ヴィンス・バイザー「砂と人類 いかにして砂が文明を変容させたか」草思社 藤崎百合訳
砂は、現代の都市を形づくる主原料なのだ。
――第1章 世界でもっとも重要な固体現代の高速道路の功績のうち、十分に評価されていないことの1つが、道路での死亡者数の大幅な現象である。(略)州間高速道路は(略)死亡事故の発生は1億キロあたり0.5件と、全国平均の約半分である。
――第3章 善意で舗装された道はどこに続くのか
【どんな本?】
都市は砂でできている。と言っても、多くの人が「は?」と思うだろう。だが、それは事実だ。
都市の道路も建物も、コンクリートが欠かせない。アスファルトで舗装された道路も、木造家屋も、基礎はコンクリートだ。そして、コンクリートとは、セメントに砂と砂利を混ぜたものだ。
その砂が、尽きかけている。
「砂なんか砂漠にいくらでもある」と言うかもしれない。だが、砂漠の砂は使えないのだ。砂にもいろいろあって、コンクリートに向く砂と向かない砂がある。そして砂漠の砂はコンクリートに向かないのだ。
砂はどう使われているのか。どんな種類の砂があり、それぞれどんな用途に向くのか。どこで採掘され、どこで使われるのか。砂の差靴は、どんな問題を引き起こしているのか。そして、資源としての砂は、今後どうなるのか。
身近でありながら、日頃はほとんど意識しない砂について、特に人との関わりを中心にまとめた、衝撃のレポート。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The World in a Grain : The Story of Sand and How it Transformed Civilization, by Vince Beiser, 2018。日本語版は2020年3月4日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約352頁に加え、訳者あとがき4頁。9.5ポイント42字×17行×352頁=約251,328字、400字詰め原稿用紙で約629枚。文庫ならちょう厚めの一冊分。
文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。世界各地を巡って取材しているので、世界地図か Google Map があると、更に楽しめるだろう。
【構成は?】
各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。
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- 第1章 世界でもっとも重要な固体
現代都市を形づくる主原料/私たちの生活を支える砂/砂は尽きかけている/砂とはどういう物質なのか?/砂の種類と用途/砂の採掘/砂の採掘によって失われる砂浜/砂の採掘な内陸地に及ぼす影響/砂の違法採取/インドの砂マフィア/砂の採掘と闘う人々
- 第1部 砂はいかにして20世紀の工業化した世界をつくったのか
- 第2章 都市の骨格
サンフランシスコ大地震を生き延びた“砂の建物”/古代のコンクリート/イギリスで復活したコンクリート/建築素材としてのブレークスルー/コンクリートの伝道者/ついに主流となったコンクリート/奇跡の素材、コンクリート/砂のもたらす財産と壮大なプロジェクト
- 第3章 善意で舗装された道はどこに続くのか
アメリカ州間高速道路網の計画/互いに成長を促し合う自動車とアスファルト舗装/アメリカ最初期の道路開発者/リンカーン・ハイウェイ計画/砂と砂利から始まったカイザー帝国/アイゼンハワー大統領のプロジェクト/州間高速道路のもたらした変化/郊外の拡大と土地の無個性化/砂の需要を増加させ続ける生活様式の拡大
- 第4章 なんでも見えるようにしてくれるもの
驚くべき物質、ガラス/ケイ砂からガラスへ/無色透明なガラスが誕生するまで/レンズの誕生が科学革命を起こす/アメリカでのガラス製造/最初の製瓶機ができるまで/製瓶機の大ヒットが広範囲にもたらした影響/ガラスのさらなる進化/日常をさりげなく支えるガラス
- 第2部 砂はいかにして21世紀のグローバル化したデジタルの世界をつくったのか
- 第5章 高度技術と高純度
デジタル時代を支える砂/スプールスパインの石英/コンピューターチップ産業の誕生/スプールスパイン産の石英とシリコンチップ/秘密主義に包まれた高純度石英の清算
- 第6章 フラッキングを推し進めるもの
原油と天然ガスの採掘に使われる砂/砂の需要の急増がもたらしたもの/砂採掘場と処理の過程/砂の採掘が地域にもたらす影響/地域により異なる規制の姿勢/単純な対立図式に当てはまらない砂の採掘問題 - こぼれ話 驚くべき砂の応用例の一覧(ごく一部)
- 第7章 消えるマイアミビーチ
砂浜は世界中で消えつつある/砂泥棒と採掘の制限/砂浜を作るというビジネス/砂浜の文化史/フロリダがビーチと休暇の土地となるまで/防波堤としての砂浜/砂墓を保護するには/養浜が及ぼす環境への影響/それでも人口は沿岸部へと流入している - こぼれ話 7,500,000,000,000,000,000
- 第8章 人がつくりし土地
ドバイに出現する“ヨーロッパの国々”/史上最大規模の人工島/砂を活用する埋め立てプロジェクト/ドバイの繁栄と砂/伸びるドバイの海岸線/奇抜な人工島プロジェクト、ザ・ワールド/土地造成と生態系の破壊/砂をめぐって高まる国際的緊張 - こぼれ話 戦う砂愛好家
- 第9章 砂漠との闘い
砂が脅威になる時/砂漠化を食い止める防御壁/中国の緑化活動を支えるもの/植林プログラムは効果を上げているのか?
- 第10章 コンクリートの世界征服
上海の急成長を支える砂/世界を征服した建材としてのコンクリート/コンクリート支配の代償/コンクリートを劣化させる様々な原因/コンクリートの健康を支える人々/粗悪な状態にあるコンクリートの危険性
- 第11章 砂を越えて
砂の引き起こす問題/砂が減ることで起こる問題/バリ島とインドの違法な砂採掘/コンクリートの寿命を延ばす技術/砂のリサイクルと代替物/砂問題の根本的な解決法とは?/必ず訪れる砂不足に備えて/過剰消費社会の問題/砂よりも頑丈な土台を - 謝辞/訳者あとがき/参考文献/原註
【感想は?】
似たテーマの本に、「砂 文明と自然」がある。「砂 文明と自然」は、砂そのものの性質を扱った本で、より自然科学の色が濃い。対して本書は、砂に関わる産業と社会や自然に与える影響を主に扱っている。
どこにでも、いくらでもありそうな砂だが、実は様々な種類があって、それぞれ向き不向きがある。推理小説のファンなら、靴や服についた砂から探偵がアリバイを崩す話を幾つか知っているだろう。
その中でもトップ・エリートなのが、CPUなどの集積回路に使うシリコン・ウェハーだ。これはシリコンの純度が重要で、特定の地域で採掘される。
それに次ぐのがガラス用。これも集積回路ほどではないにせよ純度が大事で、やはり採掘できる地域は限られる。たかがガラスと馬鹿にしてはいけない。あなたの家にガラス窓がなければ、どれほど住みにくいことか。
砂の応用例のうち現代世界の形成に最も深い影響を及ぼしたものはと言えば、まずはコンクリートだが、次点は間違いなくガラスである。
――第4章 なんでも見えるようにしてくれるもの
加えて、ガラスは科学の発展に大きな役割を果たした。そう、望遠鏡や顕微鏡だ。顕微鏡のお陰で、コレラやペストなどの感染症も抑え込めたのだ。だけではない。多くの人が、眼鏡のお陰で救われている。私もその一人だ。
「眼鏡の発明によって、専門的職業をもつ者の知的生活は15年以上も延びたのだ」。そして、眼鏡ができたからこそ、14世紀以降にヨーロッパでの知識の蓄積量が急増したのだと考えられている。
――第4章 なんでも見えるようにしてくれるもの
確か絵画の遠近法も透明なガラスのお陰で発達したとか。
だが、本書が最も大きく扱うのは、コンクリートである。コンクリートは、セメントに砂利や砂を混ぜて作る。
コンクリートこそが、砂をめぐる世界的危機の最大要因なのであり、このコンクリートをつくるために他のどんな目的よりもはるかに多くの砂が使われている。
――第2章 都市の骨格
その砂は、どんな砂でもいいってワケじゃない。ガラスや半導体ほどじゃないが、相応に向き不向きがある。
「セメントの次に、砂は、コンクリートの強度を決める最も大切な要素なのだ」
――第2章 都市の骨格
サハラやゴビに砂はいくらでもありそうなもんだが、残念ながら砂漠の砂は使えない。砂漠の砂は角が丸くなっている。砂同士が直接にぶつかり合うので、角がとれてしまう。こういうのはコンクリートに向かない。対して水中の砂は、水がクッションになるので、強くぶつからず、角が尖っている。こういうのがコンクリートに向く。
だもんで、川や湖、そして海から砂を採っている。ところが…
世界中で、砂浜はなくなりつつある。
――第7章 消えるマイアミビーチ
川や海流で運ばれた砂で砂浜ができる。その砂を採掘してる上に、マイアミなどの観光地は、近くの海岸を突堤や港にしたため、海流が変わって砂が流れてこなくなった。砂は流れ出す一方なのだ。だもんで、砂を継ぎ足して砂浜を保っているのだが…
養浜では、砂浜の浸食を食い止めることはできない。
(略)砂を増量してから次の処置まで5年ももつような砂浜はまずない。
(略)しかも、この費用は必ず上がり続ける。
――第7章 消えるマイアミビーチ
なぜ費用が上がり続けるのか。最初は近場から砂を調達する。でも、やがて採りつくす。そこで少し遠くの砂を採ってくる。これの繰り返しだ。
砂はとにかく重いので、輸送費用がかさむのだ。輸送距離が長くなるほど、砂の価格は跳ね上がる。アメリカにおける建設用の砂の価格は、インフレを考慮しても1978年の5倍以上となっている
――第11章 砂を越えて
小さな島国のシンガポールも、積極的に埋め立てで国土を拡張しているが、当然ながら国内じゃ需要を賄いきれない。そこでマレーシアやインドネシアから砂を輸入しているのだが…。
そんな埋め立てで派手なのが、ドバイだろう。ヤシの木みたいな形の人工島パーム・ジュメイラ(→Wikipedia)が有名だ。あの形にしたのにもちゃんと目的があって、ビーチを長くするためだとか。そのドバイ、てっきり石油で儲けた金を元手にしたのかと思ったら…
現在、アブダビで産出される石油の量は1日あたり約250万バレルだが、ドバイでは6万バレルがやっとである。実際のところ、ドバイ首長国は石油とガスの輸入国なのだ。
――第8章 人がつくりし土地
じゃ、どうしたのか、というと、税制と金融政策で投資をかき集めたのだ。特に911以後に金が集まったってのが意外。アメリカに締め出しを食らったアラブの資産がドバイに移ってきたそうな。なんというか、狡猾だなあ。この辺は、読んでいて「世の中、金はある所にはあるんだなあ」とシミジミ。
金はともかく、問題は島の素材。もともとルブアルハリ砂漠なんだから、砂は幾らでもありそうなモンだが、先に書いたように砂漠の砂はコンクリートに向かない。逆のペルシャ湾から持ってきてる。もちろん、海の環境は激変してしまう。
そんな風に私たちは砂を食いつぶして都市を作ってるんだが…
「現在あるコンクリート構造物で2世紀以上はもちこたえられるものはほぼ存在せず、多くは50年もすれば崩れ始める」
――第10章 コンクリートの世界征服
意外とコンクリートは長持ちしないのだ。染み込んだ水が凍って体積が増えればヒビが入る。芯の鉄筋が錆びれば、やっぱり体積が増えてヒビが入る。特に海から取った砂をちゃんと洗ってないと、塩分が鉄骨を錆びさせる。コンクリートはアルカリ性で、だから鉄骨の錆を防ぐ効果があるんだが、酸性雨は中和してしまう。
安くて強くて加工が簡単と、とっても便利で、だからこそ引っ張りだこのコンクリートなんだが、現代のように急ピッチで都市化が進み始めると、アチコチで歪みがでてきてしまう。それは砂の奪い合いだけでなく…
セメント産業は、世界でもトップレベルの温室効果ガス排出源である。石灰石をセメントに加工する際に二酸化炭素が発生するのだ。それに加えて、ほとんどのセメント焼成炉では化石燃料が燃やされるため、さらに多くの二酸化炭素が排出される。(略)全世界で排出される二酸化炭素の5%から10%は、セメントの製造過程でつくられたものだ。
――第10章 コンクリートの世界征服
と、エネルギーも馬鹿食いする。そうやって作ったコンクリートの道路を車が走って更に二酸化炭素を出し…と、困った循環ができちゃってる。
じゃ、どうすりゃいいのか、というと、残念ながら本書に明確な解は出ていない。特に終盤で紹介される中国の経済成長は速度も規模も桁違いで、ちょっと怖くなる。かといって、かつての貧しい暮らしに戻れ、とも言えないし。
身近で、どこにでもありそうで、だからこそ見過ごされがちな砂。その資源としての性質を追っていくことで、予想もしなかった世界が見えてくる。そういう点では、この手のノンフィクションにはアリガチな本だが、読みやすさ・親しみやすさは抜群だ。いまさら気が付いたんだが、草思社のノンフィクションって、分かりやすくて面白い本が多いんだよなあ。
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