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2021年12月 2日 (木)

SFマガジン2021年12月号

この目的のために働く者はだれであれ、社会とのあらゆる接点を失う。
  ――スタニスワフ・レム「原子の町」芝田文乃訳

「<ファイブ・ファシリティ>の究極の目的は何か? この都市に住まうすべての人々から、恐怖を取り除くことだ」
  ――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」

「絲路は、水不足で消える、現代世界で最初の都市になる」
  ――劉慈欣「円円のシャボン玉」大森望&齊藤正高訳

うちはふとっちょ一家だった。(略)
わたしはまだ太っている。ほかのみんなは過去形だ。
それはなぜか? あのいまいましい薬のせいだ。
  ――メグ・エリスン「薬」原島文世訳

 376頁の普通サイズ。

 特集は二つ。「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART3 1001~1500」と「スタニスワフ・レム生誕100周年」。

 小説は6本。

 うち連載は3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第7話,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第39回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第11回。

 読み切りは3本。まず「スタニスワフ・レム生誕100周年」として「原子の町」芝田文乃訳,劉慈欣「円円のシャボン玉」大森望&齊藤正高訳,メグ・エリスン「薬」原島文世訳。

 スタニスワフ・レム「原子の町」芝田文乃訳。第二次世界大戦中。私はロンドンから合衆国に派遣される。秘密裏に開発中であるはずの核兵器に関する情報が洩れているようだ、と。大西洋を越えフロリダへと向かった私がたどり着いたのは、隔絶された町だった。

 SFではない。情報部員がスパイをあぶりだすミステリ。1947年にポーランド人のレムが書いたとは思えぬほど、原爆製造のプロセスが生々しい。また放射線障害についても詳しいのが凄い。同じころのアメリカ人よりよほど良く分かっている。さすがマリー・キュリーの国だ。

 「スタニスワフ・レムからレム作品のアメリカ版の翻訳者、マイクル・カンデル宛の書簡 久山宏一訳」より。

良いかどうか調べるのには、私は実際的な方法を知っています。すでに書かれたものから削って、削って、消去して、そのときテキストが改良されたか、改悪されたかを見るのです。

 き、厳しい。なんか星新一も同じようなことを言ってたような。他にもアメリカSFへの評は火が出そうな毒舌ばかりで楽しい。でもお気に入りの作家はちゃんといて、かのP.K.ディック。

 「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART3 1001~1500」は籘真千歳≪スワロウテイル≫シリーズから。瀬尾つかさ、「キャッチワールド」とは渋い。ヤクザ・ボンズだっけ? 佐藤大輔を「未完の帝王」ってw 「小説家になろう」などWEB発の作品もボチボチ出てるんだなあ。つか「はやせこう」ってモロじゃんw

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第7話。アグレッサー部隊と日本海軍&空軍の模擬戦に、ジャムが乱入してきた。野生の勘でジャムを見破り警戒する日本空軍の田村大尉&飛燕は、雪風と共にジャムとの戦いを始める。

 出合って五分でガン飛ばす田村大尉もたいがいだけど、それに合わせる雪風も凄いw マシンも戦いの中で育つと、獣みたいな性格になるのかw そして最後までガン飛ばして帰投する田村大尉w そりゃジャムも警戒するよw

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第39回。多くの者が見守る葬儀の場で、自分たちの目的を明らかにしつつ、人々を巧みに煽るハンター。ノーマ・オクトーバーとの話し合いのあと、彼女の弟であるルシウスから話を持ち掛けられる。だがバジルは慎重で…

 頑張って法学生のコスプレに励むバジルが楽しい。手段を択ばず目的へと突き進む不気味で非人間的なハンターに比べ、あくまで人間的な賢さや悩みを感じさせるんだよね、バジルは。彼とバロットの絡みを増やしてほしい。

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第11回。青野の空には大きな黒い渦が浮かぶ。大館いつきは來間先生の家を訪れ、児玉佐知と対面する。プレハブの部室で、児玉佐知は遠野暁により覚醒を促された。もう天使化は止められない。

 連載の初めの頃は懐かし昭和の学園ドラマっぽかったが、回を追うごとに化けの皮がどんどん剥がれていく。にしても、つくづく、各登場人?物が自分の正体や舞台である数値海岸に気づいているああたりが斬新でもありグロテスクでもあり。

 劉慈欣「円円のシャボン玉」大森望&齊藤正高訳。中国西北部の乾燥地帯にある都市、絲路。水を引こうとする父と、植樹による緑化を目指す母の間に生まれた円円は、幼い頃からシャボン玉が大好きだった。大学では優秀な成績を修め、ハイテク技術でビジネスでも成功する。そして気まぐれで巨大なシャボン玉を作りだし…

 サイエンスというよりエンジニアらしい地に足の着いた解説で読者を煙に巻きつつ、そこから発展して突拍子もない結末へと向かう、劉慈欣の持ち味が存分に生きた作品。いかにも白髪三千丈を感じさせる馬鹿でかいスケール感が気持ちいい。中国SFは最近の流行りだけど、この芸風は旧き良きサイエンス・フィクションの香りが強く漂い、むしろ齢経たSFファンにこそウケる作品だ。

 メグ・エリスン「薬」原島文世訳。父・母・兄そしてわたし。我が家はみんな太ってる。幾つものダイエットを試した母がたどり着いたのは、その薬。これは本物だった。酷い苦しみを味わうが、ちゃんと痩せる。ただし、生き延びるのは10人中9人だけ。

 肥満が問題になっている現代アメリカらしい作品。肥満ったってアメリカは桁が違うしねえ。作品中の食事の描写を読むと、そりゃ太って当たり前だよ、とつくづく感じる。暮らしの中で感じる肥満ゆえの不具合も凄まじい。とはいえ、社会全体が肥満を奨励してるとしか思えないんだよな、あの国は。

 大野万紀によるスタニスワフ・レム「インヴィンシブル」関口時正訳の紹介。どっかで聞いたようなお話だと思ったら、「砂漠の惑星」かあ。レムじゃ一番好きな作品だ。でもネタ明かしちゃうのはアリなの?

 塩沢編集長、長い間、充分に楽しませていただきました。ありがとうございます。

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