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2019年8月 5日 (月)

ベッキー・チェンバーズ「銀河核へ 上・下」創元SF文庫 細美遥子訳

「おれたちが何をやってるか、ちょっと思い出してくれるか? あちこち飛びまわって、宇宙空間に穴を――文字どおりの穴を――あけてるんだぞ」
  ――GC標準306年 129日 苦情

みんなが変わっているところなら自分が変わっていると思うことはない。
  ――GC標準306年 163日 ポート・コリオル

スイッチを切ることのできない重力が、アシュビーはあまり好きではない。
  ――GC標準306年 249日 コオロギ

「だってさ、こいつを直すこと以上にやりたいことなんてないんだから」
  ――GC標準306年 335日 ケドリウム

「彼は存在している。それが罪だ」
  ――GC標準307年 45日 十月二十五日

「建設にはたくさん、たくさんの失敗がつきものです」
  ――GC標準307年 121日 異端者

「レンチならうちにもあるよ」
「うん、でもこれはあたしのレンチだから」
  ――GC標準307年 158日 ハード・リセット

【どんな本?】

 アメリカの新人作家ベッキー・チェンバーズのデビュー作。

 遠未来。地球は荒れ果て、人が住めなくなった。金持ちは火星に移り住み、そうでない者は離郷人となり宇宙をさすらい、または他の星に移り住む。やがて異星人に出会った人類は、様々な種族で構成するGC=銀河共同体の末席を得た。

 火星出身のローズマリー・ハーパーは、出自を隠して事務員の職を得る。勤め先は<ウェイフェアラー>、建設作業船だ。銀河を安定して超光速航行する「トンネル」を、宇宙空間に穿つ。中古でつぎはぎだらけの船だが、着実な仕事には定評がある。

 クルーはバラエティに富んでいた。船長のアシュビー・サントソ、藻類学者のアーティス・コービン、機械技師のキジー・シャオ、コンピュータ技師のジェンクスは人類。パイロットのシシックスはエイアンドリスク人、医師兼調理人のドクター・シェフはグラム人、ナビゲーターのオーハンはシアナット・ペア、そしてAIのラヴィーことラヴレイス。

 ローズマリーが仕事に慣れた頃、<ウェイファウラー>に大仕事が舞い込んだ。銀河系中心部にトンネルを穿つという。そこは好戦的で謎に包まれた種族トレミの支配地域だ。<ウェイファウラー>は張り切って銀河中心部への長い航海に乗り出すが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Long way to a Small Angry Planet, by Becky Chambers, 2015。日本語版は2019年6月28日初版。文庫本の縦一段組み上下巻で本文約316頁+320頁=約636頁に加え、訳者あとがき5頁。8ポイント42字×18行×(316頁+320頁)=約480,816字、400字詰め原稿用紙で約1,203枚。文庫本の上下巻は妥当なところ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。突飛な技術や様々なエイリアンが出てくるが、深く考え込まないように。大らかな気持ちで「そういうものだ」で済ませられる人向け。

【感想は?】

 いかにも今風なスペース・オペラ。なんといっても、主役がエリート科学者や軍人ではなく、一介の建設業者だし。

 それだけに、銀河の覇権をめぐる戦いは起きないし、宇宙の秘密を暴くわけでもない。若く未熟な主人公が、個性豊かなクルーたちに揉まれながら、色とりどりの異境を巡ってゆく物語だ。そういう点では、「大航宙時代 星界への旅立ち」と雰囲気が少し似ている。

 似ている点は他にもある。デビューの経緯が今世紀ならではの点もそうだし、実はあまり大きな事件が起きないのも同じだ。それ以上に、ジュブナイルと言ってもいいぐらい心地よくサクサク読めて、読了後はホンワカした気分になる所がソックリ。たぶん大きな賞は取れないだろうけど、私はこういう作品も大好きだ。

 何より、設定に著者の姿勢が強く出ている。GC=銀河共同体は、多くの強大な異種族で構成され、人類は新参の弱小種族だ。それだけならデビッド・ブリンの知性化シリーズに似ているが、この作品世界だとGC内は平和に共存している。いや昔は色々あったらしいし、今でも小さな火花が散ることはあるが、全般的に「戦争は未熟で野蛮」ということになっている。

 そんな世界だから、そこに住む者の多くは「違う」ことに鷹揚だ。人類にしたって、セコい料簡じゃ生きていけない。他種族排斥なんてやってたら、こっちが弾きだされてしまう。そういう立場に人類を置いた点に、著者の考え方が現れている。

 これはローズマリーが<ウェイフェアラー>に乗り込む冒頭からハッキリと出ていて、著者の理想とする世界がスグのわかるのが優れもの。新しい職場に不安を抱くローズマリーを、温かく迎えるのが、エイリアンのシシックスやドクター・シェフ。対して、いかにもいけすかないのが人類のコービンだったり。

 まあコービンはありがちな不平屋なんだけど、キジーとジェンクスの造形は酷いw いや読んでいくと段々と好きになるのよ。けど登場時は、いかにもなハッカーというかジャンクフード大好きなガキがそのまま大きくなった奴らというかw ある意味、シシックスやドクター・シェフより理解が難しい連中かもしれないw

 とはいえ、世界は広い。銀河系ともなれば、広さは桁違いだ。だもんで、探せば同好の志はたくさんいるし、彼らが集まる所もある。上巻の「ポート・コリオル」では、昔の秋葉原で抵抗やジャンクパーツを漁った者にとっては懐かしい風景が広がってたり。

 かと思えば、シシックスの故郷の風景は、ちょっと砂漠の大家族っぽかったり。まあ大家族なのは事実なんだけど、イエメンあたりのベドウィンとはだいぶ違うあたりが、この著者らしいところ。一見、知的種族らしからぬ子育てだけど、彼らの生殖方法や生活環境を考えると、これはこれで理屈に叶ってたりする。生殖は簡単だけど成長が難しい環境だと、やっぱりねえ。

 そんな連中だから、クルーの食事風景もかなりアレなものになったり。考えてみれば今の私たちも牡蠣なんて一見グロテスクなモノを美味しく食べてるし、系統樹から見たら○○○○○と同じ○○動物なんだから、調理法によっちゃイケそうなモンだが、思い込みってのは難しいもんで。うーん、でも一度は挑戦してみたい。

 愉快で個性豊かな面々が、オンボロ中古船に乗って、バラエティ豊かな銀河を旅する物語。大げさな仕掛けはないけど、次々と移り変わる宇宙の風景や、奇妙な異星人の性格や暮らしは読んでいて飽きない。何より、人類を弱小種族の位置に置きながらも、虐げられる立場ではないあたりに、著者の想いが込められている。

 50年代のスペース・オペラの形を受け継ぎながらも、まったく異なる方向へと進化を遂げた、今世紀ならではの明るく楽しい娯楽作品だ。

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