春暮康一「オーラリメイカー」早川書房
夜にしか見えないものがいくつかある。もっぱら頭の上に。
――オーラリメイカー「彼らはここにいます」
――オーラリメイカー「ねえ、あなたがエスパーの人?」
――虹色の蛇
【どんな本?】
2019年の第七回ハヤカワSFコンテストに「オーラリメイカー」で優秀賞に輝いた新人SF作家、春暮康一のデビュー作。加筆修正した「オーラリメイカー」に加え、短編「虹色の蛇」を収録。
人類が銀河系へと進出し、幾つかの異星人とも出会いソレナリの友好関係を築いている遠未来。
アリスタルコス星系は異常だった。九つの惑星のうち四つは、水星と同じぐらいの質量で、公転面が60度以上も傾斜している。しかも扁平な楕円軌道で、近日点と遠日点は他の惑星の軌道スレスレをかすめている。明らかに、何者かの意図を感じさせる構成だ。
惑星の軌道を、ここまで大胆かつ緻密に設計・変更させうる者とは、どのような存在なのか。<連合>参加の種族は、存在を星系儀製作者=オーラリメイカーと名づけ、共同で探査に赴く。果たして彼らは何者なのか。何のために、どうやって星系を改造したのか。そして<連合>と友好的な関係を築けるのか。
遠未来の恒星間宇宙を舞台に、オーラリメイカーの謎を軸としながら、生命・知性そして出会いと別れを壮大な構想とスケールで描く、王道の本格サイエンス・フィクション。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2019年11月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約287頁に加え、第七回ハヤカワSFコンテスト選評6頁。9ポイント40字×16行×287頁=約183,680字、400字詰め原稿用紙で約460枚。文庫なら普通の厚さ。
文章は比較的にこなれている。バリバリのサイエンス・フィクションで、物理学や情報工学の用語も容赦なく出てくるが、分からなかったらテキトーに読み飛ばしてもいい。これは料理なら「盛り付け」に当たる要素だろう。繊細かつ丁寧に盛り付けられているのは確かだが、この作品の最も美味しい所は、もっと大掛かりな所にある。タイトルが示すオーラリメイカーの正体と目的、そしてそれに関わる者たちの決断と行動こそが、本格派SFならではの圧倒的な迫力と感動を生み出すのだ。
【オーラリメイカー】
「わたしたちはひとつの精神でありながら無数の個性を持つ」
――オーラリメイカー人知を超えたものに出会うと、そこに現実以上の神秘性を汲み取ってしまう。
――オーラリメイカー「ふたりじゃなくて三人だぞ。いや、四人と言ってもいいか」
――オーラリメイカー「またいつか。そのとき会うわたしが、いまのわたしにあまり似ていなかったとしても」
――オーラリメイカー
これだよ、これ。こういうのがあるからSFはやめられない。
もうね。出だしからSF者のツボを突きまくり。オーラリメイカーが造ったとおぼしき星系に、銀河の各地からエイリアンが集まってくる場面。
<水-炭素生物>なんて言葉が出てくるから、「いわゆる珪素生物はいない」と見当がつく。代謝系はヒトと同じ、炭素を酸化してエネルギーを得ている生物たちだ。それでも、意思疎通は簡単じゃない。「<外交規約(プロトコル)>に沿って宣言を開始した」に続く段落で、エイリアンたちの異質さがビンビン伝わってきて、読者を作品世界へと巻きこんでゆく。
にも関わらず、なぜ「会話」ができるのか。ここでコミュニケーションの基盤となるのが、数学と物理学なのもSF者の気分を盛り上げる。AIだのなんだのと、ソレっぽいIT系用語を使うのが流行ってるけど、本作は見逃されがちな情報理論の基本をキチンと抑えてるのが嬉しい。ここまで、たった3頁。なんちゅう濃い幕開けだ。
続くオーラリメイカーの謎を語る所も、ゾクゾクが止まらない。一つの恒星系を、奇妙に秩序だった形に仕上げる存在。明らかに隔絶した技術を持っている。にも関わらず、今まで全くコンタクトしてこなかった。もし敵対する存在なら、<連合>はひとたまりもないだろう。というか、そもそも<連合>と意思疎通ができる存在なのか?
カッチリした科学考証と、思いっきり異様なエイリアン、謎に満ちたオーラリメイカーの存在。SF小説の出だしとしては、トップクラスの出だしだ。そして、その期待を遥かに上回る壮大で爽快で少し切ない結末。うん、これぞSFの醍醐味。
もちろん、本作内でオーラリメイカーの正体も目的も星系を改造した方法も、そして今までコンタクトがなかった理由も明らかになる。これが実に意表を突くもので。エネルギー(の元)を得る手段も、思わず笑っちゃうほど大胆なんだけど、そういう存在なら確かにやりかねない。異質であるとは、そういうことなんだろう。
並行して語られる<篝火>世界もたまらない。いやあ、こんな壮大な物語を、縦糸の一つで片付けちゃうかあ。これだけで長編にできるぐらいギッシリとネタが詰まった話なのに。○○を移動する手段としても、ここまで稀有壮大なシロモノは滅多にないぞ。確かにコレなら補給の心配も要らないけど。しかも、その旅の目的地を定める経緯がアレってのが、ヒネリが効いてていいんだよなあ。
もっとも、美味しいネタの使い捨ては、ここだけじゃないから堪えられない。なんて贅沢な作品なんだ。
やっはり途中から絡んでくる<二本足>の物語も、ロジャー・ゼラズニイのアレやコレが好きな人には、たまらない無常観と切なさが詰まってる。その運命の皮肉もさることながら、<連合>やオーラリメイカーの物語を通して伝わってくる、恒星間宇宙の残酷なまでの広さと空虚さが、彼(ら)の道行きの寂寥感を際立たせてゆく。
生命とは、神とは、知性とは、そしてその行く先は。21世紀の科学的知見で武装したA.C.クラークがスタニスワフ・レムの冷徹さを得てオラフ・ステープルドンの壮大なヴィジョンに挑んだ、そんな傑作だ。
本格サイエンス・フィクションならではの快楽が、ここにある。
【虹色の蛇】
<彩雲>の棲む空は、星を見るには向かないのだ。
――虹色の蛇たしかに恐怖とは人を楽しませるものだ。
――虹色の蛇
フランコは<白>星系の惑星<緑>でフリーの旅行ガイドとして稼いでいる。ここの名物は空を泳ぐ<彩雲>だ。色とりどりの<彩雲>は帯電していて、互いに食い合う。その際に十億ジュール級の放電が起きる。この放電の直撃を受けたら地上の生物はひとたまりもないが、その様子は観光名物でもあり、他にロクな産業のない惑星<緑>の命綱でもある。特にフランコは旅行ガイドとして優秀なのだが…
「オーラリメイカー」同様の<連合>世界を舞台としつつも、こちらはガラリと雰囲気が変わって、ハードボイルドな一匹狼風の旅行ガイドのフランコを主人公としたコンパクトな作品。
とはいえ、登場する<彩雲>の美しさと凶暴さそして大きさは、SFでも屈指のもの。そう、モロに雲なのだ。それも生きていて、色が付いている。なぜ色がついているのかも、ちゃんと理由がついてるんだが、それより生態が凄い。
なにせ雲だから馬鹿デカいのもあるが、それ以上に凶暴さが半端ない。曇ったってタダの雲じゃない、雷雲なのだ。奴らが食い合う際は、あたりかまわず雷を落としまくる、光の速度で数億ボルトの電気が飛んでくるのだ(→Wikipediaの雷)。一発でも食らったらお陀仏だってのに、逃げようがない。まさしく雷神様である。
にもかかわらず、いやだからこそ、観光名物にもなる。私たちが虎やライオンに惹かれるのも、それが力強く凶暴だからだ。<彩雲>のデカさ凶暴さは、象どころかシロナガスクジラすら遥かに凌ぐ。そんなのがバリバリと雷を落としながら食い合うのである。となればサファリパークなんか目じゃあるまい。
もっとも、それだけに観光も命がけなんだけど。
その<彩雲>と生態系を構成する<誘雷樹>も、なかなかに異様な生態で。地球でも幾つかの植物は、昆虫に蜜を与えるかわりに花粉を運ばせたり、果実を草食動物に食わせて種子を運ばせたりと、互いに利用し合ってる。凶暴な<彩雲>と同じ惑星で生きる<誘雷樹>も、なかなかにしたたかで…
と、そんなデンジャラスな惑星<緑>の中で、ヒトが右往左往する話。
いや、ちゃんと深刻な人間ドラマも進む、というかソッチこそが主題で、ちょっとジャック・ヴァンス風なチョッカイとオチもつくんだけど、なにせ<彩雲>に心を奪われちゃって。だってこれほど巨大で凶暴で美しいエイリアンは滅多にないし。
【終わりに】
そんなワケで、骨太なイマジネーションが豊かで将来が楽しみな新人作家が出てきたなあ、というのが今の感想。日本のSF作家で言えば、小松左京と小川一水に続き、更にその先へと向かう意気込みを感じる。こういう人が出てくるなら、日本のSFはきっと大丈夫だ。
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