シャロン・ワインバーガー「DARPA秘史 世界を変えた『戦争の発明家たち』の光と闇」光文社 千葉敏生訳 1
(ソ連がスプートニク1号の打ち上げを成功させた1957年10月5日)アメリカ国民の大半は当初、ビープ音を発信するビーチボールにただ肩をすくめるだけだった。
――第2章 パニック 1957-1958頭のおかしな連中やご都合主義者たちはみんなARPAに押し付けてしまえばいい。
――第3章 狂気の科学者 1958ARAPAのもっとも揺るぎない特徴のひとつは、設立時に意図的に定められたわけではないが、官僚的な手続きを避ける能力だ。
――第3章 狂気の科学者 1958本来、ARPAは危機の真っ只中に生まれた応急的な解決策だった。そして、1959年の終わりが近づくにつれて、その短いながらも激動の生涯を終えようとしていた。
――第4章 打倒ソ連 1959-気づけば、アメリカはベトナム、キューバ、レバノンといった世界各地で小規模な紛争に巻き込まれ、現地の政府に戦い方を助言していた。
――第5章 ジャングル戦 1950-1962枯葉剤を使えば、共産ゲリラから貴重な食糧源であるジャガイモやキャッサバを奪うことができる。つまり、枯葉剤の目的はゲリラたちを餓死させることだったのだ。
――第5章 ジャングル戦 1950-1962ARPANETは1960年代前半のARPAで数々の要因が奇跡的なまでに合致した結果として誕生した。
――第7章 非凡な天才 1962-1966
【どんな本?】
DARPA。アメリカ国防高等研究計画局。インターネットの前身であるARPANETを生み出した事で有名な、アメリカ合衆国の先端的な軍事系研究開発機関…と、多くの人に思われている。
だが、ARPANETの成功の影には、数多くの失敗したプロジェクトもあれば、SF作家の想像を超える無茶なアイデアも無数にあった。またARPAという組織そのものが、存続を危ぶまれた時期もあれば、枯葉剤などの生臭いプロジェクトに関わった事もある。そもそも設立のきっかけは、ソ連のスプートニク・ショックだった。
天才の集合体のように思われているDARPAは、どんな経緯で誕生し、どんな道筋を辿ってきたのか。今までに、どんな研究に携わってきたのか。ARPANETの成功の秘訣は何か。
公開となった膨大な公文書や、多数の元DARPA職員などの取材を元に、合衆国の先端的な軍事技術を支えてきたDARPAの歴史を描く、衝撃のドキュメンタリー。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Imagineers of War : The Untold Story of DARPA, the Pentagon Agency That Changed the World, by Sharon Weinberger, 2017。日本語版は2018年9月30日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約507頁に加え、訳者あとがき5頁。9.5ポイント43字×19行×503頁=410,951字、400字詰め原稿用紙で約1,028枚。文庫なら上下巻の分量。
文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。さすがに科学研究所の話なので、多少は科学の話も出て来るが、分からなければテキトーに読み飛ばして構わない。ただし、スマートフォンはおろかパソコンすら影も形もない1950年代末から話が始まるので、若い人には当時の様子がピンとこないかも。
【構成は?】
ほぼ時系列順に話が進むので、できれば頭から読んだ方がいい。ただ、各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいいだろう。
- プロローグ 銃とカネ 1961-
- パート1 常識破りの兵器開発組織
- 第1章 知識は力なり 1945-1957
- 第2章 パニック 1957-1958
- 第3章 狂気の科学者 1958
- 第4章 打倒ソ連 1959-
- 第5章 ジャングル戦 1950-1962
- 第6章 平凡な天才 1961-1963
- 第7章 非凡な天才 1962-1966
- 第8章 ベトナム炎上 1961-1965
- 第9章 巨大実験室 1965-
- 第10章 占い頼み 1966-1968
- 第11章 サル知恵 1964-1967
- 第12章 アジャイル計画の隠蔽 1969-1974
- 第13章 ウサギと魔女と指令室 1969-1972
- パート2 戦争のしもべ
- 第14章 見えない戦い 1976-1978
- 第15章 極秘飛行機 1980-1984
- 第16章 バーチャル戦 1983-2000
- 第17章 バニラワールド 2001-2003
- 第18章 空想世界 2004-2008
- 第19章 ヴォルデモートの復活 2009-2013
- エピローグ 輝かしい失敗、冴えない成功 2013-
- 謝辞/注
- 訳者あとがき
【感想は?】
今のところ7章までしか読んでいないのだが。
いやコレ、やたらと面白い。SFファンなら、「第3章 狂気の科学者」は必ず読もう。捧腹絶倒は間違いなしだ。「第6章 平凡な天才」も、SFファンに加え、一般向けの科学解説書が好きな人にも、自信をもってお薦めできる。また、理解のない上司に悩む研究者や開発者なら、「第7章 非凡な天才」に拳を握りしめるだろう。
「第3章 狂気の科学者」では、物理学者のニコラス・クリストフィロスが大暴れする。この人は昔のSFに出てくるマッド・サイエンティストそのものだ。普通、こういう人の決め台詞は「俺を追放した学会に復讐してやる!」なんだが、この人は学者たちに愛されてる…というか、生暖かい目で見守られているからタチが悪いw
大酒飲みな上に「何日間もぶっ続けで働き続けられる」バイタリティ、講義させれば聴衆置いてけぼりでアイデアを続々と生み出す回転が速すぎる頭脳。あなたの傍にもいませんか、こんな人。彼が考え出した案の一つが、核ミサイル防衛バリア。高空で核を炸裂させ、周囲の粒子を高エネルギー化し、飛んでくるミサイルを破壊するって発想。
今でこそ無茶やろと思うが、当時は大まじめに検討され、合衆国海軍などを巻き込んでアーガス計画(→Wikipedia)として実施にこぎつけるからすごい。ちなみに肝心の効果はアレだけど、現場では30分間にわたるオーロラが楽しめたそうです。
この章では他にも核爆弾推進ロケットのオリオン計画(→Wikipedia)なんてのも出てきて、当時の人の核に対する万能感みたいのが伝わってくる。
クリストフォロスは第6章 平凡な天才」でも大暴れして、アメリカ大陸横断滑走路とか弾道ミサイル迎撃荷電粒子ビームとか。この荷電粒子ビームの顛末も楽しい。ARPAの肝いりで物理学者を集めたジェイソン・チームで検討したところ、「電力が足りないぞ」→クリストフィロス「五大湖の地下で核核爆発を起こせばいい」「湖の水を15分で排水し、その勢いで発電しよう」。
計算したら本当にエネルギーが足りると出た…って、そういう問題じゃねえだろw
この章では、他にも地震学の意外な歴史が明らかになる。なんと、冷戦が地震学を進歩させたのだ。
時は1961年。ケネディ政権はソ連と核実験禁止条約を結ぼうと考えていた。だが、障害もある。相手が核実験していないと、どうやって確認する?
21世紀の今なら簡単だ。地震計を調べればいい。だが、当時は核実験の振動と地震の振動が区別できるか否かすら分からなかった。おまけに、核実験はどこで行われるか、見当がつかない。何せアメリカもソ連も広いしねえ。
そこでARPAは国内で実験を終えるとすぐ、世界中の地震観測所に資金を提供し始める。だけでなく、インドやイランなどにも、地震観測所を無償で提供する。「カネは出すからデータを分けてくれ」ってワケ。これで核実験を突き止められるようになり、核実験禁止条約の障害がクリアできた。つまり…
ソ連との(核実験禁止)条約を締結できたのはARPAの活動の賜物であった。
――第6章 平凡な天才 1961-1963
それに加え、大きなオツリもある。世界的な地震観測網ができたため、大西洋の地震は中央海嶺に沿って起きると証明され、プレート・テクトニクス理論が確認でき、地球科学に大革命が起きた。
地震と核実験を区別するという軍の切実なニーズこそが、地震学を20世紀へと引きずり込んだのだ。
――第6章 平凡な天才 1961-1963
これは当然ながらSFにも波及し、小松左京の「日本沈没」や上田早由里の「深紅の碑文」なんて大傑作へと結実するんだよなあ。
続く「第7章 非凡な天才」では、ARPANETの誕生が語られる。ここで活躍するのは、ジョゼフ・カール・ロブネット・リックライダー(→Wikipedia)、元は音響心理学者だ。
当時はコンピュータの黎明期で、計算機学者なんていなかった。みんな、他の学問から移ってきた人ばかりだ。デニス・リッチー(→Wikipedia)だって物理学と応用数学だし。しかも、当時のコンピュータは、パンチカードでデータやプログラムを入れ、ラインプリンタで結果を見る、バッチ処理ばかりだった。そんな環境で、リックライダーの研究テーマは「指揮統制」。
時はキューバ危機(→Wikipedia)。「(コンピュータの)情報を軍司令官どうしで共有するのには時間がかかった」。そこで彼に与えられたのが、半自動式防空管制組織SAGE。実は当時でも既に時代遅れのシステムだったが、バッチではなく会話式なのが斬新な所。さすがに一人一台じゃなくTSS(→Wikipedia)だけど。
そんな中、リックライダーは「人々が台所でコンピューター端末を使い、ネットワークでレシピ」を調べるビジョンを思い描く。つまりクックパッドだ。今ならともかく、1960年代前半でそんな発想にたどり着くとは、凄まじい発想力だ。
ただし、スポンサーの意向は違う。軍や国防長官はコンピュータ科学なんか一顧だにせず、気にしていたのは弾道ミサイル防衛や核実験探知だけだ。というか、「リックライダーが開発を続けられたのは、彼が水面下で活動していたからだ」。ぶっちゃけボス共は、リックライダーが何をやっているか、全く知らなかったのだ。
わはは。そこの研究者や開発者、ボスにお伺いをたてず、コッソリと何かを研究・開発した事って、あります? いやお伺いしてたらテーマを潰される、っつーか、そもそもボスはテーマを理解できないし。 そういうのって、あるよね、往々にして。
と、研究者を放し飼いにするとどうなるかの見本が、インターネットなわけです。もっとも、先のクリストフォロスみたいな例もあるけどw
なんてハッピーな話だけじゃなく、枯葉剤とかにも関わってるんだけど、それは次の記事で。
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