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2019年7月 1日 (月)

大森望監修「カート・ヴォネガット全短編4 明日も明日もその明日も」早川書房

…犬とアールは相性がよかった。どちらもよく吠え、人食いのようにふるまうのが好きだった。
  ――新聞少年の名誉

「あんたにはあんたの夢。ぼくにはぼくの夢」
  ――パウダーブルーのドラゴン

「オマール・ツァイトガイストはドイツ人で、この地上でただ一人、宇宙爆弾の知識を有する人物だった」
  ――ツァイトガイストのための鎮魂歌

「左に見えますのは」ガイドの大声が響いた。「ハロルド・メイヤーズ博士でございます」
  ――左に見えますのは

「するとそのとき、わたしは思い出すんだよ、ジム。この宇宙に、すくなくともひとつは、自分の思いどおりになるちっぽけな片隅があるってことを。そこに行けば、心ゆくまで満足感に浸って、気分をリフレッシュして、元気になれる」
  ――手に負えない子供

【どんな本?】

 「プレイヤー・ピアノ」「スローターハウス5」「猫のゆりかご」「タイタンの妖女」など、シニカルながらも温かみのある芸風でSFファンにもお馴染みのアメリカの人気作家カート・ヴォネガット。彼が遺した短編をまとめ、8個のテーマ別に並べた「COMPLETE
STORIES」が、日本では四分冊に分かれての刊行となった。

 完結編となる第4巻「明日も明日もその明日も」は、「ふるまい」「リンカーン高校音楽科ヘルムホルツ主任教諭」「未来派」の3セクションを収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は COMPLETE STORIES, by Kurt Vonnegut, 2017。日本語版のこの巻は2019年3月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約512頁に加え、柴田元幸の解説7頁。9.5ポイント44字×20行×512頁=450,560字、400字詰め原稿用紙で約1,127枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 いずれの作品も文章はこなれていて読みやすい。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 訳者 / 初出。

セクション6 ふるまい
解説:ジェローム・クリンコウィッツ / 鳴庭真人訳

フォスター・ポートフォリオ / The Foster Portfolio / 柴田元幸訳 / コリアーズ1951年9月8日号
 私は投資顧問会社の顧客担当だ。今回のお相手はハーバート・フォスター。暮らし向きはつつましいどころかいじましい。こりゃ手間の割に小さな仕事だ…と思ったのも束の間、彼の持つ証券リストは豪勢なものだった。だがそれは家族に内緒だし、フォスター氏は幾つものパート仕事を掛け持ちしている。
 冒頭では語り手の鈍さに苦笑い。ほんとアメリカ人ってのは、なんで口を閉じてるってことができないんだろうw 証券リストを見てコロリと態度を変えるあたりも、安物ドラマみたいでユーモラスだ。とはいえ、誠実ではあるんだよね、語り手。さてフォスター氏は、というと、こんな風に○○と付き合えるって生き方は素敵だと私は思う。もっと堂々とやれたら文句なしなんだがw
 ところで。
 当時の音楽界じゃ、ジャズは若さ・新鮮・衝動・叛逆・堕落・悪徳などを象徴していた。20世紀終盤にその役割はロックに引き継がれたが、21世紀初頭の現代で同じ役割を果たしているのは、何だろう? ヒップホップとテクノだろうか? クラブでDJにいそしむ父ちゃんを、あなたどう思いますか?
カスタムメードの花嫁 / Custom-Made Bride / 浅倉久志訳 / サタデイ・イヴニング・ポスト1954年3月27日号
 投資顧問会社に勤めるわたしは、オットー・クラムバインを訪ねた。彼は優れた工業デザイナーで相応しい稼ぎがあるが、資産管理は赤ん坊並み。右から左に浪費し、素寒貧のときに税務署から請求書が届いた。そこで資産管理を頼みたいという。実際に会って話してみると、オットーの頭の中はデザインの事ばかり。妻のファロリーンも美の化身で…
 これまた資産運用に関心のない顧客に悩まされる話。ある意味、語り手とオットーは似た者同士なんだよな。根は誠実で、仕事にのめり込んでる。もっともオットーは極端で、世界観の大半をデザインに支配されてる。私は好きだな、こういう人。あまり親しく付き合うとイラつくけどw とはいえ、そんなオットーも、人の気持ちには鈍いながら、同類の匂いを嗅ぎつけたのが、最後の一行で伝わってくる。
無報酬のコンサルタント / Unpaid Consultant / 浅倉久志訳 / コスモポリタン1955年3月号
 かつてわたしはハリーとセレスト・ディヴァインをめぐって争い、ハリーが彼女をモノにした。その後セレストは歌手として成功する。そのセレストから17年ぶりに連絡があり、夕食に招待された。夕食の席で、わたしは昔話を持ち出し、セレストは投資の相談を持ち掛けるが、ハリーはケチャップの話をまくしたてる。
 引き続き投資顧問シリーズ。やっぱり「人の話なんか聞いちゃいねえ」奴が大暴れ。妻が芸能界で荒稼ぎしてるんだから、その連れ合いが自動車整備工じゃ釣り合いが取れないって気持ちはわかる。たかがケチャップと私たちは思うが、どんな商品だろうと、それに関わってる人は真剣にやってるんだよね。
お人好しのポートフォリオ / Sucker's Portfolio / 大森望訳 / 本書初出
 投資顧問の今回の顧客はジョージ・ブライトマン、シカゴ大学神学部の学生だ。若い頃から私は彼の養父母の資産を管理し、堅実に育てた。しかし養父母は事故で亡くなり、ジョージが相続した。養父母はジョージを「正直でやさしい」と評した。私の印象も同じだ。もう少し自分の資産に興味を持ってほしいとは思ったが。そんなジョージが、いきなり金遣いが荒くなり…
 Wikipedia によるとシカゴ大学は神学じゃ全米トップだから、ジョージはたいへんな優等生だ。彼が継いだ資産は二万ドル、今のレートだと約200万円、当時のレートで約720万円。たいした額じゃないように思えるが、他の作品に出てくる物価からインフレを推定すると、今の日本円で数千万~2憶ぐらいか。おまけに50年代~60年代は利率や配当も5%を超えるのが珍しくないので…
雄蜂の王 / The Drone King / 大森望訳 / 本書初出
 投資顧問シリーズ最終回。ミレニアム・クラブにはダウンタウンの豊かなビジネスマンが集まる。シェルドン・クイックは50歳ほどに見える。彼はクラブを退会しようとしていた。父の遺産が尽きたのだ。給仕も名残惜しそうだ。最後に彼は事業を興そうとしていた。そして私を高給で雇いたい、と。事業内容は、蜜蜂。
 電蜂とは巧みな訳だw ミスター・シェルドンは、ちょっと「夢の家」収録の「ハイアニス・ポート物語」に出てくるコモドア・ウィリアム・ハワード・タフト・ラムファードを思わせる。シェルドンの妙なこだわりと、その異様な熱意、そして突飛な発想はちょっとしたドタバタSF風味。ちなみに世の中にはこんなのもあります(→Wikipedia)。アンゴラあたりではダイヤモンド原石の密輸に使われているとか。
ハロー、レッド / Hello, Red / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 レッド・メイヨーが帰ってきた。はね橋の操作係として。20歳で出ていってから、8年ぶりだ。定食屋では、店員と常連三人がレッドを迎えた。だが、レッドは不機嫌だ。「だれもかれもが口をそろえて大嘘をつく」と。そして、こう続ける。「エディ・スカダーに会わなきゃいけない」
 平和で小さな町に、懐かしい男が帰ってきた。ただし、不穏な空気をまとって。最後の台詞がガツンとくる。
新聞少年の名誉 / The Honor of a Nwesboy / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 ブルー・ドルフィンのウェイトレス、エステル・ファーマーが殺された。村でたった一人の警官チャーリー・ハウズには、犯人の見当がついている。アール・ヘドランドだ。アールは下司野郎で、エステルとも因縁がある。親の遺産で食っていて、家は村のはずれだ。そこは獰猛な野良犬サタンの縄張りだが、アールはサタンを手なづけていた。
 ならず者による殺人事件と、その結末を描く短編。とはいっても、ミステリってわけじゃない。10歳の新聞配達の少年マークの証言が、事件の重要な鍵となる。綺麗にまとまっているが、綺麗すぎて、ややベタな感じもする。
ほら話、トム・エジソン / Tom Edison's Shaggy Dog / 宮脇孝雄訳 / コリアーズ1953年3月14日号
 ハロルド・K・ブラードは、成功して引退した老人だ。今はフロリダのタンパで、愛犬のラブラドールと過ごしている。彼の趣味は過去の武勇伝。ただしそれを好む者はいないので、常に新しい獲物を探さなきゃいけない。今朝も公園で獲物を見つけた。新顔らしい老人だ。さっそく絡み始めたブラードだが…
 ヴォネガットの長編、特にSF長編には、ちょくちょく劇中劇として短いほら話が入る。そういうほら話が好きなんだ、と本人が語っていた気がする。いやソースは示せないけど。ネタとしてエジソンを使うあたりが、ヴォネガットのセンスなんだろう。これがニコラ・テスラだと、グッとSFっぽい雰囲気になるんだが。
腎臓のない男 / The Man Without Kiddleys / 大森望訳 / While Mortals Sleep 2011
 フロリダのタンパ。92歳のノエル・スウィーニーは、街で見かけた新顔らしい老人を相手に、自分の病院通いを自慢しはじめた。その老人は、なんとかスウィーニーをかわしてシェイクスピアのソネットを読もうと頑張ったが、ついにスウィーニーのしつこさに負け、妙な賭けに乗ってしまう。「あんたとおれの腎臓を足した数を当ててみないか?」
 前の「ほら話、トム・エジソン」と似た感じで話が始まるが、料理法は大きく違う。前作は1950年代ならSF雑誌に載せてもおかしくないが、これは無理だなあ。念願かなってヴォネガットがSFから足を洗った事を象徴するような作品だ。いやSFファンとしてはあまり喜んじゃいられないんだけど、漂う皮肉な空気はやっぱりヴォネガットだから、まあいいか。
パウダーブルーのドラゴン / The Powder-Blue Dragon / 浅倉久志訳 / コスモポリタン1954年11月号
 16歳で両親を喪ったキアー・ヒギンズは、昼間は自動車販売のダゲットの店で働き、他に二つの仕事も掛け持ちしている。町では正直な働き者で通っていて、クルマを欲しがっているのも知れ渡っていた。そのキアーが、四年間も働き通し、ついにお目当ての車を買うと言い出した。マリッティマ=フラスカーティ、アヴィニョンのロード・レースで二年連続優勝した車だ。
 「マリッティマ=フラスカーティ」で検索したが、ワインぐらいしか出てこない。名前からイタリア車だろうなあ、とは思うんだが。私も今思えば、若い頃にずいぶんと無駄遣いしたなあ、とかはあるんだが、さすがにこれほど派手な真似はできなかった。まあ、若いってのは、そういう事なのかも。
駆け落ち / Runaways / 浅倉久志訳 / サタデイ・イヴニング・ポスト1961年4月15日号
 古ぼけたフォードで十代の二人は駆け落ちした。州知事の娘アニー・サザードと、代用事務員の息子ライス・ブレントナー。マスコミは二人の逃避行に大喜びで食い付き、警察は広域手配した。やがて二人は別の州のスーパーで捕まり、これもマスコミが大きく取り上げる。州知事はカンカンに怒り…
 若者たちが LOVE&PEACE を合言葉に盛り上がり始めた、1960年代初頭の発表。当時の若者たちの間では「プレイヤー・ピアノ」が流行りヴォネガットも人気が出たんだが、そこでこれを発表するかw やっぱりこういうドタバタ風味の作品は、浅倉久志の訳が活きるなあ。難しい理屈をつける事も出来るけど、最近の日本には厨二病って便利な言葉があって。
説明上手 / The Good Explainer / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 ジョー・カニンガムは35歳。結婚して十年になるが、子どもには恵まれない。そこで州を越えてレナード・アベキアン医師のクリニックを訪ねた。アベキアン医師は不妊治療で有名で、全国から診療を受けたい者が集まっている、そう妻は話していた。だが実際にクリニックに来てみると、とても有名とは思えない。待合室も閑散としている。
 「無報酬のコンサルタント」もそうなんだが、ヴォネガットの女性観が微妙に出ている作品かも。最初の奥さんには随分と尽くしてもらったはずなんだが(「人生なんて、そんなものさ」)。「雄蜂の王」でのシェルドン・クイックの演説は、まさか本気…じゃ、ないよなあ、きっと。
人身後見人 / Guardian of the Person / 大森望訳 / While Mortals Sleep 2011
 ロバート・ライアン・ジュニアは21歳でMITに通っている。九歳で親を亡くし、伯父と伯母に育てられたが、伯母も数年前に亡くなった。今はナンシーと結婚式を挙げたばかりで、伯父のチャーリーに挨拶するため車を走らせている。そのチャーリーは防風窓のセールスマンだ。アルコール依存症を克服すべく、ここ八年間は禁酒を貫いていた。
 日本だと、結婚する前に養父母に挨拶するのが普通だ。しないなら、よほど仲が悪い場合だろう。だが、「バーンハウス効果に関する報告書」収録の「ルース」を読むと、特に珍しくもないらしい。「ゴッドファーザー」は派手な結婚式で幕を開けたが、あれはシシリー系かつ名家だからか。こういった背景事情でオチの意味がまったく違ってしまう。にしても防風窓のセールスマンが好きだなあw
ボーマー / Bomar / 大森望訳 / While Mottals Sleep 2011
 アメリカン金属鍛造の経理部の株主記録課には窓がない。が実質的には窓際部署だ。スタッフは三人。トップは45歳のバド・カーモディ、相棒は28歳のルー・スターリング。二人とも宴会部長としては有能だ。64歳のナンシー・デイリーは勤続39年、間もなく定年だが一か月前に記録課に転属になった。バドとルーは、株主の一人ボーマー・フェッセンデン三世について駄法螺をナンシーに吹き込み…
 バドとルーにとって、株主記録課は居心地がいいんだろうなあ。こういう職に就きたいと思う人も多いはず。会社は大きくて業績もいいみたいだし。つか私も←をい。
ツァイトガイストのための鎮魂歌 / Requiem for Zeitgeist / 柴田元幸訳 / 本書初出
 閉店まぎわのバーで、若い男は語り始めた。オマール・ツァイトガイストについて。ツァイトガイストはドイツ人だ。たった一人で、宇宙爆弾を完成目前まで持っていった。研究所もなしに、頭の中だけで。スパイたちはそれを知っていて、終戦後はツァイイトガイストの激しい争奪戦になった。
 第二次世界大戦でドイツの降伏後、米ソがV1ロケットの争奪戦を演じた史実を元にした、しょうもないほら話。「ドライアイスとヨウ化銀を使って雨を降らせる技術」って、バーナード兄ちゃんのネタだろ(→「気象を操作したいと願った人間の歴史」)w
左に見えますのは / And on Your Left / 宮脇孝雄訳 / 本書初出
 新しく完成したフェデラル電器工業の研究所は素晴らしい。州の観光名所でもあり、毎日多くの観光客が訪れ、ガイド付きの見学ツアーが催される。研究者も一流で、ハロルド・メイヤーズ博士,エリザベス・ドーソン博士,エドワード・ハーパーズ博士と有名人が揃っている。ただし研究環境としては、いささか難があって…
 ヴォネガットのドタバタが楽しめるユーモラスな作品。ボスが変わると組織の体質がガラリと変わるってのは、往々にしてありがちでw 研究や開発に携わる者にとって、イケイケな営業出身のボスは、まあ、アレなもんですw 売れなかったみたいだけど、SF雑誌だけじゃなく、日本だと「トランジスタ技術」や「情報処理学会誌」など研究者・開発者向け雑誌なら喜んで載せただろうなあ。ただし原稿料はムニャムニャだけど。

セクション7 リンカーン高校音楽科ヘルムホルツ主任教諭
解説:ダン・ウェイクフィールド / 鳴庭真人訳

手に負えない子ども / The Kid Nobody Could Handle / 大森望訳 / サタデイ・イヴニング・ポスト1955年9月24日号
 ジョージ・M・ヘルムホルツは40歳。リンカーン高校の音楽科主任で、学校の楽団に指導に人生を賭け、楽団はそれに相応しい名声を得ている。彼の高校に転校生が来た。ジム・ドニーニ。親に捨てられ、あちこち転々とした末に、いけすかないクインに押し付けられた。ソーシャル・ワーカーも少年裁判所も。ジムは手に負えないと判断している。
 不良少年と中年の熱血教師、という構図。ヘルムホルツ先生が音楽を語る台詞が、ヲタクの心の叫びそのもので胸に刺さる。ジョン・フィリップ・スーザは「星条旗よ永遠なり」を創った作曲家(→Wikipedia)。スーザを巡る会話にも、ヘルムホルツ先生のヲタク気質がよく出てるw
才能のない少年 / The No-Talent Kid / 浅倉久志訳 / サタデイ・イヴニング・ポスト1952年10月25日号
 リンカーン高校のバンドは三つ、Aバンド,Bバンド,Cバンド。新人はCバンドで修業を積み、B→Aと階梯を登ってゆく。ウォルター・ブラマーはCバンドでクラリネットを吹いている。肺活量はあるが、それだけだ。だがブラマーは自信満々で、クラリネット以外は見向きもしない。今度はAバンドの首席クラリネット奏者に挑戦すると言い出した。
 音楽で例えれば、前作は淀んだ悲しみと怨念が漂うブルース、今作はやや調子っぱずれながら威勢のいいマーチといったところか。意欲と自信は人一倍あるが、才能と自覚には乏しいブラマー君が、エネルギッシュに走りまくる話。目的を実現するために、あらゆる努力と工夫を怠らず、挑戦を恐れない彼の勇気には頭が下がる。
野心家の二年生 / Ambitios Sophomore / 浅倉久志訳 / サタデイ・イヴニング・ポスト1954年5月1日号
 リロイ・ダガンは、Aバンドのピッコロ奏者だ。腕はいいが引っ込み思案で恥ずかしがり屋。そのためリハーサルでは優れた演奏を聴かせるが、本番ではヘロヘロになってしまう。おまけに体形が極端な鐘型で、普通のユニフォームでは合わない。そこでヘルムホルツ先生はリロイ用に特注のユニフォームをあつらえたが、その支払いで教頭のヘイリーと悶着が起きた。
 ヘルムホルツ先生がバンドに注ぐ熱情と、その熱狂ゆえにアレな面を描いた作品。まあヲタクなんでみんな似たようなもんだw 人間の注意力と集中力には限りがあるから、何かに集中すれば、別の何かが疎かになるのは仕方がないw とまれ、バンド・フェスティバルを描く場面では、アメリカの教育機関が地域の人々と強く結びついているのが伝わってくる。
女嫌いの少年 / The Boy Who Hated Girls / 浅倉久志訳 / サタデイ・イヴニング・ポスト1956年3月31日号
 ヘルムホルツ先生は、二年間バート・ヒゲンズにトランペットを指導してきた。その甲斐あってバートはAバンドに昇格を果たす。バートの腕にさらに磨きをかけるため、ヘルムホルツは町で一番のトランペット奏者ラリー・フィンクにバートを預ける。ところが、とたんにバートは下手糞になり…
 これまたヲタクの、そして教師の暗黒面を強烈に見せつける作品。ほんと、教師って、なんだってあんなに自信満々なんだろうねえ。もっとも、「暴力教室」あたりを読むと、そうでないと務まらない部分もあるんだろうけど。下手にナメられたら収拾がつかなくなるし。
セルマに捧げる歌 / A Song for Selma / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 アル・シュローダーは間違いなく天才だった。バンドでも優秀で、Aバンドの首席クラリネットを務め、行進曲を百曲近く作っている。Cバンドのビッグ・フロイド・ハイアーはCバンドのバスドラムだ。裕福な家庭と大きな体に恵まれ、性格もいいが、成績までは恵まれなかった。ある日、シュローダーは音楽をやめると宣言し、ビッグ・フロイドは自作の曲をヘルムホルツに持ち込んだ。
 小柄な天才少年シュローダーと大柄で穏やかな少年ビッグ・フロイド、そして内気な少女セルマが繰り広げる青春グラフィティ。構図は間違いなくラブコメの布陣なのに、肝心のヒロインであるセルマの登場が遅いあたりが、ヴォネガットの芸風というか。
 もう一人、女の子を増やし四角関係にして、セルマ視点で描けばラブコメ漫画としてイケると思うんだけど、あなたどう思います? 勝気なトランペット奏者で親はビッグ・フロイドの父ちゃんとライバル関係とか。

セクション8 未来派
解説:ジェローム・クリンコウィッツ / 鳴庭真人訳

ハリスン・バージロン / Harrison Bergeron / 伊藤典夫訳 / F&SF 1961年10月号
 近未来。政府は徹底した平等を実現するため、ハンデキャップ機器の着用を義務付ける。賢い者には雑音を発して思考を邪魔するハンデキャップ・ラジオを、優れたダンサーには動きを鈍らせる重りを、美しい者には醜い仮面を。ジョージとヘイズルの息子、14歳のハリスン・バージロンンは、当局に目を付けられ連行されてしまう。
 ヴォネガットのダークサイドが遺憾なく発揮された短編。思いっきり戯画化してるけど、現実にも似たような構図があって、下手に職場で優れた能力を発揮して難しい仕事を難なくこなしちゃうと、次から次へと面倒くさい仕事を押し付けられた上に、「君ならもっと出来るはずだから」なんて理由で評価はアレなんてのが、世の中には珍しくなかったり。
モンキー・ハウスへようこそ / Welcome to the Monkey House / 伊藤典夫訳 / プレイボーイ1968年1月号
 近未来。増えすぎた人口に悩む世界政府は、二つの政策を打ち出す。一つは道義自殺ホーム。希望者は施設に赴き、若く美しいホステスに世話されながら安らかな死を迎える。もう一つは道義避妊ピル。これの服用により男女ともに不感症になる。ただし生殖能力は保ったまま。だが反逆者が現れた。詩人のビリー、ピルを拒み自殺ホームのホステスをかどわかす。その人相は不明だ。
 人口爆発をネタにして、禁欲主義を皮肉る短編。ヴォネガット本人はSF作家ってレッテルを貼られるのを嫌がっていたけど、SFを書く時のヴォネガットは芸風が思いっきりコテコテのギトギトになって、彼の本質がよく出ていると思う。実はけっこうノリノリで書いてたんじゃなかろか。かなり意地の悪さを感じさせるオチも、キレと衝撃が増してると思う。
アダム / Adam / 宮脇孝雄訳 / コスモポリタン1954年4月号
 所はシカゴ。真夜中の産院で、二人の男がわが子の誕生を待っている。スーザは六人の子持ち。全て女の子。今回も女の子だと聞いて、ご機嫌斜めだ。クネヒトマンは22歳、ユダヤ人収容所で妻のアヴシェンと出合った。スーザに少し遅れて、クネヒトマンにも声がかかった。「男のお子さんです。奥さんも元気です」
 実はこれ、最初はピンとこなかったんだが、Kamaブログ洋書を原文で読む事の大切さで、やっとわかった。とても優れた解説記事です。私に付け足せることは何もない。
明日も明日もその明日も / Tomorrow and Tomorrow and Tomorrow / 浅倉久志訳 / ギャラクシー・サイエンス・フィクション1954年1月号
 近未来。不老薬で人は死ななくなったが、増えすぎた人口で暮らしは苦しくなった。家の中は一族の者ですし詰めだし、年長者はしぶとく生き続け一族の長として君臨し続ける。遺産を盾にわがまま放題だが、彼らの資金と票は政府にも強い影響力がある。ルウとエメラルドの夫婦も祖父に頭を抑えられ…
 再び人口爆発ネタ。少子高齢化で苦しんでいる現代の日本では、あまりに切実すぎて苦すぎるかも。幸か不幸か、最初のオチは現代アメリカじゃ実現しなかったけど。この辺の会話のリズムも心地いい。やっぱりヴォネガットはお馬鹿コメディが巧い。にしてもテレビのチャンネル争いとかは、スマートフォンと動画サイトが普及した近い将来には意味が通じなくなるかも。
ザ・ビッグ・スペース・ファック / The Big Space Fuck / 伊藤典夫訳 / Again, Dangerous Visions 1972
 近未来。アメリカ合衆国は、成人した者は、幼い頃の育て方を理由に親を告訴できるようになった。言葉遣いのマナーも変わり、大統領もためらいなく四文字単語を使うようになっている。そしてアメリカはビッグ・スペース・ファックを計画する。疲弊した地球から、宇宙へ人類の種を蒔くために、アンドロメダ銀河系に向けロケットを打ち上げる。
 SF界のお騒がせ男ハーラン・エリスンが編んだアンソロジー「危険なヴィジョン再び」向けの作品だけに、敢えてお下劣で露悪的かつ無茶苦茶に書いた作品。にしても、なんじゃいその○○の名前はw クラークに恨みでもあるのかw とまれ、児童虐待を理由に親を訴えられるようになったり、言葉遣いが変わってきているあたりは、現実を予告してるんだよなあ。本人もまさか当たるとは思ってなかっただろうけど。
2BR02B / 2BR02B / 伊藤典夫訳 / ワールズ・オブ・イフ1962年1月号
 世界は理想を実現した。刑務所もスラムも精神病院も貧困も戦争も、そして老1いも消え、アメリカ合衆国の人口は四千万に固定された。まだ若い56歳のウェーリングは、産院にいる。妻が身ごもっているのは三つ子。待合室にはもう一人いた。脚立に座り、壁画を描いている。いずれここは記念室になる。
 また不老不死もの。よっぽど、このアイデアが気に入ってたんだろうなあ。人口は固定で、三つ子が産まれる。この設定で、イヤ~な予感はしたんだが、やっぱり。タイトルは、かの有名なナニのアレ。
無名戦士 / Unknown Soldier / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 西暦2000年のニューヨーク出産第一号には、いくつもの豪華な賞品がかかっていた。なにしろ次の千年紀を象徴する子供なのだ。ただし、コンテストはあまりフェアとは言い難い。そもそもキリスト生誕の日時があやふやな上に、第三千年紀が始まるのは2001年だ。おまけに障害を持つ子供には受賞資格がない。
 やはりヴォネガットの暗黒面が出ている作品。最近になって、Twitter で「みんなの忘れたニュースBOT @wasureta_news」をフォローし始めた。ブームが去って一カ月ぐらいしたネタをつぶやくBOT。見ていると、つくづく自分の忘れっぽさに唖然とする。

 この巻では、ドタバタ・ギャグと暗く苦い作品が多くて、絶望の中に笑いを見いだそうとするヴォネガットの苦闘を見るような気がする。「左に見えますのは」「モンキー・ハウスへようこそ」「明日も明日もその明日も」とかのドタバタは大好きなんだけど、アメリカでもギャグは一段下に見られちゃうのかなあ。笑いにはスピード感やリズムが大事だから、書き手のセンスが出る分野だと思うんだが。

 それと、短編じゃアレがでないってのは発見だった。そう、アレです。「ハイホー」と「そういうものだ」。

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