草上仁「7分間SF」ハヤカワ文庫JA
「興味深い法理論ですね」
――緊急避難
【どんな本?】
フレドリック・ブラウンや星新一の衣鉢を継ぎ、鋭いアイデアと気の利いたオチが楽しい短編SFの名手・草上仁による、短編SF小説集。
辺境の惑星での遺物探索が題材の「カツブシ岩」,育児中の忙しい朝に起きる騒動「キッチン・ローダー」,ロボット社会の異端児が主人公の「この日のために」など11編を収録。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2020年3月25日発行。文庫で縦一段組み本文約294頁。9.5ポイント39字×17行×294頁=約194,922字、400字詰め原稿用紙で約488枚。文庫では普通の厚さ。
文章はこなれていて読みやすい。SFとは言っても小難しい理屈は出てこない。いやたまにソレっぽい言葉が出てくるけど、雰囲気を出すために使ってるだけなんで、深く考え込まないように。とっつきやすくてわかりやすい上にまずもってハズレがなく、SF初心者にも自信をもってお薦めできるのが、草上仁のいい所。
【感想は?】
確かに草上仁は、フレドリック・ブラウンや星新一の後継と呼んでいい。とはいえ、それぞれに芸風は違う。
フレドリック・ブラウンは天使や悪魔をよく使う。また印刷に携わった経験か、ミミズ天使のように地口も得意だ。星新一は都会的でクール、語り口はやや突き放した感がある。
対して草上仁ならではの味の一つは、異様な生き物だろう。この本では最初の「カツブシ岩」「カレシいない歴」がそれにあたる。
砂漠の惑星クロッカスにあるカツブシ岩は、巨獣ビヒモスの化石だ。中には財宝運搬船を呑んだビヒモスの化石もある。調査に訪れたスターク博士らは、現地人のイップに案内され岩を訪れる。
イップが食べているカツブシ石の正体は、なんとなく見当がつく。なにせ名前がソックリだし。ただ、その関係は…。イップ君、なかなかの役者です。
「カレシいない歴」は、こんな文章が出てくる。
カレシ、最初からいなかったわけじゃないんだよ。生まれる前にはいたの。
――カレシいない歴
は? と思うよね、普通。これにどう理屈をつけるか、お楽しみに。
もう一つ、草上仁ならではの味が、巧みな状況設定。
「キッチン・ローダー」は、育児中の母が忙しい朝に陥る危機を描く作品。誰だって出勤前の朝は忙しい。加えて何をするかわからない乳児を抱えているとなれば、なおさら。それを補うために家電はどんどん賢く便利になっているが、操作も複雑になってしまった。そこで工夫をしたのはいいが…
何でも触りたがり舐めたがる乳児と家電。今だって相性は最悪だってのに、家電がネットワークに繋がったとなると、問題は更に悪化して…。朝の通勤電車で読むには、いささかキツいかも。
やはり奇妙な状況でのドタバタが楽しいのが「スリープ・モード」。SFならではのイカれた状況で起きる危機を描く。
最近の機械は、使っていないと勝手にスリープ・モードに入って電気を節約する。何カ月もかかる惑星間飛行も、乗務員を起こしておくと無駄に資源を使う。そこでスリープ・ドラッグだ。20秒以上、業務についていないと、乗務員は眠りに入り、資源の無駄を省く。ところが気を遣う軌道進入の直前に飲んだスリープ・ドラッグに手違いがあり、20秒ではなく2秒で眠るものだった。
軌道進入の最中は、アチコチに待機が入る。その間に眠り込んでしまったら大事故を起こす。だが間違ったスリープ・ドラッグのせいで、2秒間何もしないと眠り込んでしまう。いかにして眠らずに済ますか。なんとか意味のある業務をヒネり出そうとする乗務員たちの足掻きが楽しい。
これが手に汗握るスリルとサスペンスではなく、捧腹絶倒のドタバタ・ギャグになるあたりが、草上仁ならではの味。なんといっても、テンポがいいんだよなあ。
もう一つ、宇宙での奇妙な状況をテーマとした「チューリング・テスト」も、SFとしては古典的なアイデアにヒネリを加えた作品。タイトルでわかるように、会話だけでヒトとAIをいかに見分けるか。
どの作品も語り口は親しみやすく、文章も読みやすい。時おり小難しい言葉が出てくるが、みんな雰囲気を出すためなので、意味が分からなくても問題ない。手軽に読めるが、SFならではの発想の転換が心地いい、草上仁ならではの魅力が詰まった作品集だ。
【収録作一覧】
それぞれ 作品名 / 初出。
- カツブシ岩 / SFマガジン2004年10月号
- キッチン・ローダー / SFマガジン2000年9月号
- この日のために / SFマガジン2003年2月号
- カレシいない歴 / 書き下ろし
- 免許停止 / SFマガジン2000年12月号
- スリープ・モード / SFマガジン1994年2月号
- チューリング・テスト / SFマガジン2006年9月号
- 壁の向こうの友 / SFマガジン2002年11月号
- 緊急避難 / SFマガジン1991年7月号
- ラスト・メディア / SFマガジン1995年11月臨時増刊号
- パラム氏の多忙な日常 / SFマガジン1999年10月号
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