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2020年7月28日 (火)

小川一水「天冥の標Ⅹ 青葉よ、豊かなれ PART1・2・3」ハヤカワ文庫JA

「どう、ダイア。ここに国を作ってくれない?」
  ――PART1 第1章 芽生えざる種

「彼らが知りたいのは、俺たちがどこへ向かうのかということだ」
  ――PART1 第2章 迎賓の火

「ものすごく、ものすごく面白いなりゆきじゃないか?」
  ――PART 2 第5章 魅力的な子ら

「護衛艦はすでに全滅しました」
  ――PART 2 第7章 「冠絡根環」にて

人間は異質なものを排除する。異質なものがなければ、それを内部に作り出しさえする。
  ――PART3 第10章 青の惑星にて

【どんな本?】

 SF作家の小川一水が2009年から書き続けてきた全10部にわたる本格SF長編シリーズ、堂々の完結編。

 人類が壊滅した太陽系で、唯一生き延びた元小惑星セレスに住むメニー・メニー・シープと≪救世軍≫は、なんとか和解に至る。そのセレスは太陽系を脱し、カルミアンの母星へと向かう。そこにはセレスだけでなく、超銀河団の諸種族が集っていた。生態も思考様式も技術レベルも異なる雑多な者たちの中で、人類の生存を賭けた駆け引きと戦いが始まる。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2020年版」のベストSF2019国内篇で第3位に輝いた。

 というか例年ならトップが確実な作品なんだけど、この年は豊作過ぎたんです。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 PART1は2018年12月25日、PART2は2019年1月25日、PART3は2019年2月25日発行。文庫本で縦一段組み本文約322頁+333頁+355頁=約1,010頁に加え、あとがき7頁。9ポイント40字×17行×(322頁+333頁+355頁)=686,800字、400字詰め原稿用紙で約1,717枚。文庫本3巻は妥当なところ。

 文章はこなれていいて読みやすい。ただし本格SFのフィナーレに相応しく続々と奇想天外なガジェットが飛びだす濃い作品だ。また長編シリーズの完結編なので、登場人物たちの背景事情も重要になる。なので、できれば最初の「天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ 上・下」から読もう。新型肺炎が猛威を振るっている今は、「天冥の標Ⅱ 救世群」から読み始めるのもいいかも。

【感想は?】

 長編シリーズは怖い。

 何が怖いって、読み終えると、登場人物たちの背景が気になって、前の巻を漁りたくなるのだ。そうやって前の巻のアチコチを漁っていると、いつまでたっても読み終えられない。いや読み終えても、登場人物たちが脳内に住み着いて、読者の情報処理能力を食いつぶしてしまう。多くの読者の脳内に巣食い、その処理能力をカスめるのがノルルスカインの生存戦略か←違います

 そういう怖さがギッシリ詰まった完結編だ。じっくり腰を据えて挑もう。

 とか思ってたら、やや静かなオープニングに続き、いきなりド派手な宇宙艦隊船が炸裂する。ここで傍若無人に暴れまわるエンルエンラ族に始まり、続々と登場する奇妙奇天烈なエイリアンたちには、スレたSFファンも充分に満足できる。バラエティに富んだエイリアンたちの百鬼夜行ぶりは、デビッド・ブリンの「スタータイド・ライジング」や小松左京の「虚無回廊」以来の大興奮だ。

 その「スタータイド・ライジング」のエイリアンたちは、強欲かつ凶暴ながらも、それぞれが長い付き合いがあって、知性化の序列による一応の秩序もあった。だが、ここに集った連中は、ここに来た目標こそ同じものの、多くは初顔合わせな上に、目的も考え方も違う。そんな連中が、どうやって意思疎通をはかるのか。

 人類と異星人のファースト・コンタクトを描いた作品は多いが、エイリアン同士のファースト・コンタクトなんて無茶なお題に挑むのは、この作品ぐらいだろう。ここでは、日本語の柔軟な表現力を存分に使い尽くした妙技が炸裂する。と同時に、それぞれの生存環境や生態を反映したエイリアンらしい比喩表現も、伝統的なスペース・オペラのファンには美味しいところ。

 などの伝統的なスペース・オペラからニューウェーブの洗礼そしてサーバーパンク革命を経て現代へと続く歴史をキッチリと受け継いだ上で、さらにその先を目指す今世紀ならではの気迫が満ちている。かつてのSFじゃは白人の男ばっかりだった宇宙が、この作品ではちょっとした単位系にも銀河レベルの国際?感覚がほとばしってたり。

 そんなエイリアンどもの中には、凶暴なのもいれば狡猾なのもいるし、賢いのもいる。ばかりでなく、スペース・オペラに欠かせない可愛いのも。いいなあ、「ごじうごおう」、ウチにこないかなあ。抱えたくなる気持ち、わかるなあ。

 もちろん、エイリアンどもが集う「目標」も、全10部にわたる大長編に相応しい、大げさかつクレイジーなシロモノだし、そこに迫るまでの活劇も危機また危機のジェットコースター・ストーリーで、なかなか頁を閉じさせない。

 もちろん、活劇は宇宙空間だけでなく、銃撃戦や肉弾戦もたっぷりだし、ケッタイな乗り物も大活躍するから嬉しい。もちろん、我らのロマンの結晶であるドリルは欠かせない。わはは、そうきたかあw

 しかも、そこに今までの巻で張られた伏線が合流してくる。これまた長いシリーズものならではの味で。舞台こそ同じ世界なものの、テーマは全く違っていて外伝かな?と思えてたアレやコレが、「おお、そういうコトか!」と腑に落ちる快感は、やはりこれだけの量だからこそ。なるほど、あの連中、お楽しみに乱入するだけのお邪魔虫じゃなかったのね。いやここでもやってる事は、やっぱりある意味「邪魔」なんだけどw

 当然ながら、そういった伏線を背負うのは個々の登場人物たち。この完結編では、それぞれの者が背負い受け継いできたアレやコレらが、業病の冥王斑を介して銀河の運命そのものと絡み合っていく。こういった所は、小説、それもSF小説だからこその醍醐味だ。

 といった大技はもちろん、ちょっとした言葉遣いにも伏線が潜んでるから油断できない。被展開体ってのも、この展開から考えるに…

 とかの、アチコチに潜んだイースター・エッグまで拾っていると、何日あってもキりがない。なので、とりあえず今はサービス満点な大長編を読み終えた満腹感に浸っていよう。

 ベテランの小川一水が10年以上をかけて執筆するのに相応しい、アイデアと意気込みに溢れた王道の本格SF大作だ。SFを愛するすべての人にお薦め。

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