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2020年2月13日 (木)

シルヴァン・ヌーヴェル「巨神降臨 上・下」創元SF文庫 佐田千織訳

ぼくたちはなにもしなかった……死ぬのを待ってたんだ。
  ――上巻p68

自分自身にそれが適用されないかぎり、わたしは彼らの主義を称賛した。
  ――下巻p61

【どんな本?】

 世界各地に出現した巨大ロボットたちは、人々に死を振りまいた。幸いローズ・フランクリンの対策が呼応を奏したのか、巨大ロボットたちは姿を消す。喜ぶのも束の間、人類が手に入れた巨大ロボットのテーミスも姿を消してしまう。操縦者ヴィンセントとエヴァ、そしてローズと地球防衛隊司令官のユージーンを巻き添えにして。

 四人は巨大ロボットの故郷、エッサット・エックトに転送されたのだ。異星において、珍獣とも難民とも客人ともつかぬ、中途半端な立場に置かれた四人は、それぞれの立場で自らの暮らしを始める。

 その頃、地球では。巨大ロボットの引き起こした災厄は、人類に強い恐れを引き起こす。残された唯一の巨大ロボットのラペトゥスを手に入れたアメリカ合衆国は、その強大な軍事力を前面に押し出し、強硬な軍事・外交政策を推し進める。他の諸国も、災厄の犠牲者と生存者の違いを根拠に人びとをランク分けして分断し、特定ランクの者は収容所に押し込めていた。

 そして9年。巨大ロボットのテーミスと共に異星から帰還したヴィンセントらは、テーミスともどもロシアに捕獲されてしまう。テーミスを手に入れたロシアは、その強大な武力で国際社会における存在感を示そうと動き始めるが…

 異星人の遺産である巨大ロボットをテーマとした娯楽アクションSF三部作の完結編。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」ベストSF2019の海外篇で18位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ONLY HUMAN, by Sylvain Neuvel, 2018。日本語版は2019年5月24日初版。文庫本の上下巻で縦一段組み本文約352頁+334頁=約686頁に加え、大野万紀の解説6頁。8ポイント42字×18行×(352頁+334頁)=約518,616字、400字詰め原稿用紙で約1,297枚。文庫本の上下巻としては普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。表紙のイラストで見当がつくように、「古代に異星人が残した巨大ロボットに人間が乗り込んで操縦する」お話だ。だから、科学や背景ではけっこう無茶やってる。そういうのが許せる人向け。

 それ以上に、三部作の完結編なのが重要。そのため、人間関係や設定は、前二作を引きずっている。読むなら、素直に開幕編の「巨神覚醒」から取り掛かろう。

【感想は?】

 いよいよ待望のエイリアンが登場する。のだが…

 人類を遥かに超えるテクノロジーを持つエイリアンである。さぞかし色々と進んでいるんだろう、と思ったら、そうきたか。

 ヲタクなネタと巨大ロボットの魅力で引っぱってきたこのシリーズ、完結編では著者の政治的な姿勢が色濃く出る作品となった。勝手な想像だが、これは著者がカナダのケベック州の出身なのが大きいんだろう。

 カナダは先進国だ。アメリカ合衆国と同じく、移民が作った若い国でもある。ただし自他ともに認める超大国であるアメリカと比べれば、とても小さな国だ。いや国土は広いんだが、人口は合衆国3.28億人に対しカナダ0.37億人、GDPも合衆国20.4兆ドルに対しカナダ1.5兆ドル。大雑把に国の規模は1/10ぐらい。そんなカナダで生まれ育てば、自然と合衆国に対し複雑な感情を抱くだろう。

 軍事・経済・科学そして文化でも、合衆国は世界をリードしている。それはSFも同じだ。だから、合衆国への憧れはある。と同時に、世界の全ての国を相手にして戦争しても勝てるほどの桁外れの軍事力に対しては、どうしたって怯えてしまう。幸い今のところ両国間の関係は良好だが、合衆国が牙をむいたら、どうなることやら。

 そんなカナダの中にあって、ケベックは更に複雑だ。なんたって、公用語がフランス語である(→Wikipedia)。今はやや大人しいが、カナダからの独立を求める動きも強い。だもんで、「合衆国に対抗するため全国民が一丸となって云々」みたいなワケにもいかない。

 そういう複雑な環境で生まれ育ったためか、暴力や権力の圧力や、人びとを差別し分断しようとする動きへの反感が、最終巻であるこの作品に強く出ている。

 なんたって、冒頭から合衆国はリビアの内戦に介入だ。しかも、海兵隊所属となった巨大ロボットのラペトゥスを前面に押し出した、ゴリゴリの脅迫である。まるきしヤクザだw にしても海兵隊ってのは巧いね。何せこの巨大ロボット、守りが硬く武器が強力なのに加え、常識を超えた移動ができる。こういう機動ができるんなら、強襲が専門の海兵隊にピッタリだ。

 そんな合衆国に対し、好敵手を自任するロシアは…。

 いやあ、既刊のアリッサ・パパンドヌ博士もなかなかの役者だけど、この巻で登場するGRU所属のキャサリン・レベデフ少佐が、実にトンガった人で。ロシア人といえば無口でクールなんて常識を鮮やかにひっくり返し、ソープオペラばりにしゃべるしゃべるw しかも、そのお喋りにほとんど中身がないのも凄いw

 所属がGRUだし、ハリウッド映画でアメリカンな振る舞いを学んだんだのかな、なんて思いながら読むと、更に楽しめます。もっとも、稀に覗ける彼女の意図は、やっぱりロシアなんだけどw 「レベデフ少佐のつぶやき」なんてスピンオフがあったら、是非とも読んでみたい。

 などと、物騒なのは軍と諜報機関だけでなく、いずれの国も社会全体がアレな方向に行っちゃってるあたりに、著者の政治性を強く感じるところ。このあたりでは、何かと生臭い事柄を思い浮かべてしまう。今の合衆国の移民排斥傾向に始まり、ユダヤ人の強制収容所もそうだが、太平洋戦争中は日系人も収容所に入れられたんだよなあ。まあ現代の日本もヒトゴトじゃないけど。

 ってな傾向に対し、単に厭うだけでなく、原因にまで思いをはせ、痛い所を突いてくるから憎い。

人は自分が知らないものを恐れます。
  ――上巻p136

彼らは自分たちの信条に居心地よさを感じるためだけに、時間とエネルギーを費やして物事を学ばない方法を探すだろう。
  ――上巻p323

わたしたちはだ……誰かのせいにする必要があるの。
  ――下巻p17

 では進んだテクノロジーを持つエイリアンは、というと、ここでも見事にハシゴを外すんだな、これがw 異星エッサット・エックトを描く場面では、意外としょうもない異星人の状況以上に、不慣れな世界に放り込まれた地球人四人の対比が、なかなか染みる。特に地球を懐かしむユージーンと、新しい世界に飛び込んでいくエヴァの対照が鮮やかだ。

 そのエヴァも、とーちゃんとはギクシャクしてるのは、名前のせいだろうかw

 やはり同じカナダ出身のSF作家ロバート・J・ソウヤーの「ネアンデルタール・パララックス」同様に、サービス満点な娯楽性と共に、著者のリベラルな政治姿勢が強く出た作品だ。だから好みは別れるだろうが、ハマればきっと楽しめる。

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