岩本太郎「実用メカニズム事典 機械設計の発想力を鍛える機構101選」森北出版
本書は、機械各部に必要とされる動作から必要な機構を探す事典としての使い方を想定している。
――本書の使い方牽引車両には主に3種類ある。
セミトレーラは、トレーラに前輪がなく、牽引車両であるトラクタにトレーラの荷重の一部をもたせるものであり、日本ではこのタイプが最も多い。
フルトレーラはトレーラにも前輪があって荷重はすべてトレーラが支え、トラクタにも荷台がある。
ポールトレーラは長尺貨物を運ぶもので、トラクタとは伸縮可能なドローバーで簡易的に結合されている。
――第6章 走行装置 6-1 平たん路・傾斜路走行 6-1-5 牽引 牽引車両蒸気機関車は、車輪をエンジンが直接駆動しているので、エンジンと車輪の間に変速機やクラッチを置くことができない。
――第7章 流体機械 7-1 圧縮性流体機械 7-1-6 蒸気機関のバルブ機構多節ロボットは多くの関節が盾に並んでいて、関節には駆動制御系があるが側面の車輪はフリーホイールである。関節の位置は、一つの正弦曲線上に並ぶように関節角度が制御される。そして、正弦曲線が後方に流れるようにすべての関節を同時制御するものである。
――第8章 ロボット応用 8-2 移動ロボット 8-2-1 平たん路移動 多節式
【どんな本?】
メカニズムとは、力や運動を制御するものだ。
回転の軸をズラす、または別の向きにする。直線運動を回転運動にする。運動速度を速くする。弱い力を強い力にする。揺れを減らす。たるみをなくす。行きはゆっくり、戻りは速く。すべての車輪が同じ重さを担うようにする。
これらの目的を果たすために、ヒトは様々なメカニズムや形が生み出してきた。歯車、滑車、ピストン、パンタグラフ、カム、テーパー、ルーローの三角形。
それらの要素を適切に組み合わせることで、便利な機構ができあがる。例えば自転車は歯車・コントロールケーブル・軸受けなどが組み合わさっている。
本書は、歯車など基本的なものから、それらを組み合わせた内燃機関のエンジンまで、様々なメカニズムを網羅するとともに、機械を設計する際の目的や条件に応じて相応しい機構が見つかるように、目的別の目次を備えた、設計者のための機構事典である。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2020年2月10日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー横一段組み約326頁。9ポイント40字×36行×326頁=約469,440字、400字詰め原稿用紙で約1,174枚。文庫なら上下巻ぐらいだが、イラストや表やグラフが豊富に載っているので、文字数は半分ぐらい。このイラストが極めて重要な本なので、たぶん文庫にはならないだろう。
ズバリ、プロの機械設計者またはプロ予備軍向け。文章は硬い。典型的な学者、それも工学者の文章だ。内容も高度で、「リテーナ」や「テーパ」などの専門用語はもちろん、数式も容赦なく出てくる。それも加減乗除に加え平方・平方根・三角関数・微分を含むもの。普通科高校卒業程度の数学力があれば読みこなせるだろうが、私には無理なので読み飛ばした。
【構成は?】
中身は事典そのものなので、気になった所を拾い読みしてもいい。というか、そういう使い方を想定している。だって事典だし。そのため、目次が二つあるのが大きな特徴。
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- はじめに
- 本書の使い方
- 目次1 動作から探す
- 目次2 目的から探す
- 第1章 直線運動
- 第2章 回転運動
- 第3章 角度・変位と力の制御
- 第4章 運動変換
- 第5章 軌道生成
- 第6章 走行装置
- 第7章 流体機械
- 第8章 ロボット応用
- 付録 4節連鎖など
- 索引 機構名から探す
その目次、例えば「目次1 動作から探す」の冒頭は、こんな感じだ。
- 第1章 直線運動
- 1-1 直線案内
- 1-1-1 すべり案内
穴と棒/アリ溝
- 1-1-1 すべり案内
- 1-1 直線案内
対して「目次2 目的から探す」は、こうなっている。
- 第1章 直線運動
- 1-1-1 動作より剛性を優先させたい
穴と棒/アリ溝
- 1-1-1 動作より剛性を優先させたい
また、「穴と棒」など個々の項目は、最初にイラストや三面図などがあり、次に説明文がつく。機構の特有のクセや注意すべき事柄は、各項目の末尾の「ポイント」を見よう。また回転数の変化率など具体的な数値の計算方法も、末尾に「設計・解析」にある。数式がバリバリ出てくるのは、この「設計・解析」だ。
【感想は?】
くり返すが、プロの機械設計者またはプロ予備軍向けの本だ。たぶん、著者が理想とする使い方は、こんな感じだろう。
- まず軽く全体を流して読む。目的は手っ取り早く全体の構成や「何が載っているか」「何ができるか」を掴むこと。よって、よく知っている項目・数式・面倒くさい所などは、アッサリと読み飛ばす。
- 折に触れて、よく分からなかった所を見直す。またはソレ関係を学びなおす。上手くすれば芸幅が広がる。
- 実際の仕事や研究で「もっと巧い方法はないか」「こんなん、どないせえちゅうねん」と悩んだら、目次2を使って可能な方法を探す。そのものズバリはなくても、ソレっぽい項目やその近くの項目を見れば、ヒントが見つかるかも。
そう、「読む」本というより、身近な所に置いて「使う」本なのだ。だって事典だし。
そんな本を素人の私が野次馬根性で読むんだから、ハナから無茶な話なんだが、それはさておき。いや機械工学ってどんな事をやるのか知りたかったんです。
で、読んでみると、さすがに歯ごたえは凄まじい。まあプロ向けだし、当然だね。でも憧れるんだ、プロ仕様って。
幸い、豊富に載っているイラストや三面図が大きな助けになる。というか、この本はイラストこそがキモだ。もっとも、さすがに肝心の「動き」は表せない。こういうのは動画の方が向く。誰か作ってください←をい そんなワケで、説明を読みつつ脳内でイラストを動かして読むのだ。妄想力には自信があるが、けっこう手間取った。
そんな中でも、イメージしやすい物もある。代表的なのがコントロールケーブル。これは自転車のブレーキで使っている。ハンドルの下のブレーキレバーを絞れば、ケーブルを通してブレーキ・パッドが閉まり車輪を止める。このケーブルがコントロールケーブルだ。こういう、単純かつ身近でよく使う物は、わかりやすいのだ。
自転車では、他にも後輪のハンドブレーキが収穫だった。メンテが悪いとキーキー鳴るアレね。ブレーキバンドがドラムを締め付けるのか。今まで全く知らなかった。
やはり自転車で使っているのが、アイドラ(自由回転する歯車)。ママチャリにはないけど、変則機構のついた自転車の、後輪近くにある、小さい歯車。あれの役割はチェーンの張りを保つこと。工場とかでもよくあるよね、こういう「張りを保つ」ためのドラムや歯車。ドラムは製紙工場で見たけど、なかなか壮観だった。
同じく「おおっ!」となったのが、スプラインなどの接手。例えば自動車、それもFR型のプロペラ・シャフトで使う。一本の棒は伸び縮みできないけど、スプラインを使えば多少は伸び縮みできる。これでクルマの姿勢が変わった時も、プロペラ・シャフトに無理な力がかからずに済む。
接手の何に驚いたのかと言うと、目的が「変位の許容」である点だ。メカ、それも金属製のメカは大きさや形が変わらないと思い込んでいたが、動くメカは常にアチコチが伸び縮みしているし、そうでないとマズい。硬く見える自動車も、エンジンと駆動輪の位置関係は常に変わるのだ。
などの接手の中でも、自在接手(十字接手、→Wikipedia)の巧みさには、ひたすら感服してしまう。こんなん、よく考えたなあ。もっとも、絵で見る限りは細い部分も多いので、動力を伝えるには相応の強さがある素材が必要っぽいけど。冶金技術は国の基盤なんだなあ。
自動車で感心する例は他にも多くて、例えばボンネットの台形リンクとワイパーブレード。
台形リンクは蝶番の一種。自動車のボンネットは、台形リンクで車体と繋がっている。役割は蝶番と同じで開け閉めなんだが、普通の蝶番と違いボディに対しボンネットを浮かせられるので、ボンネットがボディにぶつからない。
これが出てくる「第5章 軌道生成」は、他にもZリンクとか面白いのが多い。基本は棒とジョイントで、パンタグラフ式のマジックハンド(→Google画像検索)がわかりやすい。これ、棒とリンクを組み合わせ、いろいろなリンクを組み立てられる玩具にならないかなあ。きっと子供は夢中になるし、未来のメカニック・エンジニアが育つぞ。
ワイパーブレードは、イコライザ=力を配分する機構だ。窓に対しブレード全体が均等に押し付けられるように、長さとジョイントの位置をてこの原理に従ってデザインしてる。上手いよなあ。
自動車ほどじゃないが、ニワカ軍ヲタとして見逃せないのが無限軌道=クローラ。これサスペンションありとなしの二種類があるのは知らなかった。戦車など軍用はサスありで、不整地に強い、つまりどんな荒れ地や凸凹も乗り越えられるけど、路面を痛めつける。逆にブルドーザーなどの土木機械用は、サスがない。そうだったのか。今度、注意して見てみよう。
電磁クラッチも賢いメカで、電源のオン/オフにより動作を伝えたり切ったりする。これ見て思ったのが311の原子炉事故。あれ電磁クラッチで「電源が切れた時は強制的に冷却装置が動く」設計は、駄目かな?
電磁クラッチ同様、賢さに舌を巻いたのが、摩擦円盤による無段変速(→OKWAVE)。摩擦だから、あまし強い力は伝えられないけど、発想の巧みさ・鮮やかさには目を見開かされる想いだ。
もっとも、動きの変化の自由度では、カムの自在さがだんぜん光ってる。
普通の滑車は真円なんだが、これを楕円やハート型にしたり、回転の軸を中心からズラしたりして、カムの上に棒を乗せれば、棒の上下の動きをコントロールできるわけ。有名なのは自動車のエンジンの吸排気を制御するヘッドカムで、DOHCとか(→Wikipedia)。いやDOHCは棒がカムの上じゃなくて下だけど。
こういったカムの巧みな利用は、「大聖堂・製鉄・水車」や「水車・風車・機関車」でも描いてる。主な用途は水車や風車で、小麦を粉に挽くこと。小さな水車は山中の小さな村にもあって、欧州じゃ早くから機械工学が発達してたのだ。特に、常に風を捕えるよう自動で向きを変えるバラ風車は…いや、話が逸れた。
こういった細かい機構だけかと思ったら、終盤じゃ閘門(→Wikipedia)なんて壮大なモノまで飛び出すから油断できない。ほら、太平洋と大西洋の海面の差を埋めるためパナマ運河が備えたアレだ。
などと感心してるが、本来はプロの機械設計者が手元に置き、アイデアに詰った時にパラパラめくる、そういう本なので、素人にはかなり歯ごたえがある。それでも、機械工学の面白さと難しさの片鱗ぐらいは覗き見できたと思う。やっぱりメカってワクワクするし。
どころで、スターウォーズのR2D2、両脇に三輪クローラつけたらいんじゃね?
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