ジョセフ・ヒース+アンドルー・ポター「反逆の神話 カウンターカルチャーはいかにして消費文化になったか」NTT出版 栗原百代訳
本書では、カウンターカルチャーの反逆の数十年は何も変革しえなかったと主張する。(略)
妨害すべき「単一文化」や「単一システム」なんてものは存在しない。
――序章カウンターカルチャーの思想は多くの点でフロイトの心理学理論から直接導かれている。
――第2章 フロイト、カリフォルニアへ行く最も信頼のおける研究は、売上げは広告についていかない、むしろ逆に広告が売上げについていくことを示している。
――第7章 地位の追求からクールの探求へ貧困と画一化のどちらかを減らすことを選ぶかといわれたら、たいていの人は貧困を減らすほうを選ぶ
――第8章 コカ・コーラ化二つのシンプルな質問がある。
その一、「自分の個性はほかの人たちの仕事をふやしているか?」
その二、「全員がそんなふうに振る舞ったらどうなるか?」
――第8章 コカ・コーラ化過去20年間に増大した外国貿易のほぼすべては、貿易の激化より多様化に伴うものだった。
――第8章 コカ・コーラ化外国を旅する人たちの主な動機は、表のシミュラークルから裏の現実に侵入することだ。
――第9章 ありがとう、インド
【どんな本?】
1960年代、ヒッピーたちは体制への反逆を訴えて暴れまわった。彼らのコミューンは大半が潰れたが、反逆の思想は21世紀の現代にも生き残り、スローフードやヒップホップとして受け継がれている。
そしてナイキやSUV,Apple の Macintosh は…って、アレ? 彼らは大量消費社会に反発していたのではないのか? でも、どう考えたってナイキは消費社会そのものじゃないか。なんでナイキなんだ。コンバースにしろよ。
なぜカウンターカルチャーは世界を変えられなかったのか。何を間違っていたのか。そもそもカウンターカルチャーの源流は何か。そして、これからどうすべきなのか。
カナダの哲学者二人が、アメリカのカウンターカルチャーの失敗を指摘し、より適切な方向性を指し示す、左派向けの思想書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は THE REBEL SELL : Why The Culture Can't Be Jammed, by Joseph Heath & Andrew Potter, 2006。日本語版は2014年9月26日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約395頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント46字×19行×395頁=約345,230字、400字詰め原稿用紙で約864枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの文字数。
文章は比較的にこなれているし、内容も特に難しくない。途中でルソーやホップスなど哲学者の名が出てくるが、同時にその思想や主張のあらましを短くまとめているので、知らない人でも大丈夫。それより『アドバスターズ』やアラニス・モリセットなど、アメリカのポップ・カルチャーの固有名詞が辛かった。さすがにカート・コバーンは知ってたけど。
【構成は?】
単なる野次馬根性で読むのか、真面目な思想書として読むのかで、相応しい読み方は違う。各章は比較的に独立している。と同時に、全般的に前の章を受けて後の章が展開する形にもなっている。野次馬根性で読むなら、美味しそうな所を拾い読みすればいい。だが真面目に思想書として読むなら、素直に頭から読もう。でないと、特に批判する際に、的外れな批判をする羽目になる。
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- 謝辞
- 序章
反逆者が履くナイキ/「マトリックス」を読み解く/カウンターカルチャーの快楽主義
- 第1部
- 第1章 カウンターカルチャーの誕生
誰がカート・コバーンを殺したのか/反逆思想の系譜/カール・マルクスの診断/ファシズムと大衆社会/ミルグラムの「アイヒマン実験」/「システムからの開放」という目的/「体制」はなぜ崩壊しないのか
- 第2章 フロイト、カリフォルニアへ行く
フロイトの登場/イド・自我・超自我/心の「圧力鍋」モデル/現代社会は「抑圧」する/マナーの起源/アメリカはファシズム社会か/「アメリカン・ビューティー」と「カラー・オブ・ハート」/ドラッグによる革命/パーティーのために闘え
- 第3章 ノーマルであること
フェミニズムがもたらしたもの/アナーキズムの罠/集団行為問題の解決法/異議申し立てと逸脱の区別/フロイトvsホッブズ/フロイトvsホッブズ(その2)/日常の中の「ルール」/わがパンク体験
- 第4章 自分が嫌いだ、だから買いたい
反消費主義=大衆社会批判?/降伏のパラ度ドックス/消費主義の本質/ボードリヤール「消費社会と神話の構造」/マルクスの恐慌論/ヴェブレンの洞察/消費主義の勝利は消費者のせい/都会の家はなぜ高い/「差異」としての消費/バーバリーがダサくなった理由/ナオミ・クラインのロフト
- 第5章 極端な反逆
ユナボマーのメッセージ/反体制暴動は正当化されるか/マイケル・ムーア『ボウリング・フォー・コロンバイン』/精神病と社会/「破壊」のブランド化/オルタナティブはつらいよ/消費社会を活性化するダウンシフト/お金のかかる「シンプルな生活」
- 第2部
- 第6章 制服と画一性
ブランドなしの「スタトレ」/制服は個性の放棄か/制服の機能/「全体的制服」をドレスダウン/軍隊の伊達男/反逆のファッション/イリイチ『脱学校の社会』/学校制服の復活/女子高で現地調査/なぜ消費社会が勝利したか
- 第7章 地位の追求からクールの探求へ
「クール」体験/クールとは何か/『ヒップとスクエア』/アメリカの階級制/ブルジョワでボヘミアン/クリエイティブ・クラスの台頭/クールこそ資本主義の活力源/侯国は意外に効果なし?/どうすれば効くのか/ブランドの役割/選好とアイデンティティ/流行の構造/広告競争のなくし方
- 第8章 コカ・コーラ化
レヴィトタウン/現代の建売住宅事情/画一化の良し悪し/みんなが好きな物はあまり変わらない/少数者の好みが高くつく理由/「マクドナルド化」批判の落とし穴/グローバル化と多様性/反グローバル化運動の誤謬
- 第9章 ありがとう、インド
自己発見としてのエキゾチシズム//エキゾチシズムの系譜/ボランタリー・シンプリシティ/東洋と西洋/香港体験記/カウンターカルチャーは「禅」がお好き/先住民は「自然」か?/「本物らしさ」の追求/胡同を歩く/旅行者の自己満足/ツーリズムと出張/代替医療の歴史/代替医療はなぜ効かない
- 第10章 宇宙船地球号
サイクリストの反乱/テクノロジー批判/「スモール・イズ・ビューティフル」/適正技術とは何か/サイバースペースの自由/スローフード運動/ディープエコロジー/環境問題の正しい解決法
- 結論
ファシズムのトラウマ/反逆商売/多元的な価値の問題/市場による解決と問題点/反グローバル運動の陥没 ナオミ・クラインを批判する/そして何が必要なのか
- 後記
倫理的消費について/簡単な「解決策」などない/左派は文化的政治をやめよ/カウンターカルチャーの重罪/資本主義の評価/僕らはマイクロソフトの回し者?
- 原注/訳者あとがき/読者のための読書案内/索引
【感想は?】
団塊ジュニア世代の左派による、団塊世代左派の批判。
団塊世代の左派と一言で言っても、中はいろいろだ。例えば60年代の人権運動だと、穏健派のキング牧師 vs 過激派のマルコムXがわかりやすい。本書はキング牧師の肩を持ち、マルコムXを批判している。
もちろん、団塊世代の左派は今だって生き延びているし、世代を超えて受け継がれている思想もある。その一つが、ルソー的な「高貴な野蛮人」(→Wikipedia)の幻想だ。彼らは大量生産による消費社会を嫌い、有機農法やスローフードを持ち上げる。だが、それがもたらすものは…
カウンターカルチャーの反逆は、(略)進歩的な政治や経済への影響などいっさいもたらさず、もっと公正な社会を建設するという喫緊の課題を損なう、芝居がかった意思表示に過ぎない。
――第3章 ノーマルであること
うーん。これを書いてて気が付いたんだが、マルコムXと有機農法はだいぶ違うような気がする。が、著者のなかでは同じくくりになっている。共通するのは、ソレが「クール」な点だ。ある種の人にとって、そういうのがカッコいいのだ。
なぜカッコいいのか。それは、他の人より一歩先んじているからだ。これには困った点がある。みんなが同じことをやったら、ソレはダサくなってしまう。人込みで同じ柄のシャツを着た人とすれ違うと、なんか気まずいよね。そんなワケで、クールへの道は険しく果てしない。常に人の一歩先を行かなきゃいけないんだから。
たいていの人間は周囲になじむためのものより大勢のなかで目立つためのものに大金を費やす。
――第4章 自分が嫌いだ、だから買いたい
シャツぐらいならともかく、自動車や家にまで、この行動原理はまかり通っている。これに対し、著者はやたら手厳しい。
クールがカウンターカルチャーの中核をなす地位制度を築き上げていることは、社会全体に高校生のロジックがまかり通っていることの表れにほかならない。
――第7章 地位の追求からクールの探求へ
最近の日本語には「高校生のロジック」よりもっと便利な言葉がある。厨二病だ。ああ、胸が痛い。こんな風に、みもふたもない実情バラシが本書のアチコチにある。例えば男の服装については…
50年代の男性の服装は味気なく、画一的だった。しかし主な理由は、男性が多くの服を持たなかったことだ。
――第6章 制服と画一性
なぜアンダーシャツが必要なのか。シャツを直接着たら、シャツが汗で汚れてしまう。アンダーシャツに汗を吸わせれば、シャツが汚れないから、洗濯しないで済む。昔の映画で男優が着替えないのは、そういう事だ。「ティファニーで朝食を」でオードリー・ヘップバーンは次々と華やかな衣装を披露するが、ジョージ・ペパードは着たきりで押し通す。それは当時の風俗を反映し…ってのは無理があるなw だって、あの映画の主題はオードリーを魅力的に見せることだし。
そして何より、カウンターカルチャーの困った点は、体制の破壊を目論むことだ。彼らは「体制」や「ルール」を敵視し、慈愛や思いやりによるやすらかな社会を求める。が、そんなのは夢だ。往々にしてルールは、それに従う者すべてに利益をもたらす。
これら(行列に割り込まないなど)のルールで大切なポイントは、ルールが設ける制約から誰もが利益を得ているということだ。
――第3章 ノーマルであること
行列の割り込みぐらいで済めばいいが、無政府状態はもっと怖い。あなた、ソマリア南部やシリア北部に行きたいですか? とはいえ、内戦前のシリアも理想郷じゃなかった。北朝鮮も秩序だっちゃいるが、住みやすくはないだろう。問題はルールや体制がある事じゃない。それが適切じゃないことだ。
左派批評家が資本主義の重大な欠陥としていることのほとんどは、実際には市場の失敗の問題であって、市場がしかるべく機能していた場合の結果ではない。
――結論
そんなワケで、闇雲に反逆するんじゃなく、今のルールの欠陥をキッチリ調べ、真面目に政治運動をして、法や制度を変えるよう議会に促そうよ、と著者は主張する。
個人のライフスタイルの選択は大切だ。だが誰が国を支配するのかというような伝統的な政治問題のほうが、もっとずっと大切なのだ。
――後記
言いたいことはわかるし、正論でもあると思う。何より、アチコチに胸をえぐられるような指摘があって、これが実に効いている。
とまれ、難しいかな、とも思う。だって政治や経済に口出ししようとしたら、真面目にオベンキョしなきゃいけない。それよか有機農法の野菜を買う方が楽だし。確かに思考停止だけど、「何かをしている」って満足感は得られる。イチイチ調べるのって、面倒くさいよね。
著者が指摘するカウンターカルチャーの問題点は、カウンターカルチャーが人々の道徳性に頼っている点だ。みんなが譲り合い分け合えば、パラダイスになる。そんな発想で、制度を変えるのではなく、人々の考え方を変えようとした。これ、今思えば、一種の宗教だよなあ。
そういう点では、著者も同じ過ちを犯している。つまり、カウンターカルチャーがラブ&ピースに頼ったように、著者も人々の勉強熱心に頼っている。「左派は有機野菜を買ってお手軽に満足するんじゃなく、真面目に政治や制度や経済を学べ」と言ってるんだから。そういうのは賢い人に任せて、後をついていく方が楽なんだよね。でもって、自分で考え出すと、人それぞれで解が違っちゃうんで、一つの政治運動としてはまとまりにくい。
とかの文句はあるにせよ、エスニック趣味批判など私自身の好みにケチつけられてムカついたんだろ、と言われたら、確かにそれもある。他にも、フロイトの思想的な影響や、広告と売り上げの関係など、興味深い指摘も多い。広告に税金をかけろとか、面白い提言もしている。きっとマスコミがこぞって反対するだろうけど。迷惑メールをなくす方法は…これもキチンと考えると、プロバイダのビジネスモデルを理解する必要があるんで、やっぱりおベンキョしなきゃいけないんだよなあ。
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