デイヴィッド・パトリカラコス「140字の戦争 SNSが戦場を変えた」早川書房 江口泰子訳
かつては国家だけがコントロールできた情報発信という極めて重要な領域を、ソーシャルメディアが個人に開放してしまったのである。
――イントロダクションプロジェクト全体にとって最大の追い風が吹いた(略)。彼ら(イスラエル国防軍報道官部隊)が公開した動画を、ユーチューブが削除してしまったのだ。
――第2章 兵士ソーシャルメディアには、卓越したふたつの能力がある。メッセージを増幅する力と、人びとを動員する力だ。
――第4章 フェイスブックの戦士1「ロシアの納税者は、トロール工場に税金を支払っています」
――第6章 荒らし20世紀の既存機関は21世紀の個人よりも適応速度が遅い。
――第9章 解釈者2アイマン・アル=ザワヒリ「戦いの半分以上はメディアという戦場で行われているのだ」
――第10章 勧誘「政府機関の紋章がついていれば、コンテンツに対する信頼性は失墜してしまいます」
――第11章 対テロリスト「優れたアイデアは階層組織を生き残れません。ソーシャルメディアは稟議決裁の手続きには向いていません」
――結論私たちはいま、事実よりナラティブを重視する世界に生きている。
――結論
【どんな本?】
かつて、2ちゃんねるは「便所の落書き」と揶揄された。頭のオカシイ連中が集い品の悪いデマが飛び交う怪しげな所。それがインターネットに対する世間の印象だった。だが今は皆がこぞってインスタ映えを競い、大統領自らがツイッターを使う時代だ。もはやインターネットは私たちの暮らしに欠かせないメディアになった。
マルティン・ルターは印刷技術を用いて宗教革命を盛り上げた。アドルフ・ヒトラーはラジオでドイツ国民を煽った。JFKはテレビ討論でニクソンを圧倒した。メディアを巧みに使えば、社会に大きな影響を及ぼせる。
ただし、インターネットは従来のメディアと大きく違う。ラジオやテレビは放送局が、雑誌や書籍は出版社が仕切る。放送や出版に至るまでには、ディレクターや編集者などがネタを取捨選択する。良くも悪くも、そこにはフィルターがかかっている。
だが、インターネットは誰でも使える。フィルターを通さず、直接世界にメッセージを送れる。
当初、これは自由への鍵だと思われた。だが、最近はいささか様子が変わってきた。2ちゃんねるに限らず、ツイッターやフェイスブックにもデマが飛び交っている。そして、強烈な印象を与えるものは、多くの人の目に触れ、時として世界すら動かしてしまう。たとえそれがデマであっても。
この性質を理解し、巧みに使いこなす者たちもいる。
パレスチナで、ウクライナで、シリアで。銃弾が飛び交う前線だけでなく、はるか後方、どころか国境すら越え、インターネットを使い、戦争を操る者たち。
彼らは何者なのか。彼らの目的は何か。何をやっていて、戦場にどんな影響を及ぼしているのか。そして、彼らに対し政府や軍や私たちは、どんな対策を取っているのか。
インターネット、特にSNSが変えつつある21世紀の戦場を生々しく描く、ホットなルポルタージュ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は War in 40 characters : How Social Media is Reshaping Conflict in the Twenty-First Century, by David Patrikarakos, 2017。日本語版は2019年5月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約334頁に加え、安田純平の解説7頁。9ポイント45字×20行×334頁=約300,600字、400字詰め原稿用紙で約752枚。文庫なら厚い一冊分ぐらい。
文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。特にツイッターやフェイスブックを使っている人なら、皮膚感覚で伝わってくるだろう。
【構成は?】
第1章~第3章はガザ紛争、第4章~第9章はウクライナ内戦、第10章~第11章はシリア内戦を扱う。ただし同じガザ紛争でも、第1章はガザに住む民間人の少女、第2章と第3章はイスラエル国防軍と、章ごとに違う視点で話が進む。忙しい人は興味のある章だけを拾い読みしてもいい。
- イントロダクション
- 第1章 市民ジャーナリスト 物語vs.銃の戦争
- 第2章 兵士 礎を築く者、ホモ・デジタリスの登場
- 第3章 将校 ミリシア・デジタリスは“戦場”に赴く
- 第4章 フェイスブックの戦士1 仮想国家の誕生
- 第5章 フェイスブックの戦士2 戦場のホモ・デジタリス
- 第6章 荒らし 帝国の逆襲
- 第7章 ポストモダンの独裁者 虚構の企て
- 第8章 解釈者1 ベッドルームから戦場へ
- 第9章 解釈者2 個人vs.超国家
- 第10章 勧誘 友達以上に近しい敵
- 第11章 対テロリスト 超大国vs.1000の石つぶて
- 結論
- 謝辞/解説:安田純平/原注
【感想は?】
本書の主なテーマはインターネット、特にSNSが戦争に与える影響だ。
と言ってしまえば簡単そうだが、そこには様々な側面がある。その「様々な側面」を落ち着いて描き出した点が、この本の特徴だろう。
第1章の主役はファラ・ベイカー。2014年のガザ紛争を、そこに住む者の視点で世界にツィートした(当時)16歳の少女だ。家の前で爆撃された車など見聞きした事柄だけでなく、停電や照明弾への恐怖などの素直な気持ちを、彼女は日夜つぶやく。特に…
子どもたちの被害を強く訴えることが、ファラ(・ベイカー)のツイートの共通テーマだった。
――第1章 市民ジャーナリスト
もちろん、ただの民間人の少女である彼女は、パレスチナ問題の歴史的経緯なんか知らない。それでも、気持ちを素直に現わす彼女は、特に西欧の人々から注目を浴び、パレスチナへの共感とイスラエルへの憎しみを呼び起こす。
顔のない人びとの中で、ファラ(・ベイカー)はテイラー・スウィフトだったのだ。
――第1章 市民ジャーナリスト
対するイスラエル国防軍の反撃を扱うのが、第2章と第3章だ。第2章では、反撃のための報道官組織を立ち上げるアリザ・ランデスの奮闘を描く。民間人のファラ・ベイカーがリアルタイムで中継するのに対し、軍のアリザ・ランデスは上司の許可を得なきゃいけない。ITエンジニアの多くは、動きの遅い組織にイラつくアリザに共感するだろう。ほんと組織ってのはブツブツ…
第3章ではランデスの努力が実った現在のイスラエル軍を描くが、相変わらずイスラエルは圧倒的に不利だ。なにせSNSで重要なのは事実でも論理でもない。インパクトなのだ。
「血を流したほうが優位に立つんだ」
――第3章 将校「普通の市民はあまりデータについてじっくり考えたりしません。理屈はあまり重要ではなく、市民は自分の考えを感情で決めるのです」
――第3章 将校
なお、ここでは、病院やモスクに武器を隠すハマスの欺瞞なども暴いていて、パレスチナ贔屓の人には不愉快な話も多い。覚悟しよう。
第4章と第5章では、ロシアのウクライナ侵略に抗うアンナ・サンダロワを描く。政府も軍も腐敗したウクライナは、前線も物資が足りない。そこでアンナはフエイスブックで寄付を募り、自ら前線に届けるのである。ここではアナログ時計やドイツ製軍服の有難みなど、ニワカ軍ヲタにも嬉しいネタがチラホラ。
続く第6章は、やっぱりやってましたロシアのトロール(荒らし)工場ルポ。元KGBのプーチンが情報戦略を軽んじるはずもなく。連中の目的は二つ。
(ロシア)国内の有権者が進んで信じ、それゆえ拡散するようなナラティブを提供して、国内世論の基盤を固めることである。(略)第二の目的とは、単に少しでも多くの混乱のタネを撒き散らすことだった。
――第6章 荒らし
最近は5ちゃんねるにも連中が紛れ込んでるから油断できない。しかも素人臭い手口でネトウヨを装ってたり。きっとアメリカの4chanでもやってるんだろうなあ。
その成果を描く第7章に対し、第8章~第9章は、ロシアの欺瞞を暴くエリオット・ヒギンズの活躍が心地よい。彼が挑んだのは2014年7月17日のマレーシア航空17便撃墜事件(→Wikipedia)。民間人の彼は、インターネットで知り合った仲間の協力を仰ぎ、インターネットを駆使してロシア製地対空ミサイルのブークの移動経路をつきとめる。ここは藤井太洋の小説みたいな驚きと心地よさに満ちている。
終盤の第10章は自称イスラム国が若者をたぶらかす手口を、第11章はこれに対抗するアメリカの苦闘がテーマだ。ここでは支配地域内の階級関係が印象に残る。外国人が偉くてシリア人は最下層。そりゃ嫌われるよ。やはり、こういう戦いじゃ政府は苦戦するようで…
(米国務省対テロ戦略的コミュニティセンターのアルベルト・)フェルナンデスが早い段階で理解していたのは、「アメリカはイスラム教徒を歓迎し、この国では幸せに暮らせます」といった類の、いわゆる“ソフト路線”のプロパガンダが最も信頼性が低いという事実だ。
――第11章 対テロリスト
やはり刺激が強い方が有利なんだなあ。おまけに政府の公式発表は遅いし。
と、SNSを貶めるでも持ち上げるでもなく、SNSが持つ様々な側面をまんべんなく紹介しつつ、かつそういった八方美人的な本が往々にして持つ「まだるっこしさ」とは程遠い生々しい迫力に溢れていて、読んでいて興奮しっぱなしの刺激的な本だった。軍ヲタはもちろん、ツイッターやフェイスブックやインスタグラムなどSNSを使うすべての人にお薦め。
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- 書評一覧:軍事/外交
【おわりに】
「第9章 解釈者2」の主役はエリオット・ヒギンズだ。彼はインターネットと科学を駆使して、2014年7月17日のマレーシア航空17便撃墜事件(→Wikipedia)の真相を突き止め公開した。その彼が、主催するサイト「ベリングキャット」について、寂しそうに語るのが印象的だ。
バズフィードをまね、タイトルを疑問形にし、画像をつける。いずれも客を増やす工夫だし、実際に大きな効果があった。この章から伝わってくるヒギンズの性格は、科学者に近い。感情より理性を信じ、煽情的な演出より事実を元にした理論を重んじるタイプだ。
その彼が、感情に訴える疑問形や画像の効果を認めざるを得なかった。この意味はヒギンズに残酷だ。人の多くは理性より感情で動く。この事実を受け入れるのが、理知的なヒギンズには辛かったんだろう。
ブロガーの一人として、私もちと寂しい気分になった。ご覧のとおり、このブログも文字ばっかしで実に愛想がない。絵が下手とか描くのが面倒臭いとかデータ容量が増えて表示が遅くなるとかの理由もある。が、もう一つ、私なりの理由もある。
文字ばっかで愛想のないブログだけど、そういうのを好む人にこそ来てほしい。つか、そもそも書評が中心なんだし、なら読者も本が好きで長文を読み慣れた人が多いに違いない。しかも、紹介する本の傾向から、方向性も絞れる。自分の思い込みに沿う言説を喜ぶのではなく、むしろ思い込みを覆されるのを心地よいと感じる、そういう人に来てほしい。
いや今さら流行りに乗ろうと足掻いても無駄だし、零細ブログの負け惜しみなのも認める。ただ、これは言っておきたい。
読者がコンテンツを選ぶように、書く側も読者を選んでるんです。
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