国末憲人「テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像」草思社
…テロリストが誕生した過程と背景を探り、彼らの意識と思考回路を明らかにするのが、本書の目的である。
――はじめにバタクランでの犠牲者90人のうち、複数の銃弾が死因となったと考えられるのは12人に過ぎなかった。残る78人は、ただ一発の銃弾が致命傷となった。やみくもに乱射したわけではない。一人ひとりに標的を定めて撃ったのである。
――第2部 ヨーロッパ戦場化作戦 第3章 バタクランの地獄テロはきわめて珍しい。普段起こり得ない出来事であり、入念な対策を講じればかなりの割合で防ぐこともできる。
――終わりに
【どんな本?】
2015年~2016年にかけて、ベルギーとフランスでは、イスラム過激派による四つのテロ事件が相次いだ。
犯人はいずれも地元に住む若者たちだった。外国から忍び込んだテロリストではない。が、同時に、犯人たちの背景には、アルカイダや自称イスラム国など、国際的なイスラム過激派組織とのつながりがあった。
彼らはなぜ過激化したのか。これは一種の宗教闘争なのか、それとも虐げられる者たちの反乱なのか。彼らはいかにして国際テロ組織と繋がり、その思想に染まったのか。彼らを抑えるべきフランスやベルギーの治安維持組織の対応は適切だったのか。そして、どうすればイスラム過激派のテロを防げるのか。
朝日新聞社の記者として長くパリに住み、今も朝日新聞ヨーロッパ総局長を務める著者が、犯人たちの育成歴や過激思想に染まるまでの道のりを調べ、彼らの動機・洗脳の過程・準備と犯行の詳細・国際テロ組織の戦略と手法と人脈を洗い出し、イスラム過激派テロの実像を明らかにするとともに、それを防ぐ手立てを示す、意外性と刺激に満ちたルポルタージュ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2019年10月24日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約487頁。9.5ポイント43字×18行×487頁=約376,938字、400字詰め原稿用紙で約943枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただ、登場人物がやたらと多い。第1部と第2部の冒頭に主要人物の一覧があるが、加えて人名索引も欲しかった。
【構成は?】
ほぼ時系列順に話が進む。先に書いたように、やたら登場人物が多い。第1部と第2部の冒頭に主要人物の一覧があるので、複数の栞を用意しよう。また、犯行場面の描写はかなり迫真に迫っているので、グロ耐性のない人は注意。
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- はじめに
- 序章 人はテロリストに生まれない、テロリストになるのだ
- 相次いだ大規模テロ
- 20年の雌伏
- 欧州価値観への挑戦
- 反グローバル主義としてのジハード
- 第1部 テロリストの誕生 『シャルリー・エブド』襲撃事件
- 第1章 孤児兄弟の原風景
- 狙われた新聞社
- 場末の故郷
- いたずらっ子の弟と泣き虫の兄
- イスラム主義の萌芽
- 母の自死
- 山峡の孤児院
- 家族の話はタブー
- 途絶えた消息
- イスラム化する移民街
- ビュット=ショーモン筋
- 「敵はユダヤ人」
- シェリフ収監
- 第2章 運命の邂逅
- 刑務所の闇
- フランスのビンラディン
- 「武装イスラム集団」の台頭
- 独房の抜け穴
- 「ジャーナリスト」クリバリの活躍
- ビキニからニカブに
- クリバリ、大統領に会う
- 殉教者の妻マリカ
- アルカイダの二つの流れ
- 欧州人権裁、ベガルを救う
- 第3章 死火山の町で
- 過激派を受け入れたホテル
- 謎めいた行動
- 山中で軍事訓練か
- 急激な変貌
- シェリフとベガルの出会い
- 野に放たれたベガル
- 第4章 イエメンへの旅
- ごみ分別大使
- アウラキと「アラビア半島のアルカイダ」
- 兄に成りすまして出国
- イエメンへの同行者
- 司令官にのぼり詰めた男
- 橋渡しをした人物
- 筋金入りのジハード主義者
- 第5章 チーム・クリバリ
- クリバリ始動
- 移民系エリートの挫折
- モアメドとクリバリの邂逅
- 憲兵隊員との禁断の恋
- 調達先はベルギーか
- 銃をめぐる怪しげな世界
- 逃した機会
- 第6章 襲撃の朝
- 弟子とは別の道を歩んだ師匠
- 白い服がアイデンティティー
- 知らず知らずのうちに
- 看守に励まされ
- メラー事件の衝撃
- ジハード主義を葬り去る
- 脱カルト活動に
- ステップ・バイ・ステップ
- 1月7日の朝
- 「俺たちはアルカイダだ」
- 第7章 「早く来て、みんな死んだのよ」
- 「腹切り」から「シャルリ―」へ
- 預言者の風刺漫画騒動
- 跪いて生きるぐらいなら
- テロは予言されていた
- 編集会議始まる
- 至近距離から一発ずつ
- 「みんな死んだのよ!」
- 警察官殺害
- 現場に立つ大統領
- 逃走車は北へ
- 迷走する操作
- 第8章 標的は「ユダヤ人」
- パリ南方の事件
- 狙ったのは学校か
- 印刷工場に押し入る
- 現場は包囲された
- シェリフへのインタビュー
- 「いよいよ戦争だ!」
- 襲われたユダヤ教徒のスーパー
- 「お前はまだ死んでいないのか」
- 第9章 「イスラム国」の謎
- 地下室の絶望と希望
- 別れのメッセージ
- 「とどめを刺した方がいいかい?」
- 作戦遂行支持
- 「イスラム国」にまつわる謎
- 解放交渉成立せず
- 終幕
- 第10章 第三世代ジハードの脅威
- 「ユダヤ人を救ったイスラム教徒」
- なぜ彼らが狙われるのか
- 「テロ尾は衰退の現れ」
- 第一、第二世代の興亡
- 思想家ストーリーの軌跡
- 手づくりのテロ工房
- ジル・ケペルの予言
- 懸念は過激な反応
- 危機感薄い政府
- 背後には戦略があった
- 第11章 終わらない結末
- 元日の出奔
- 「イスラム国」街道
- クリバリのインタビュー動画
- アヤトのメッセージ
- 女たちのジハード
- 既視感の広場で
- 第2部 ヨーロッパ戦場化作戦 パリ同時多発テロ、ブリュッセル連続爆破テロ
- 第1章 なぜフランスは見誤ったのか
- 偽りの単独犯
- 「イスラム国」のテロ設計者たち
- 与えられていた任務
- テロリストは瀬踏みを続けていた
- テロ翌日の街角
- 現場を歩く
- 襲われたテラス
- 狙われた享楽の都
- ひょんと死ぬるテロリスト
- 実行三部隊とロジの一部隊
- 第2章 街角の戦場
- テロリスト、パリ郊外に集結
- イラクから来た自爆志願者
- なぜ爆発は場外で起きたのか
- テラスの惨劇
- カフェ、ピザ店、ビストロ……
- 多様性が狙われた
- 目の前に頭が
- 自爆ベルトが示す岐路
- TATPの脅威
- 第3章 バタクランの地獄
- 劇場襲撃部隊の三人
- 「復讐の時がきた」
- 上級警視の活躍
- 「みんな爆破してしまう」
- 介入
- なぜバタクランが狙われたのか
- アバウドは舞い戻っていた
- 問われた責任
- 第4章 モレンベークの闇
- 失業率52%の街
- アブデスラム兄弟のカフェ
- モレンベキスタン
- アバウドが歩んだ道
- 「イスラム国」残酷さの論理
- 難民に紛れて
- 「ベルギーのアルカイダ」
- マリカとファティマ
- ジハードのサンタ
- 第5章 破綻したテロ対策
- サンドニの銃撃戦
- 謎の女性アスナ
- 憧れの彼はテロリスト
- フランスを救った女性
- 過激派を取り逃がす
- 膠州で最も孤独な男
- 連続テロの衝撃
- 第6章 犯罪テロ・ネクサス
- 空港の惨劇
- 欧州議会の足元で
- 優等生の自爆者
- 犯罪とテロの融合
- 悪人こそが救われる
- 「過激化」再考
- 第7章 若者はいかにしてテロリストになるのか
- テロに対する二つの視点
- テロリストは移民二世と改宗者
- 「過激派のイスラム化」
- カルトに似たネットワーク
- テロリストはなぜ「兄弟」ばかりなのか
- 高い改宗者の割合
- 敗残帰還者の問題
- 「イスラム国」の子どもたち
- 第3部 ローンウルフの幻想 ニース・トラック暴走テロ
- 第1章 遊歩道の無差別殺人
- 犠牲者86人
- 家庭内暴力
- 異常な性欲
- 綿密な犯行準備
- ルンペンテロリスト
- 暴走するトラック
- 誰がテロへと導いたのか
- 第2章 「一匹狼」の虚実
- 「解放」から「破壊」へ
- ユナボマーとブレイヴィク
- ローンウルフ誕生への五段階
- 未熟で杜撰なテロリスト
- 「ローンウルフは存在しない」
- タキーヤ
- ウィキペディア流テロの時代
- 終章 汝がテロの深淵を覗くとき、深遠もまた汝を覗いている
- テロリストとカルト
- 絡めとる側
- イスラム過激派の三層
- 右翼との類似性
- メモを忍ばせたのは誰だ
- 単純明快な論理の魅力
- 多様性のストーリーを描けるか
- 終わりに
- 9.11以降のイスラム過激派による大規模テロ年表
- 参考引用文献/注
【感想は?】
本書の結論は希望が持てると同時に、どうしようもない徒労感も感じてしまう。
著者はテロの犯人らの育成歴を丹念に追ってゆく。そこで見えてくる彼らの姿は、「ブラック・フラッグス」が描くザルカウィの姿と重なる。そう、自称イスラム国でイキがっていたアブー・ムサブ・アッ=ザルカウィだ。
サルカウィも欧州のテロ事件の犯人らの多くも、もともと手の付けられないチンピラだった。十代から盗みや喧嘩にあけくれ酒や麻薬におぼれ、警官とも顔なじみの連中である。日本なら半グレってところか。昔ならヤクザの三下になる奴らである。
『シャルリー・エブド』襲撃事件のクアシ兄弟は孤児院育ちだが、パリ同時多発テロの犯人らは…
アバウドやアブデスラム兄弟は決して、移民社会の底辺にいて辛酸を味わったわけではない。むしろ、特段の不自由もない小金持ちの道楽息子であり、恵まれていた環境を生かすことなく酒や麻薬、犯罪に走った情けない男たちである。
――第2部 ヨーロッパ戦場化作戦 第4章 モレンベークの闇
これは「テロの経済学」が描くテロリスト像とも重なる。恵まれた育成環境という点は、60年代~70年代の日本で暴れた極左も同じだ。彼らの多くは大学卒だった。当時の大学進学率は1~3割程度で、中卒の集団就職も珍しくない時代だ。
(かつての)インテリ出身の過激派やテロリストの多くは、本当に知識人として成長したわけではなく、(略)高等教育での挫折感が、彼らの多くを過激思想に走らせた可能性は拭えない。
――第2部 ヨーロッパ戦場化作戦 第6章 犯罪テロ・ネクサス
その大学では、昔から極左やカルトが新入生を狙い盛んに勧誘していた。欧州では、舞台がモスクに変わっただけで、同じ風景が広がる。
欧州でモスクに実際に行ってみるとわかるが、その出入り口に大勢の若者がたむろして、募金を集めたり講座への参加を勧誘したりしている。まるで大学の入学式で各サークルが新入生を勧誘しているかのようである。
――第1部 テロリストの誕生 第1章 孤児兄弟の原風景
「テロリストの軌跡」が描く911の犯人モハメド・アタも、この勧誘に引っかかった。
もっとも、本書が描く犯人たちは、別の処で組織と繋がっている。ザルカウィ同様、刑務所なのだ。
(20世紀末~21世紀初頭の)フランスの人口は六千万前後であるため、イスラム教徒の割合は全国民のせいぜい6%~7%に過ぎない(略)
受刑者に占めるイスラム教徒の割合は約半数に及ぶ。
――第1部 テロリストの誕生 第2章 運命の邂逅
そういやマルコムXも刑務所で改心したんだよなあ(→「マルコムX 伝説を超えた生涯」)。なおイスラム教徒が多い理由を本書はほのめかすだけだが、似た論調が「自爆する若者たち」にもある。
モズクにせよ刑務所にせよ、若者たちを勧誘しているのは組織だ。そして、テロも実行犯の裏に多くの協力者たちがいる。『シャルリー・エブド』襲撃事件にしても、頭に血が上った者が突発的に銃をブッぱなしたのではない。組織的・計画的な犯行なのだ。
テロの後でわかったクリバリの通信記録から、何らかのかたちで事件にかかわったと疑われる人物は60人に及んだ。(略)パリ検察局は2018年、最終的に14人に対して重罪院に訴訟を請求した。
――第1部 テロリストの誕生 第5章 チーム・クリバリ
もっとも、犯行を再現するあたりを読むと、かなり杜撰な計画なんだけど。まあいい。使い捨てにされる前線の兵はともかく、組織の元締めがちゃんといて、しかもけっこう絞れるのだ。
欧州のフランス語圏でテロ関連の出来事を探ると、あちこちで同じ名前が登場する。顔を出すのは毎度毎度、ジャメル・ベガルであり、マリカ・エル=アルードなのである。
――第1部 テロリストの誕生 第5章 チーム・クリバリ
そんなワケで、対策の立てようもある。
テロを企てるのは、きわめて限られた、狭い世界の人脈である。警戒さえ怠らなければ、そのネットワークを壊滅状態に追い込むきっかけがあったに違いない。
――第1部 テロリストの誕生 第11章 終わらない結末パリ同時多発テロにかかわった人物らが幼少期を過ごし、あるいはその後出入りしていたのは、ベルギーの首都ブリュッセル西郊の街モレンベークである。
――第2部 ヨーロッパ戦場化作戦 第4章 モレンベークの闇
なお、先に名前が出たマリカ・エル=アルードは女だ。彼女は「殉教者の妻」として、そのスジではスターだったりする。
「『殉教者の妻』は、ジハード主義者のブルジョア的地位が約束され、天国にも行ける。つまり、精神的と同時に物質的な利益もあるのです」
――第1部 テロリストの誕生 第11章 終わらない結末
もちろん「殉教者の母」も栄光の座だ。「ミュンヘン」が描くハサン・サラメの血統が父の「偉業」を継ぐのも、こういう社会構造があるからだろう。
困ったことに、最近の先進国でのイスラム過激派テロの犯人は、もともと素行の悪いチンピラが多い。犯罪にも長けており、銃の密輸組織やナンバープレートの偽造職人など既存の犯罪組織とのコネもある。マフィアも、それと知らずにテロ組織に利用されている。
ただ、そういう連中を洗脳する元締めは、かなり限られている。だから既存の過激派組織と繋がりのある人物を丹念にマークすれば、テロは防げる…
ワケじゃないのだ。本書をちゃんと読むと、人間の本性に根ざした、もっと根本的な原因が見えてくる。これは60年代~70年代に日本で暴れた極左にも共通するんだが…
テロに走る若者の多くはもともと犯罪組織に加わり、すでに暴力行為になじんでいる。つまり、多くの若者は「イデオロギーにもとづいて暴力行為に走る」のではなく、ある種の暴力(犯罪)から別の種類の暴力(ジハード)に移行するだけだと解釈できる。
――第2部 ヨーロッパ戦場化作戦 第6章 犯罪テロ・ネクサス若者たちは極端に走りやすい。(略)そのような若者たちにかつて、生きがいと死にがいと、さらには他人を殺す口実まで与えてくれたのが、共産主義だった。今、ジハード主義がそれに取って代わっている。
――第2部 ヨーロッパ戦場化作戦 第7章 若者はいかにしてテロリストになるのか
つまり、ジハードは言い訳で、連中は単に暴れたいだけ、との主張だ。そういう点じゃ、「ボスニア内戦」で暴れたアルカン(→Wikipedia)の同類でもある。
政治的にアルカンは極右になるだろう。一見、敵対しているように見える極右とイスラム過激派だが、よく見ると中身は似てたりする。威嚇的・暴力的なこと、男尊女卑なこと、硬直した上意下達型の組織が好きなこと。そして何より…
右翼はみずからも、社会の分断を通じて地位を固めようとする。
――第1部 テロリストの誕生 第10章 第三世代ジハードの脅威
敵と味方をハッキリ分けて、敵を人間として扱わないことだ。「社会はなぜ左と右にわかれるのか」が語る「忠誠/背信、権威/転覆、神聖/堕落」型の極端なタイプだろう。現代ロシアでスターリンを崇める者は左翼と呼ばれるが、その精神構造はむしろ極右に近いと私は思っている。
そして、イスラム過激派の脅威ばかりが注目されるが、実際には…
反イスラムや排外主義にもとづくテロは、イスラム過激派のテロよりもじつはずっと多い。(略)2012年から2016年途中までの間、イスラム過激派によるテロは欧米で84件起きたのに対し、右翼テロは130件に達していた。
――終章 汝がテロの深淵を覗くとき、深遠もまた汝を覗いている
と、今はむしろ極右の方が脅威だったりする。なんのこたあない、暴力団同士の抗争みたいなモンなのだ。双方が政治や宗教を看板に掲げているだけで、中身は暴れたいだけのチンピラどもなのである。アフリカの失敗国家での自称反政府組織と変わりはない。ただ取り繕いが巧みなだけだ。
徒労感を感じるのは、そういう点だ。ジハードもナショナリズムも言い訳で、本音は暴力衝動だとすれば、これはもうどうしようもない。ヒトの本能に刷り込まれた性質が原因なら、ジハードを抑えても、別の形で吹き出すだろう。そういや「暴力の解剖学」は「魚を食え」と推薦して…
とか連想を続けると、いつまでたっても終わらないから、この辺で終わりにする。とりあえず、イスラム過激派テロに興味があるなら、年代別の分析もあり、なにはともあれ最初に読むべき本だ。
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