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2020年2月24日 (月)

藤井太洋「東京の子」角川書店

仮部の仕事は、仕事に出てこなくなった外国人を説得して、職場に連れ戻すことだ。
  ――p6

…東京の子が、この街に裏切られるわけがない。
  ――p243

【どんな本?】

 最新のテクノロジーと社会情勢を巧みに織り込み、至近未来を鮮烈なリアリティで描くSF作家・藤井太洋によるSF長編小説。

 2019年の移民法により、日本には多くの外国人が押し寄せる。26歳の仮部諫牟の仕事は、探偵のようなものだ。職場に来なくなった外国人を連れ戻す。今日の仕事は、若い女だ。范鈴、ベトナム料理店チェーン<724>の東京デュアル支店のスタッフ。無断欠勤が一週間も続いている。

 2020年の東京オリンピックが終わった後、有明会場の跡地は「東京デュアル」となった。一種の特区である。一学年二万人ほどのマンモス大学だ。学生はサポーター企業で働き、学費・生活費を稼ぎながら学ぶ。

 勃興する中国や東南アジアと低迷が続く日本という厳しい国際関係を背後として、斬新で野心的なビジネスの開拓地でもあり有象無象が隠れ潜む大都会の東京を、エネルギッシュに駆け抜ける若者たちを描く傑作長編小説。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」のベストSF2019国内篇で12位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年2月8日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約352頁。9ポイント42字×18行×352頁=約266,112字、400字詰め原稿用紙で約666枚。文庫本なら少し厚め。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。藤井太洋らしくIT関係の技術面はシッカリ描いているが、分からなければ細かい所は読み飛ばして構わない。日頃から LINE や Youtube 等を使っていれば、雰囲気はつかめる。

【感想は?】

 これは是非とも映像化して欲しい。それもアニメではなく、実写で。

 というのも、アクションが映える場面が多いからだ。なにせ主人公の仮部諫牟は、パルクール(→Youtube)の使い手。映画「YAMAKASI」と言えばわかるだろうか。

 パルクール、単に都市部でアクロバットするってだけなのかと思ったが、どうも違うらしい。その辺は本編を読んで頂くとして、とにかく映像にしたらカッコいい場面が多いのだ。ただ、R-15にしないとマズいかも。なにせ男の子ってのは、「燃えよドラゴン」を観たらヌンチャクを振り回さずにはおれない生き物だし。

 そんなワケで、藤井太洋作品としては、最もアクション・シーンの多い作品になった。もちろん、読みどころはアクションだけじゃない。どころか、激動の21世紀に揺れる大人たちにこそ、美味しいネタがギッシリと詰まっている。

 その一つは、外国人の大量流入だ。昔から横浜の中華街は有名だったし、一時期はフィリピン・パブが流行った。製本業は外国人労働者が支えていると言われて久しい。埼玉県の蕨市はワラビスタンの二つ名をいただいた。

 この物語も、新大久保で幕を開ける。ただし、韓国人街じゃない。ベトナム料理店<724>だ。しかも、ベトナム人のダン・ホイがオーナーで、日本人の仮部諫牟は雇われる側。ここに藤井太洋流のヒネリが効いている所。

 強い日本円を背景にブイブイ言わしてた頃に、海外旅行で美味しい想いをした年寄りにはいささか刺激の強い幕開けだ。しかし、最近の低迷する日本経済と急成長する近隣諸国の動向を見る限り、あながちSFとばかりは思えない。

 とまれ、新宿や新大久保と聞けば、昔から得体の知れない連中が潜むと想像がつく。主人公の仮部や、その相棒のセブンもワケありっぽいし、それ以上に得意先の大熊大吾が実に胡散臭い。合法と違法の間のグレーゾーンを巧みにかいくぐり、あざとく事業…というよりシノギを嗅ぎつける大熊のビジネス感覚には、感服することしきり。監視カメラに、そんな儲け口があったとは。

 やはりビジネス感覚に感服するのが、東京デュアルのボス、三橋里。初めて登場する講義の場面から、彼の狡猾さが鮮烈に浮き上がる。大熊と異なり表舞台で堂々とビジネスを展開する三橋だが、彼の語る「のし上がる秘訣」は、身もふたもない現実を見せつけつつ、一つの戦略として強い説得力を持つ。終盤ギリギリまで本性が掴めない三橋は、濃いキャラが多いこの物語の中にあってさえ、その押しの強さも相まって最初から最後まで原色の輝きを保ち読者の心に残る。

 もう一つ、私に強い印象を残したのが、インターネット時代ならではのプライバシーの問題。

 とは言っても、「ビッグデータ・コネクト」が扱ったような、政府などの大組織に個人情報が渡るって話じゃない。私たちが自らどこまで個人情報を明らかにするか、そういう問題だ。

 発足当初のインターネットは、その仕組みもあって、ほぼ実名制だった。だって大学などの研究機関にしかなかったし。それが世界に広がり、2ちゃんねる(現5ちゃんねる)など匿名掲示板ができて、匿名やハンドルなどの正体不明な形での情報発信が可能となった。今は Facebook などの実名型が、再び増えてきた。実名か匿名か、使う者が選べる時代だ。

 ブログを始める際、私も考えた。結局は無難なハンドルを選んだし、その中身も私生活は明かさないようにしている。が、堂々と実名を出してブログを続けている人も多い。なぜ匿名にするのか、または実名を出すのか。とりあえず無難な道を選ぶ私のような者もいれば…

自分の顔と本名を晒しながら身の丈に合ってない計画をぶちあげ、惨敗していることを知りながら、また同じようなことを繰り返している。
  ――p236

 と、堂々と実名で勝負している人もいる。ここで言及されてる人は、なかなか感情移入しにくいんだけどw

  とまれ、インターネットが普及した事で、そういう人も目に入りやすくなった。と当時に、炎上に代表されるように、インターネットの困った側面も、この作品はあぶりだす。セブンが請け負う仕事もそうだし、2020年2月24日現在の新型肺炎などホットな話題に便乗し、陰謀論を垂れ流す輩もいたり。あんまりにも馬鹿らしいネタなら、大半の人が無視するんだが、つい踊っちゃう人もいて…

『な、驚いただろう。バカを侮っちゃいけないんだよ。だが、この与太話にはニュースバリューがある』
  ――p305

 そう、即時性が高まった現在、正確さより話題性が大事だったりするのだ。

 とかの世相をハラハラする切迫感で描く娯楽性をタップリ詰めこみつつ、主人公の仮部がどう名乗るかというテーマには、見えにくい所に棲まざるを得ない人々が抱える事情に対し、著者なりの真摯な向き合おうとする姿勢が表れている。

 まあ、そういう屁理屈は抜きにしても、終盤では減っていく頁数を恨めしく思いながら読んだ。「もっとこの世界に浸っていたい」「もっと登場人物たちを見守りたい」、そう感じる小説なのだ。

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