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2022年7月17日 (日)

酉島伝法「るん(笑)」集英社

本人だって、ちょっと憑かれているだけ。
  ――千羽びらき

【どんな本?】

 独特のセンスによる造語を駆使してグロテスクな未来を描く「皆勤の徒」で衝撃的なデビューを果たした新鋭SF作家・酉島伝法の連作中編集。

 オカルトや疑似科学や迷信が蔓延した近未来の日本。科学的な考え方や知識は普通の人々から嫌われるばかりでなく、公権力からも排斥の対象となる。まっとうな手段では薬すら手に入らない。そんな社会を疑問にも思わず暮らす、普通の人びとの生きざまをSFならではのデフォルメたっぷりに描く、悪意に満ちた作品集。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2022年版」ベストSF2021国内篇で堂々の2位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2020年11月30日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約238頁。9.5ポイント41字×18行×238頁=175,644字、400字詰め原稿用紙で約440枚。文庫なら普通の厚さ。

 酉島伝法なので覚悟していたのだが、文章は拍子抜けするほど普通で読みやすい。いや独自の造語はソレナリに出てくるけど、「皆勤の徒」に比べれば極めて普通。SFといっても数学や科学の難しい理屈は出てこないので、理科が苦手でも大丈夫。いや別の意味で難しい(というか理解不能)な理屈が次々と出てくるんだが、理解できないのはあなたの精神が理性的で健全で正常だからです。

 ただし、著者の悪意がたっぷり入っており、かなりSAN値を削られるので、心身ともに健やかな時に読もう。不調な時に読むとヤバいです、いろいろと。

【収録作は?】

 それぞれ作品名 / 初出。

三十八度通り / 群像2015年4月号
 ここ二カ月ほど、続き物の夢を見る。夢の中では、東経38度沿いに、北極点から南極点へ向かって歩いている。最初は震えるほど寒かったが、今は砂丘のなかで暑さにあえいでいる。同じころ、38℃の微熱に悩み始めた。この程度の熱じゃ仕事は休めない。閼伽水(アクア)を注ぎ限りなく薄めた癒水を飲む際に、解熱剤を持っていたのが妻の真弓にバレた。
 東経38度は、モスクワのちょい東~クリミア半島の東~ヨルダン東部~メッカの西にあたる。
 「人との交わりを豊かにするチェック柄の寝間着」だの「気を封じた」だの「霊障」だのと、ソレっぽい言葉が次々と出てきて、「家族がそういうのに凝ると大変だよなあ」などと呑気に構えてたら、それどころじゃなかった。他にも思考盗聴とか心縁とか前世とか、ヤバい単語が続々と。もっとも、ヤクザイシには思わず笑ってしまった。まるきしヤクのバイニンみたいな扱いだし。
 ただでさえ悪夢のような世界なのに、語り手が微熱に悩む男であるため、どこまでが事実でどこからが妄想なのかハッキリしないあたりも、更なる気持ち悪さを感じさせる。
 気色の悪い酩酊感に囚われたままたどり着いた最後のオチで、著者の悪意に打ちのめされた。いやマジ体調の悪い時には読んじゃダメです。
千羽びらき / 小説すばる2017年9月号
 主治医の話では、重篤な末期の状態だそうだ。体重は35kg、一時期の半分近く。十日ほど前から階段を上れなくなった。息子の博之も娘の真弓も心配してくれる。丙院食にヨーグルトが出た。楽しみだったけど、真弓に取り上げられた。牛乳は良くないらしい。子供のころ、猫を飼いたいと父にねだったことを思い出す。結婚して一戸建てに移り、ディアを飼い始めた。
 これまた末期状態で入院した女の一人称で語られる物語。半ば夢うつつの状態なので、思い出と現在が自由自在に入れ替わり、どこまでが現実でどこからが妄想なのか判然としない。そんなぼんやりした描写から浮かび上がる世界は、やはりアレなのが蔓延した社会で。
 丙院食のヨーグルトもそうだが、作品名の「千羽びらき」も恐ろしい。いずれも善意なのだ、やってる側は。一人二人ならともかく、それが集団で環のように自分を取り巻いている。そして語り手も逃れようとは思わない。当たり前の感情も、生まれることすら許さない社会。実に怖い。
 書名の「るん(笑)」に込もる、著者の悪意が思いっきり突き刺さる作品。
猫の舌と宇宙耳 / 小説すばる2020年1月号
 まだ真っ暗で寒い空の中、白いランドセルをしょって学校へ行く。丸山くんがきた。赤ちゃんのときに受けた整体のため、丸山くんの首は曲がったままだ。四年二組の教室には机と椅子が二十五人分あるけど、生徒は七人だけ。朝礼では校長先生の合図で国旗を掲げる。隣りの席の井口さんは、髪の真ん中の分け目が真っ白だ。
 これも一人称。語り手は小学四年生。一般に一人称の小説は語り手を疑いながら読むのが作法らしい。その点、この作品集は親切だ。「三十八度通り」は微熱に浮かされた男、「千羽びらき」は末期の病の老女、そして本作は子供。いずれも読み手は自然と語り手を疑いながら読む羽目になる。そこからうっすらと浮かんでくる情景は、実におぞましい。
 作中の「させていただく」、だいぶ前から若い人がよく使っていて、私のような年寄りには気色悪さを感じる。でも本作の語り手のような子供は最初から何かをやらされる際に使うわけで、彼ら以降の世代はは「やらされる」意味でうようになるんじゃなかろか…もっとも、彼ら以降の世代があれば、の話だけど。
 他にも漢字の書き順やら歴史の伝えられ方など、現代の学校教育のヤバさを思いっきりデフォルメした世界が、とっても気味悪い。教科書が教師の手書きなあたりから、どうも特殊な環境じゃないかと思っていたら…

 この著者だから、ある程度は覚悟していたものの、近未来の日本を舞台にしても、やっぱり酉島伝法だった。安部元首相襲撃事件の直後でカルト団体の話題が盛んな今だからかもしれないが、ガリガリとSAN値を削られる、とっても危険な作品集だ。心身ともに調子を整えて挑もう。

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