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2021年8月22日 (日)

菅浩江「博物館惑星Ⅲ 歓喜の歌」早川書房

理解しすぎだ、<ダイク>。
  ――歓喜の歌

【どんな本?】

 <アフロディーテ>は、月と地球のラグランジュ3、地球から見て月の正反対にある小惑星だ。オーストラリア大陸ほどの小惑星にマイクロ・ブラックホールを仕込んで重力を調整し、惑星全土を使い博物館にしている。

 組織は絵画・工芸,音楽・舞台・文芸,動植物の三部門に加え、全体を調整する総合管轄に分かれる。

 兵藤健はVWA、<権限を持った自警団>の新人。芸術オンチの健は、総合管轄所属の学芸員で同期の尚美・シャハムにドツかれつつ、今日も事件現場を駆けずり回るのだった。

 ベテランSF作家の菅浩江が、技術と芸術そして人間とマシンの関係を探る、連作SF作品集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2020年8月25日発行。単行本縦一段組み本文約256頁。9ポイント43字×18行×256頁=約198,144字、400字詰め原稿用紙で約496枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。なおハヤカワ文庫JA版もある。

 文章はこなれていて読みやすい。SFとしてはかなり凝った仕掛けを使っているが、わからなかったらソコは読み飛ばしてもいい。「どんな原理か」や「なぜできるか」は、どうでもいい。「何ができるか」がわかれば充分。大事なのは、音楽でも絵画でも文学でもいいから、何か「好きな作品」があること。

 なお、お話は前作の「不見の月 博物館惑星Ⅱ」から素直に続いているので、なるべく前作から読もう。特に最後の「歓喜の歌」の盛り上がりが違ってくる。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

一寸の虫にも / SFマガジン2019年6月号

「予想通りだ。面白くない結果だ。これから面白くなる!」

 兵藤健は頭を抱える。ニジタマムシ27匹が逃げ出した。鞘翅の美しさに目をつけた業者イシードロ・ミラージェスが違法に遺伝子操作したものだ。既存の種と交雑したら、どんな影響がでるかわからない。そこで全部を捕まえる必要がある。ところが健は虫が苦手なのだ。しかも肝心の動植物部門の担当者カミロ・クロポトフはのんびりしていて…
 いかにも研究者なカミロがいい味出してる。頭の回転に口が追い付かないと、片言になったり無口になったりするんだよね、専門家ってのは。人工的に遺伝子を弄られているとはいえ、結局は生物。環境が変われば、それに合わせて生殖戦略を変え、とにかく生き延び子孫を残そうとするニジタマムシちゃんの奮闘と、それに振り回される<アフロディーテ>のメンバーが楽しい。
 そういえば日本じゃオオクワガタやヘラクレスオオカブトが男の子に根強い人気を誇ってるんで、将来は遺伝子操作して大型化、なんて事業が出てくるかも。
にせもの / SFマガジン2019年8月号

「見分けがつかないくらいなんだから、もうどっちも本物だったってことにすればいいんじゃないかなあ」

 総合管轄部門のトラブルメーカーであるマシュー・キンバリーが、「贋作鑑賞術」を企画した。贋作と真作を並べて展示するのだ。準備で忙しい中、<アフロディーテ>所有の逸品<都会焼>の「片桐彫松竹梅」そっくりの壺が見つかる。詐欺常習の古物商からでた壺は、来歴も<アフロディーテ>所有の物と同じ。ただ、<アフロディーテ>所有物には<都会焼>創設者の柊野彦一発行の認定シールがある。
 貫入とは釉のひび割れ(→コトバンク)。素人の私は健の言葉に思わずうなずいちゃったりw 贋作ネタはミステリとして美味しくて、「贋作者列伝」や「にせもの美術史」も楽しいです。さすがに現代じゃ陶器は無理だろうけど、「ミロのビーナス」などの彫刻なら3Dスキャナー+3Dプリンタで精巧な複製が作れるんだろうなあ。
 なお、ドリューの大贋作事件は日本経済新聞の記事が参考になる。
笑顔の写真 / SFマガジン2019年12月号

「笑顔のてっぺん、か」

 <アフロディーテ>では、開設50周年企画の準備が進んでいる。その一環として、写真家のジョルジュ・ペタンを招いた。「笑顔の写真家」の別名で知られる彼は、世界各地で生活感あふれるスナップを撮り、特に人々の笑顔が特徴だ。代表作はチリのマプチェの子供たちを撮った作品。銀塩写真にこだわりスクラッチのエフェクトが得意なペタンだが、どうも元気がない。
 イーストマン・コダック社(→Wikipedia)の倒産など、デジタル・カメラやスマートフォンの普及で危機に瀕している銀塩写真が重要な役割を果たす作品。ロッド・スチュアートも名曲マギー・メイ(→Youtube)があまり好きじゃないそうで、世間で高く評価されても作者は納得するとは限らないのが難しい。凡作として忘れられればともかく、事あるごとに引き合いにされると、なおさら棘が心に突き刺さるんだよなあ。
笑顔のゆくえ / SFマガジン2020年2月号

俺は、いま一度ロブレの笑みに向き合いたいんだ。

 ペタンに元気がない原因は、まさしく代表作にあった。しかも、その代表作に目をつけた何者かが、妙なちょっかいを出している。失ってしまった笑顔を取り戻そうと、素人なりに健は気を回すのだが…
 実質的に先の「笑顔の写真」と前後編を成す作品。と同時に、自我をもつAIについての議論の一つにも挑んでいる。どういえばこの作品集、<ダイク>や<エウポロシュネー>のハードウェアには触れてなくて、あくまでも健や尚美とのインタフェースだけの描写になってる。たぶん分散処理してるんだろうなあ。最後の一行が、いかにも健らしくて心に染みる。
遥かな花 / SFマガジン2020年4月号

「この絵描き、本当は何を表現したかったのだろうね」

 動・植物部門が管理する孤島キプロスは、人工的に生み出された生物を隔離していて、一般には非公開だ。作業員を装いプラント・ハンターのケネト・ルンドクヴィストは作業員を装い侵入し、あっさり捕まる。製薬会社アベニウスの会長ヨーラン・アベニウスが身元を引き受けてもいいと申し出たが、ケネトは父親フレデリクの因縁でヨーランを憎んでいる様子。
 Wikipedia じゃプラントハンターは過去の遺物みたいな扱いだけど、「フルーツ・ハンター」によるとドッコイ今でも元気に世界中を駆け回ってる。最近は中国が熱いんじゃないかな。いるよね、能天気で気ままだけど妙に憎めなくて、誰とでも友達になっちゃう奴w 人類がアフリカを出たのは、そういう奴が先導したのかも。
歓喜の歌 / SFマガジン2020年6月号

細かい仕事は雲霞のように湧いてきて目の前をふさぐ。

 <アフロディーテ>50周年記念フェスティバル前夜。多くの訪問者でにぎわう中、尚美・シャハムは次々と舞い込むトラブルで大忙し。もちろん問題児マシュー・キンバリーも騒ぎとも縁じゃない。同じころ、兵藤健は大捕り物に備え緊張している。長く尻尾が掴めなかった国際的な美術品犯罪組織アート・スタイラーに、接触する機会が得られたのだ。
 日本では年末の風物詩ともなった「歓喜の歌」(→Youtube)をBGMに、あの壮大な曲にふさわしい見事なフィナーレを決める完結編。今までの短編でじっくり仕込んだダシが、鮮やかな隠し味となって効いてくる。この著者、音楽が絡むとホントいい作品を書くんだよなあ。にしても尚美さん、最初から最後まで怒りっぱなしなのはどうよw

 「永遠の森」から続いた博物館惑星シリーズ。いまよりちょっと進んだ技術をネタにしつつ、「ヒトと作品」の関係を見つめた連作短編集だ。「不見の月」以降は、芸術オンチの兵藤健を主人公に据えることで、芸術には素人の私も親しみを持てるお話になった。

 なお、SFマガジン2020年10月号には、ボーナス・トラックに当たる「博物館惑星 余話 海底図書館」が載っているので、気になる人は古本屋か図書館を漁ろう。

 ところで十日町たけひろによるカバー、実に巧みに内容を表してるんだけど、これポスターとして売ってほしいなあ。

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