SFマガジン2023年10月号
本特集「SFをつくる新しい力」はSFファン活動と、いまSF小説を読む若者に焦点を当てて、その動機や傾向を探ったものである。
――特集「SFをつくる新しい力」 特集解説「どうせ目に見える美しさは、わたしにはよくわからないので」
――キム・チョヨブ「マリのダンス」ユン・ジヨン訳カン・バンファ監修光合成してる、わたし。
――M・ショウ「孤独の治療法」鯨井久志訳「きみの目は、邪眼だ」
――神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第9回「私に完全な遊戯を作らせろ、<大三元>の天才よ、あんたの力が要る」
――十三不塔「八は凶数、死して九天」前編
376頁の標準サイズ。
特集は橋本輝幸監修「SFをつくる新しい力」。日本と中国のSFファン活動や若いSF読者の傾向そして若手SF作家の作品。プロとファンの境の曖昧さや、ファン活動が話題になるのもSFの特徴だろう。
小説は11本。
まず特集「SFをつくる新しい力」で3本。キム・チョヨブ「マリのダンス」ユン・ジヨン訳カン・バンファ監修,王侃瑜「隕時」大久保洋子訳,M・ショウ「孤独の治療法」鯨井久志訳。
連載は5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第9回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第50回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第19回,吉上亮「ヴェルト」第一部第二章,夢枕獏「小角の城」第71回。
読み切りは3本。十三不塔「八は凶数、死して九天」前編,草野原々「カレー・コンピューティング計画」,SF作家×小説生成AIで池澤春菜「コズミック・スフィアシンクロニズム」。
特集「SFをつくる新しい力」。
最初の10代~20代SF読者アンケート結果が興味深い。アンケート対象は日本と中国の若いSF読者で、好きなSF作家や好きなSF小説を訊ねた。三体シリーズの劉慈欣は圧倒的な人気。中国ファンの強い支持を受けアイザック・アシモフやアーサー・C・クラーク,そしてまさかのジュール・ヴェルヌのベスト10入りが驚き。
勝手な想像だが、二つの理由があるんじゃなかろか。
一つは中国のSF出版の若さと薄さ。歴史が積み重なり書き手が増えると、古典より今勢いがある作家・作品の比率が増える。日本で小松左京がないのも、伴名練や円城塔が面白くて勢いがあるためだろう。逆に出版界が若く作家の層が薄いと、実績のある海外作家の翻訳の比率が増える。私が出版社を経営する立場なら、売れた(そして今も売れている)作家・作品を優先して出す。だって安全牌だし。
もう一つは、ファンの気質。生真面目な人が多いんだと思う。だもんで、「んじゃまず基礎教養から」的な態度で、古典と呼ばれる作品から積極的に挑んでるのかな、と。
いやいずれも全く根拠はないんだが。
キム・チョヨブ「マリのダンス」ユン・ジヨン訳カン・バンファ監修。ソラは元ダンス教師。友人の頼みで、モーグのマリにダンスを教える羽目になる。モーグは視知覚に異常があり、今では未成年の5%ほどを占める。ダンスの美しさが、マリには理解できないはずだと思いつつも、ソラはレッスンを続ける。後にマリは「失敗したテロリスト」と呼ばれることになる。
一種のミュータント・テーマだろうか。グレッグ・イーガン「七色覚」(「ビット・プレイヤー」収録)とシオドア・スタージョン「人間以上」を思い浮かべた。現実をどう認識するかってレベルで食い違っちゃうと、色々と共存は難しいだろうなあ。
王侃瑜「隕時」大久保洋子訳。隕石から抽出した物質T-42は、人間の時間を加速させる。これにより時間当たりの生産性は上がり、人々はこぞってT-42を求めるようになった。だが、T-42の接種には思わぬ副作用があって…
冒頭の、加速した人の描写が素晴らしいというか、とってもわかりやすい。 基本的なアイデアは本川達雄「ゾウの時間 ネズミの時間」中公新書に似ている。あんな違いが、人間同士のなかで起きたらどうなるかを、忙しい現代の世情で思いっきりデフォルメして描いた作品なんだが、オチが壮大で酷いw
M・ショウ「孤独の治療法」鯨井久志訳。パンデミックで街はロックダウン。飼い猫のヘンリーは死んだ。元カレのグレームは身勝手でしつこい。会社は倒産寸前。家賃は値上げの危機。フォロデントロン(サトイモ科)の挿し木をピクルス汁の瓶に突っ込んだら、わたしはマジの植物女になった。
元カレのストーカー気質も酷いが、語り手の一言居士っぷりも相当なもんw 語り手は元々なのか変異の影響なのか、判然としないあたりも、この作品の味だろう。一人暮らしの奇行は、きっとよくある話。静かに、だが着実に、現実も語り手の心境も変わってゆく。懐かしのTVドラマ、トワイライト・ゾーンのような風味の作品。
連載小説。
飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第19回。仮想リゾート<数値海岸>の<陶の区界>。ラーネアはゲストに手を添えて土を捏ね轆轤を回し陶器を焼いてきた。だが<大途絶>でゲストの訪れは途絶えたが、ラーネアたち区界の住人はゲストの訪れを待っていた。そこに<天使>が現れ、一夜で壊滅寸前に追いやる。住民たちを救ったのは<園丁>と蜘蛛。
舞台も登場人物も前回までとまったく違って驚いた。いや数値海岸なのは同じなんだけど。とまれ、描かれる<陶の区界>とゲストの関係は、相変わらずグロテスクで想像を絶している。ここに現れた<天使>とその能力も、実に禍々しい。
冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第50回。<イースターズ・オフィス>はシルヴィアを確保し、ハンターらの情報を掴もうと尋問を始めたが、シルヴィアのガードは固い。彼女に希望を与えるべく、レイ・ヒューズの協力を得てセッティングしたバジルとの会食は相応の効果を発揮したが、ハンターへのシルヴィアの忠誠は揺るがず…
シルヴィアの生い立ちが語られる回。シリアスな回想のあとに何言ってんだアビーw <イースターズ・オフィス>の面々が、シルヴィアの忠誠をカルト教団の信仰になぞらえているのは、分かるようなヤバいような。にしても、ペル・ウィングの乱入には笑ったw 言い訳してるけど、趣味だろ、絶対w
神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第9回。今度は零が前席に、伊歩が後席で出撃した雪風。基地をバンカーバスターで攻撃した超音速爆撃機オンロック3機を追う雪風だが、零と伊歩の認識は食い違い…
ジャムを見破る田村伊歩大尉が、いよいよ本領を発揮しつつあるのがワクワクする。彼女の登場に取り、零ばかりか雪風までも大きく変わってきているのもいい。これまで、零も雪風も互いを道具として認識していたのが、彼女が加わることでチームとしてまとまり始めたのか、またはシステムとして機能しはじめたのか。
吉上亮「ヴェルト」第一部第二章。ソクラテスは死刑宣告を受ける。師を救おうと駆けずり回るプラトンを、暴漢が襲う。プラトンの危機を救ったのはクセノフォン。ペルシアに出征していたが、いつの間にかアテナイに戻っていた。暴漢の遺留品を頼りに黒幕を追う二人だが…
悪妻として有名なクサンティッペ(→Wikipedia)が、なかなかに楽しい人に描かれてるのが好き。連れ合いがあれぐらい浮世離れしてると、これぐらいでないと務まらないのかもw 死刑の仕掛け人アニュトスも、駆け引きに長けた商人/政治家なんだが、ソクラテスの頑固さは読み切れなかった模様。
読み切り小説。
SF作家×小説生成AIで池澤春菜「コズミック・スフィアシンクロニズム」。宇宙最大のスポーツイベント、コズミック・スフィアシンクロニズム。惑星アストロニアまで小惑星を運び、惑星軌道を輪のように取り囲むソラリスの穴へ小惑星を押し込む競技だ。有名な競技者の父が突然に失踪したため、ライアンは素人ながら出場する羽目になった。ところがライアンはとんでもない方向音痴で…
今までのSF作家×小説生成AIでは、最も短編SF小説としてまとまっている。このまんま映像化してもいいぐらい。語り口はスピーディでユーモラス、お話はトラブルとアクション満載で波乱万丈ながら大きな破綻もなく、登場人物は個性的でキャラが立ってる。特にミラの口の悪さがいい味出してるw
草野原々「カレー・コンピューティング計画」。AIというか大規模言語モデルの進歩と普及により、小説家のわたしは追い詰められていた。芸風がAIとカブっているのがマズい。あてどもなく散歩に出たわたしは、さびれた地区で万物極限研究所なる家に迷い込み…
出だしから著者の不安と開き直りが炸裂するあたり、いかにも草野原々らしくていいw 怪しげな研究所に怪しげなマッド・サイエンティストが巣食い、怪しげでやたら稀有壮大な理論を披露するあたりは、懐かしい50年代のアメリカSFを古風な日本文学の文体で語りなおした雰囲気。
十三不塔「八は凶数、死して九天」前編。19世紀半ばの清。陳魚門は童試に及第したが、賭場に通いつめ無為に日々を過ごす。豪商の白蛟爬とチンピラの彭侶傑を相手に素寒貧になった陳は、夢のようなものを見る。勝負中に見えたモノを白蛟爬に告げた時、陳の運命は大きく変わった。
日本じゃ専門の漫画雑誌があるぐらい普及している麻雀の起源を扱う作品。今WIkipediaで調べたら、それなりに史実を踏まえてるんだなあ。白蛟爬は大物感と胡散臭さが漂う、いかにも裏がありそうな老中国商人なのがいい。
伴名練「戦後初期日本SF・女性小説家たちの足跡 第九回 稀代の幻想小説家とSF界をめぐって 山尾悠子」。荒巻義雄の「現実な問題として山尾悠子のようなタイプの作家を育てる土壌は、今日、SF界以外には存在しないからだ」が、当時のSF界の気概を示していて嬉しい。ホント、そういう役割を引き受けてこそSFだと思う。
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