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2020年9月24日 (木)

ヘンリー・ペトロスキー「本棚の歴史」白水社 池田栄一訳

科学技術とはかように、なくなったときに最もその存在が意識されるのだ。
  ――第1章 本棚の本

沈み込む度合いは、棚の長さの四乗に比例する
  ――第5章 書棚

ウィリアム・ユーアード・グラッドストン「(本が)満ちあふれた部屋で、孤独を感じた人間はいないし、孤独を感じるはずがない」
  ――第10章 可動書架

【どんな本?】

「あなたの本棚はどんなの?」と訊ねられて、あなたはどう答えるだろう?

「ハヤカワの青背が三段ほど」「NutShellはやたらデカくて重くて」「東洋文庫にはいささか自信が」…

 などの答えが返ってくるだろう。

「黒のスチール製で高さは180cm幅は120cm…」

 などと返したら「そっちかい!」とハリセンを食らいかねない。

 だが、この本は、まさしくそういう本だ。

 たかが本棚、されど本棚。本棚には幾つかの役割がある。本を収容し、保存し、お目当ての本を探しやすく、または綺麗に並べる。その本も、媒体はパピルス・羊皮紙・パルプと変転し、形も巻物・コデックス・ハードカバーとと変わり、製作技術も写本・活字印刷・電子書籍と進むと共に、経済的な価値も大きく変わった。そして、本を読む環境も。当然、その容れものである本棚や図書館も、本と読書環境に伴い形を変えてきた。

 古代の巻物から電子書籍まで、本を収納する本棚の変遷をたどり、時代とともに変わる道具の役割と形と使い方を描くとともに、古今東西を通して変わらぬ読書中毒者たちの「あるある」を満載した、本好きのためのちょっと変わった技術史。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Book on the Bookshelf, by Henry Petroski, 1999。日本語版は2004年2月10日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約263頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント46字×19行×263頁=約229,862字、400字詰め原稿用紙で約575枚。文庫なら並の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もやさしい。ただ、所々にモノの形を説明する部分があって、ソコは丁寧に読む必要がある。あと、「前小口」など本の部分の名前がよく出てくるので、予め調べておこう。株式会社イシダ印刷の「花ぎれ、小口とは? ~本の各部、13の名称~」がわかりやすい。

【構成は?】

 だいたい昔→今と時代を辿ってゆく。が、各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 第1章 本棚の本
  • 第2章 巻物から冊子へ
  • 第3章 保管箱、回廊、個人閲覧席
  • 第4章 鎖で机につながれて
  • 第5章 書棚
  • 第6章 書斎の詳細
  • 第7章 壁を背にして
  • 第8章 本と本屋
  • 第9章 書庫の工学
  • 第10章 可動書架
  • 第11章 本の取り扱い
  • 謝辞/原注/訳者あとがき/図版出典/参考文献

【感想は?】

 書名は「本棚の歴史」だが、「本の歴史」が3割と「書斎と図書館の歴史」も3割ほど混じってる。

 本棚。本を保管し、整理する家具。機能は同じだが、肝心の本や読む環境が変わると、形や機能も変わってくる。これがハッキリわかるのが、第2章の冒頭、古代ギリシアや古代ローマを扱う章。なにせ当時の「本」は巻物だ。だもんで、当然、今の本棚には置けない。そこでドラム缶みたいのに立てて入れたり、棚に横置きにしたり。

 ここで「言われてみれば」なのが、巻物の書き方。日本語や中国語は昔は縦書きだから、紙の右端から1行づつ書けばいい。が、ラテン語は横書きだ。じゃどうするかというと、テキトーな所で行を折ったのだ。

 とまれ、巻物は読み終えたら巻き戻さなきゃいけないし、お目当ての個所を探すのも難しい。ということで、本は木などで表裏の表紙を付けたコデックスになり、厚い本へと変わり、私たちにも馴染みの形に近くなる。でも意外なことに…

今日の本と違ってコデックス本(→Wikipedia)には書名がついていなかったのである。本を指し示すには、第一ページの最初の言葉を用いたと思われる。
  ――第2章 巻物から冊子へ

 なんと書名は「なかった」のだ。そして当時の本は高価で、表紙に宝石を埋めこんだりした。となれば、書庫の本を盗もうとする不届き者も出てくる。そこで修道院などの図書室では、本に鎖をつけた。高価な品なので、現代ほど蔵書の数はない。だもんで、書見台ごとに本を置いても、あまし場所を取らずに済んだのだ。また、本の置き方も違い…

最初のうち、本は前小口を外側に、背を棚の内側に向けて収納していたのである。その背景には、背を見ても著者や書名が書いていなかったということのほかに、本がまだ鎖につながれていたという理由があった。
  ――第5章 書棚

 やがてグーテンベルクの印刷によって本は増え始めるのだが…

15世紀より前に出版された本で装丁し直されずに本来の装丁が残っている例は非常に少ない。古い本は次々と装丁し直され、内容を示す印を背に付ける方法が一般化した。(略)
なかには、本の見かけや収納の仕方にこだわる者も現れた。
  ――第6章 書斎の詳細

 まあ、贅沢な品物だったワケです。そして見てくれに拘る気持ちも分かるなあ。もちろん、これは流通にも影響して…

17世紀後半の本屋には、製本された本はまったく置いてなかったようだ。なぜなら、当時は、未製本の、つまり印刷された紙を集めた丁合の段階で本を買う習慣があったからだ。
  ――第8章 本と本屋

 本屋には本文だけ売っていて、製本は別業者だった、と。だもんで、自分の好みに合わせて本をデザインできたのはいいが、その分、お値段も張ったのは想像がつく。

 とかの本そのものの話に加え、土木や建築が専門の著者ならではのネタも出てくる。例えば図書室には当時ならではの工夫も必要だったり。

図書室用に作られた部屋は、比較的狭い間隔で規則正しく窓が並んでいるので、外観からすぐに分かる
  ――第4章 鎖で机につながれて

 なぜか。窓がないと、暗くて本が読めないのだ。電灯がない時代なので、日の光しかなかったのだ。ランプ? 大事な本が燃えたらどうする!

 という風に、本は大切にされていたんだが、印刷本の流通が増えるに従い、読書家の皆さんに共通の悩みが大きくなってくる。

本を入れる場所がどこにもなくなる状態は、膨張し続ける研究図書館では(事実上、すべての図書館で)よくあることだ。
  ――第7章 壁を背にして

 そんなわけで、電化以前の時代は「いかに多くの日光を取り入れるか」に加え、本の置き場が重要な問題として浮上してくる。これ以降は、「いかに多くの本を使いやすく収納するか」の悩みが本書の大きなテーマとなり、俄然親しみがわいてきたり。なにせ、本は単に置けばいいってもんじゃない。人が入る空間も必要なのだ。

使い勝手の良い書庫に改良を加えても、平均して、床面積の65%を通路が占め、本棚の列を置けるスペースはわずか35%というところで行き止まりになったのだ。
  ――第9章 書庫の工学

 以後、本の高さの違いが「空間の無駄だ」と怒ったり、一つの棚に背の高い本と低い本を二段で入れたり、本棚の天板に本を並べたりと、皆さんお馴染みの涙ぐましい努力が続く。中には賢い人もいて…

空間が取れないときに、本をどんんどん貸し出して、返却を滞らせるようにし向ける知恵者の図書館司書もいる。
  ――第10章 可動書架

 その手があったか! ということで、皆さんどんどん図書館を使いましょうw などと苦労しちゃいるけど、本の出版量は増える一方。例えば1944年、ウェスリアン大学の図書館司書フリーモント・ライダーが恐ろしいデータを示してる。

ここ一世紀の間に、コレッジと大学の図書館蔵書数は平均して16年ごとに倍増している
  ――第10章 可動書架

 そりゃいくらあっても足りないわ。そこで「あまり読まれない本は地域の図書館共通の倉庫に入れよう」みたいな案も出てくる。これで空間は節約できるけど、滅多に使わない本は取り寄せるのに時間がかかる。こういう所は、まるきしコンピュータのディスクとキャッシュみたいな関係だな、と思ったり。いずれにせよ、本棚はすぐに満杯になる運命なのだ。なぜって…

空でも満杯でも、本棚が本を引き寄せるのは自然の法則らしい。
  ――第11章 本の取り扱い

 だから、あなたや私の本棚が見苦しいのは仕方のないことなんです、はい。

 と、そんな風に、本好きには終盤に行くほど身につまされ楽しくなる本だ。本の置き場に困っている人なら、きっと楽しめる。

 ただ、中国や日本など、極東の話が出てこないのは残念。なにせ紙の起源となった地域で、昔から出版も盛んだっだ。だが表紙や背を木や厚紙などで補強せず紐で閉じていたので、本は柔らかく書棚に立てられない。これをどう整理していたのか。

 確か「中国文化大革命の大宣伝」で毛沢東の書斎の写真を見た。本に20~30cmほどのポストイット(のような紙の帯)を貼ってたらし、そこに書名などを書いて、平置きにしていた。私たちが本棚から本を探すとき、背表紙で本を見分ける。彼は垂らしたポストイット(に書いてある書名)で本を見分けたようだ。これが極東の標準だったんだろうか?

【関連記事】

【おわりに】

 ちなみに私の本棚は、東急ハンズで買ったスチールの柱と棚板を組み立てたもの。三つの本棚をコの字型に組み合わせ、地震でも倒れないようにしている。引っ越しのついでに蔵書を整理したんで、今は多少の空きがあるんだが、いつまで保つことやら。

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