ピーター・ワッツ「6600万年の革命」創元SF文庫 嶋田洋一訳
わたしたちはゲートを生み出し、ゲートは怪物を生み出した。
――p13啓示には半減期があるのだ。
――p63「やったのはたぶんわたしですが、その記憶がありません」
――p107「銃と戦いたいなら、どうぞやってみて。わたしなら銃をこっちに向けてるくそ野郎と戦う」
――p150「あなたたちの指導力と意外な着想は、ミッションにとって重要です」
――p210
【どんな本?】
カナダ出身の海洋生物学者にして新鋭SF作家でもあるピーター・ワッツによる、Sunflower Cycle に属する中編「6600万年の革命」に、短編「Hitchhiker」を加えたもの。いずれも「巨星」収録の 「ホットショット」「巨星」「島」と同様、Sunflower Cycle シリーズに属する作品。
国連ディアスポラ公社(UNDA)の宇宙船DCP<エリオフォラ>。直径100kmほどの小惑星の中心にブラックホールを据えて重力を生み出す。銀河の随所にワームホールを設置する任務だ。乗員は三万名ほど。加えてチンプと呼ばれるAIが船と計画を管理する。永劫の時を旅するため、乗員の大半は眠っており、チンプが対応できない時だけ数千年に一度、数名が目覚める。
何度目かにサンディが目覚めた時、ゲートから怪物グレムリンが這い出した。
SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2022年版」の海外篇で21位に食い込んだ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Freeze-Frame Revolution, by Peter Watts, 2018。日本語版はそれに短編 Hitchhiker を加え、2021年1月8日初版。文庫で縦一段組み本文約259頁に加え、渡邊利通の解説9頁。8.5ポイント40字×17行×259頁=約176,120字、400字詰め原稿用紙で約441枚。文庫としては普通の厚さ。
相変わらずクセの強い文体で、かなり読みにくい。内容もユニーク極まりない設定に加え、登場人?物も設定の関係で考え方が独特のため、馴染むのが難しい。科学的にも物理学の先端の知見をふんだんに使っている。つまりはディープなSFファン向けの作品。
【感想は?】
前編に重い閉塞感が漂う。
物語の舞台そのものが、狭い宇宙船の船内だ。しかも、行ける場所が限られている。中心に近すぎると、ブラックホールの潮汐力で体が引き裂かれる。かといって外は何もない宇宙空間だし。
いや、本当に何もないならマシで、ゲート(ワームホール)起動のあとは、得体のしれないグレムリンまで襲ってくる始末。先の「巨星」でも「遊星からの物体Xの回想」なんてのがあったし、好きなんだろうなあ、閉鎖環境でのホラーが。
おまけに、登場人?物たちの思考も、枷がかけられている様子。船を管理するチンプまで、計画した者たちの思惑を超えないように、能力を制限している。これは単に思考能力だけでなく、どうも都合よく編集までされている様子。
これは乗員たちも同じで、出発の前に脳の配線をいじられている。なんといっても、書名にあるように数千万年に及ぶ計画だ。途中で気が変わったら、困るもんねえ。
いや送り出す方は困るかもしれんが、送り出される方もたまらん。旅路の大半は寝ているとはいえ、数千万年である。そもそも送り出した人類は、まだ生き残っているのか? だって今までゲートから人類が出てきたことはない、どころかグレムリンなんてケッタイなヤツが這い出して来るし。
そんなワケで、時間的には悠久の時なんだが、空間的にも思考能力でも、重い枷をはめられている感覚がのしかかるのだ。しかも、それを自覚するだけの知性があるのが、更に救いのない気持ちになる。皆さん、こういう計画に駆り出されるだけあって、相応の知性を備えている。となれば、こんな状況に素直に納得するはずもなく、反乱を企てる。当面の相手はチンプかと思いきや…
脳がそのように配線されているからといって、その者を責めることはできない。
――p114
この辺は「暴力の解剖学」を思い出して、頭を抱えたくなったり。いや現在のところ、脳の配線は半ば天然なんだけど、この作品じゃ人為的に配線し直されてるからなあ。
反乱はいいけど、そもそも乗員の大半は寝ているわけで、メンバーを募るのも難しい。アジトを作ろうにも、船内はチンプが監視してる。これをどう出し抜くのか。なかなかに凝ったテクニックが駆使されます。飛び飛びの時を過ごすわけで…
「誰かが余分に時間を使わないとね」
――p133
なんて台詞が、舞台設定の特異性を際立たせるのだ。
そうこう工夫する人間たちを「肉袋」なんて表現するあたりも、この著者らしいクールさが漂う。こういう所も、好みが別れそう。
やはり好みが別れるのが、ガジェットの描写。小惑星に重力を生み出すと同時に、駆動力の源泉となっている(らしい)ブラックホールを「特異点」とし、推進力を生みだす(要はエンジン)メカをヒッグス・コンジットとしたり。いや私もヒッグス・コンジットが何なのか、よくわかんないんだけど。多分、前方に向かって落下し続ける感じで進むんだと思う。
と、そんな風に、乏しい知識と推論で補わなきゃいけない部分が沢山あるんだな、この作品。遠い未来を表すのに青色矮星(→Wikipedia)の一言で済ませたり。そこがSFとして美味しい所でもあり、シンドイ所でもあり。
独特の舞台設定で繰り広げられる、閉鎖状況での緊張感漂う、だが永劫の時をかけた人間たちの反乱の物語。思いっきり濃いSFが読みたい人向けの作品だ。
【ヒッチハイカー】
「明らかに溶接されてるな。何かを中に閉じ込めたか、外に締め出したんだ」
<エリオフォラ>の進路上に、妙な小惑星が現れる。<エリオフォラ>と同じUNDAの工場船<アラネウス>のようだ。だいぶ前に大きな損害を受け、遺棄されたように見える。チンプが幾つかボットを送り出したが、通信が途絶えた。強力な電圧スパイクや放射線のホットスポットがあると思われる。そこでヴィクトル・ハインヴァルトとシエラ・ソルウェイとアリ・ヴルーマンが起こされた。
「6600万年の革命」の後日譚となる短編。
数千年前に地球を旅立ったきり、人類との交信は途絶えゴールも見えぬまま航行を続けてきた<エリオフォラ>の前に現れた、懐かしき人類の宇宙船。となれば希望のしるしのハズが、凶兆にしか思えないのがピーター・ワッツの芸風w まあ壊れてる上に大気もなさそうだし。
そもそも広い宇宙で、同類に出会う確率は絶望的に低いワケで、ワナの匂いがプンプンするってのに、何の因果か偵察を仰せつかるとは、なんとも不幸なヴィクトル君たちだが。
遠未来なのに意外な動力のカートには、ちと笑った。低重力下で手軽な移動手段としてはアリかも。
相変わらずどころか、更に狭い舞台のため、閉塞感は「6600万年の革命」より強烈だ。しかも船内の探索が進むにつれ、不吉な予兆はどんどん増してゆく。
ホラー映画にしたらウケそうなんだけど、設定が特殊な上に面倒くさすぎるから、やっぱり難しいか。いや設定が見えないとオチもわかんないし。
【おわりに】
この作品で、やっとこの著者の芸風がわかった。根はホラー作家なんだ、この著者。ただし味付けは本格派のサイエンス・フィクションなので、そっちが本性だと思い込んじゃう。私が知る限り、最も近いのは映画「エイリアン3」かも。
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