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2022年4月 6日 (水)

久永実木彦「七十四秒の旋律と孤独」東京創元社

比喩は対象に新たな意味を与える――それは特別をつくることにほかならない。
  ――一万年後の午後

いつもそうだ。ぼくは大切なときには必ず、何が正しいかわからなくなってしまう。
  ――恵まれ号 Ⅰ

「わたしは特別すぎるものを、これ以上増やすつもりはない」
  ――巡礼の終わりに

【どんな本?】

 「七十四秒の旋律と孤独」で2017年の第8回創元SF短編賞を受賞した新人SF作家、久永実木彦のデビュー作品集。

 人類が宇宙へと飛び出し、超光速航法「空間めくり」により恒星間航行も実現した未来。

 マ・フは人工知能だ。中でも朱鷺型は特別な能力を持つ。設計が独特な朱鷺型は、ボディと一体化しており、ソフトウェアだけのコピーはできない。それまで、空間めくりは一瞬で終わると思われていた。だが、実は74秒間だけ時間が経過している。ただし、高次領域中の現象であるため、人間も人工知能も認知できない…朱鷺型のマ・フ以外を除いて。

 紅葉は貨物宇宙船グルトップ号の警備を担う朱鷺型マ・フだ。その日も、空間めくりのため目覚めた紅葉は…

 「七十四秒の旋律と孤独」に加え、同じシリーズをなす「マ・フ クロニクル」5編を収録。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2022年版」のベストSF2021国内篇で5位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2020年12月25日初版。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約278頁に加え、牧眞司の解説「プログラムに還元しえぬ意識、体験のなかで獲得する情動」4頁。9ポイント43字×19行×278頁=約227,126字、400字詰め原稿用紙で約568枚。文庫なら普通の厚さ。

 新人とは思えぬほど、文章はこなれていて読みやすい。SFではあるが、難しい理屈は出てこないので、理科が苦手でも大丈夫。ソレっぽい説明が出てきたら、「そういうものだ」で納得しておこう。大事なのは、読んでいる時のあなたの心の動きなのだ。

【収録作は?】

 それぞれ作品名 / 初出。

七十四秒の旋律と孤独 / 2017年の第8回創元SF短編賞受賞作
わたしはTT6-14441。通称、紅葉。グルトップ号の警備を担う、第六世代の朱鷺型人工知能である。有事となれば敵朱鷺型人工知能を破壊し、愛すべき船員たちを守るのが、わたしの役割だ。
 人類は光速を超える「空間めくり」を手に入れた。空間めくりに時間経過はないと思われていたが、実は74秒だけ経過していた。朱鷺型の人工知能=マ・フだけが、その時間を認識できる。そのスキを狙う海賊対策のため、貨物船グルトップ号は朱鷺型のマ・フ紅葉を載せている。それまで紅葉の出番はなかったが…
 紅葉の一人称で語られる物語。職務には忠実ながら、仕事には直接の関係がない乗員について妙に詳しく、また好き嫌いがあったり、ヒトとは違いながらも「美しさ」を感じたりと、微妙に人間臭い部分があるのがユニーク。ちょっと手塚治虫の「火の鳥」に出てくるロビタを思い浮かべてしまう。いや形はヒトに近いし、それぞれ独自の自我があるんだけど。
一万年後の午後 / 東京創元社「行き先は特異点 年刊日本SF傑作選」2017年7月
夜はこの惑星のどこかで、常に明け続けている。
 惑星Hには八体のマ・フが住む。ナサニエル,ニコラス,フィリップ,エドワード,スティーブ,ジェイコブ,アンドリュー,ジョシュア。彼らは宇宙の超空洞を漂う母船で十万体が一斉に目を覚す。見つけた聖典(ドキュメント)従い、母船内の多数の小型・中型宇宙船に分乗し、宇宙の地図を埋める旅に出た。八体は一万年の間、惑星Hの観察を続けている。
 マ・フはヒトに創られたと聖典にあるが、そのヒトはいない。にも関わらず、聖典に従い忠実に職務に勤めるマ・フたち。それぞれに自我や個性はあるが、「特別は必要ありません」と個性を押し殺し、かわりばえのしないスケジュールに従って暮らしてきた八体だが…。冒頭の引用の、惑星全体を見渡す視点と、今自分がいる視点の切り替えの見事さに息をのんだ。
口風琴 / 東京創元社「Genesis 一万年後の午後」2018年12月
どの部品がフィリップをフィリップにするのだろう。
 早春、三か月前。海の見える丘陵地帯で、ナサニエルとフィリップは猫鹿の出産を見た。猫鹿の群れは雌を中心に構成される。体長3mを超す雌が草原に横たわり、一回り小さい三匹の雄が回りを警戒する。雌は六匹の赤ん坊を産んだ。だが今エドワードの発声器官は不調をきたし、フィリップは…
 一万年ものあいだ、特に大きな変化もなく過ごしてきたマ・フたち。しかし突然のフィリップの事故に対し、物理的にも心情的にも、どう対処していいかわからない彼らが、可愛いような悲しいような。せめて生物なら、フィリップみたいな事態はよく起きるから、長い間に習慣ができるんだろうけど。とか思ってたら、これまた大きな変化が。
恵まれ号 Ⅰ / 書下ろし
自然とは遷ろうものなのだ。ぼくたちが一万年ものあいだ、ただ聖典のとおりに観察者として変わらない日々を過ごしてきたことこそが、自然に反することだったのかもしれないと、いまは思う。
 もはやネタバレなしに紹介するのは無理なので、感想だけを。いやホント、物語は思いがけない方向に転がっていきます。
 冒頭から、いきなりの状況の変化に驚くばかり。まあ、口風琴みたいなのがあるんだから、続いてもおかしくないんだが。
 ナサニエルの質問に苦労する気持ちはわかるw せめてロビタみたく人間離れした形ならともかく、なまじ人間っぽい形状だと、ねえ。
 そして終盤、更なる驚きが。ヒトは己に似せてマ・フを創った。ならば、そうなるのも当たり前なのかも。
恵まれ号 Ⅱ / 書下ろし
そもそも選ぶべき何かなんて、本当にあるのだろうか?
 特別を避けてきたマ・フたちだが、幾つもの突発事態を経て、それぞれの考え方も個性が強くなってくる。「おあつまり」で進行役を務めてきたスティーヴは、リーダー的な性格に育ってゆく。頼もしい成長が嬉しいやら、少し寂しいやら。
 とはいえ、これを書きながら改めて考えると、連中の気持ちもわかるんだよなあ。やっぱり、思い通りにいかないと、すんげえムカつくじゃん。いや物語はナサニエルの一人称で綴ってるから、読んでる最中は気がつかなかったけど。
巡礼の終わりに / 書下ろし
「かつて、わたしも同じように物語を必要とした。それは平穏をもたらしてくれたけれど、争いももたらした」
 「クロニクル」と呼ぶにふさわしい、壮大な時空を感じさせるエンディング。このスケール感も、「火の鳥」に通じるものを感じる。物語全体に流れる寂寥感も。
解説 牧眞司

 頑強で、素直で、我慢強くて、でも融通が利かないマ・フたち。本来なら賢いはずなのに、基本設計に縛られ、その言動は妙にぎこちない。設計者も、まさかこんな運命になるとは思ってもなかっただろう。そこが可愛いし、切なくもある。いつの日にか、そんな存在をヒトは創りだしてしまうんだろうか。いや、すでにどこかの異星人が…

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