ランドール・マンロー「ハウ・トゥー バカバカしくて役に立たない暮らしの科学」早川書房 吉田三知世訳
これは、うまくないアイデアを集めた本です。
――こんにちは!理想的な状況で、物体を45度の角度で上向きに飛ばしたときの到達距離を求める、簡単な公式がある。
到達距離=速度2/重力加速度
(略)時速16kmで走るなら、あなたは約2mの距離を飛びこえられると見積もれる。
――第6章 川を渡るには最高齢の木は最善の環境ではなく、最悪の環境に生えていることが多い。熱、低温、風、そして塩分などに曝されるような、特に過酷な環境にあるとき、ブリッスルコーンパインは成長のペースを遅くして、寿命をのばす。
――第25章 ツリーを飾るには地球から直接太陽に向けて打ち上げるのは非常に難しい――実際、その物体を完全に太陽系の外まで届けるよりも多くの燃料が必要になるのだ。
――第28章 この本を処分するには
【どんな本?】
デビュー作「ホワット・イフ?」で、馬鹿々々しい問いの物理面・経済面を馬鹿真面目に計算し、計算の楽しさを伝えると共に脱力のオチをつけ、全世界の読者の腹筋を崩壊させたランドール・マンローが、今度は真面目な相談に馬鹿々々しい手法で挑みつつも、やはり物理面・経済面を馬鹿真面目に計算して、再び読者の常識を破壊しようと目論む、楽しい科学・工学解説書。
川を渡る・引っ越す・ などの常識的な相談に、 非常識かつ不合理、そして時にはファンタジイ要素満載の手法を示しつつ、 あくまでも大真面目に必要なエネルギーや費用を算出し、現在の技術で実現可能な手段を示す …のはいいが、まずもって無茶で無意味な手口ばかりなのが楽しい。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は HOW TO : Absurd Scientific Advice for Common Real-World Problems, by Randall Munroe, 2019。日本語版は2020年1月25日初版発行。単行本ソフトカバー横一段組み本文約381頁に加え、訳者あとがき1頁。9ポイント33字×29行×381頁=約364,617字、400字詰め原稿用紙で約912枚。計算では文庫で上下巻ぐらいの文字量だが、1~2コマの漫画がアチコチにあるので、実際の文字量は7~8割ほど。
ちなみに、すべてを読み終えるのにどれぐらい時間がかかるかは、冒頭の「読むスピードの選び方」でわかる親切設計。
文章はこなれていて読みやすい。内容は、中学卒業程度の理科と数学ができれば充分に楽しめる。アチコチに数式が出てくるが、面倒くさかったら読み飛ばそう。
【構成は?】
各章は独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。
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- おことわり
- こんにちは!
- 本を開くには
- 読むスピードの選び方
- 第1章 ものすごく高くジャンプするには
- 第2章 プールパーティを開くには
- 第3章 穴を掘るには
- 第4章 ピアノを弾くには(すみからすみまで)
音楽を聴くには - 第5章 緊急着陸をするには
- 第6章 川を渡るには
- 第7章 引っ越すには
- 第8章 家が動かないようにするには
竜巻を追いかけるには(ソファに座ったままで)
- 第9章 溶岩の堀を作るには
- 第10章 物を投げるには
- 第11章 フットボールをするには
- 第12章 天気を予測するには
行きたい場所に行くには - 第13章 鬼ごっこをするには
- 第14章 スキーをするには
- 第15章 小包を送るには(宇宙から)
- 第16章 家に電気を調達するには(地球で)
- 第17章 家に電気を調達するには(火星で)
- 第18章 友だちをつくるには
バースデーケーキのロウソクを吹き消すには
犬を散歩させるには - 第19章 ファイルを送るには
- 第20章 スマートフォンを充電するには(コンセントが見つからないときに)
- 第21章 自撮りするには
- 第22章 ドローンを落とすには(スポーツ用品を使って)
- 第23章 自分が1990年代育ちかどうか判別するには
- 第24章 選挙で勝つには
- 第25章 ツリーを飾るには
高速道路を作るには - 第26章 どこかに速く到着するには
- 第27章 約束の時間を守るには
- 第28章 この本を処分するには
- 謝辞/参考文献/訳者あとがき
電球を交換するには
【感想は?】
基本路線は前の「ホワット・イフ?」と同じ。お馬鹿な発想を真面目に計算して、ケッタイな結果を出す。その過程で出てくるイカれた発想を楽しむ本だ。
ただ、「ホワット・イフ?」が狂った問いを真面目に解くのに対し、今回は真面目な問いを狂った手法で解くのが違うってぐらい。いずれにせよ、狂った状況を真面目に計算することに変わりはない。
例えば、最初の「第1章 ものすごく高くジャンプするには」。
まずは普通に跳びあがる。次に道具を使い始める。その時点で明らかに常識からズレてるんだが、気にせずドンドンとエスカレートして、しまいには11万5千メートルなんて無茶な数字まで出てくる。いや誰もそんなん求めてないってw
「第6章 川を渡るには」も、なかなかに狂った発想で言印象深い。普通にジャブジャブと歩いて渡るまではいい。次のピョンと飛び越えるあたりから、次第に常識を外れてきて、カンザス州大停電まで引き起こしてしまうw そのくせ、「橋を渡る」なんて常識的な発想は決して出てこないw
次の「第7章 引っ越すには」も、とりあえず持ち物を段ボールに詰め込むまではいいが…
たいていのターボファン・エンジン(ターボジェットエンジンの前後にファンをつけ、効率を上げ、騒音を抑制したエンジン)が最大の推力を出すのは、まだ静止しているときなのだ。
――第7章 引っ越すには
いや、なんでターボファンエンジンが必要になるんだw
そのターボファンエンジンは、当然ながら航空機のエンジンだ。「第5章 緊急着陸をするには」では、空を飛ぶ専門家、国際宇宙ステーションの船長も務めたクリス・ハドフィールド大佐まで引っ張り出して、いろいろと無茶な質問をしてる。私は「機体の外にいて飛行機を着陸させるには」が楽しかった。ハドフィールド大佐、よくもまあ、こんな馬鹿な質問に真面目に答えたもんだw
やはりプロが出てくるのが、「第16章 家に電気を調達するには(地球で)」。普通に電気会社から電線を引けばいいのに、なんとか庭を使って再生可能エネルギーを捻りだそうと頑張る。初期費用の回収に3600万年もかかる手法なんて、誰が使うんだw ってな著者も酷いが、物理学者のケイティー・マック博士も自重してくれw いや似たような事を私も考えたことがあるんだけどw
同じ電気の調達でも、火星の場合は「なんかイケそう」な気がしてくるから怖い。衛星フォボスの位置エネルギーを使って、電力を賄おうって理屈だ。どうやってエネルギーに変えるかは、読んでのお楽しみ。なんかSF小説で使えそうだが、どうなんだろ。いやこれ、フォボスじゃなくて、地球の月でも…いや、距離的に無茶か。
1人当たりのアメリカ人が使う電力は平均1.38キロワットなので、フォボスの軌道には、アメリカ人と同じ規模の人口が必要とする電力をほぼ3000年にわたって供給できるエネルギーが含まれていることになる。
――第17章 家に電気を調達するには(火星で)
やはりSFに出てきそうなのが、DNAを記憶媒体として使うって発想。これ、本当にやってみた人がいるらしい。
DNAをストレージとして利用すれば、この問題を回避し、伝達速度を劇的に向上できる可能性もある。研究者たちはデータを暗号化してDNA試料のなかに埋め込み、その後DNAを配列を解読してデータを再現することにすでに成功している。
――第19章 ファイルを送るには
もっとも、読み書きにかかる時間を考えると、実用性はないんだろうけど。少なくとも、今のところは。
そんな創作物と現実の違いを思い知らされたのが、「第21章 自撮りするには」。アニメや映画でよくある、満月に人物の影絵が浮かび上がる構図。実際にアレをやろうとしたらどうなるか、簡単な図と計算式で教えてくれる。まあ、そうだよね。
もちろん、相変わらずちょっとしたトリビアも満載だ。中でもアレ?と思ったのが、地球を周回するISSから紙飛行機を軌道上に飛ばして、地球に着陸させようって実験。
日本の研究者らのチームがISSから紙飛行機を飛ばして、これを試そうと計画した。
――第15章 小包を送るには(宇宙から)
残念ながら、まだ実験は実現していないが、これ思いついた人は「銀河漂流バイファム」のファンじゃなかろうか。リメイクして欲しいなあ。
手法のクレイジーさでは、「第14章 スキーをするには」が際立ってる。スキーは楽しい。でも、どんなゲレンデでも、麓まで滑り降りれば終わりだ。そこで、もっと長く滑り続けるにはどうすればいい? 普通は「長い斜面を探す」とかだろう。だが、そこは著者。どうしてそうなる?な発想が飛び出して…
「ホワット・イフ?」と同じく、狂った発想と真面目な計算を組み合わせ、ケッタイな構図を笑うと同時に、「軽くザッと計算してみる」ことの楽しさと様々な計算法を伝える本だ。理科好きはもちろん、お馬鹿な発想が好きな人にお薦め。
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