毒物ってだけじゃなく、混ぜるな危険の代表みたいなモン。そう、混ぜるだけで爆発するのだ。だからロケット・エンジンに使えるんだけど。

 つか、ロケットの液体燃料って、みんな液体酸素と液体水素だとばかり思い込んでた。ちゃんと調べないと駄目だね。

 など苦労の甲斐あって、どうにか打ち上げに漕ぎつけるのだが、その本番でも順調に見える飛行の裏側で、数多くのトラブルに見舞われ、即興で解決していた事がわかるのが、本書の終盤。中でも印象的なのが、打ち上げ直後に災難に遭ったアポロ12号。

打ち上げから36秒後と52秒後に、アポロ12号は二回被雷した事が分かった。一度目の落雷の影響で司令船の各系統の電源が切れ、二度目の落雷で誘導装置のジャイロのプラットフォームが機能を停止した。サターン・ロケットのイオン化した排気の長い流れが巨大な避雷針の役割をして、上空の黒い雲から地上への電気が通りやすい通路ができたのだ。
  ――第16章 巨大な火の玉! アポロ12号

 なんとまあ、ロケットには落雷の危険もあるのだ。よくそれで無事だったなあと思う。

 一つのちゃんと動くモノを創り上げるために、どれほどの問題が起こり、それを確かめ、解決しなければならないか。そして問題を防ぐため、いかにしち面倒くさい手順が求められるのか。それだけ注意を払っても、見落としやスレ違いは起きてしまう現実。ロケット・マニアはもちろん、すべてのエンジニアが「よくぞ書いてくれた!」と随喜の涙を流す傑作だ。

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2024年1月 9日 (火)

ヴィンセント・ベヴィンス「ジャカルタ・メソッド 反共産主義十字軍と世界をつくりかえた虐殺作戦」河出書房新社 竹田円訳

この世界全体――とりわけ(略)アジア、アフリカ、そしてラテンアメリカの国々は――1964年と1965年にブラジルとインドネシアで発生した波によって姿を作り替えられた。
  ――序章

「第三世界」という概念は、1955年4月にインドネシアのバンドンで開催されたアジア・アフリカ会議(→Wikipedia)のなかで本格的に固まった。
  ――第2章 独立インドネシア

(イラクでは)アメリカ政府が支援するバース党という反共産主義の政党が、(1968年7月に)クーデター(→Wikipedia)を起こして成功させた。
  ――第4章 進歩のための同盟

最大で100万人(ひょっとするとそれ以上かもしれない)のインドネシア人が、アメリカ政府が展開した世界的反共産十字軍の一環として殺された。
  ――第7章 大虐殺

【どんな本?】

 1955年4月、インドネシア大統領スカルノの主導により、インドネシアのバンドンでアジア・アフリカ会議が開催される。ここに第三世界の概念が生まれた。資本主義の第一世界と共産主義の第二世界に対し、元植民地の諸国を第三世界と位置づけ、その独立と発展を望む運動が始まった。

 だが、インドネシアにおける動きは1965年、唐突に断ち切られる。スハルトによるクーデターと政権奪取によって。

 以後、特に中南米諸国において奇妙なキーワードが囁かれる。「ジャカルタが来る」と。

 ソ連の大飢饉(→「悲しみの収穫 ウクライナ大飢饉」)や強制収容所(→「グラーグ」)、中国の大躍進(→「毛沢東の大飢饉」)、カンボジアのキリングフィールド(→「ポル・ポト」)などは有名だが、インドネシアやグアテマラやチリの悲劇はあまり語られない。

 一体、何があったのか。誰が、何のために悲劇を生み出したのか。なぜ語られないのか。そして、これらの悲劇は、世界をどう変えたのか。

 米国のジャーナリストが、20世紀の歴史の影に光を当てる、衝撃のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THe Jakarta Method : Washington's Anticommunist Crusade and the Mass Murder Program that Shaped Our World, by Vincent Bevins, 2020。日本語版は2022年4月30日初版発行。単行本ハードカバーー縦一段組み本文約343頁に加え、訳者あとがき7頁。9.5ポイント44字×21行×343頁=約316,932字、400字詰め原稿用紙で約793枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらい。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。中学卒業程度の国語と社会科の知識があれば読みこなせるが、主に1960~70年代の話なので、若い人には時代感覚がピンとこないかも。インドネシアの島々や中南米の国が舞台となるので、地図があると便利。

【構成は?】

 前の章を受けて後の章が展開する更生なので、なるべく頭から読もう。

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  • 序章
  • 第1章 あらたなアメリカの時代
  • 第2章 独立インドネシア
  • 第3章 目に物見せる アンボン空爆
  • 第4章 進歩のための同盟
  • 第5章 ブラジルとその過去
  • 第6章 9.30事件
  • 第7章 大虐殺
  • 第8章 世界のあらゆる場所で
  • 第9章 ジャカルタが来る
  • 第10章 北へ、北へ
  • 第11章 俺たちはチャンピオン
  • 第12章 彼らは今どこに? そして私たちは?
  • 謝辞/訳者あとがき/補遺/原註

【感想は?】

 失敗は怖ろしい。成功はもっと恐ろしい。

 本書は成功の物語だ。少なくとも、アメリカ合衆国、特にCIAにとっては。

 SF作家ルーシャス・シェパードの作品、「タボリンの鱗」収録の中編「スカル」は、グアテマラを舞台として米国人の旅行者の視点で描かれる。旅人の見るグアテマラの社会は、貧しくいささか物騒だ。なぜそうなったのか、本書を読んでよく分かった。

 合衆国には、力がある。経済力も軍事力も。だが、外国の情報収集・分析は、いささか弱い。特に発展途上国においては。それを補うのがCIAの設立当初の役目だったが(→「CIA秘録」)、思い込みと決めつけで暴力的な解決に突っ走る傾向があって、911以降の中東政策によく現れている。

米外交官フランク・ウィズナー・ジュニア
「過去の歴史に注意を向けていたら、アメリカ政府が中東でいまのような状況にはまり込むこともなかったでしょうね」
  ――第12章 彼らは今どこに? そして私たちは?

 これは最近の話かと思ったが、そうではなかった。昔からそうだったのだ。ただ、昔はうまくやっていたし、今でもその影響が強く残っている。特にインドネシアと中南米で。バナナやコーヒーや砂糖の歴史を調べ、うっすらと感じてはいたが、ここまでハッキリと示した本はなかった。

 何をやったのか。一言で言えば、赤狩りだ。ただし、国内じゃない。他国、特に第三世界で、だ。

 当時は冷戦のさなか。世界各地で植民地が独立し、それぞれに独自の道を模索していた。米ソ両国はソコで縄張り争いを始めた。少なくとも、CIAはそう考えていた。元植民地諸国も、両大国間のバランスの狭間で、独自の道を模索していた。多党制の議会も要しており、インドネシアでは…

米第37代大統領リチャード・ニクソン
「インドネシアにとって、民主的な政府は(おそらく)最善ではない。組織力にすぐれる共産党を選挙で負かすのは不可能だから」
  ――第3章 目に物見せる アンボン空爆

 これをCIAは恐れた。なんたって、共産党である。ソ連の手先に決まっている。そう決めつけた。

米外交官ハワード・ポールフリー・ジョーンズ
「ワシントンの政策立案者は、あらゆる事実関係を把握しておらず、この国(インドネシア)の事情もしっかり理解していなかった。ところが、共産主義こそが大問題だという前提でことを進めてしまった」
  ――第3章 目に物見せる アンボン空爆

 米国内でもマッカーシズム(→Wikipedia)が吹き荒れたが、そこは先進国である。さすがに直接の暴力は控えた。だが、外国なら話は別だ。

 やった事は、イランやベトナムと同じ。クーデターを起こし傀儡政権を立てる。それも極右の。

1965年10月1日(→Wikipedia)の時点で、スハルト少将(→Wikipedia)とは何者か、ほとんどのインドネシア人が知らなかった。しかしCIAは知っていた。
  ――第6章 9.30事件

 そして、罪は共産主義者にかぶせる。

ブラジル独自の反共産主義の神話の中には、ひどく歪んだ共産主義者のイメージができあがっていたようだ。多くのエリートが、共産主義者は、日頃から「悪魔的喜び」を感じながら暴力を繰り返し、敬虔なキリスト教徒を皆殺しにして、「赤い地獄」に送り込もうとしていると信じていた。
  ――第5章 ブラジルとその過去

 こういう、敵対する相手を悪役に仕立てる手口は、右も左も同じだなあ、と思ったり。かつての中国でも資本主義者は散々に罵られたし、ソ連も富農を目の敵にした。

1966年1月14日にワシントンが受け取った在インドネシア大使マーシャル・グリーンの報告
当面、PKI(インドネシア共産党)が政治に影響をおよぼすことはないだろう。インドネシア陸軍と、彼らに協力したムスリム団体のめざましい働きによって、共産党組織は壊滅した。政治局と中央委員会のメンバーは、ほぼ全員殺害されるか逮捕された。これまでに殺害された共産党員の数は、数十万にのぼると言われる。
  ――第7章 大虐殺

 一般に宗教勢力、特にアブラハムの宗教は共産主義を毛嫌いし、極右に手を貸す場合が多いんだよなあ。気質が似てるんだろうか。

 もちろん、濡れ衣を着せられた者も多い。というか、ドサクサまぎれで気に食わない奴にレッテルを張ち、ついでに片付けたっぽい。

1978年から83年にかけて、グアテマラ軍は20万以上の国民を殺害した。そのうち1/4弱が、都市部で連れ去られたまま「失踪」した人々だった。残りの大部分は先住民のマヤ人たちで、かれらは先祖代々住んできた平原や山々の、広い空の下で虐殺された。
  ――第10章 北へ、北へ

 そして、これらの事実がおおっぴらに語られることはない。こういった歴史の闇は、人々に疑惑の種をまく。

なにか重要なことが自分たちから隠されていたことを知ると、人は疑うべきでないことを疑ったり、途方もない陰謀論に耳を傾けたりするようになる。
  ――第11章 俺たちはチャンピオン

 そして、この本も、デッチアゲや陰謀だと言われるのだ。だが、現在の米国が中東でやっていることは、本書に書かれている内容と大きな違いはない。よりガサツで稚拙で大掛かりなだけで。

 米国は、ベトナムでは大っぴらに失敗した。だから、「 ベスト&ブライテスト」など、「なぜ失敗したか」と顧みる風潮がある。だが、インドネシアや中南米で密かには成功した。だから、顧みられることは少ない。だからこそ、本書は貴重で大きな価値がある。現代の世界がいかにして形作られたか、それを明らかにする衝撃の本だ。

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