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2021年5月 4日 (火)

SFマガジン2021年6月号

「あなたはSF作家になりますか? それとも、裏SF作家になりますか?」
  ――小川哲「SF作家の倒し方」

 376頁の普通サイズ。

 特集は樋口恭介監修による「異常論文特集」で、活きのいい作家による異常な作品が10本。

 小説は8本。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第36回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第8回,藤井太洋「マン・カインド」第16回。

 加えて読み切り4本。上遠野浩平「悲観人間は心配しない The Pessimistic Man」,サラ・ゲイリー「修正なし」鳴庭真人訳,ニベディタ・セン「ラトナバール島の人肉食をおこなう女性たちに関する文献解題からの十の抜粋」大谷真弓訳,デイヴィッド・ドレイク「殲滅の代償」酒井昭伸訳。

 では「異常論文特集」から。

 木澤佐登史「INTERNET2」。INTERNET1 は荒廃し、自ら壊れた。だがいま私は INTERNET2 にいる。ここはとても素晴らしい。21世紀、分子生物学者ミシェル・ジェルジンスキが証明した、あらゆる遺伝子コードの複製可能性が突破口となり…

 もともと Twitter の冗談から始まった異常論文特集のトップバッターが INTERNET2 というのは、なかなか皮肉が効いてる。いや表紙を別にすれば、だけど。もちろん IPv6 とか、そんなチャチなもんじゃねえ。

 柞刈湯葉「裏アカシック・レコード」。裏アカシック・レコード。そこには、世界のすべての嘘が収録されている。ほぼ無限の容量を持つらしいが、内部の構造などはわからない。また検索には膨大なエネルギーが必要なため、使える者は限られる。問い合わせが偽であれば有限の時間で解が出るが、応答にかかる時間は予測不明だ。

 「問い合わせが偽なら有限の時間で解が出る」がミソ。真の場合は無限に時間がかかるわけで、問い合わせを巧く工夫しないといけない。つか予め全ての解を収録しているのかw ネッシーの問い合わせには大笑い。そうきたかあw

 陸秋槎「インディアン・ロープ・トリックとヴァジュラナーガ」。魔術師が縄を放り上げると、縄が空中に直立する。魔術師の弟子が縄をよじ登り、空中に姿を消す。これがインディアン・ロープ・トリックだ。この魔術には世界各国に様々なヴァージョンがあり…

 古典的な奇術であり、そのトリックばかりか真偽までが議論の的となっているインディアン・ロープ・トリックをネタに、真面目に文献を漁ってルーツと変転を調べつつ、その真相に迫る…ハズが、例のあの人が出てくると途端に…

 青山新「オルガンのこと」。MD-KOT-001、学習用の献便パッケージ。肛門からロッドを刺し、トリガーをひく。腸壁が演算を始める。

 ヒトの腸内には多種多様な細菌が住んでいて、人それぞれに独特の生態系を構成している、という最近流行りの説をとっかかりに、異様な世界を描き出す作品。

 難波優輝「『多元宇宙絶滅主義』と絶滅の遅延――静寂機械・遺伝子地雷・多元宇宙モビリティ」。苦痛を感じるすべての生物は絶滅させるべきだ、との思想に基づき、「持続可能な絶滅」が世界の基本方針となった。ただし、宇宙は一つとは限らず…

 「持続可能な絶滅」で黒い笑いが出る。一瞬、フレッド・セイバーヘーゲンのバーサーカー・シリーズになるのかと思ったら、甘かった。うーむ、宇宙を越えてまで絶滅させるのかあ。

 柴田勝家「火星環境下における宗教性原虫の適応と分布」。宗教性原虫は単細胞真核生物である原生生物に似ているが、同じではない。言語現象を媒介して人間に寄生する。時として重篤な宗教性原虫感染症を引き起こすが、人類の誕生から共生関係を築いており、根絶は難しい。

 タイトルの「宗教性原虫」からして人を食っている、というか食いまくり。言われてみれば確かに、宗教を実体のある生物としてみれば、新しい展望が開けるかも…って、おいw

 小川哲「SF作家の倒し方」。SF作家には二種類ある。池澤春奈が率いる表SF作家と、大森望が率いる裏SF作家だ。SF作家は、デビュー時に、どちらの陣営に加わるのかを選ばなければならない。

 いきなり実名が出てきて、大丈夫か? と持ったら、中には次から次へと実名が続々と。三大危険SF作家とか、もう笑いが止まらない。でも監修者がケツまくって逃げるのはズルいと思うw

 大滝瓶太「サムザの羽」。数学者アルフレッド・ザムザは二つの命題を掲げた。1)たとえその小説が無矛盾であっても、そのなかには真相を同定しえない問題が存在しうる。2)たとえその小説が無矛盾であっても、自身の無矛盾性を証明できない。

 ゲーデルの不完全性定理に始まり、フランツ・カフカの小説「変身」の主人公グレーゴル・ザムザは、何の虫に変身したのか、という疑問、そして後期クイーン問題(→Wikipedia)へと話は飛び、有名な文学作品のパロディも交えた、人を食った作品ザムザの虫、私はゲジゲジみたいな多足類だと思う。

 倉数茂「樋口一葉の多声的エクリチュール――その方法と起源」。1896年、24歳の若さで没する直前のわずか1年半で、「にごりえ」「たけくらべ」などの傑作を生みだした樋口一葉の生涯を辿り、彼女の独特の文体が醸し出す効果と、その文体を会得した謎を探る。

 ちょっとしたミステリ仕立てになっている。とまれ、改めて考えると、学問ってミステリそのものだよね。言文一致文と、樋口一葉の文体に、そういう効果があるってのは、全く知らなかった。ウィリアム・ギャディスが「J R」でやろうとしたことに近いのかな?

 鈴木一平+山本浩貴(いぬのせなか座)「無断と土」。2028年、開発者不明のホラーゲーム「Without Permission Soil」がWeb上で流通しはじめる。このゲームは1900年生まれで1949年に亡くなった詩人・菅原文草の作品をVRゲームとして具体化したものと思われ…

 ちょっと"菅原文草"で検索したら…うん、そうじゃないかと思った。バグを利用して無限に発展していくゲームって発想が冴えてる。

 「異常論文特集」はここまで。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話。飛燕こと日本空軍のF-4に乗り込み、田村伊歩大尉はエンジンをかけた。サポートするのはFAFのアーモン・フェース中尉。視界の向こうでは日本海軍の四機が待機している。そして発進しようとしているのは、今回の対戦相手。雪風とレイフ。

 待ってました、飛燕&田村 vs 雪風&深井。ボクシングの試合前、両選手がにらみ合うような緊張感が漂う場面が続く。いや機体とパイロットのチーム同士だから、プロレスのタッグマッチだろうか。もっとも、今回は田村大尉の視点のみだけど。田村大尉、ゴングが鳴る前にいきなり突っかかってるしw また二ヶ月も待たされるのか。いけず。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第36回。イライジャの眼鏡に化け、<誓約の銃>がアジトとするヨット<黒い要塞>に潜り込んだウフコック。そこでイースターズ・オフィスに向け信号を発し、さっそくマクスウェルらに正体が露見した。

 今回も視点は三つ。葬儀の場面、ハンターの孤独な戦い、そしてイースターズ・オフィス vs <誓約の銃>。イースターズ・オフィス出撃の場面は由緒正しい少年向け漫画のワクワク感がいっぱい。マルドゥック・シティの富豪たちから「俺にも使わせろ」と横やりが入るんじゃなかろか。もちろん私も欲しい。にしても<誇り高き鉄パイプ>ってw らしいと言えばらしいけどw

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第8回。大館いつきは自転車で児玉佐知の家へと向かう。佐知の母を思い出す。いつだって佐知の母は家にいた。佐知のために用意された、「夕方のお母さん」。だが、今日は鍵がかかっている。

 今回の冒頭はホラー仕立て。玄関を開けた場面もイヤ~ンな感じだが、奥へ入るに従い、その感じは更に高まってゆく。改めて読むと、この作品、視点というか認識の層がやたらと複雑だ。登場人物たちが見聞きする情報、それにヒトとして対応する層、そして園丁としての認識。園丁が「自分は園丁だ」と分かっているあたりが、ややこしい。

 上遠野浩平「悲観人間は心配しない The Pessimistic Man」。今回、製造人間ウトセラ・ムビョウの前に現れたのは、悲観人間ベルベット・アルファベット。脳の前頭葉に演算チップを埋め込み、統合和機構のいずれの派閥にも属さず、単独で“経費削減”のために活動する合成人間。

 経費削減や効率化のため邁進する人…って、どの組織でも嫌われるよね。統合和機構でもそうなのか、と妙に納得しちゃったり。にしても、「おまえと話をしたがる者など、誰もいない」って、ヒドすw ムビョウやヒノオ、そして統合和機構そのもの目的までが仄めかされる回。

 サラ・ゲイリー「修正なし」鳴庭真人訳。アンナが書いた原稿「自動運転車の良心と交通事故犠牲者」。編集側は「本文はすばらしい」としつつも、脚注に問題があると指摘する。だがアンナは…

 2段組みで本文は1段ほどなのに、脚注は7段を占める異様な体裁。その脚注で、著者と編集者の火花散る睨み合いが展開する異色作。

 ニベディタ・セン「ラトナバール島の人肉食をおこなう女性たちに関する文献解題からの十の抜粋」大谷真弓訳。1891年、英国の探検隊はラトナバール島に上陸する。そこで出会ったのは、ほとんどが女性と子どもで構成された先住民だった。この出会いは悲劇的な結末を迎え…

 これまた4頁の掌編。しかも、全てが引用で構成された、これまた異様な作品。いやまあ、「先住民のふるまう歓迎の食事」で、イヤ~ンなオチは覚悟していたけど…

 藤井太洋「マン・カインド」第16回。ついに始まった<テラ・アマソナス>と<グッドフェローズ>の公正戦。その中継を見ていたヨシノらは、一つの場面に注目する。アマソナスのカミーロが、グッドフェローズの撃つ弾丸を避けたのだ。

 次々と明らかになる、ORGANに隠された能力。見せびらかすようなカミーロの戦い方には、どんな意図があるのか。そういう能力を、なんだってこんな事に使うかなあ。私ならパコ・デ・ルシアの絶技を←しつこい

 デイヴィッド・ドレイク「殲滅の代償」酒井昭伸訳。最強の傭兵部隊<ハマーの殲鎚>は、惑星スラッシュで進軍中。今回の雇い主は中央政府、依頼の内容は狂信者集団デンソン教徒。敵も傭兵<フォスター歩兵部隊>を雇っている。

 戦車SF。もっとも彼らの戦車は無限軌道じゃなくてホバー式だけど。戦車・随伴歩兵・砲兵など様々な部隊が互いに協力し合うのはもちろん、それらが情報ネットワークで密接につながっているあたりが一味違う。つか傭兵団が戦車を持つかあ。

 次号で「マン・カインド」最終回。これは楽しみ。

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