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2022年5月17日 (火)

SFマガジン2022年6月号

「今現在、特殊戦やFAFにとってもっとも脅威になっているのは、ジャムよりも、FAFの機械知性だからです」
  ――戦闘妖精・雪風 第五部 霧の中

 376頁の標準サイズ。

 特集は「アジアSF特集」。小説6本に記事4本、うち小説1本と記事1本は文藝責任編集「出張版 韓国・SF・フェミニズム」。

 小説は13本。

 特集6本は宝樹「三体X 観想之空 プロローグ」大森望/光吉さくら/ワン・チャイ訳,韓松「我々は書き続けよう!」上原かおり訳,昼温「星々のつながり方」浅田雅美訳,チャン・ガンミョン「データの時代の愛」吉良佳奈江訳,イサベル・ヤップ「アスファルト、母、子」川野靖子訳と文藝責任編集のイサベル・ヤップ「0と1のあいだ」川野靖子訳。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部 霧の中」,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第14回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第42回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第3回。

、読み切りは3本。ティモンズ・イザイアス「さあ行け、直せ」鳴庭真人訳,大滝瓶太「天使のためのニンジャ式恋愛工学」,斜線堂有紀「骨刻」。

 まず特集「アジアSF特集」から。

 宝樹「三体X 観想之空 プロローグ」大森望/光吉さくら/ワン・チャイ訳。むかしむかし、もうひとつの銀河で……

 すんません。「三体」は第一部しか読んでなくて、ネタバレが怖くて読み飛ばしました。ごめんなさい。

 韓松「我々は書き続けよう!」上原かおり訳。幼い頃から文学が好きだったが、作家にはなれなかった。幸い農業起業家として多少の収入を得たため、貧しい作家たちを支援している。今年の春節にやたら招待されると思ったら、とんでもないことを知らされた。作家たちはみな宇宙人で、間もなく地球から去る、と。

 そうか、バリトン・J・ベイリーや山田正紀は宇宙人だったのか。それなら、あの奇想も納得だ←をい。ってな奇想から始まって、お話はドンドンとケッタイな方向へ。著者の好きな作家が判るのも楽しい。

 昼温「星々のつながり方」浅田雅美訳。出境ゲートにより、人類は他の星系へ移民できるようになった。ただし一方通行で、行ったら二度と帰れない。移民を成功させるため、開拓員には試験が課される。学習能力や身体的資質に加え、性格も考課対象で、破綻しにくく社会性の高い者が選ばれる。だが、最近は消息不明となる開拓者チームが増えている。

 昔から性格診断の類はあるけど、信頼性についてはどうも眉唾で。とか言ってるわりに、「社会はなぜ左と右にわかれるのか」の道徳基準アンケートは信じちゃってるなあ、俺。冒頭のリモートアソシエーションテストから始まり、近年の言語学ネタを巧みに料理している。

 文藝責任編集のイサベル・ヤップ「0と1のあいだ」川野靖子訳。金女史は考える。何がいけなかったんだろう。成績表が届いた日。また席次が落ちた。子供にはいつも言ってるのに。みんな寝る間も惜しんで勉強してるのに、何やってるの。韓国で大学に行かなかったら、人間扱いされないよ。

 一時期、韓国の激しい学歴競争が話題になった。「少し前の日本でも一時期はそうだったなあ」なんて思いだしつつ、日本で流れる韓国のネタは誇張されてるから…とか甘く見てたが、実際に酷かったみたいだ。今でも人気が高い作品だそうで、今の韓国のSFファンは当時の受験競争を経験した世代が多いんだろう。

 チャン・ガンミョン「データの時代の愛」吉良佳奈江訳。初めて映画館でソン・ユジンと出会ったとき、36歳のイ・ユジンは「卑しいほどハンサムな男」と感じた。五歳も年下な彼との関係を不安に思いつつも、付き合いは続く。保険会社に勤める友人の紹介で受けたライフサイクル予測分析によると、五年以上付き合う可能性はほとんどない、と出た。

 四柱推命や十二支などの占いは、韓国も日本と同じく中国の影響を受けてるんだなあ。ライフサイクル予測分析を提供してるのが保険会社ってのがミソで、なかなかにキツいネタが入ってる。そりゃ、そんなモンが来たら腹立つよなあ。結婚相談所だったら…あ、いや、奴ら独身が多いほど市場も大きいわけで、とすると…

 イサベル・ヤップ「アスファルト、母、子」川野靖子訳。メブヤンは川のほとりで死んだ子供たちを迎える。近ごろは三人も続けて子供がきた。みんな、麻薬の取り締まりで躍起になった警官に殺された子だ。おかしく思ったメブヤンは、上の世界へ出向くことにする。JMは若い警官だ。貧しい出自から苦労して警官になった。母も喜んでいる。しかし…

 著者はフィリピン人。フィリピンにも三途の川はあるんだなあ。日本の奪衣婆は嬉しくない存在だが、メブヤンは淡々と仕事をこなす。そんな民間伝承を元にしたファンタジイだが、テーマは明らかにドゥテルテ大統領の強引な麻薬撲滅運動を批判したもの。

 佐藤佐吉インタビュー アジアの中の日本映画・ドラマ。映画監督の佐藤佐吉に、日本映画の現状を取材する。アニメ映画は日本だけじゃ赤字なので世界市場を見て作ってるとか。そこまで日本のアニメ映画の国際市場は広がってるのか。にしても政府の助成金が20億円、韓国が400億円、フランスが800憶円って。なお、ハリウッド映画の脚本は人物の心理までミッチリ書いてるそうだ。

 特集はここまで。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部 霧の中」。フェアリイ星からジャムが消えた。FAFはジャム基地の攻撃を続けているが、中身は空だろう。特殊戦は、ジャムが地球へ侵攻したためと考えている。だが、それを地球に認めさせるのは難しいだろう。そして今、深井零はブリーフィングルームにいる。同席者はブッカー少佐・桂城少尉に加え、ジャーナリストのリン・ジャクスンと日本海軍情報部の丸子璃梨華。

 特殊戦・FAFそして地球と、それぞれの思惑が異なる状況をサラリと語る冒頭に続き、ジャムがフェアリイ星から消え一見よくなった戦況の裏で、実は相当にヤバい情勢なのが見えてくる。にも関わらず、桂城少尉のマイペースっぷりがいい。いい加減に見えて、実は「海賊」シリーズのアプロみたく重要な人物なのかもw

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第14回。もはや青野の区界は大蛇が五割を占めている。それでも印南棗らは青野を守るため大蛇に立ち向かう。そして語られる、区界の存在意義と住民たちの正体。

 一応の区切りがつく回。かつてのNHKの眉村卓原作の少年ドラマみたいな、懐かしい昭和の学園物っぽい幕開けから、とんでもねえ展開が続いて、こうなりますか。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第42回。復活したハンターたちは、総力をあげての決戦に挑む。ジェイクらファイブ・シャドウズを筆頭に、島は戦場となる。もちろん<ックインテット>も…

 今回は戦闘に次ぐ戦闘、アクションに次ぐアクション。派手なガン・アクションで始まったと思ったら、ナイトメヤやシルフィードに加え、様々な動物が大活躍で、ケモナー大喜びの回←違うだろ

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第3回。月の歴史は地下で始まった。月の地表は大気もなく温度変化も激しい。しかも隕石が直接に降り注ぐ。これらを避けるため、人は地下で暮らしたのだ。この状況を変えたのはアクリルの天蓋で…

 直前の「マルドゥック・アノニマス」との雰囲気の違いが凄まじいw 今回は人類が月の地下から地上へと進出する過程の前編。やはり挿話の組み込みが巧み。

 ティモンズ・イザイアス「さあ行け、直せ」鳴庭真人訳。売れ残りのTD8パンダ枕は長く放置された末に買われ、飛行機の中で開封された。いきなり破裂音がして、機内の空気が漏れ始め、非常用酸素マスクが降りてきた。TD8は<励ませ><守れ>とのプログラムに従い、乗客たちの救助に乗り出すが、バッテリーは切れかけている。

 売れ残りのAI枕が飛行機事故に巻き込まれ、乗客を救おうと残り少ない電力で大活躍するお話。映像化すれば子供にウケそうなんだが、電源や通信の描写が難しそうだなあ。

 大滝瓶太「天使のためのニンジャ式恋愛工学」。俺たちは天使だ。俺の職場は恋愛部。三交替24時間勤務で、人間たちの恋愛を司る部署だ。上司の異動に伴い部署の方針が変わり、物語的エンターテイメント性を重んじるようになった。俺はそれに合わせプログラムを創ったが…

 「サプライズニンジャ」って、マジであるのかw とすると、この作品は「いかにサプライズニンジャ値を下回らずに物語を展開するか」というメタ・フィクションでも…あるのかな?

 斜線堂有紀「骨刻」。骨刻は、美容外科医院が開発した。骨の表面にレーザーで文字を刻む技術だ。もちろん、外からは見えない。レントゲン写真でやっと確認できる。特に役にも立たなければ害もない、そんな技術だ。それでも人は、様々な思惑で骨に言葉を刻む。

 何の役に立つのかわからない、架空の技術をネタに展開する奇想短編。刺青とは違い、骨刻は見えない。ただ、そこにあるだけ。にもかかわらず、自らの骨に言葉を刻む者がいる。それはどんな人で、どんな目的なのか。なおボーンレコードは本当にあった(→Wikipedia)。

 今回は韓松「我々は書き続けよう!」上原かおり訳とティモンズ・イザイアス「さあ行け、直せ」鳴庭真人訳が面白かった。

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