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2020年7月13日 (月)

デイビッド・モントゴメリー「土・牛・微生物 文明の衰退を食い止める微生物の話」築地書館 片岡夏美訳

土壌劣化の問題は、人類が直面する差し迫った危機の中で、もっとも認識されずにいるが、同時にきわめて解決しやすいものでもある。(略)その秘訣は、彼らが収穫量を維持し、あるいは増やしながら利益を向上させていることにあるのだ。
  ――序章

小規模で多様性の高い農場は、工業化された単一栽培の大規模なものより、面積当たりの収穫量が多いのだ。(略)1992年のアメリカ農業センサスの報告によれば、小規模な農場はエーカーあたり、大規模な農場の二倍もの生産高をあげている。
  ――第2章 現代農業の神話

「家畜がいないわけじゃない。顕微鏡でないと見えないんだ」
  ――第6章 緑の肥料

(集約放牧で成功したゲイブ・)ブラウンは、自分のやり方では財政が多様であるため、人のためにも土地のためにもいいのだと確信している。
  ――第9章 過放牧神話の真実

鍵となる概念の転換は、短期間の集約放牧のあとに長い回復期間を置くという組み合わせだ。
  ――第9章 過放牧神話の真実

熱帯地方はバイオマス生産の速度では最高だが、分解の速度ももっとも速い。したがって有機物の蓄積が難しい。
  ――第10章 見えない家畜の群れ

産業革命から20世紀の終わりまでに大気に加えられたすべての炭素の1/4~1/3は、耕起によって増えたものだ。
  ――第11章 炭素を増やす農業

…現在は中国が世界のリン生産のほぼ半分を占めている。
  ――第12章 閉じられる円環

【どんな本?】

 「土の文明史」で、著者は警告した。「土が荒れれば文明は滅ぶ、土を守れ」と。実際、合衆国はダストボウル(→Wikipedia)で痛い目を見た。

 だが、守るだけではジリ貧だ。世界の人口増加はしばらく続く。だから食糧生産も増やさなきゃいけない。新しい農地を開拓するだけでなく、既に荒れた農地を蘇らせる方法はないのか?

 ある、と著者は言う。環境保全型農業だ。その名前から、ナニやらいかがわしい臭いを嗅ぎつける人も多いだろう。実際、その手法は従来の農業の常識を覆している。そこで、論より証拠とばかりに著者は合衆国・ガーナ・コスタリカなど世界を巡り、環境保全型農業に切り替えて稼ぎを増やしている農家を訪ね歩く。

 環境保全型農業とは何か。それはどんな方法で、どんな効果があるのか。そこにはどんなメカニズムが働いているのか。なぜ稼げるのか。誰が得をして誰が損をするのか。そんなに美味しい方法なら、なぜすべての農家が採用しないのか。

 環境保全・科学・経済・政治など、多角的な視点で環境保全型農業の推進を訴える、一般向けの啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Growing a Revolution : Bringing Our Soil Back to Life, by David R. Montgomery, 2017。日本語版は2018年9月7日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約314頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント49字×19行×314頁=約292,334字、400字詰め原稿用紙で約731枚。文庫なら厚い一冊分ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。敢えて言えば、農家への補助・保険制度がよくわからなかった。また、あくまでも一般向けの解説書であって、本業の農家向けではない。原理・原則は何度も繰り返し触れているが、実際の手法は個々の農家の事情により異なるため、このままでは使えない。もっとも、日本では、似たような事を既にやっている農家も多いと思う。

【構成は?】

 全体として一つの物語になるように組み立てているので、できれば頭から素直に読もう。

  • 序章
  • 第1章 肥沃な廃墟 人はいかにして土を失ったのか?
    人類最悪の発明 犂/自然と働く道/新たな革命 土壌の健康を求める農法
  • 第2章 現代農業の神話 有機物と微生物から考える
    神話の真実 化学製品は世界を養うか?/遺伝子組み換え作物が招いたいたちごっこ
  • 第3章 地下経済の根っこ 腐植と微生物が植物を育てる
    回帰の原則 菌根菌の役割に気づいた農学者/土の中の生命 根の回りで起きていること/微生物がにぎわう健康な土
  • 第4章 最古の問題 土壌侵食との戦い
    高いコストと衰えゆく土/土壌有機物はなぜ半減したのか?/くり返す土壌喪失 古代ギリシャと新大陸/土が文明を左右する
  • 第5章 文明の象徴を手放すとき 不耕起と有機の融合
    新たな道 環境保全型農業の三原則/ダスト・ボウルへの道 犂がもたらした大砂嵐/誰もが無料で採用できる解決策/零細農家を救った被覆植物/普遍的で単純な土壌管理の原則/深く根を張る作物を求めて/新しい多年生作物
  • 第6章 緑の肥料 被覆作物で土壌回復
    実物大の実験農場/雑草が生える余地をなくす方法/自給自足の肥料/輪作で害虫管理/ハイテク不耕起農業/農業システムを改善するための単純な原則
  • 第7章 解決策の構築 アフリカの不耕起伝道師
    自給農家向け不耕起センター/ミスター・マルチ/農民たちの日曜学校/渇水から作物を守る/森の土壌を再現する/食糧ジャングルの成案力/金は食べられない/土地の特徴を生かす研究
  • 第8章 有機農業のジレンマ 何が普及を阻むのか?
    有機不耕起農法は可能か?/有機農業のメリット 経済・環境・土のメリット/「有機っぽい」農業のすすめ/「農業はなくてはならない」/菌根菌と土壌団粒 グロマリンの働き/再生可能な農法へ
  • 第9章 過放牧神話の真実 ウシと土壌の健康
    四種の畑/よりよいやり方/低コストの再生可能農業/雑草をベーコンに 有畜農業/水の浸透と昆作の関係/過放牧の効果/ウシが温暖化を食い止める
  • 第10章 見えない家畜の群れ 土壌微生物を利用する
    微生物を生かすバイオ炭/コンポストティー/コーヒー農家を変えた微生物接種/さび病と土壌微生物/食べ物の森 経済と生物の恩恵/バイオ炭に棲む地下の家畜/希望の光
  • 第11章 炭素を増やす農業 表土を「作る」
    炭素を土中へ/根菜が高める土壌栄養素/農場破産の原因/成功の鍵は多様性/世界が注目する農場/庭に見る土壌の回復
  • 第12章 閉じられる円環 アジアの農業に学ぶ
    排泄物を肥料に/バイオソリッド 現代の栄養循環/都市農業を活性化させる/終わりのない再生
  • 第13章 第五の革命
    生物多様性と持続可能な農業/農法転換の鍵/土を取り戻す新しい哲学
  • 謝辞/訳者あとがき/参考文献/索引

【感想は?】

 いきなり、けっこう無茶を言ってくる。不耕起、つまり「耕すな」だ。アタマ大丈夫かおい。マリファナで頭ヤラれたんじゃねえの? だが、読み進めると、それなりに理に適っているように思えてくる。実は単に不耕起ってだけじゃない。三つを組み合わせなきゃいけないのだ。

環境保全型農業は三つの単純な原理の上に成り立つ農業体系だ。
1.土壌の攪乱を最小限にする。
2.被覆作物を栽培するか作物残渣を残して土壌が常に覆われているようにする。
3.多様な作物を輪作する。
  ――第5章 文明の象徴を手放すとき

 これらの目的は、土を作ることにある。肥えた土を作り保つこと。それが環境保全型農業のキモだ。実際、昔から、農地は質で価値が違った。肥えた土地は高価で痩せた土地は誰も欲しがらない。なら肥えさせりゃいいじゃん、そういう理屈だ。けど、そんな事、本当にできるの?

 やはり昔から、農家は肥えた土地と痩せた土地を見分けがついた。ドイツの化学者ユストゥス・フォン・リービッヒが、これに科学的のお墨付きを与える。リービッヒの最小律(→Wikipedia)だ。植物の育成に必要な養分は三つ、窒素・リン酸・カリウムだ、と。なら足りない養分を補えばいいってんで出来たのが化学肥料。フリッツ・ハーバーさん、カール・ボッシュさんありがとう。あなたがたは人類を救った(→「大気を変える錬金術」)

 …はずだったが、結果はダストボウルだ。どうしてこうなった? 土が死んだからだ。むき出しの土地は死ぬ。だから被覆作物で覆え。同じ作物を作り続けると土地が痩せる。そこで多様な作物の輪作で防げ。

 って、ちと急ぎ過ぎた。実は本書もリービッヒの最小律を認めている。ただ、三要素の補い方が違う。ここで意外な元素に目を向ける。炭素だ。ほおっておいても、植物は土に炭素を注ぎ込む。また枯れた茎や落ち葉も土に炭素を供給する。これの何が嬉しいか、というと…

植物は土壌中に、みずから作った炭素を豊富に含むさまざまな分子を放出する。それは光合成による生産物の1/3以上を占めることもある。こうした滲出液は主に、土壌微生物には魅力的な餌となるタンパク質と炭水化物(糖)でできている。
  ――第3章 地下経済の根っこ

有機物含有量が1%から3%に増えると、土壌の保水力は時には二倍になり、一方で浸水した土壌中の病原体が好む嫌気的な条件ができるのを防ぐのに役立つ。
  ――第6章 緑の肥料

 土がフカフカになって、水を保ちやすくなるんですね。だけじゃない。マメ類に寄生する根粒菌は窒素を固定して土を肥やすのが知られている。根粒菌だけじゃなくて、他にも様々な菌があって、リンやカリウムも補ってくれるのだ。

「土壌がなければ植物はありえないし、植物がなければ土壌もありえない。ミッシング・リンクは菌類だった」
  ――第8章 有機農業のジレンマ

 ただし、菌類が増えるには炭素、つまり有機物が必要なんです。

炭素は、施肥設計に欠かせないものとして計画されることはない。農家と研究者は通常、窒素、リン、カリウム、ことによるとカルシウム、硫黄、亜鉛に重点を置く。植物は土壌炭素を直接吸収しないからだ。だが炭素は、植物のマイクロバイオーム、つまり根圏に生息する錬金術師のような微生物の集団の餌になる。
  ――第11章 炭素を増やす農業

 と、大雑把な理屈はそうだし、具体例も本書にたくさん出ている。ただし、理屈を現実に当てはめるのは難しい。農家だって食ってかなきゃいけない。そもそも、農業はバクチだ。米作農家でコメが取れなかったら年収を失う。農家が頑固なのも当たり前なのだ。あなた、一年間も無収入でやってけます? だから、どうしても今までやってこれた方法にすがるのも仕方がない。ところが、昆作だと自前の保険が効くのだ。

農家が輪作、群集、昆作を使って多様な作物を育てているとき、それは自家製の保険のようなものなのだ。もしある作物がだめになっても、別のものに頼ることができる。
  ――第7章 解決策の構築

 それでも、少しづつ環境保全型農業は広がっている。その原動力が…

私が訪れた地域で、環境保全型農業の受け入れがうまくいくための共通要素は、農家に採用を促進する実験農場が重視されていたことだった。
  ――第13章 第五の革命

 小難しい理屈を並べる奴より、実際に稼いでいる人の方が説得力がある、と。そりゃそうだ。もっとも、それだけじゃなく、環境保全型農業で安定して稼ぐのは難しいのだ。

私がインタビューした人の例に漏れず、(オハイオ州立大学のラッタン・)ラルは、この方法を実行する際、慣行農法から低投入不耕起栽培への移行に二、三年を要すると注意を促した。
  ――第11章 炭素を増やす農業

 と、切り替えに時間と費用がかかる。だけじゃなく、土の状態・気候・市場などで、具体的な作物や栽培法が違うため、広く深い知識と経験が必要ななのだ。

(ガーナ不耕起農業センター所長コフィ・)ボアは作物の収穫後の地面の状態と市場の状況――作物が熟する時期に売れるもの――に応じて決定を下す。(略)浅根の作物のあとに深根のものを栽培したほうがよい。バイオマス生産量の低い作物のあとに高いものを栽培したほうがよい。栄養を吸収する作物のあとに栄養を固定するものを栽培したほうがよい。
  ――第7章 解決策の構築

単純なレシピがあれば有機農業はもっと受け入れやすいんだが
  ――第8章 有機農業のジレンマ

多くの地域で、環境保全型農業を地域の条件と作物に適応させる知識が欠けていることが、その採用の主な障害となっている。
  ――第13章 第五の革命

 昔のSFじゃ、世代型宇宙船の食糧は水耕栽培が供給していたけど、植物ってのは、それほど単純じゃないらしい。とまれ、実は複雑な生態系が実りを支えている、みたいな話なので、異星に植民して開拓する話とかに膨らませることはできそう。なんてSFな妄想は置くとしても、大気中の炭素を減らす案もあって、いろいろと夢が広がる本だった。

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