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2021年9月27日 (月)

ザック・ジョーダン「最終人類 上・下」ハヤカワ文庫SF 中原尚哉訳

ウィドウ類のシェンヤはほんの数年前まで冷徹な殺し屋だった。
  ――上巻p9

「てめえの生まれを知ってるぜ」
  ――上巻p60

きみがロック解除して、僕が経験する。
  ――上巻p188

「あなたにとって大きすぎるからといって、だれにとっても大きいとはかぎりません」
  ――下巻p43

来い。現実の正体を見せよう。
  ――下巻p99

高階層の精神に嘘をつかれて見破れるのか。
  ――下巻p163

「ようこそ――」
「――俺へようこそ」
  ――下巻p261

【どんな本?】

 米国の新人SF作家ザック・ジョーダンのデビューSF長編。

 銀河には数多の知的種族が住み、みなネットワークに繋がっている。各種族は知的レベルで階層化されており、2.09以上は亜空間トンネルを介し他星系にもつながる。3.0以上はたいてい集合知性だ。

 シェンヤは、クモに似て強靭で凶暴なウィドウ類だ。その養女サーヤには秘密があった。表向きはスパール類だが、実際は人類だ。その凶悪さゆえ銀河中から憎まれ嫌われ絶滅させられた人類の、最後の生き残り。秘密を守るためネットワーク接続に必要なインプラント手術が受けられず、知性も低いと思われている。

 母に守られつつも屈辱に耐えて生きてきたサーヤだが、彼女の秘密を知る者が現れ、彼女は激しい運命の渦に投げ込まれる。

 エキゾチックで魅力的なエイリアンや巨大スケールの技術が続々と登場し読者を翻弄する、今世紀の冒険スペース・オペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Last Human, by Zack Jordan, 2020。日本語版は2021年3月25日発行。文庫の上下巻で縦一段組み本文約332頁+331頁=663頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント40字×16行×(332頁+331頁)=約424,320字、400字詰め原稿用紙で約1,061枚。文庫上下巻は妥当なところ。

 娯楽作品としては文章はややぎこちない。これは新人のためでもあるが、作品世界があまりに異様なためでもある。内容もバリバリのスペースオペラで、奇妙な生態のエイリアンや謎のテクノロジーに満ちあふれている。上巻はスターウォーズのようにアメリカンなスペースオペラだが、下巻に入るとレムやステープルドンみたいな展開が味わえる。つまりは、そういうのが好きな人向け。

【感想は?】

 母は蜘蛛ですが、なにか?

 ごめんなさい。言ってみたかっただけです。

 最初に目につく魅力の一つは、異様なエイリアンの心だ。物語はウィドウ類のシェンヤの視点で始まる。人類より大きい、クモに似たエイリアン。そんな存在は、人類であるサーヤをどう感じるのか。

 シェンヤ視点の語りでは、出てくる数字に注目しよう。マニアックなイースターエッグが隠れている。

 様々なエイリアンが出てくるスペースオペラは多い。その多くは人類の視点で描かれるし、人類は銀河の主役級プレイヤーだ。だが本作はウィドウ類で始まるばかりでなく、人類は銀河中から憎まれ嫌われ、かつほぼ絶滅している。「俺達こそ最高」な気分が充満しているアメリカのSFで、こういうのは珍しい。

 「でも本当は…」みたいな展開を期待してもいいが、まあそこはお楽しみ。

 やはり異色な設定として、知性の階層がある。人類であるサーヤは出生を隠すため、ネットワークにつなげるインプラント手術が受けられず、本来より低い知性階層と評価されている。じゃ本来の階層はというと、実はこっちもあまり芳しくない。この世界には人類より遥かに賢い種族が沢山いるのだ。

 人類より肉体が強かったり武力が優ってる種族が出てくるも多いが、たいてい性格や精神構造で弱みを持っている。が、本作にはそういう弱点はない。本当に人類はおバカで凶暴で性格にも問題ありなのだ,、少なくともこの宇宙の水準では。あ、でも、賢い種族も性格はいいとは限らなかったりする。

 悔しい? でも、下には下がいる。本書では「法定外知性」と呼ぶ。雰囲気はスマートスピーカーのアレクサやアップルのSIRIに近いし、扱いもそんな感じだ。可愛いしソレナリに役立つけど、ちとおバカな上に出しゃばるとウザい。おまけに人格らしきモノがあるのも困ったところ。上巻の初めでサーヤが彼らをどう扱うか、ちゃんと覚えておこう。これが中盤以降で効いてくる。

 そんな風に、アメリカンな「俺達こそ最高」な発想をトコトン痛めつけた上巻に続き、下巻では更に上の階層が姿を現し、サーヤは世界の形を垣間見るとともに、その中での自分の位置を見せつけられる。

 ここで面白いのが、集合精神の扱い。スタートレックのボーグを代表として、多くのスペースオペラじゃ集合精神は悪役、それも強敵の役を演じる。これ朝鮮戦争での中国人民解放軍の印象が強いからじゃないかと思うが、この作品の集合精神はだいぶ扱いが違う。個体が集合精神に加わる場面も、グロテスクではあるが独特の雰囲気があったり。

 もう一つのキモが、ネットワーク。世界の全ての知的種族を結ぶ情報網だ。どう見てもインターネットのアナロジーだろう。

 そのインターネット、小文字で始まる internet は「インターネット・プロトコル(通信規約)で繋がった機器の集合体」を意味する。インターネット・プロトコル以外にも、デジタル機器を繋げる手法はあるんだ。AppleTalk とか TokenRing とか。でもインターネット・プロトコルが圧勝しちゃったから、「ネットワークといえばインターネット・プロトコル」みたいな風潮になっちゃった。

 対して大文字で始まる The Internet は、ネットワーク同士をインターネット・プロトコルで繋げたものだ。実はインターネット・プロトコル以外にもデジタル機器を繋げる方法はあるし、ネットワーク同士を繋げる方法もある。例えば昔のパソコン通信とかね。

 ただ、今ある The Internet と繋げず、かつ別の通信規約で「もう一つのインターネット」を作るのは、やたら面倒くさく金がかかる上に利益も少ない。ケーブルやルータやネットワーク・ボードも独自規格で作り直さなきゃならんし。でも、理屈の上ではあり得る。

 その辺を考えながら下巻を読むと、また違った味が出てくる。いや著者の狙いがソコとは限らないけど。

 当たり前だと思い込んでいたモノ・コトを、「実はこういうのもあるぞ」と示して、世界観を根底からひっくり返すなんて荒業ができるのはSFだけだし、それがSFの最も大きな魅力でもある。ありがちな冒険スペース・オペラと思わせて、下巻に入ると読者の認識を根底から揺るがすSFならではの眩暈を味わえる、意外な拾い物だった。ファースト・コンタクト物が好きな人にお薦め。

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