シャロン・ワインバーガー「DARPA秘史 世界を変えた『戦争の発明家たち』の光と闇」光文社 千葉敏生訳 2
「空軍が費用を持つなら、答えは常に空爆だ」
――第10章 占い頼み 1966-1968「われわれは、失敗するときでも大胆に失敗するのだ」
――第10章 占い頼み 1966-1968
シャロン・ワインバーガー「DARPA秘史 世界を変えた『戦争の発明家たち』の光と闇」光文社 千葉敏生訳 1 から続く。
【どんな本?】
インターネットの前身であるARPANETの研究で有名なDARPA。正式名称がアメリカ国防高等研究計画局であるように、組織の目的は国防研究である。とはいえ、国防に関わる要素は多く幅広い。実際、ARPA/DARPAの主な目的も、設立以来、二転三転してきた。
DARPAとは、どんな組織なのか。どんな目的で設立され、どんな研究をしてきて、どんな成果をもたらし、どんな失敗を葬り去ってきたのか。
合衆国の国防に関わる最も有名な研究機関の歴史と全貌を明らかにする、一般向けの解説書。
【誕生】
今でこそAPANETが有名だが、1958年の設立当初の主な目的は、なんとロケット開発である。ソ連のスプートニク1号の影響で、ドサクサ紛れに作られたのだ。これ以来、ARPAは大きな特徴がある。
元々がドサクサ紛れで生まれた組織だけあって、フットワークが軽い。お役所手続きの煩雑さを避け、手っ取り早くヒト・カネ・モノを調達でき、研究・開発を始められるのだ。前の記事にも書いたが、この性質が大成功と大変な失敗をもたらす事となる。
【変転】
ご存知の通り、現在の合衆国のロケット開発はNASAが率いている。ARPAは仕事を奪われたのだ。
なら潰れてもよさそうなモンだが、組織ってのは、とにかく生き延びようとする。政府から予算を貰っているなら尚更だ。だもんで、ARPAも目的を変えつつ存続の道を探る。ロケットが駄目なら核実験探知、それで一息ついたらミサイル防衛、そしてベトナム戦争をきっかけとして対反乱作戦へと主力が移ってゆく。
こういったあたりでは、ホワイトハウス・軍・国防総省・CIA・議会などの意向や、その中での人の動きも、著者は詳しく調べてある。全体として、人の異動が激しいことに気が付く。特に、民間と政府機関を行き来する人が多い。実際、ARPA/DARPAも、1958年の設立から2017年の約60年で、局長は21人だ。任期の平均はたった3年。
日本のお役所で、これほどトップの人事異動が激しい組織があるんだろうか? いったい、何が違うんだろう?
【ウィリアム・ゴデル】
前の記事では明るい論調の記事となったが、本書の大きな特徴と読みどころは、むしろダークサイドを明らかにした点にある。何より、冒頭からダークサイドを象徴する人物、ウィリアム・ゴデルにスポットを当ててるし。
海兵隊員として太平洋戦争で戦い負傷したのち、ドイツのロケット科学者を攫うペーパークリップ作戦(→Wikipedia)に従事、諜報の世界で優れた実績を積み名をあげる。
NSA(→Wikipedia)を経てARPAに移ったゴデルは、やがてARPAをベトナムへと引きずり込んでゆく。
【対反乱】
このベトナムにおけるゴデルとARPAの動きが、現在のアフガニスタンやイラクでの米国/米軍の動きと、見事に繋がっているから、泣いていいのか笑っていいのか。
ゴデル名づけて曰く「アジャイル計画」。その目的は、なるたけ米軍を使わず、現地の軍に戦争を任せること。南ベトナムをアフガニスタンやイラクに置き換えれば、2020年の今でも米軍の目的そのまんまだ。
ARPAと聞くとハードウェアばかりを思い浮かべるが、社会や心理なども研究している。ベトナム戦争では「なぜ南ベトナムの人々がベトコン(→Wikipedia)になるのか」も調べた結果、その理由は…
「搾取的な政府への怒りや民主主義的な意識」、そしてそうした感覚を煽る共産主義者たちの能力と深くかかわっていた。
――第10章 占い頼み 1966-1968
なんのことはない、要は南ベトナム政府が腐っていて人々から憎まれ嫌われてる、それだけの事だった。戦略や戦術以前に、政策が間違っていたのだ。ところが、この報告を受けたワシントンは…
「単なる否定ではなく、ショックとさえ呼べるもの」であった。
――第10章 占い頼み 1966-1968
ベスト&ブライテストは、邪悪ではなかった。単に、ベトナムについて救いようなく無知だっただけなのだ。ハンロンの剃刀(→Wikipedia)そのまんまだね。
(ウォーレン・)スタークは東南アジアの社会や文化に対する理解不足が、軍やARPAの大きな足かせになっていることに気づいた。
――第9章 巨大実験室 1965-
これ、現在のイラクとアフガニスタンにも、そのまんま当てはまるから切ない。
【象徴】
そんなARPAのベトナムにおける失敗を象徴する双頭が、戦略村(→Wikipedia)と枯葉剤(→Wikipedia)だろう。枯葉剤も本書は詳しく書いてあるが、戦略村の目的も呆れる。
…ARPAの報告書は、戦略村のことを「政府が人民を正式に統制するための機構」と露骨に表現している。さらに、「全員が全員の顔とその活動を知っていて、よそ者や怪しい活動が一発で見つかってしまう」ような戦略村こそが「効果的」だとも述べている。
――第8章 ベトナム炎上 1961-1965
つまりは南ベトナム政府による人々への支配力を強める事を目的としていたのだ。ちなみに農民の強制移住を使ってソレに成功したのがカンボジアのクメール・ルージュです。何やってんだアメリカ。ベトナムは共産勢力に対する防壁じゃなかったんかい。
【イラン】
お役所組織のもう一つの特徴は、とにかく大きくなろうとすること。ARPAもベトナムからイランやレバノンに版図を広げてゆく。当時のイランはパフラヴィーによる王政で親米だった。ここでは空軍機のF-15イーグルを抑えて海軍機のF-14トムキャットが選ばれるくだりも楽しいが、そんなイランに合理的な兵器選択法を教え込もうとするあたりも、笑えるやら切ないやら。
国王の仲介者に支払われる賄賂の額が唯一の決定要因だとしたら、戦車の殺傷能力の比較原価など誰が気にするだろう?
――第12章 アジャイル計画の隠蔽 1969-1974
ちなみに武器取引の胡散臭さは今世紀に入っても相変わらず、どころか先進国もヒトゴトじゃない由が「武器ビジネス」に詳しく書いてあります。
【ハードウェア】
などと明らかな失敗ばかりを挙げたが、失敗とは言い切れない例も多い。というか、対ゲリラ戦って点じゃベトナムはイラクやアフガニスタンと同じだ。そのためか、発想はいいけど当時は技術が追い付いていなかった的なシロモノもアチコチに出てくる。
その筆頭が人工衛星ディスカバラー(→Wikipedia)で、これは「世界初の偵察衛星」。もっとも当時は写真の電送はできないんで、フィルム回収に手こずるんだけど。
ここではディスカバラー2号に乗ったネズミの話が笑える。動物虐待防止協会のお怒りを恐れた当局は…
とかの笑い話はさておき、今世紀に入って実現した案が幾つも載っている。
「何時間も飛行できる動力グライダー」は無人偵察機そのものだ(「無人暗殺機 ドローンの誕生」)。陸軍用の歩行輸送ロボット「機械のゾウ」はビッグドッグ(→Wikipedia)に進化した。「海洋上の軍事基地の役割を果たす反転可能な艀」はメガフロート(→Wikipedia)だろう。ブレイン=コンピューター・インターフェイスも、今はブレイン・マシン・インターフェース(→Wikipedia、「越境する脳」)で知られている。
それ以上に失敗も多く載っているが、ARPAの責任とは言い切れない失敗?の例がAR-15、またの名をM16(→Wikipedia)。ゴルゴ13も愛用する合衆国軍ご用達の自動小銃だ。
もともと小柄な南ベトナム兵向けに設計されたAR-15なんだが、なぜか話は「米軍で採用するか否か」にすりかわり、議論で時間を浪費し「南ベトナム軍の兵士に大量配備されたのは六年後の1968年、テト攻勢(→Wikipedia)のあとだった」。コロコロと情勢が変わる戦争と大人数の合意が必要な議会政治は相性が悪いんです。
【IED】
もちろん、「小便の臭いでジャングル中のゲリラを見つけよう」とかの失敗した研究もたくさん出てくるが、中でも傑作なのがIED(即席爆発装置)対策。そう、今でもイラクやアフガニスタンで米軍が苦しんでるアレ。
これに対応したのがペンタゴンの物理学者フレッド・ウィーグナー。彼の言葉が実にいい。軍の高官に対しては「あんたたちは科学を理解していない」。科学者たちには「あんたたちは戦争を理解していない」。そして双方を怒らせましたとさw いや笑い話じゃないんだけど、今でもSEの多くが、発注元には「ITを分かってない」、開発者には「客の業務を分かってない」とか言ってるんでない?
さて、ベトナムだとジャングルにワイヤーを張って起爆装置に繋げてた。そこでフレッドは新兵器を開発する。ったって、ただの棒だ。これでジャングルを探り、ワイヤーを見つけるのである。ガキに棒を持たせて藪に送り込めば、すぐに実演してくれるだろうw 「一方ロシアは鉛筆を使った」なんてネタもあるが、アメリカだってやる時はやるのだw
【終わりに】
と、なんとか「パート1」の紹介は終わった。次の記事で完結編となる予定です。
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