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2020年8月 3日 (月)

ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 1

アメリカン・エンタープライズ研究所「ルイジアナ州の教育改革者が長年やろうとしてできなかったことを(中略)ハリケーン・カトリーナは一日で成し遂げた」
  ――序章 ブランク・イズ・ビューティフル

ピノチェトは急激な収縮によって経済に刺激を与えれば、健全な状態に戻すことができるという未検証の理論に基づき、故意に自国を深刻な不況に追いやった。
  ――第3章 ショック状態に投げ込まれた国々

国家による虐殺が認められる限りにおいて、軍事政権はそれをソ連国家保安委員会(KGB)から資金を受けた危険な共産主義テロリストとの戦いであるとして正当化した。
  ――第3章 ショック状態に投げ込まれた国々

治安当局の手入れによって逮捕された人々の大多数は軍事政権が主張する「テロリスト」ではなく、政府が推進する経済プログラムにとって重大な障害になるとみなされた人々だった。
  ――第4章 徹底的な浄化

拘束者に対して広範に行われる虐待は事実上、その国や地域の多くの人々が反対するシステム――政治的なものであれ、宗教的、経済的なものであれ――を政治家が強制的に実施しようとしていることの確実な兆候である。
  ――第5章 「まったく無関係」

【どんな本?】

 チリ・グアテマラ・アルゼンチンなどの中南米諸国,ベルリンの壁崩壊後のロシアや東欧諸国,サッチャー政権下のイギリス,アパルトヘイト撤回後の南アフリカ,通貨危機時のアジア,フセイン政権打倒後のイラク、そしてハリケーン・カトリーナに見舞われたルイジアナ州。

 財政危機・体制崩壊・経済危機・戦争・自然災害と、それぞれ原因は様々だが、そこに住む人々は、いずれも似たような状況に陥った。とりあえず生きていくのに精いっぱいで、他のことに頭が回らない。

 そんな時、彼らを支えるべきIMF(国際通貨基金)や世界銀行は、一貫して共通の姿勢を示した。

 それはどんな姿勢なのか。そこにはどんな思惑があるのか。彼らは何を目指しているのか。その思想の源流はどこにあるのか。

 カナダ生まれのジャーナリストが、グローバル経済の発展と多国籍企業の躍進がもたらした「惨事便乗型資本主義」の来歴と正体を暴き、その危険性を警告する、一般向けの啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Shock Doctrine : The Rise of Disaster Capitalism, by Naomi Klein, 2007。日本語版は2011年9月8日第1刷発行。単行本ハードカバー上下巻の縦一段組みで本文約345頁+325頁=約670頁に加え、訳者幾島幸子による訳者あとがき4頁。9ポイント46字×19行×(345頁+325頁)=約585,580字、400字詰め原稿用紙で約1,464枚。文庫なら上中下巻ぐらいの大容量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。敢えて言えば、南米やスリランカなど日本人にはなじみの薄い地域が舞台となるので、人によっては戸惑うかも。

【構成は?】

 章ごとに舞台が変わるので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  •  上巻
  • 序章 ブランク・イズ・ビューティフル 30年にわたる消去作業と世界の改革
  • 第1部 二人のショック博士 研究と開発
    • 第1章 ショック博士の拷問研究室
      ユーイン・キャメロン、CIA そして人間の心を消去し、作り変えるための狂気じみた探求
    • 第2章 もう一人のショック博士
      ミルトン・フリードマンと自由放任実験室の探求
  • 第2部 最初の実験 産みの苦しみ
    • 第3章 ショック状態に投げ込まれた国々
      流血の反革命
    • 第4章 徹底的な浄化
      効果をあげる国家テロ
    • 第5章 「まったく無関係」
      罪を逃れたイデオローグたち
  • 第3部 民主主義を生き延びる 法律で作られた爆弾
    • 第6章 戦争に救われた鉄の女
      サッチャリズムに役だった敵たち
    • 第7章 新しいショック博士
      独裁政権に取って代わった経済戦争
    • 第8章 危機こそ絶好のチャンス
      パッケージ化されるショック療法
  • 第4部 ロスト・イン・トランジション 移行期の混乱に乗じて
    • 第9章 「歴史は終わった」のか?
      ポーランドの危機、中国の虐殺
    • 第10章 鎖につながれた民主主義の誕生
      南アフリカの束縛された自由
    • 第11章 燃え尽きた幼き民主主義の火
      「ピノチェト・オプション」を選択したロシア
  • 原注
  •  下巻
  • 第4部 ロスト・イン・トランジション
    • 第12章 資本主義への猛進
      ロシア問題と粗暴なる市場の幕あけ
    • 第13章 拱手傍観
      アジア略奪と「第二のベルリンの壁崩壊」
  • 第5部 ショックの時代 惨事便乗型資本主義複合体の台頭
    • 第14章 米国内版ショック療法
      バブル景気に沸くセキュリティー産業
    • 第15章 コーポラティズム国家
      一体化する官と民
  • 第6部 権力への回帰 イラクへのショック攻撃
    • 第16章 イラク抹消
      中東の“モデル国家”建設を目論んで
    • 第17章 因果応報
      資本主義が引き起こしたイラクの惨状
    • 第18章 吹き飛んだ楽観論
      焦土作戦への変貌
  • 第7部 増殖するグリーンゾーン バッファーゾーンと防御壁
    • 第19章 一掃された海辺
      アジアを襲った「第二の津波」
    • 第20章 災害アパルトヘイト
      グリーンゾーンとレッドゾーンに分断された社会
    • 第21章 二の次にされる和平
      警告としてのイスラエル
  • 終章 ショックからの覚醒 民衆の手による復興へ
  • 訳者あとがき/原注/索引

【感想は?】

 経済学とは、科学のフリをした宗教なのだ。

 何かと数式を持ち出して科学っぽい雰囲気を出しちゃいるが、肝心の元になるデータは都合のいい所のつまみ食いだ。主張はいろいろある。が、どれにしたって、結論が最初にあって、それに都合のいい理屈をつけてるだけ。データから結論を導き出す科学とは、まったく逆の手口でやりあってる。

 同じ不況対策でも経済学者によって正反対の意見が出るってのも奇妙だ。数学や工学じゃまずありえない話だが、最初から結論が決まってるんだからそうなるのも当然である。この辺は「経済政策で人は死ぬか?」の冒頭に詳しい。

 宗教なんだから、宗派争いも激しい。大雑把には二派に別れる。ケインズ派とハイエク派だ(というか、私は大雑把にしか知らない)。ケインズ派は大きな政府を望み貧乏人に優しく、ハイエク派は小さな政府を望み金持ちに優しい。

 ケインズ派の始祖はジョン・メイナード・ケインズ(→Wikipedia)で、その理論はニューディール政策(→Wikipedia)で結実する。不況に対し政府が大金を投じて大事業を行い、人びとに職と収入を与えた。

 これを憎むのがフリードリヒ・ハイエク(→Wikipedia)の名を冠するハイエク派だ。本書ではミルトン・フリードマン(→Wikipedia)が頭目のシカゴ学派や新自由主義としているが、ネオリベ(→Wikipedia)の方が通じるかも。「ゾンビ経済学」では淡水派と呼んでいる。

 新自由主義の政策は三つに集約できる。政府事業の民営化,規制緩和,そして社会支出の大幅削減だ。たいていの事は政府より民間企業の方が効率的で巧くやれる、だから政府は事業を売り払って民営化を進め、自由競争に任せろ。そういう主張だ。どっかで聞いたことがありませんか?

 東欧に続くソ連崩壊で共産主義の幻想は消えた。ベルリンの壁崩壊後、東欧からはウヨウヨとトラバント(→Wikipedia)が這い出してきた時、私は思い知った。アレが東欧の大衆車なのだ。当時の日本の大衆車といえば、ニッサン・サニーかトヨタ・カローラだ。私はホンダ・シビックが好きだが。いや排気量的にダイハツ・ミラやスズキ・アルトと比べるべき? いずれにせよ資本主義の方がクルマの質はいいし庶民にも普及してる。政府は余計な事すんな。自由競争ばんざい。

 などと唱えるものの、なかなか世間は納得しない。東欧崩壊以降はだいぶ風向きが変わったが、その前は強い抵抗にあった。そこでシカゴ学派は思い切った手段に出る。それがショック・ドクトリン、著者が呼ぶところの惨事便乗型資本主義だ。

 カタカナだったり漢字ばっかりだったりで小難しそうだが、火事場泥棒で雰囲気は掴める。大惨事で人々が右往左往しているウチに政府を乗っ取り、強引に民営化・規制緩和・社会支出の大幅削減をやってしまえ、そういう手口である。酷い時には、自ら火をつけたり。

 この時に協力するのが合衆国政府だったりIMFだったり世界銀行だったり。そして利益を得るのはグローバル企業だ。人々は職を失うだけで済めば御の字で、土地や家、そして命までも奪われる。

 ショック・ドクトリンの源を探る第1部に続き、第2部以降では世界を股にかけたシカゴ学派の活躍を描いてゆく。そのメロディはどれも同じだ。政治的・経済的・軍事的または自然災害などの大規模な衝撃が人々に襲い掛かる。政府が財源に悩み人々がアタフタしている間に、電気や水道など政府の公共事業や規制されていた土地が民間それも海外の企業に叩き売られる。企業は経費削減で従業員のクビを切り、失業者が大幅に増える。

 それで経済が立ちなおりゃともかく、まずもってロクな事にならない。停電や断水が頻発し物価は上がり医療は崩壊する。人々は街に繰りだしデモで政府を批判するが、政府もシカゴ学派も反省しない。「御利益がないのは信心が足らないから」とばかりに、更なる民営化と規制撤廃を進めてゆく。

 このあたりは、「ポル・ポト ある悪夢の歴史」が描くクメール・ルージュとソックリだったり。この記事の冒頭で「経済学とは、科学のフリをした宗教」としたのは、そんなシカゴ学派の姿勢が狂信者とソックリだからだ。誰だって「自分は間違った」と認めるのは嫌だ。まして、結果として多くの人が死んだのなら尚更だ。この辺は「まちがっている」が詳しい。

 ああ、ゴタクばっかしでなかなか本書の紹介に入れない。それというのも、本書がとてもショッキングであり、頭が混乱して右往左往しているからだ。次の記事から、少し落ち着いて内容を紹介するつもりだ。

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