菅沼悠介「地磁気逆転と『チバニアン』 地球の磁場は、なぜ逆転するのか」講談社ブルーバックス
本書では、チバニアンを通して初めて地磁気逆転の存在を知った方にも興味を持ってもらえるよう、地磁気と地磁気逆転の謎を中心に、最近の研究結果も踏まえてお話していきたいと思います。
――はじめにじつは日本で売られている多くの方位磁石は、最初から北半球用に針の重さが調整されています。つまり、北向きに傾く方位磁石を調整するために、方位磁石の南側を少しだけ重くしてあるのです。
――第1章 磁石が指す先にはそもそも千葉県の房総半島は日本の火山灰研究の中心地
――第6章 地磁気逆転の謎は解けるのか千葉セクションは気候変動の研究でもとても重要な地層なのです。(略)
千葉セクションは約80万~75万年前の氷期→間氷期→氷期の気候変動を記録した地層です。(略)
このときの間氷期は、ミランコビッチ理論(→Wikipedia)による太陽の放射エネルギー分配の変動パターンが、過去100万年間の中で現在我々が生きる間氷期にもっとも近いことです。
――第7章 地磁気逆転とチバニアン
【どんな本?】
2020年1月17日、国際地質科学連合は「チバニアン(→Wikipedia)」を採用する。これは77万4千年前~12万9千年前を示す時代区分でああり、千葉県市原市養老川沿いにある地層群「千葉セクション(→Wikipedia)」に基づき名づけられた。
当時はテレビのニュースも盛んに取り上げたので、「チバニアン」の名前を知っている人は多いだろう。だが、ソレが何を示すのか・なぜ話題になるのか・どんな特徴があるのか・なぜ選ばれたのか・何の役に立つのかなどを知る人は、どれだけいるだろうか?
チバニアン申請の論文執筆責任者を務めた著者が、チバニアンを例にとり、磁気の記録から地球の過去を探る古地磁気学の歴史と研究内容を解説し、チバニアンおよび千葉セクションの意義と特徴を紹介する、一般向けの科学解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2020年3月20日第1刷発行。新書版で縦一段組み本文約238頁。9ポイント43字×16行×238頁=約163,744字、400字詰め原稿用紙で約410枚。文庫なら薄めの一冊分。
文章はこなれている。内容も比較的に分かりやすい。終盤になると著者の熱意が暴走して専門用語の連発になりやすい科学解説書だが、本書はゴールが「チバニアン」と決まっているためか、全体を通してペースが安定している。中学卒業程度の理科の素養があれば、充分に読みこなせるだろう。
【構成は?】
原則として地質学の基礎から積み上げていく形なので、なるべく頭から読もう。
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- はじめに
- 第1章 磁石が指す先には 磁石と地磁気の発見
磁石は真北を指さない?/磁石を発見した「羊飼いの男」/磁石の利用は「風水」から始まった/大航海時代の幕開け/ナビゲーションとして利用する/偏角と伏角/「地球は一つの大きな磁石である」/揺れ動く磁北/伊能忠敬はなぜ完璧な地位図を描けたのか?/オーロラが示した地磁気の変動
- 第2章 地磁気の起源 なぜ地球には磁場が存在するのか
地磁気を“視る”生物/ガウスが開発した「地磁気を測る」方法/ファラデーが確認した「見えない力」/きっかけは、東京で起きた地震だった/地震波から地球内部を探る/地磁気を発生させる「何か」/見えてきた地球の中身/地球ダイナモとはなにか/シミュレーションで見えた地磁気の姿/スーパーコンピュータでもわからないこと
- 第3章 地磁気逆転の発見 世界の常識を覆した学説
体内に磁石を持つ生物/地磁気研究の功労者、松山基範/溶岩に記録された地磁気を測る/地磁気は何度も逆転していた/地磁気逆転の発見者 ベルナール・ブルン/残留磁化とはなにか/磁気理論の確立 溶岩はなぜ地磁気を記録できるのか/「自己反転磁化」という不可解な現象/地心軸双極子仮説 地磁気極は北極と一致する/北極が移動したのか、大陸が移動したのか/「大陸移動説」の復活/海底に見つかった「縞模様」/すべての仮説を統合するモデルの登場/地磁気逆転の歴史の解明/地磁気逆転の実証からプレートテクトニクスへ
- Column1 古地磁気からわかった日本列島の成り立ち
- 第4章 変動する地磁気 逆転の「前兆」はつかめるか
人工衛星が故障する「あるエリア」/地球の磁場がなくなる日/過去の変動を「観察」する方法/溶岩から地磁気の「強さ」を測る/海底堆積物はどうやって地磁気を記録する?/古地磁気強度の推定に残された課題/どれほどの頻度で逆転していたか/マントル対流が活発になると地磁気が逆転する?/地磁気の強さは、常に変化している/過去一万年間に、どのような変化があったか/地磁気エクスカーション/ネアンデルタール人の絶滅と地磁気の関係 - Column2 地磁気はいつから存在するのか?
- 第5章 宇宙からの手紙 それが、謎を解くヒントだった
超新星爆発の「残骸」が教えてくれること/太陽風と地磁気のバリア/太陽磁場は11年に一度、逆転する/世界を大混乱させた、伝説の大洋イベント/宇宙からきた「手紙」を読み解く/ベリリウム10で地磁気強度を推定する/氷床に詰まっている過去の記録/「古地磁気学の未解決問題」とは/ミランコビッチ理論と氷期-間氷期サイクル/年代決定への利用と、そこで見つかった「問題点」/「堆積残留磁化の獲得深度問題」、解決か?/未解決問題を解くための“強力な武器”/長い間、謎が解かれなかった理由/深度に気づいた「不思議なデータ」が示していたこと
- Column3 もしも地磁気がなかったら
- 第6章 地磁気逆転の謎は解けるのか なぜ起きるのか、次はいつか
極限環境の磁場/地磁気逆転のタイミング/ジルコンのウラン-鉛年代測定/ブレークスルーは千葉の地層から/地質年代の「目盛り」を統一する/地磁気逆転の全容 千葉セクションの研究からわかること/次の逆転はいつなのか?予知はできるのか?/逆転するとどうなるのか/地球の磁場は、なぜ逆転するのか? - Column4 考古地磁気学のススメ
- 第7章 地磁気逆転とチバニアン その地層が、地球史に名を刻むまで
常識を覆した「チバニアン」誕生/30年にもわたる挑戦だった/申請タスクチームの結成/そもそも、GSSPとは?/海底の地層が地上で見られる場所/奇跡的に条件がそろっていた「千葉セクション」/2度の審査延期と、悩まされた「ある問題」/そして、大一番に挑む/ポイントとなったのは「地磁気逆転記録の信頼性」/最大のピンチを乗り越えて/チバニアンの先には 地磁気逆転研究の未来
- おわりに
- 参考図書
- 付録 古地磁気学・岩石磁気学が研究できる大学・機関
- さくいん
【感想は?】
チバニアンはあくまでも客引き文句だ。本書の面白さは、地質学そのものにある。
著者の専門は古地磁気学で、本書も地磁気学が中心だ。だが、地質学の面白さは地磁気だけでなく、様々な研究が積み重なっていく所にある。この楽しさは、謎解きがテーマのミステリに近い。というか、科学ってミステリなんだな、が私の感想だ。
改めて考えると、大陸移動説は実にイカれている。科学者が真面目に説かなければ、たいていの人は納得しないだろう。島が動くってだけでも信じられないのに、大陸が動く? アタマおかしいんじゃね? と、20世紀初頭の人々が決めつけるのも当たり前だろう。
これに地磁気異常など科学上の「謎」が加わり、また磁気測定技術や放射年代測定技術などの新兵器が現れ、意外な所から新しい証拠が見つかり、イカれてると思われた大陸移動説そしてプレートテクトニクスへと結実していくあたりは、地質学の守備範囲の広さと人類の知識の進歩をまざまざと見せつけられ、とってもエキサイティングだ。
中でも最も興奮したのが、「第5章 宇宙からの手紙」。なにせ、いきなり超新星爆発から話が始まる。超新星爆発で発生した高エネルギー粒子(おもに光速に近い陽子)が大気と衝突して原子核反応を起こし放射性同位体を作り出し云々。これに加え樹木の年輪を目印にすると太陽の活動や地磁気変動の手がかりになる…って、いきなり言われても話が飛び過ぎてわかんないよね。
やはり宇宙が関わる話としては、人工衛星の故障が頻発する、いわば軌道上のサルガッソが地磁気を探る傍証となったり。つくづく地質学ってのは、何が何に関係してくるか見当もつかない世界だ。
そういった多くの分野が関わる世界だけに、千葉セクションおよびチバニアンの申請の顛末を語る「第7章 地磁気逆転とチバニアン」も、様々な事情が関わってくる。ただし、某匿名掲示板で話題になった地元の人たちとの軋轢は、かなりボカしてるんで、あまし期待しないように。
千葉セクションは、GSSP(Global Boundary Stratotype Selection and Point,国際境界模式層断面とポイント)の一つ。GSSPは時代を示すモノサシで、各時代に一カ所だけって事になってる。モノサシだから、正確に時代を測れなきゃいけない。てんで、幾つか基準がある。
- 海底で堆積した地層である。
- 今は地上に露出している。
- 断層による変形や岩石の変質が少ない。
- 化石や地磁気逆転の痕跡などが残っている。
- 年代がハッキリわかる。
まあ、この辺は、納得できるよね。他にも「国籍などを問わず誰でもアクセスできる」「研究の自由と地層の保存が確約されている」なんてのもあって、科学者の矜持みたいのを感じたり。
加えて、千葉セクションには他にも便利な特徴がある。
一般に GSSP は地中海沿岸が多い。対して千葉セクションは太平洋に面している。その太平洋の暖流の黒潮と寒流の親潮は、日本の太平洋側の沖でぶつかる。千葉セクションはそういう所で堆積したので、微化石を調べると、太平洋の潮流の変化を辿れるのだ。
また、日本列島は南北に長く標高差も大きい。そのため植生も変化に富んでいる。だから花粉の化石を調べると、気候の変化が分かるのだ。花粉の化石ってあたりで、いかにも今世紀の科学って空気が漂ってると思うのは私だけだろうか。
地磁気の発見、そしてその方向の変化が示す北極の移動から始まり、大西洋の縞模様や地震波、果ては超新星爆発から花粉化石まで、場所もスケールも縦横に変化しつつ地磁気の謎を追う壮大なミステリ。一見、地味に思える地質学だが、視野の広さと物語の意外性は興奮に満ちている。科学を、そして謎解きを愛するすべての人にお薦め。
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