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2020年8月23日 (日)

C.ヴェロニカ・ウェッジウッド「ドイツ30年戦争」刀水書房 瀬原義生訳

1618年5月23日は、プラハ蜂起の日である。この日が、30年戦争の勃発の日と伝統的に見なされてきた。
  ――第1章 ドイツとヨーロッパ 1618年

1630年の降伏は、確かに、「ドイツの自由」の放棄を意味したかもしれない。しかし、これらの「自由」は、支配する君侯、せいぜい都市当局者の特権であって、人民の権利とはなんら係わりをもたないものなのである。
  ――第6章 デッドロック 1628-30年

マクデブルクの三万の住民のうち、生き残ったのはおよそ五千人であり、しかも大部分は女であった。兵士たちは、まず彼女たちを保護し、キャンプへ連れ込み、それから略奪するために都市に引き返した。
  ――第7章 スウェーデン王 1630-32年

1635年5月21日、(略)キリスト教最高のフランス国王ルイ13世が、カトリックの国王陛下、スペインのフェリーペ四世に対し、戦いを宣言した
  ――第8章 リュッツェンからネルトリンゲンへ、そしてその後 1632-35年

スイス連邦の存在は、これまで承認を受けてはいなかった。彼らは、いまや、これを要求し、与えられた。
  ――第11章 平和に向かって 1643-48年

この戦争は、ヨーロッパ史の中で、跳び抜けて無意味な紛争の典型であろう。
  ――第12章 平和、そして、その後

【どんな本?】

 ドイツ30年戦争(→Wikipedia)は、1618年のプラハ王宮窓投下事件(→Wikipedia)に始まり1648年のウェストファリア平和調印(→Wikipedia)で終わったとされる。

 主な戦場となったドイツ(神聖ローマ帝国)はもちろん、スウェーデン・デンマーク・オランダ・フランス・スペイン・オーストリアなど周辺国を巻き込みまたは積極的に介入し泥沼の様相を呈した戦争は、戦闘による被害はもちろん、軍による略奪や脱走兵・敗走兵の野盗化に加え、重税・疫病・凶作などもあり、ドイツの国力を激しく落とすとともに、欧州各国の力関係も大きく変えた。

 本書は30年戦争の顛末に加え、主な人物の背景事情と思惑、当時の軍の様子と戦闘の推移、そして戦争がドイツや欧州情勢に与えた影響などを、多岐にわたる大量の資料を基に再現する、重量級の歴史書である。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Thirty Years War, by Cicely Veronica Wedgewood, 1956。日本語版は2003年11月13日初版1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約568頁に加え、訳者による解題5頁。9ポイント52字×20行×568頁=約590,720字、400字詰め原稿用紙で約1,477枚。文庫なら三冊分の大容量。

 文章は硬い。要は学者の文章だ。二重否定・三重否定の英国人らしい皮肉なユーモアが多いので、原文も硬いんだろう。それに加えて、「主語A→主語B→述語B→述語A」みたいな入れ子の文もよく出てくる。

 ただし内容は不思議なくらいわかりやすい。多様な勢力が入り乱れる泥沼の内戦であるにも関わらず、各勢力の状況や動機そして共闘・対立・裏切りの構図をスッキリした形で示すので、読者の頭にはスンナリと入ってくる。

 当然ながらドイツおよび近隣の地名が次々と出てくるので、Google Map や地図帳があると便利。もっとも、国境は現在と違っているし、ボヘミアがチェコに、モラヴィアがスロバキアになど、国の名前も変わっているのは覚悟しよう。

【構成は?】

 目次でわかるように時系列順に進むので、素直に頭から読もう。末尾の「三十年戦争主要人名録」はとても役に立つ。

  • はじめに
  • 第1章 ドイツとヨーロッパ 1618年
    • 1 不安定な年1618年
    • 2 非効率な政治/粗野な日常生活
    • 3 神秘主義的世界観の横行/宗教上の対立 カトリック、ルター派、カルヴァン派/反宗教改革 ジェスイット教団とカプチン派
    • 4 世界を支配するハプスブルク・スペイン王国/ネーデルランドの情勢/北・東欧の諸国/フランスの台頭/「スペイン街道」の要所ヴァルテリーナ渓谷
    • 5 分裂した国家ドイツ/帝国政府のメカニズム/「ドイツの自由」/七人の選帝侯
    • 6 信仰問題を左右した領邦君主
    • 7 ドイツの知的生活/17世紀初頭の政治的小紛争
    • 8 オランダをねらうスピノーラ/ファルツ選帝侯フリードリヒ、イギリス王女エリザベスと結婚/選帝侯の執事アンハルト/シュタイヤーマルク大公フェルディナント
    • 9 ザクセン選帝侯ヨハン・ゲオルク/バイエルン大公マクシミリアン
  • 第2章 ボヘミアのための王 1617-19年
    • 1 宗教問題の錯綜する国ボヘミア/ボヘミアの国制/シュリックとトゥルン伯/フェルディナント大公、ボヘミア王に就任/プラハ城窓投下事件
    • 2 皇帝軍、ボヘミアに侵入/選帝侯執事アンハルトの誤算/マンスフェルトと傭兵群体
    • 3 フェルディナントの最初の危機/ベートレン・ガボルの蜂起/選帝侯フリードリヒ、ボヘミア王に選出される/二日後、フェルディナント(二世)、ドイツ皇帝に選挙される
    • 4 選帝侯フリードリヒ、孤立のまま、ボヘミア王を受諾
  • 第3章 スペイン、警鐘を鳴らし、ドイツは警報を発す 1619-21年
    • 1 ボヘミア王フリードリヒの政治的孤立
    • 2 諸外国、ボヘミア王に冷淡
    • 3 ウルムでの一蝕即発の危機回避/スピノーラ、ラインへの侵攻開始
    • 4 ザクセン選帝侯ヨハン・ゲオルク、帝国体制維持を口実に、ボヘミア王を見放す
    • 5 「冬の王様」/ティリー軍、ボヘミアへ侵攻/スピノーラ、ファルツへ侵攻/ヴァイサーベルクの戦い/ボヘミア王亡命/プラハの降伏
    • 6 フリードリヒ、降伏せず/マンスフェルト、ビルゼンを確保/大公マクシミリアン、報酬(選帝侯位)を要求/紛争の焦点、ラインに移る
  • 第4章 皇帝フェルディナントと選帝侯マクシミリアン 1621--25年
    • 1 ボヘミア反徒の処
    • 2 スペイン宰相オリヴァーレス/ライン河流域に戦線拡大
    • 3 ボヘミア王の頭脳はエリーザベト王妃/ブラウンシュヴァイクのクリスティアン、彼女に心酔/ヴィンペンの戦い/マンスフェルトとクリスティアン合流、アルザスに侵攻/ベルゲン包囲戦開始/ハイデルベルク落城
    • 4 マクシミリアンへの選帝侯譲位
    • 5 フェルディナントのボヘミア収拾策/ヴァレンシュタインの登場/ボヘミア、カトリックに復帰/オーストリア帝国の創造
    • 6 北ドイツの情勢/クリスティアン、シュタットローンの戦いでティリーに惨敗
    • 7 マンスフェルト、雇い主を探す/宰相リシュリュー登場/鼠色の猊下ジョセフ神父/対ハプスブルグ大包囲網の結成
  • 第5章 バルト海に向けて 1625-28年
    • 1 ヴァレンシュタイン、軍備増強を献策/スピノーラ、ブレダを陥落させる/ハンザ同盟圏に危機迫る
    • 2 デンマーク王クリスティアン四世、北ドイツに侵攻/ブラウンシュヴァイクのクリスティアンの死/デッサウ橋の戦いでヴァレンシュタイン、マンスフェルトを破る/ルッターの戦いでデンマーク軍、ティリーに惨敗/マンスフェルトの死
    • 3 オーバー・オーストリアの農民反乱
    • 4 軍隊駐留による社会的荒廃/ヴァレンシュタインの北ドイツ制圧の野望
    • 5 ヴァレンシュタイン、メックレンブルク大公に叙せられる
  • 第6章 デッドロック 1628-30年
    • 1 ヴァレンシュタインの中欧帝国構想
    • 2 マントヴァ戦争開始
    • 3 ヴァレンシュタイン、シュトラールズント市攻略失敗/ヴォルガストの戦いでデンマーク王敗退/ヴァレンシュタインに対する不満増大
    • 4 「教会領回復令」の発布/その実施対象 マクデブルク司教区の問題
    • 5 マントヴァ危機の深化/オランダ軍攻勢に出る/スウェーデン王、デンマーク王と会見/リューベックの平和/グスターヴ・アードルフ、ドイツ侵攻を決意
    • 6 民衆の悲惨な生活
    • 7 レーゲンスブルク選帝侯会議/ヴァレンシュタイン罷免される
  • 第7章 スウェーデン王 1630-32年
    • 1 フランス・スウェーデン同盟条約成立
    • 2 スウェーデン軍、ドイツ侵攻開始/国王グスターヴ・アードルフ/宰相ウクセンシェルナ/スウェーデンの兵士/ベアヴェルデ条約
    • 3 ザクセン大公、「教会領回復令」の撤回を迫り、拒絶される/ディリー軍、マクデブルクを攻略/マクデブルクの惨状/スウェーデン王とブランデンブルク、ザクセン両選帝侯の同盟成立
    • 4 ブライテンフェルトの戦い/ティリー軍敗れ、プロテスタント救われる
    • 5 グスターヴ・アードルフ、南ドイツへ進撃
    • 6 ヴァレンシュタイン復帰への要請強まる/フランスの政情不安/リシュリューの複雑な外交政策/グスターヴの目的
    • 7 グスターヴ、バイエルンに進撃/ヴァレンシュタイン、復帰受諾/ティリーの死/グスターヴ、ミュンヘンを経て、ニュルンベルクへ後退/リュッツェンの戦い/グスターヴ戦死
    • 8 ドイツ社会の苦悩/ボヘミア王フリードリヒの死
  • 第8章 リュッツェンからネルトリンゲンへ、そしてその後 1632-35年
    • 1 平和へのかすかな芽生え
    • 2 ウクセンシェルナ、スウェーデンの体制を立て直す/「ハイルブロン連盟」結成される
    • 3 ネーデルラントでの休戦討議/枢機卿インファンテの出現
    • 4 将軍バッペンハイムとホルク/ヴァレンシュタインからの離反相次ぐ/ヴァレンシュタイン排除の陰謀/ヴァレンシュタインの暗殺
    • 5 ハンガリー王フェルディナント(のち皇帝、三世)の登場/ブルボン家内部の確執/ザクセン・ヴァイマールのベルンハルトの台頭/ネルトリンゲンの戦い/皇帝軍、勝利す
    • 6 ハンガリー王、西ドイツを席巻/ベルンハルト、リシュリューに接近
    • 7 宗教の後退、ナショナリズムが前面に/軍隊はなおナショナリズムの埒外
    • 8 「プラハの平和」、ザクセン大公とハプスブルクの和解/フランスとスウェーデンの同盟強化/フランス、対スペイン宣戦布告
  • 第9章 ラインのための戦い 1635-39年
    • 1 マクシミリアン、「プラハの平和」を受諾
    • 2 ウクセンシェルナ、スウェーデン軍を立て直す/皇帝軍、アルザス・ロレーヌに進出/ローアン将軍、ヴァルテリーナを制圧/ベルンハルト、リシュリューの支配下に入る/皇帝軍のパリ攻撃、挫折する/ヴァルテリーナ、フランスから失われる/ハンガリー王フェルディナント、「ローマ人の王」に選挙される
    • 3 皇帝フェルディナント二世の死/ドイツ社会の疲弊どん底をつく
    • 4 ドッセ河畔の戦いでスウェーデン軍、皇帝・ザクセン軍を破る/ベルンハルト、ラインフェルデンの戦いで勝利/ブライザッハの陥落と人間リシュリュー
    • 5 ベルンハルトの野心とその死
    • 6 ファルツ選帝侯カール・ルードヴィヒの失策
  • 第10章 スペインの崩壊 1939-43年
    • 1 スペイン領ネーデルランドの弱体化/スペインで内乱勃発/枢機卿インファンテの死
    • 2 ヘッセン・カッセル地方伯未亡人、フランスと同盟/皇帝フェルディナント三世の弟のレオポルト、皇帝軍司令官となる/皇帝、レーゲンスブルクに国会を召集し、平和の拡大をはかる/ブランデンブルクの新選帝侯フリードリヒ・ヴィルヘルム、皇帝より離反/ブランデンブルク、スウェーデンと休戦
    • 3 平和会議の予備交渉もたつく/スウェーデン軍総司令官バナー、北ドイツを確保/バナーの結婚と死/スウェーデン軍指揮官、トルステンソンに交替/第二次ブライテンフェルトの戦い/ウェストファリアの平和会議招集される
    • 4 アンギャン公、フランス軍の総指揮官となる/リシュリューの死/フランス王ルイ13世の死/アンギャン公、ロクロワの戦いでスペイン軍を撃破
  • 第11章 平和に向かって 1643-48年
    • 1 皇帝、ウェストファリア平和会議を認める/バイエルン軍司令官マーシー、フランス軍司令官テュレンヌと渡り合う/宰相マザラン登場/アンヌ・ドートリッシュ、フランスの立場を堅持/オランダ、これ以上のフランスの進出を恐れる/平和会議、ようやく開会
    • 2 会議出席者の顔ぶれ
    • 3 会議の主要議題/オスナーブリュックでプロテスタント、ミュンスターでカトリック、それぞれ会合
    • 4 トルステンソン、ヤンカウの戦いで皇帝・バイエルン軍を撃破/フランス軍、ドナウ河沿いに東進/ハプスブルク、追い詰められる
    • 5 皇帝代理人トラウトマンスドルフの登場/マクシミリアン、フランスへのアルザス譲渡の意向を示唆/ブランデンブルク選帝侯、西ボンメルンのスウェーデン譲渡に同意
    • 6 諸問題の解決進む/「教会領回復令」永久に棚上げされる
    • 7 スウェーデン軍南下し、バイエルンに侵入/フランスのオランダ制圧失敗/オランダ、スペインと和解(ミュンスターの平和)/ツースマルハウゼンの戦いで皇帝・バイエルン軍、最後の打撃を受ける/スウェーデン軍、プラハを包囲/ミュンスターで平和条約調印/戦争の終結
  • 第12章 平和、そして、その後
    • 1 困難な軍隊の引き上げ・解散
    • 2 戦争による経済的疲弊/人口の激減
    • 3 社会諸階級の動向/ドイツへのフランス文化の流入
    • 4 戦後の国際政治地図
    • 5 戦争に対するドイツ政治家の功罪
    • 6 ウェストファリア平和の評価
  • 解題
  • ハプスブルク王室婚姻関係図、プロテスタント王家・諸侯婚姻関係図
  • 三十年戦争主要人名録
  • 三十年戦争略年表
  • 索引

【感想は?】

 そう、文句なしに本格的な歴史書だ。

 さすがに1956年の著作だけあって文体はいささか古風だし、訳文もけっこうクセが強い。例えばやたら句点が多いとか。

 が、ソレに慣れると、意外とスンナリ頭に入ってくる。これは著者の巧みな分析によるものだろう。これを見事に現わすのが、次の文だ。

…三つの要素があった。カトリックとプロテスタント(略)、ハプスブルクとブルボン(略)、土着ドイツ人とスウェーデン侵入者…
  ――第7章 スウェーデン王 1630-32年

 30年戦争の分かりにくい点の一つが、これでクリアになる。一般には宗教戦争のように言われるが、それにしては奇妙な点が多い。例えばフランスの動きだ。当時のフランスはカトリック国で、プロテスタントであるユグノー(→Wikipedia)の反乱に手を焼いていた。にも関わらず、30年戦争ではプロテスタントに肩入れしている。カトリック vs プロテスタントの宗教戦争と捉えると、フランスの動きは理解しがたい。

 これを著者は三次元の対立軸で捉えなおす。X軸はカトリック vs プロテスタント、Y軸はハプスブルク(オーストリア&スペイン) vs ブルボン、そしてZ軸はドイツ人 vs 外国人だ。まあ、実際には、それに加えて、同陣営内の足の引っ張り合いや、それぞれの損得勘定もあるんだけど。

 そういう目で見ると、フランスの立場も見えてくる。フランス最大のライバルはスペイン=ハプスブルクで、ハプスブルクはカトリック。だからハプスブルクを弱らせるため敵に回ったのだ。

 同様に宗教じゃ割り切れないのがザクセン選帝侯ヨハン・ゲオルク(→Wikipedia)。プロテスタントのルター派なんだが、あまし目立って動かず、終盤近くになって皇帝=カトリック側っぽい動きを見せる。彼の行動原理は「ドイツ人によるドイツ」で、フランスやスウェーデンの介入が嫌なのだ。なにせ、それまでの神聖ローマ帝国ときたら…

帝国は、理論的には、ドイツの民族的国家ではなく、国際的国家であり、そのなかで、運命の変遷から、ドイツ語を話す部分だけが残ったのである。フランス王だけでなく、イギリス、イタリア、スペイン、そして、デンマーク王までが、過去の皇帝選挙において、立候補しようと考えた。
  ――第7章 スウェーデン王 1630-32年

 と、地元とは関係ない者が出しゃばってたのだ。もっとも、この戦争をきっかけにお国意識が育ってくるんだけど。

 などの各陣営や人物像がハッキリと見えてくるのが本書の特徴の一つ。私はヴァレンシュタイン(→Wikipedia)が好きだなあ。土地価格の暴落に便乗して買い漁るとか、機を見るに敏な成り上がり者だけど、軍を育て維持し動かす能力はピカ一。なんたって…

ヴァレンシュタインは、ヨーロッパの支配者のなかで、戦争遂行集中体制の国家を考えた最初の人ではないか、とおもわれる。
  ――第7章 スウェーデン王 1630-32年

 当時じゃ唯一、生産・輸送・保管・流通すなわち兵站をキチンと考えていた人なのだ。戦場でも優れた指揮を見せ、流通前半におけるカトリックの優勢をもたらす立役者。なのに、あの最後は…

 当時の軍の様子が判るのも、軍ヲタとしては美味しいところ。スウェーデン王グスターヴ・アードルフ(→Wikipedia)の方形陣とかね。マスカット銃の三撃ちとか、まるきし信長だ。

 それ以上に面白かったのが、当時の将兵の編成や、軍の内情がわかる点。今も一人の前線兵に対し十人の後方が必要って言われてるけど、それは当時も同じ。

通常、一人の兵士には、一人の女、一人の女を付け加えて計算する(略)小・中尉一人当たりにつき五人の召使、大佐になると18人のそれが付く(略)。
砲兵隊は、整備工を雇い、整備工は、大砲主任のもとで、巨大な輸送馬のチームの世話をし、また妻や下働きを連れており、それらは、基本的には、軍隊とは別の、まとまった一団を形成していた。
  ――第3章 スペイン、警鐘を鳴らし、ドイツは警報を発す 1619-21年

 最近は後方を民間軍事会社すなわち傭兵に任せる傾向が強くなった。当時はそれ以上に傭兵頼りな上に、兵は各国人が入り乱れてた。軍人ってのは、一種の職人みたいな立場なんだろう。そんなんだから、兵の忠誠は国家じゃなくて傭兵隊長にある。

 軍隊それ自体は、ナショナリズムの成長によって影響を受ける最後のものであった。
  ――第8章 リュッツェンからネルトリンゲンへ、そしてその後 1632-35年

 職人の弟子が国より親方を重んじるようなもんかな? 当然、親方=傭兵隊長は金を払ってくれる人につく。だもんで、軍紀を保つのも難しい。

軍隊全体における無秩序の主要な原因は、即時の、規則的な支払いが行われないことにあった。
  ――第7章 スウェーデン王 1630-32年

 雇い主にしても、打ち出の小づちがあるワケじゃなし、いずれ財布はカラになる。特に国が荒れて税収も減ってくると…

双方にとって戦術理論は無用のものになっていた(略)
食料を供給することが、軍事行動の指導的考え方となった。
(略)軍隊という大きな団体は、一地域を所有し、種蒔き時から収穫まで、そこに定着し、土地を耕す農民があまりにも少ないところでは、軍隊自身が種を蒔き、刈り入れをし、なんらか余剰があれば、それを売ったのである。
彼ら集団の頭の仕事は、土地から食い物をかき集めてくること、深刻な戦闘を避ける事であった。
  ――第10章 スペインの崩壊 1939-43年

 「戦闘を避ける」って、もはや軍でもなんでもない。もっとも自分で畑を耕しゃマシな方で、そもそも当時の軍は兵站なんざロクに考えてない。食料などは途中の町や村を襲って奪うのだ。この辺がヴァレンシュタインの偉大な所。

文民に対して兵隊の割合が高くなると、平和の気運が増すとともに、これら兵隊の大集団を解体させるという問題が、次第に恐ろしい問題となってくるのである。
  ――第10章 スペインの崩壊 1939-43年

 加えて兵が足りなくなりゃ人を攫って兵に仕立て上げる。だもんで、スウェーデン軍も最初は国民兵が中心だったのが、次第に地元民や元敵軍の傭兵が多くなり、軍紀も乱れてくる。戦争中は軍に組み入れてるけど、戦争が終われば連中はお払い箱だ。

「わたしは、戦争の中で生まれた」「わたしは、家ももたず、土地もなく、友達もない。戦争は、わたしの富のすべてである。いま、わたしは、どこへ行ったらいいのだろう」
  ――第12章 平和、そして、その後

 と、そんな飢えて武器の扱いを覚えた失業者が国に溢れたら、ヤバいったらありゃしない。戦争を続けても地獄、終わらせても地獄。

紙のうえでは、ドイツでは、皇帝の権威が至高の存在であったが、事実上は、ただの兵隊たちが支配していた。
  ――第9章 ラインのための戦い 1635-39年

 もっとも、軍として動くのも考え物で…

…軍隊は、(略)疫病を持ち運び、(略)猛毒の伝染病を残した。彼はアルザスにチフスをもたらし、(略)逃げ込んだ逃亡者のうち、数百人が2,3カ月のうちに死んだ。(略)
兵士たちは、食料を求めて農村を荒らし、持ち運べない物を焼いたり、破壊した。
  ――第3章 スペイン、警鐘を鳴らし、ドイツは警報を発す 1619-21年

 と、そこに居れば厄介だが、動き回れば災厄を撒き散らす。さすがに諸侯も懲りて終戦に向け話し合いを始めようとしても…

代理人たちが、「戦われているテーマ Subjecta Bellingerantia」について、なお疑問を抱いているということに気が付いたのは、会議が開かれてから、ほぼ一年間経ってからであった。
  ――第11章 平和に向かって 1643-48年

 なにせフランス・スウェーデン・オランダ・スペインとかの外国が、戦争にガッチリ食い込んでるから、感情も利害も絡まりきってる。それでもアルザス(現フランス)やボンメルン(現ポーランド)を犠牲に、なんとか終戦にこぎつけたはいいいが、決算としては…

人口が、1600万人から400万人に落下したという伝説は、想像の産物である。(略)アルザスを含め、ネーデルランド、ボヘミアを除いたドイツ帝国は、1618年には、おおよそ2100万人を数え、1648年には、1350万人を数えた。
  ――第12章 平和、そして、その後

 人口で見ても、元の約2/3に減った。対外戦争ではなく、一種の内戦なのも、悲惨さを増す原因だろう。にも関わらず、他国が何かと干渉したのも悲劇の要因として大きい。当時の軍の様子は「補給戦」である程度の予想がついていたが、これだけの大著で細かく描かれると、改めて酷さを実感する。

 複雑怪奇な欧州情勢のルーツの一つを圧倒的な調査で描き切った歴史の大著だ。気力体力を整えじっくり腰を据えて挑もう。

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