DK「イラスト授業シリーズ ひと目でわかるテクノロジーのしくみとはたらき図鑑」創元社 村上雅人/小林忍監修 東辻賢治郎訳
人の手では1時間あたり6頭だが搾乳機では1時間で100頭の搾乳が可能
――酪農水耕栽培では使用される水は従来型の農場のわずか10%である
――土を使わない農業光学式選別機の処理能力は1時間あたり35tに達する
――収穫から出荷まで
【どんな本?】
私たちの身の回りには、さまざまな技術が溢れている。自転車,エレベーター,電子レンジ、スピーカー、テレビ…。それらは、どんな技術を使っていて、どんな原理で動いているんだろう? また、ニュースで話題になる人工知能や遺伝子組み換え技術やペースメーカーとは、何をするものなんだろう?
現代社会を支える基礎技術から、華やかな最先端技術まで、多くの人が興味をそそられる技術トピックを集め、見て楽しめるフルカラーのイラストで説明する、技術の図鑑。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は How Technology Works: The Facts Visually Explained (How Things Work), by DK, 2019。なお DK はイギリスの出版社(→Wikipedia)。日本語版は2020年9月30日第一版第一刷発行。単行本ハードカバーで本文約220頁。
図鑑なのでイラストが中心。イラストはフルカラーで、Adobe Illustrator で描いたようなCG。
シリーズ名に「授業」とあるように、子ども向け、または親子で楽しむための本だろう。出てくる項目は、いずれも真面目に説明したら一冊の本が要るぐらい込み入った技術も多い。それをたっぷりのイラストを交え見開き2頁に収めるのだから、どうしても駆け足になる。
関係の深いキーワードを散りばめて、「理解する」というより、「カッコよく人に説明できる」ことを目指した本だ。もちろん、数式は出てこない。
ただ、訳文は子供向けにしてはやや硬い。細かいことだが、「利用する」より「使う」を、「増加する」より「増える」にするなど、より親しみやすい言葉遣いを心がけてほしかった。
【構成は?】
各項目は見開き=2頁で完結しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。というか、むしろ拾い読みするための本だろう。
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- 第1章 動力とエネルギーの技術
動力とエネルギー/上下水道/石油精製/発電機/モーター/発電所/送電/原子力発電/風力発電/水力・地熱発電/太陽エネルギーとバイオマスエネルギー/電池/燃料電池
- 第2章 移動と輸送の技術
輸送機械/自転車/内燃機関/自動車のしくみ/電気自動車とハイブリッド車/レーダー/速度違反取り締まり装置/列車/帆船/内燃機船/潜水艦/ジェットエンジンとロケット/飛行機/ヘリコプター/ドローン/無人宇宙探査機
- 第3章 材料と建設の技術
金属/金属加工/コンクリート/プラスチック/複合材料/リサイクル/ナノテクノロジー/3Dプリンティング/アーチとドーム/掘削/油圧ショベル/橋/トンネル/高層ビル/エレベーター/クレーン
- 第4章 家庭の技術
住宅の設備/暖房/電子レンジ/電気ケトルとトースター/食器洗い機/冷蔵と冷房/真空掃除機/トイレ/錠前/防犯装置/布/衣類/洗濯・乾燥機/スマートホーム
- 第5章 音と光の技術
さまざまな波動/マイクロフォンとスピーカ/デジタル音響/望遠鏡と双眼鏡/電灯/レーザー/ホログラム/プロジェクター/デジタルカメラ/プリンターとスキャナー
- 第6章 コンピューターの技術
デジタルの世界/デジタル回路/コンピューター/コンピューターのしくみ/キーボードとマウス/ソフトウェア/人工知能/ロボットのしくみ/ロボットのできること/バーチャルリアリティ
- 第7章 通信と伝達の技術
電波信号/ラジオ/電話/遠隔通信網/テレビ放送/テレビ/人工衛星/衛星測位システム/インターネット/ワールドワイドウェブ/電子メール/Wi-Fi/モバイル機器/スマートフォン/電子ペーパー
- 第8章 農業・牧畜と食品の技術
種まきと灌漑/酪農/ハーベスタ/土を使わない農業/精密農業/収穫から出荷まで/食品の保存/遺伝子組み換え
- 第9章 医療の技術
ペースメーカー/X線撮影/MRI/内視鏡手術/義肢/肺インプラント/遺伝子検査/生殖補助医療 - 索引/謝辞
【感想は?】
前にも書いたように、かなり駆け足の説明が続く。
どの項目も、与えられた紙数は見開きの2頁だけ。そこにタップリとフルカラーのイラストを載せて、話を終わらせなきゃいけない。だもんで、どうしても駆け足になる。そこは覚悟しよう。
とまれ、扱う範囲は社会インフラから微細技術そして生命科学と幅広い。これらすべてに通じている人は、滅多にいないだろう。自分が得意な分野では「全く説明が足りない」と不満を抱く人も、他の分野では「そうだったのか!」と発見があったりする。
私は、いきなり上下水道でやられた。上水道の水は塩素で消毒している。あくまでも菌を殺しているのであって、消してはいない。だから、水道水には菌の死骸が残っている。完全なH2Oじゃない。考えてみりゃ当たり前なんだが、この本を読んで初めて気が付いた。
やはり「言われてみれば」なのが、この一節。
多くの輸送機関は、気体は暖めると膨らむという単純な原理を利用している。
――輸送機械
「空気と人間」にある「気体は、お互いに信じられないほど似通っている」とは、この事か。気球もジェット・エンジンも自動車の4サイクルエンジンも、みんな熱い空気が膨らむ際の力を使って動いている。
多少違うが、銃や砲も、火薬が気体になって膨らむ力で弾丸を撃ちだしてるんだよね。いや、「だから何なの?」と言われたら、答えられないけど。
思い込みを覆されるのも、本を読む楽しみの一つ。ホラーやサスペンス映画では、エレベータが落ちる場面があるけど、実際は…
エレベーターは最も安全な移動手段であり、階段の50倍の安全性がある。
――エレベーター
と、階段より遥かに安全なのだった。意外と危険は身近な所にあるんです。ところでエレベーター、あれ人が乗る駕籠の反対側に、釣合錘があるのね。人がたくさん乗ると、それだけ多くのエネルギーを使うのかと思ったが、そうでもないのだ。
そんな乗り物の中でも、子どもに人気が出そうなのが、油圧ショベル(俗称ユンボ)とクレーン。こういう力強さと器用さを兼ね備えたマシンは、男の子も元男の子も大喜びだ。いずれも油圧やてこの原理や滑車を巧みに組み合わせて、大きな力と複雑な動きを実現している。こうう、知恵とパワーを肌で感じさせてくれるメカって、いいよね。巨大ロボットみたいで。
もちろん、ロボット・ファンばかりでなく、ミステリ・ファンが喜ぶネタだってある。
多くのプリンターはマシン識別コードと呼ばれる微小な点をすべてのページに印刷している。
――プリンターとスキャナー
Wired にニュースが乗ってた。技術的には電子透かし(→Wikipedia)らしい。いや詳しい事は知らんけど。そこらのプリンターで脅迫状を印刷したら、アシがつくワケです。
また、技術の進歩というか肥大を感じさせるものも。月へ行ったアポロ11号のコンピューターは任天堂のファミリーコンピューターより貧弱って話はよく出る。そして当然、ハードウェアだけでなくソフトウェアも…
NASAのスペースシャトルのコンピューターで使われたコードは現代の携帯電話より少なかった
――ソフトウェア
と、現代のソフトウェアは巨大化・肥大化の一途を辿っているのですね。日本語フォントだけでも馬鹿にならん容量になるしなあ。それだけ、メモリも増えてるんだけど。今や手のひらどころか指先にギガ単位のメモリが乗る時代だし。そのうちテラ単位のメモリを載せた iPhone が出るんだろうなあ。
後半になると、いかにも21世紀といった時代を感じるネタが増えてくる。こういう新しいネタは、わかってるつもりになってるけど、実はよくわかってなかった、みたいのもあって。例えばGPSは複数の人工衛星との通信の時間差で位置を計算してるってのは有名だが、幾つかの方法で計算を補正してる。その一つは…
大気効果:GPS衛星との通信に使用される電波は、負に帯電した電子が多い電離層と水蒸気を含む対流圏を通過する。これらの環境では電波の錯乱が生じ遅延が生じるが、この遅延は数学的に計算できる。
――衛星測位システム
とすると、磁気嵐とかで計算が狂う可能性もあるのか? なんかサスペンスSFで使えそうな気が。
などと、この辺は「なるほど」と納得できるんだが、「なぜにそうなる」なネタも。
ヤギのDNAにクモから発見された絹のタンパク質を挿入し、絹を含んだ乳を出すヤギも作り出されている
――遺伝子組み換え
いやクモの糸から絹を作ろうってのは、発想としてわかる。わからんのは、なぜそこにヤギの乳が出てくるのか、だ。ちょっと調べたところ、Wired に記事があった。曰く「クモの糸分泌線と山羊の乳腺が解剖学的に似ている」とか。そうなのか。
そして最後に、われわれブロガーが Google 様に頭が上がらない理由が、コレだ。
75%の人々は検索結果の最初のページより先を見ない
――ワールドワイドウェブ
はい、Google 様のご機嫌はメッチャ気になります。
などと文章ばかりを紹介したが、この本の最大の魅力は、フルカラーのイラストだろう。だって図鑑だし。私が最も気に入ったのは、ハーベスタ。やっぱりデカくて器用で力強く自分で動くメカには惹かれるのだ。
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