SFマガジン2020年12月号
SF作家として、私たちは簡易版の夢の箱を持っている。
――宝樹「我らの科幻世界」阿井幸作訳こんにちは赤ちゃん、私がママよ!
――劉慈欣「人生」泊功訳四月まで、私には夜さえなかった。
――飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第5回「人は小さい者にどこまでも酷くなれる」
――篠たまき「女童観音」「俺たちは馬鹿なことを真剣にやってたらいいんだと思うよ」
――牧野修「万博聖戦 第二章 トルエンの雨/1969」
376頁の標準サイズ。
特集は「中国SF特集 科幻世界×SFマガジン」として、中国の老舗SF雑誌「科幻世界」と組み、中国SFの歴史と現在、そしてイキのいい中国SF小説を紹介する。
小説は10本。
まず「中国SF特集」で3本+連載中の劉慈欣の短編1本。王晋康「生存実験」大久保洋子訳,査杉「地下室の富豪」及川茜訳,宝樹「我らの科幻世界」阿井幸作訳に加え、劉慈欣「人生」泊功訳。
連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第三話」,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第33回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第5回,夢枕獏「小角の城」第62回。
読み切りも2本。牧野修「万博聖戦 第二章 トルエンの雨/1969」,篠たまき「女童観音」。
まず中国SF特集から。
王晋康「生存実験」大久保洋子訳。天堂で暮らす60人の子ども達が10歳になった。王麗英は英姉ちゃんと呼ばれている。若博ママは、硬く冷たい鉄のからだで、子どもたちの面倒を見てる。子どもたちは、毎日15分間、天堂の外に出なきゃいけない。外では息をするのが精いっぱいで、とても苦しい。もう三人も死んだ。
ちょっとアニメ「約束のネバーランド」を思わせる状況かも。でも子どもたちは逃げられないのではなく、出ていくように促される。若博ママが話す外の様子から、天堂のこどもたちは社会から隔離されているように感じられるのだが。深い絶望とほのかな希望が混じる結末から、子どもたちの若いが故の逞しさが伝わってくる。
査杉「地下室の富豪」及川茜訳。老麦こと麦小地は地下室に籠っている。IT企業の立ち上げにしくじり、家を売る羽目になった上に、妻も逃げてしまった。今はプログラム開発を請け負っているが、いつも騙されて金は払ってもらえない。食い物は無くなり金は底をついたってのに、家賃の催促は厳しい。ネットで賞金付きクイズ「ビリオネア」を見つけた老麦は一攫千金に賭けるが…。
キレのいい7頁の短編。前半の引き籠りの描写は、なかなかの迫力。日本の引き籠りは未婚の男女が多いが、中国だと家族持ちもいるのか。最近は景気のいい国だけど、その裏には事業に失敗する人も多いだろうってのは、考えてみりゃ当たり前だよね。ってなのは置いて、後半の怒涛の展開はけっこう笑えます。
宝樹「我らの科幻世界」阿井幸作訳。SF作家のはしくれとはいえ、最近はスランプでロクに書いてないにも関わらず、<科幻世界>から原稿の依頼が来た。最近、高校時代の恩師から誘われ帰郷した際、不思議な事件に巻き込まれたので、それを書こう。恩師の用事は、母校の創立記念式典への招待だ。小学校を卒業した年、星光書店を見つけSFと出会った。店主は科幻世界を教えてくれて…
内輪ネタが多いが、かつてSF小僧だった人なら胸に刺さるネタが次々と飛び出す作品。入り口はヴェルヌとか、少ない小遣いじゃ全集が買えなくて文庫ばかり漁ってたとか、知人はSFとファンタジイの区別がつかないとか、名作を偉そうに批評したとか。かと思えば大学入試にSF雑誌が出るなんて日本から見たら羨ましい話も。あと「1984年の精神汚染一掃運動」の傷の深さも伝わって来る。
劉慈欣「人生」泊功訳。母は胎内の胎児に語りかける。「わたしの赤ちゃん、聞こえてるの?」胎児は答える。「ここはどこ?」そして誕生に怯える。「生まれたくないよ! そとが怖いんだ!」
キレのいい8頁の短編。まずは胎児と話ができるのに驚き、次にやたら胎児がシッカリしているのに驚き、更に…。にしても、いきなりの梓みちよには大笑い。著者が知っていたのか、訳者の遊びなのか。
特集解説「<科幻世界>と中国SF」立原透耶。雑誌<科幻世界>は中国の老舗月間SF雑誌。一時は発行部数が40万部に達し、「世界で最も読まれているSF雑誌」ってのが凄い。やはり国や言語の人口が多いと市場も大きい。確か毛沢東語録も聖書の次に売れたはず。インドも人口は多いが、多言語が乱立してて、最も多いヒンディー語で約5億。中国語の約13.7億の半分以下かあ(→Wikipedia)。いずれも今後の成長が期待できそう。
特集はここまで。
神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第三話」。日本空軍大尉の田村伊歩は、フェアリイに一人で来た。出身は第101実戦飛行部隊。教導部隊として優れたパイロットを指導し、またアグレッサーとして敵役を務め、卓越した実績を積んできた。ただし上官からは嫌われているし、自分でも分かってはいるが、改めるつもりはない。
待ってました田村大尉。前号から楽しみにしてたんだけど、期待以上に楽しいキャラクターだw 「人間の形をした戦闘AI」「問題児というより犯罪人」とか酷い言われ方してたけど、職人気質なだけ…では、済まないかw まあ軍隊だしw にしても桂木少尉の無謀さもいいなあw そして肝心の深井零は、というと、これまた期待にたがわずw ホント、次号も楽しみだw このイラストも素晴らしい(→Twitter)。
冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第33回。マルコム・アクセルロッド、連邦検察局の特任捜査官。その口ぶりはひたすら傲岸で連邦の威を着たものであり、誰もが自分に従うものだと決めてかかっている。そして求めるものは己の利益と権力のみ、それを手に入れる手段は正面突破の武力一辺倒。それが本性なのか演技なのか。
最近はかなり構成が複雑になってる。時系列的にはバトル・シーンと、そこへの道筋を交互に語り、視点はイースター・オフィス側とハンター側へと切り替わる。しかもハンター側は幾つもの勢力が入り乱れるという面倒くささ。かなり綿密に計算して書いてるんだろうなあ。そのハンター側、今回は妙に微笑ましいのが逆に不気味なんですけど。
飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第5回。転校生の印南棗はアッサリと学校を支配した。早坂篤子の急速な天使化に対応するためもあり、自らが園丁であることを明かし、また山下祐・儀間圏輔・杉原香里を園丁にする。四人は園丁としてのトレーニングを兼ね、生徒たちの目の前でその力を披露する。
昭和52年だと、体育着はブルマだなあ←をい 「私には夜さえなかった」が素晴らしい。たったひとことで、数値海岸におけるAIの立場と、それをAIがどう感じているのかを、読者に強く印象付ける。「アイルランドのジャーナリスト」って、あの人だよね(→Wikipedia)。他にも神楽舞とか、さりげなく地元をアピールしているのが微笑ましい。日本の古代史に興味があるなら、一度は訪れるべき地だし。
篠たまき「女童観音」。靄の仙境と呼ばれる高山の湯治場。信次は湯治宿で働いている。中学に行く年頃だが、女童様のお世話で忙しい。蘇芳屋の御隠居と妾のスイは宿の上客で、信次を気に入っているらしく「学校に行け」と声をかけてくれる。旅の若い商人も信次を贔屓してくれる。彼も女童様の座敷に上がるのを許されている。
「人喰観音」のスピンオフである前日譚。「生き神様」と呼ばれているわりには、妙に馴れ馴れしいし、賢くもなく、あまし神通力がありそうにも思えない。そんな不思議な存在と、それに憑かれた人の物語。明治・大正あたりの田舎の温泉町の、人権ナニそれ美味しいの?な社会を容赦なく描く筆の冴えはさすが。ホラーな場面はあるが、むしろ感触はファンタジイに近い。
牧野修「万博聖戦 第二章 トルエンの雨/1969」。サドルの父は、屋上にいた。手摺の上に立って。父は天文学者だった。宇宙の大きさを恐れ、だからこそ科学で立ち向かおうとした。人の手の届かぬものに、立ち向かう術を探るために。そして見つけた。ここではない、どこかへ通じる扉を。Q波を使って。「またいつか会おう」、それが最後の言葉だった。
「あの頃」の思い出と、その瞬間の気持ちを、懐かしさだけでなく痛みや恐れ、そして恥ずかしさまでも生々しく蘇らせる、困った筆が冴えわたるこの作品、今回も「あの頃」に子供だった読者の記憶を容赦なく掘り起こし白日の下に晒してくれる。当時思っていた21世紀って、ギラギラしたカッコいいメカが発達して色々と便利になっているはずだった…って、実際になっているな、改めて考えると。
AI研究者へのインタビュウ「SFの射程距離」、第7回は関西大学総合情報学部教授でヒューマン・メディアコミュニケーションが専門の米澤朋子教授。メディアが精巧すぎると脳内妄想を投影するスキがなくなる、という論には納得。お気に入りの小説が映像化された時、「私の思ってた○○様と違う」なアレですね。あと岩本隆雄「星虫」は確かに傑作。SF黄金期の香り強い、とっても真っすぐで気持ちのいいSFです。作者が異様に寡作なのが残念。
友成純一「人間廃業宣言」特別編 <インドネシア・ホラーの今>妖怪人形か霊友か 正反対の二つのシリーズに、インドネシアが震え上がった。「インドネシア人は(略)映画それ自体を楽しむというより、映画を口実にみんなで集まるのが目的」って、つまりみんなでワイワイ騒ぐのが好きな人たちなんだろう。日本人なら宴会なんだけど、イスラムで酒が飲めないから映画なのかな。新型コロナは苦しいだろうなあ。
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