« 小野不由美「白銀の墟 玄の月 1~4」新潮文庫 | トップページ | 高島雄哉「エンタングル:ガール」東京創元社 »

2019年11月15日 (金)

アニー・ジェイコブセン「アメリカ超能力研究の真実 国家機密プログラムの全貌」太田出版 加藤万里子訳

第二次世界大戦終結から数年後、アメリカ政府は超常現象が軍事と諜報の効果的なツールになると考え、秘密作戦に利用する道を探りはじめた。本書は、その取り組みと現代までの軌跡を明らかにする。
  ――プロローグ

ナチス国外諜報局局長ヴァルター・シェレンベルク親衛隊少将「神秘主義信仰は、政治思想の普及と国民の政治的支配にぴったりの手段である」
  ――第1章 スーパーナチュラル

ガマル・アブデル・ナセル・エジプト大統領が「たった今死んだか、もうじき死ぬ」
  ――第6章 ユリ・ゲラーの謎

ESPと超心理学に対する明確な意見は、たいていの場合、深い個人的信念に根ざしている。
  ――第14章 サイキック兵士

陸軍科学委員会の科学者は、このころまでに軍事機関が直面する「重要な課題」を特定していた。それは、機械が賢くなっているのに人間が進歩していないことだった。
  ――第17章 意識

「それってまるでアカシック・レコードじゃないか」
  ――第19章 第三の目を持つ女

(ユリ・)ゲラーは、アル・ゴアの自宅を訪れ、いつか大統領に選出されると告げたことを覚えているという。
  ――第20章 ひとつの時代の終わり

アメリカ政府の23年に及ぶ超感覚的知覚(ESP)とサイコキネシス(PK)研究の歴史の終わりは、1991年11月19日、AP通信が「国連のイラク兵器施設発見にサイキック企業が協力」という見出しの三段記事を掲載したときにはじまった。
  ――第23章 崩壊

1975年、CIAは次のように結論づけた。「ESPはまれにしか現れず、確実性に欠けるものの、信頼できる数々の確かな実験証拠により、本物の現象として存在すると認めざるを得ない」
  ――第23章 直感、予感、合成テレパシー

2014年、海軍研究所(ONR)は海軍軍人と海兵隊員のために、285万ドルをかけてスパイディー・センスという予感と直感を探求する四年間の研究プログラムに着手した。
  ――第23章 直感、予感、合成テレパシー

【どんな本?】

 テレパシー,透視,予知,念動力,ダウジング。多くの科学者や数人のマジシャンは徹底的に否定するが、固く信じるものは後を絶たない。ばかりか、アメリカ合衆国では軍や情報機関が国家の予算を投じて研究し、時として実際に応用してきた。

 本書は、2017年に公開されたCIAの文書を中心に、情報公開法に基づき入手した合衆国国防総省や陸海空軍の文書、そしてこの研究に携わった研究者や超能力者などの直接取材を元に、合衆国における超能力研究の実態を明らかにしようとするものである。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は PHENOMENA : The Secret History of the U.S. Government's Investigations into Extrasensory Perception and Psychokinesis, by Annie Jacobsen, 2017。日本語版は2018年3月20日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約508頁に加え、訳者あとがき5頁。10ポイント45字×17行×508頁=約388,620字、400字詰め原稿用紙で約972枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。ただ、多くの人物が出てくるので、できれば人名索引が欲しかった。

【構成は?】

 ほぼ時系列に進むので、素直に頭から読もう。

  • プロローグ
  • 第1部 初期
  • 第1章 スーパーナチュラル
  • 第2章 プハーリッチ理論
  • 第3章 懐疑論者とペテン師とアメリカ陸軍
  • 第4章 疑似科学
  • 第5章 ソ連の脅威
  • 第2部 CIAの時代
  • 第6章 ユリ・ゲラーの謎
  • 第7章 月面に立った男
  • 第8章 物理学者と超能力者
  • 第9章 懐疑論者対CIA
  • 第10章 遠隔視
  • 第11章 無意識
  • 第12章 潜水艦
  • 第3部 国防総省の時代
  • 第13章 超物理学
  • 第14章 サイキック兵士
  • 第15章 気功と銭学森の謎
  • 第16章 殺人者と誘拐犯
  • 第17章 意識
  • 第18章 サイキック・トレーニング
  • 第19章 第三の目を持つ女
  • 第20章 ひとつの時代の終わり
  • 第21章 人質と麻薬
  • 第22章 崩壊
  • 第4部 現代
  • 第23章 直感、予感、合成テレパシー
  • 第24章 科学者と懐疑論者
  • 第25章 サイキックと宇宙飛行士
  •  訳者あとがき
  •  取材協力者と参考文献

【感想は?】

 日本版の書名が内容をズバリと表している。まさしく、合衆国による超能力研究のドキュメンタリーだ。それも、軍が正式な予算をつけ、組織だって行った。

 超能力に対し、人は二つの側に分かれる。信じる人=ヒツジと、信じない人=ヤギだ。読者の姿勢により、本書の評価は分かれるだろう。

超常現象研究の世界は「肯定と否定のふたつの反応から成り立っており、その中間はほとんどない」。(略)
超常現象を肯定するデータの支持者には、「“転向”経験がある者が多い。彼らは、たった一回の“説明がつかない成功によってその現象が本物だと信じ込む”ことになった」
  ――第10章 遠隔視

 著者はヒツジに近い。「エリア51」も、緻密な調査で驚きの事実を明らかにしつつ、最後でヤバい方向に走っちゃったし。もっとも、私がヤギだから、そう感じるのかもしれない。とはいえ、ヒツジよりの立場だからこそ、書けた本でもある。

 冒頭から、有無で簡単には割り切れないのだ、と思い知らされるエピソードが出てくる。ルドルフ・ヘスの渡英(→Wikipedia)事件だ。2002年、この事件の背景をBBCがスッパ抜く。これはイギリスの諜報機関の仕掛けだ、と。有名な占星術師を使い、ドイツの信者に偽のホロスコープを渡して、ヘスと取り巻きをそそのかしたのだ。

 もっとも、肝心の占星術師は黙秘を続け、BBCにリークした者も沈黙を守っているため、真偽は不明なんだけど。この本は、そういう「実際は判らない」ネタも多い。その代表が、かの有名なユリ・ゲラーだ。彼には「モサドでは?」との噂がある。著者も本人に訊ねているんだが、ハッキリとは答えない。当然だよね。スパイが身元を明かすワケないし。とはいえ…

ユリ・ゲラー「アラブ・レストラン。弁護士や娘のところ。私はどこへでも行けるんだ。誰にも疑われずにね。完璧な隠れ蓑だよ。私はただのスプーン曲げの男なんだ」
  ――第25章 サイキックと宇宙飛行士

 とか言われると、「もしや…」と考えてしまう。隻眼の英雄モシェ・ダヤン(→Wikipedia)や当時の首相のベンヤミン・ネタニヤフとも親しいし。つかモシェ・ダヤン、なんちゅうヤバい趣味してんだw

 肝心のアメリカが本気になったのは、1970年代初頭だ。きっかけは、ソ連がソッチの研究に本腰を入れている、との報告が入ったため。ソ連もかなり無茶やってて、モスクワの合衆国大使館にマイクロ波を浴びせたりしてる。また1983年には、やはりモスクワの合衆国大使館新築に当たり…

ソ連は(モスクワのアメリカ大使館建設用の)プレキャスト・ブロックのなかにセンサーを埋めこんでいただけでなく、コンクリートにゴミを混ぜこんで、ゴミのあいだのハイテク・センサーが特定できないようにしていたのだ。
  ――第18章 サイキック・トレーニング

 なんちゅうか、油断もスキもありゃしない。もっとも、そのネタを掴んで、建材を調べるCIAも凄いけど。

私も若い頃、模様替え中の某国大使館に入った事がある。建材関係の業者で人足のバイトをしてて、納品しに行ったのだ。改めて考えると、バイトや職人を装えば、潜り込むのは意外と簡単なのかも。

 などの諜報関係の真面目なネタも面白いが、やはり本題は合衆国内の超能力研究・利用の実態を暴くところ。最も熱心にやっていたのは、陸軍の情報保全コマンド=INSCOMだろう。軍全体、特に上層部ではヤギが多いようだが、大きな組織になればヒツジも混じる。そういう人が、こういう組織に惹きつけられるんですね。

 その代表がアンジェラ・デラフィオラ。「私はサイキックなの」と自信満々に語る彼女、元は情報アナリストとして陸軍情報部に務めていた。ただし身分は民間人。そこで陸軍内の超能力系セミナーの話を聞きつけ、強引な手口でセミナーに参加し、優れた才覚を表す。

 彼女が主に行っていたのは、リモート・ビューイング、透視だ。例えば誘拐された人物を指定し、どんな所にいるかを尋ねると、「水の上」などのヒントが出てくる。または現場の風景などだ。広い草原とか、大きな機械とか。

 そういった所は「当たるも八卦、当たらぬも八卦」的な胡散臭さが漂ってて、なかなか楽しい。加えてヒツジの中でも、「普通の人も鍛えればなんとかなる」派と「生まれつきの才能で決まる」派が睨み合ってたり、キリスト教原理主義団体がリモート・ビューイングを「悪魔の所業」と非難したりと、ソッチの派閥の関係が見えるのも面白い。

 現象の原因を巡っても、厨二病が完治していない者にとっては、美味しいネタが入ってる。第三の目やアカシック・レコードやアストラル界なんてのもあれば、昔は電磁波だったのが最近は量子エンタングルメントに変わったりと、ネタの傾向が見えてきてニヤニヤしたり。ただ、サイコップ(→Wikipedia)などヤギにはいささか辛口なのが、ちと納得いかないけど。

 怪しげなシロモノを、至極真面目な組織が、至極真面目に研究した実態を、少しも茶化さず至極真面目に取材したドキュメンタリー。ではあるんだけど、陸軍のおかたい軍人さんがニューエイジ風のモンロー研究所で修行する風景には、ちょっと笑っちゃったり。そういう、堅さと怪しさのミスマッチが楽しい本だった。また、オルダス・ハクスリーとカール・ユングの登場も嬉しかった。やはりユングはヤバい人だったなあ。ヴォルフガング・パウリまで巻き込んだのはアレだが。

【関連記事】

【どうでもいい話】

 すんげえ久しぶりに献血してきた。あのポスター騒動で献血に興味を持ってた時に、勢いのいい呼び込みが聞こえてきて、ついフラフラと。いろいろな意見があるけど、騒ぎのせいで献血する奴が、少なくとも一人はいたわけで、だとすると騒ぎにも意味はあったのかも。

 あと、ロバート・ T・キャロル 「懐疑論者の事典」ってのが面白そう。

|

« 小野不由美「白銀の墟 玄の月 1~4」新潮文庫 | トップページ | 高島雄哉「エンタングル:ガール」東京創元社 »

書評:軍事/外交」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 小野不由美「白銀の墟 玄の月 1~4」新潮文庫 | トップページ | 高島雄哉「エンタングル:ガール」東京創元社 »