レイ・フィスマン+ミリアム・A・ゴールデン「コラプション なぜ汚職は起こるのか」慶應義塾大学出版会 山形浩生+守岡桜訳
本書の目的は、汚職から抜け出せない人たち、そして汚職を許せないと思う人たちに、汚職がもたらすジレンマを理解してもらうことだ。
――第1章 はじめに
【どんな本?】
汚職まみれの国もあれば、滅多にない国もある。賄賂で交通違反をもみ消す警官など身近で末端の公務員による汚職もあれば、閣僚や国会議員が絡む事件もある。シンガポールは専制的だが汚職は極めて少ない。対してインドは民主主義だが賄賂社会だ。チリは貧しいが汚職は少なく、イタリアは豊かだが汚職が横行している。
なぜ汚職が起きるのか。その原因は何か。政治体制か、豊かさか、文化か。なぜ汚職スキャンダルにまみれた政治家が再び議席を得るのか。規制だらけの社会で迅速に起業するには鼻薬が効くから賄賂は必要悪なのか。そして、どうすれば汚職は減るのか。
ボストン大学の行動経済学者とカリフォルニア大学LA校の政治学教授という、異分野の二人がタッグを組んで送る、一般向けの政治/経済の解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は CORRUPTION : What Everyone Needs to Know, by Ray Fisman and Miriam A. Golden, 2017。日本語版は2019年10月30日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約300頁に加え、溝口哲郎の解説「反汚職のための冴えたやり方」11頁+山形浩生の訳者あとがき8頁。9ポイント45字×18行×300頁=約243,000字、400字詰め原稿用紙で約608枚。文庫ならちょう厚め。
文章はこなれていて読みやすい。内容もかなり分かりやすい。敢えて言えば、世界中の国や都市が出てくるので、Google Map か世界地図があると、迫真性が増すだろう。
【構成は?】
基本的に前の章を受けて次の章が展開する形なので、なるべく頭から読もう。各章の末尾に1~2頁で「第〇章で学んだこと」があるのも嬉しい。
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- 序文/謝辞
- 第1章 はじめに
- 1.1 この本の狙いは?
- 1.2 なぜ汚職は大きな意味を持つの?
- 1.3 汚職を理解するための本書の枠組みとは
- 1.4 腐敗した国が低汚職均衡に移るには?
- 1.5 汚職について考えるその他の枠組みはあるの?
- 1.6 この章の先には何が書いてあるの?
- 第1章で学んだこと
- 第2章 汚職とは何だろう?
- 2.1 汚職をどう定義しようか?
- 2.2 汚職はかならずしも違法だろうか?
- 2.3 汚職はどうやって計測するの?
- 2.4 政治汚職は官僚の汚職とどう違うのか?
- 2.5 汚職は企業の不正とどうちがうのか
- 2.6 利益誘導は一種の汚職か
- 2.7 恩顧主義と引き立ては汚職を伴うか
- 2.8 選挙の不正は汚職を伴うか
- 第2章で学んだこと
- 第3章 汚職が一番ひどいのはどこだろう?
- 3.1 なぜ汚職は貧困国に多いのだろう?
- 3.2 どうして低汚職国の国でも貧しいままなのだろう?
- 3.3 国が豊かになるとどのようにして汚職が減るのか
- 3.4 どうして一部の富裕国は汚職の根絶に失敗しているのだろう?
- 3.5 20年前より汚職は減ったの――それとも増えたの?
- 3.6 政府の不祥事は、汚職が悪化しつつあることを示しているのだろうか
- 3.7 反汚職運動は政治的意趣返しの隠れ蓑でしかないのだろうか?
- 3.8 先進国は政治と金で汚職を合法化しただけだろうか?
- 3.9 どうして世界の汚職の水準は高低の二つだけではないのか
- 第3章で学んだこと
- 第4章 汚職はどんな影響をもたらすの?
- 4.1 汚職は経済成長を抑制するだろうか?
- 4.2 汚職は事業への規制にどう影響するだろうか(またその逆はどうか)?
- 4.3 汚職はどのように労働者の厚生に影響するだろうか?
- 4.4 公共建設事業における汚職は何を招くか
- 4.5 汚職は経済格差を拡大するか
- 4.6 汚職は政府への信頼をそこなうか
- 4.7 ある種の汚職はとりわけ有害なのだろうか その1:集権型汚職対分権型汚職
- 4.8 ある種の汚職はとりわけ有害なのだろうか その2:不確実性
- 4.9 ある種の汚職はとりわけ有害なのだろうか その3:汚職によって事業を止めてしまう
- 4.10 天然資源は汚職にどう影響を与えるか また汚職は環境にどう影響を与えるか
- 4.11 汚職に利点はあるだろうか?
- 第4章で学んだこと
- 第5章 だれがなぜ汚職をするのだろうか?
- 5.1 なぜ公務員は賄賂を受け取るのか?
- 5.2 なぜ政治家は賄賂を要求するのだろうか?
- 5.3 贈収賄のモデルに道徳性を組み込むにはどうすればいい?
- 5.4 政治家たちが官僚の間に汚職を広める方法
- 5.5 どうして個別企業は賄賂を払うの?
- 5.6 どうして企業は結託して賄賂支払いを拒否しないの?
- 5.7 普通の人は汚職についてどう思っているの?
- 5.8 汚職が嫌いなら、個々の市民はなぜ賄賂を支払ったりするの?
- 第5章で学んだこと
- 第6章 汚職の文化的基盤とは?
- 6.1 汚職の文化ってどういう意味?
- 6.2 汚職に対する個人の態度は変えられる?
- 6.3 汚職の文化はどのように拡散するのか?
- 6.4 汚職は「贈答」文化に多いのだろうか?
- 6.5 汚職は宗教集団ごとにちがいがあるのだろうか?
- 6.6 汚職に走りがちな民族集団はあるのだろうか?
- 第6章で学んだこと
- 第7章 政治制度が汚職に与える影響は?
- 7.1 民主主義レジームは専制政治よりも汚職が少ないか?
- 7.2 専制主義はすべて同じくらい腐敗しているのだろうか?
- 7.3 選挙は汚職を減らすか?
- 7.4 党派的な競争は汚職を減らすか?
- 7.5 一党政治は汚職を永続化させるだろうか?
- 7.6 汚職を減らすのに適した民主主義システムがあるだろうか?
- 7.7 政治が分権化すると汚職は減るだろうか?
- 7.8 任期制限があると汚職は制限されるのか それとも悪化するのか?
- 7.9 選挙資金規制は汚職を減らすか? それとも増やすか
- 第7章で学んだこと
- 第8章 国はどうやって高汚職から低汚職に移行するのだろうか?
- 8.1 どうして有権者は汚職政治家を再選するのだろうか?
- 8.2 有権者が汚職政治家を再選させるのは情報不足のせい?
- 8.3 どうして有権者は調整しないと汚職政治家を始末できないのだろうか?
- 8.4 外的な力はどのように汚職との戦いを引き起こすのだろう?
- 8.5 政治的なリーダーシップが汚職を減らすには?
- 第8章で学んだこと
- 第9章 汚職を減らすには何はできるだろうか?
- 9.1 汚職を減らす政策はどんなものだろうか?
- 9.2 段階的な改革は「ビッグバン」改革と同じくらい効果的だろうか?
- 9.3 汚職対策に最も効果的なツールは何だろうか? 汚職問題をハイテクで解決できるだろうか?
- 9.4 規範の変化はどのように起こるのだろうか?
- 9.5 いつの日か政治汚職が根絶されることはあるだろうか?
- 第9章で学んだこと
- 解説 反汚職のための冴えたやり方 溝口哲郎
- 訳者あとがき/注/索引
【感想は?】
難しいテーマに正面から挑んだ意欲作。
難しいと言っても、理解しにくいとか難解とか、そういう意味じゃない。実態を掴みにくいって意味だ。
何せ汚職だ。やってる連中は隠したがる。本当に汚職が酷い国じゃ、まず汚職はニュースにならない。実際、ロシアじゃジャーナリストが次々と亡くなってる。逆にシンガポールなら、連日大騒ぎだろう。汚職が話題になってるから酷いってワケじゃない。腐りきってるなら報道すらされない。だもんで、まっとうな手段じゃ現状の把握すら難しい。
確かにトランスペアレンシー・インターナショナルは腐敗認識指数(→Wikipedia)を公開してる。でも、「盲信しちゃダメよ」と本書は釘をさしてる。第2章なんて早い段階で「結局、あまし信用できるデータはないんだよね」と音を上げてるあたり、逆に信用できる本だと思う。
そんなワケで、本来のテーマも面白いが、ソレをどうやって調べたのかってあたりも、本書の魅力なのだ。
例えば、第4章では、社会学者が世界の各国で新事業を立ち上げ、それに要した工程と日数を調べてる。カナダは2工程で2日、モザンビークは17工程で174日。中国では、政府高官にコネがある企業とない企業の労災死亡率を調べてる。結果、コネがあると2倍死ぬ。ひええ。
中でも感動したのが、コネの価値を測る第5章。ここでは、インドネシアに君臨したスハルト元大統領のコネの価値を測る。方法が巧い。1969年、スハルトはドイツで健康診断を受けた。この時、息子が所有するビマンタラ・シトラ社の株価の動きを調べたのだ。
インドネシアの株価全体は2.3%下げた。対してシトラ社は2日間で10%近く下げてる。両者の差がスハルトのコネの価値ってわけ。政治家が入院した時は、株価に注目しよう。
などと、「どうやって調べたのか、その数字はどう計算したのか」って楽しみもあるが、本来のテーマももちろん面白い。
日本はどうなんだろうって関心は、少し安心するけど先行きは不安な気分になる。まずは安心材料。
2011年に科学誌『ネイチャー』で発表されたとある研究によると、過去30年間に地震で倒壊した建物で死亡した人の83%は「異常に」腐敗した(つまり所得のみをもとにした予測より腐敗した)国にいたという。
――第4章 汚職はどんな影響をもたらすの?
地震大国の日本なのに、建物の倒壊で亡くなった人は全体に比べれば少ない。酷い国はコネで査察が入らなかったり、役人に鼻薬が効いたり。日本は違法建築に厳しい、つまり役人はコネで見逃したりしないし、賄賂も効かない。一安心…とはいかない。本当にひどい所は…
通常は賄賂が最も一般的な部門を挙げてくださいというアンケートでは、医療が筆頭にくる。
――第5章 だれがなぜ汚職をするのだろうか?
病気や怪我の時でさえ、賄賂を渡さないと治療してもらえない。腐敗ってのは、イザという時の命にかかわる、というか、弱った時にこそタカリにくるのだ、腐敗役人は。
もっとも、そういう国は、もともと医療リソースが貴重だったりする。つまり…
汚職と国家の繁栄水準には明確な負の相関がある。
――第3章 汚職が一番ひどいのはどこだろう?
貧しい国ほど腐ってるのだ。とまれ、これは相関関係であって因果関係じゃない。貧しいから腐るのか、腐ってるからまずしいのか、その辺は難しい。警官や兵士でよく言われるのが、給料じゃ食ってけないからって理屈。これには一理あって…
公務員給与と汚職との直接の相関はマイナスだ。言い換えると、データのある世界の多くの国では、公務員給与が高ければ汚職水準も低い。
――第9章 汚職を減らすには何はできるだろうか?
じゃ給料を払えば…と思うが、そうはいかない。同時にすべきこともある。ちゃんと見張り、汚職役人は処分しないと。
高賃金が汚職低下に役立つ見込みが高いのは、もっと監視と執行を強化した場合だという見方を支持している。
――第9章 汚職を減らすには何はできるだろうか?
つまりアメとムチを同時に使えってことです。
日本は比較的に豊かだし、医師や看護師に袖の下を求められることも、まずない。とはいえ、年に一度ぐらいは贈収賄がニュースになるし、ここ暫くは経済も停滞してる。にも関わらず、自民と公明は与党に居座ってる。野党は醜聞を盛んに追及するけど、最近の野党はジリ貧気味だ。これは、だいぶ前から現象が現れてる。
政治家が腐敗しているとわかった有権者は、結集して不誠実な役人に対抗しようとはしない。研究によると、むしろ政治に関わること自体を思いとどまるらしい。
――第4章 汚職はどんな影響をもたらすの?
投票率の低下だ。どうも「だれに投票したって同じ」って気分になっちゃうんですね。こうなると、固定票を持つ候補者は強い。その結果…
悪行に関わった政治家は、データのある世界中のあらゆる国で再選される可能性のほうが高いのだ。
――第8章 国はどうやって高汚職から低汚職に移行するのだろうか?
なんて奇妙な現象が起きる。テレビは選挙の特番を流してるけど、投票率はなかなか上がらない。みなさん、無力感に囚われてるんだろうか。
他にも、ヤバいな、と思う兆候はあって。
役人の汚職というしつこい仕組みは、このように政治家が役人の任命、昇格、配置、給料について不当な影響力を行使する状況で生じやすい。
――第2章 汚職とは何だろう?
内閣人事局ができて、内閣の役人への権限が強くなった。これが「不当な影響力」か否かは議論が別れる所だけど、長期政権じゃ癒着が強まるだろうってのは、常識で予想できる。つまり…
公職に指名されたのが政治的なボスのおかげであるような人物は、すぐに圧力に屈して、手持ちのリソースを使って、そのボスが再選を確保できるように手伝う
――第5章 だれがなぜ汚職をするのだろうか?
政治家と役人が一体となって、今の体制を守ろうとするんですね。他にも最近の傾向として、税負担の問題がある。
腐敗した国は富裕層に課税しない傾向があり、また社会福祉に出資しない傾向がある。
――第4章 汚職はどんな影響をもたらすの?
貧乏人に厳しい消費税は増やそうとするけど、所得税の累進率は下げようとしてる。なんだかなあ。
日本に限らず、誰だって汚職は嫌いだ…少なくとも、賄賂を受け取る側でなければ。にも関わらず、なかなか汚職は減らない。この膠着状態を、著者たちは「均衡」で説明する。
本書では汚職を、社会科学用語でいう均衡として考える。つまり、汚職は個人の相互作用の結果として生じるもので、その状況で他人がとる選択肢を考えれば、ある個人が別の行動を選択しても状態を改善できない状況で発生する。
――第1章 はじめに
他のみんなと同じようにしてるのが最も得な状態、それが均衡だ。著者は道路の右側通行/左側通行で説明してる。みんなが右側通行してるなら、あなたもそうした方がいい。汚職も同じ。誰もしないなら、しない方がいいし、みんなしてるならやった方がいい。じゃ、どうすりゃいいのかっつーと…
汚職の文化を改革するには、どのように行動すべきかというみんなの信念を、どうにかして一気に変えなくてはならない。
――第9章 汚職を減らすには何はできるだろうか?
一人で変えるのは難しい、みんなが一斉に変えるっきゃない、ってのが本書の結論。今更だけど、政治ってのは、大勢を動かすのがキモなのだ。
とかの総論的な部分も興味深いが、個々のエピソードも楽しい話が満載だ。特に第9章に出てくるコロンビアのボゴタでパントマイムを使って汚職を減らしたアンタナス・モックスの方法は、ユーモラスかつ巧妙で舌を巻く。なんと数年で殺人が70%も減ったとか。
政治学って、なんか胡散臭いと思ってたけど、本書で印象が大きく変わった。汚職という実態の掴みにくい問題に果敢に挑み、知恵と工夫でデータを集めるあたりは、ボケた写真から天体の実像に迫ろうとする天文学者に似た、迸る学者魂を感じる。「政治学なんか興味ない」って人こそ楽しめる本だろう。
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