« ピーター・ワッツ「6600万年の革命」創元SF文庫 嶋田洋一訳 | トップページ | ラジオの歌 »

2022年4月25日 (月)

エイドリアン・チャイコフスキー「時の子供たち 上・下」竹書房文庫 内田昌之訳

“ここでわたしたちは神々になる”
  ――上巻p10

“わたしたちはここにいる”
  ――上巻p381

「おれたちはみんな積荷なんだ」
  ――下巻p125

ついに樹上で暮らす人びとに会える。
  ――下巻p146

「宇宙はなにも約束してくれない」
  ――下巻p205

“わたしたちはなぜここにいるのですか?”
  ――下巻p218

惑星が叫んでいる?
  ――下巻p247

【どんな本?】

 イギリスのSF/ファンタジイ作家エイドリアン・チャイコフスキーによる、長編SF小説。

 地球から20光年離れた惑星。その惑星を地球に似た気候に改造し、地球の生態系を移植する。生態系が安定したら、最後に猿を放つ。そこに人工的に創り出したウイルスを蒔く。ウイルスは猿の知性を高める。世代を重ねるに従い、ウイルスは更に猿の知性を高めてゆく。知性を得た猿は、やがて高度の文明を築くだろう。そこに人類が創造主すなわち神として降臨する。

 そういう計画だった。

 だが、事故で猿は壊滅してしまう。幸か不幸か、知性化ウイルスは幾つかの種に感染した。中でも最も高い知性を得たのが蠅取蜘蛛だ。厳しい生存競争にさらされながらも、蜘蛛は世代を重ねて肉体・知性そして文明社会を発達させてゆく。

 太陽系の人類社会は戦争で壊滅し、生き残った避難民が新天地を求めて蜘蛛の惑星にたどり着く。格好の惑星を見つけた避難民は移住を望むが、知性化計画の残骸が惑星の守護者として避難民の前に立ちはだかり…

 センス・オブ・ワンダーあふれる蜘蛛の生態と文化がSFファンの魂を揺さぶる、直球ド真ん中のファースト・コンタクトSF長編。

 2016年のアーサー・C・クラーク賞を受賞したほか、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2022年版」のベストSF2021海外篇でも第二位に輝いた(中国産の怪物三部作がなければトップだったかも)。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Children of Time, by Adrian Tchaikovsky, 2015。日本語版は2021年7月23日初版第一刷発行。文庫の縦一段組み上下巻で本文約(370頁+351頁)=721頁、8.5ポイント41字×17行×(370頁+351頁)=約502,537字、400字詰め原稿用紙で約1,257枚。文庫の上下巻としては普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。そこそこ科学的にも考えられているが、特に難しい理屈は出てこないので、理科が苦手でも大丈夫。ただし、できればハエトリグモ(→Wikipedia)について多少は知っていた方がいい。部屋のなかによくいる、体長数ミリのピョンピョン跳ねるアレです。

【感想は?】

 「猿の惑星」のハズが「蜘蛛の惑星」になってしまった、そういう話。

 とにかく蜘蛛が可愛いのだ。なにせ蜘蛛である。ヒトとは身体の構造が全く違うし、生態も大きく異なっている。そんな蜘蛛が、どんな知性を獲得し、どんな社会を築くか。これが実にセンス・オブ・ワンダーに溢れていて、ニヤニヤしながら読んだ。

 ここまで身近な生物で異様な世界を創り上げた作品は、ベルナール・ウエルベルの「」以来だ。いずれも、彼らの特徴や生態を基にして、ヒトとは違う、だが知性を持った生物による理に適った社会を巧みに描いている。

 その蟻、実はこの作品でも大きな役を割り当てられるんだが、この役割、きっとベルナール・ウエルベルは納得しないだろうなあw いやある意味、「蟻」が描く蟻と似た性格付けをされてるんだけど。

 いずれにせよ、それが描く社会は、ヒトから見ればひどく異様なシロモノに見える。ばかりでなく、果たしてヒトが彼らを知性体と認めるかって問題もある。なにせ、この作品のヒトは、同じヒト同士で殺し合っているしね。こんな了見の狭いヒトと蜘蛛のファースト・コンタクトが、巧くいくとは思えない。

「おれはどうしても納得できなかったんだよ、エイリアンが送信したものをかならず認識できるという考えには」
  ――上巻p74

 ばかりか、ヒトは地球の環境すら自らの力でブチ壊す始末だ。読んでると、ヒトの方が遥かに野蛮で愚かに思えてくるのだ。

「あなたたちは猿だ、ただの猿だ」
  ――上巻p

人類は競争相手の存在が許せないのだ
  ――下巻p257

 これは作品内の歴史的な経緯だけでなく、壊滅した地球から避難してきた移民船「ギルガメシュ」の描写でも、やっぱりそう感じてしまう。相変わらずの勢力争いしてるし。

 この作品、蜘蛛パートと人類パートが交互に出てくる。私は蜘蛛に肩入れしちゃって、「もう人類は滅びてもいんじゃね?」な気分になってしまった。それぐらい、蜘蛛が可愛いのだ。

 そのヒトは、蜘蛛の惑星を自分たちのモノだと思い込んでる。移民船も長い航海で色々と限界だし。ところがどっこい、そこに知性化計画の残骸が立ちはだかるのだ、惑星の守護者として。いささかイカれた守護者だけど。

「なにかが何千年もおれたちを待っていたんだ」
  ――上巻p54

 そんな守護者に守られつつ育ってゆく蜘蛛たちの社会は、当然ながら蜘蛛ならではの生態が大事で。例えば蜘蛛だから、糸も出す。これ、文明が未発達な頃は獲物を仕留めたり移動したりと、野生の蜘蛛と同じ使い方なんだが、文明が進むにつれ、「おお!」と思えるような使い方を開発してゆくのだ。で、ソレを用いた比喩も出てくるあたりが、実に楽しい。

すべての糸は必ず別の糸につながっていて、その連鎖は簡単には止まらない。
  ――下巻p100

 また、蜘蛛たちが科学を発展させてゆく過程も、グレッグ・イーガンの「白熱光」に似た楽しみがある。もっとも、「白熱光」が力学や物理学なのに対し、蜘蛛たちは…

ヴァイオラは<理解>の秘められた言語を発見した
  ――上巻p362

 この<理解>は、なかなか羨ましい。

 とかの蜘蛛たちの世界ばかりでなく、著者の考え方が漏れてる所もあって、そこがまた気持ちいいんだよなあ。例えば…

それは世界に彼女らの理解がおよばないものがあると教えてくれる。
  ――上巻p171

いま自分に理解できないものがあるからといってそれが理解不可能なものだということにはならない。
  ――上巻p317

“自分がどれほど無知であるかということを真に知ることはできません”
  ――下巻p73

 とかね。あと、自然と科学や文明の関係にしても…

“わたしたちは自然に反することで利益を得てきたのです”
  ――下巻p76

 なんて、思わず「よくぞ言ってくれた!」と拍手しちゃったり。

 一つの世界を創造する過程を描いた作品って点では、ロジャー・ゼラズニイの「フロストとベータ」や「十二月の鍵」と似たテーマだ。それをじっくりと高い解像度で書き込んでいるあたりが、この作品の大きな魅力だろう。しかも蜘蛛ってあたりに、たまらないセンス・オブ・ワンダーが漂っている。

 異様なエイリアンとのファースト・コンタクト物が好きな人なら、きっと気に入る。

【関連記事】

【終わりに】

 最後に、一つだけ文句を。表紙だ。イラストは明るい緑色の地に黒い網目。これは緑の惑星に蜘蛛の糸を張った様子を表してるんだろう。けど、そこに白い文字はいただけない。格好の良し悪しじゃない。読みにくいんだ、文字が。特に私のような目の弱った年寄りには。

 肝心の中身は普通に白い地に黒い文字だから問題ないんだが、表紙がこれじゃ書店で選ぶ気になれない。もう少しロートルにも配慮してください竹書房さん。こんな面白い作品なのに、年寄りを仲間はずれにするなんて酷いじゃないか。

|

« ピーター・ワッツ「6600万年の革命」創元SF文庫 嶋田洋一訳 | トップページ | ラジオの歌 »

書評:SF:海外」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ピーター・ワッツ「6600万年の革命」創元SF文庫 嶋田洋一訳 | トップページ | ラジオの歌 »