マーク・ペンダーグラスト「コーヒーの歴史」河出書房新社 樋口幸子訳
…コーヒーは、世界の「合法的な」輸出品の中では、石油に次いで最も金銭的価値の高い。そしてコーヒーは、世界中で摂取されている精神に影響を及ぼす薬物の中でも、最も強い作用を持つものの一つだ。
――序章 霊薬か泥水かチャールズ・ウィリアム・ポスト「とても味のよい純粋な食品を作ることは割に容易だが、それを売るのはまた話が別だ」
――第6章 麻薬のような飲み物(大恐慌の際に)コーヒー相場がアメリカの株式市場より二週間早く大暴落したのは、決して偶然の一致ではない。コーヒーは国際通商ときわめて密接に結びついていたからである。
――第9章 イメージ戦略で売るジャズ時代1929年に1ポンド22.5セントだったコーヒーの価格が、二年後には8セントまで下落した。
――第10章 焼かれる豆と飢える農民(第二次世界大戦では)コーヒーを飲むことが軍の各部門の間で競争になったが、消費量では合衆国海兵隊が断然首位を占めていた。
――第12章 「カッパ・ジョー」 第二次世界大戦の時代1988年に、コロンビアがコーヒーの輸出によって得た収入は17憶ドルだったが、不法なコカインの密輸で稼いだと推定される金額は、それよりちょっと少ない15憶ドルだった。
――第17章 高品質コーヒー革命世界全体のコーヒー輸出量は、1980年代の終わり頃より年に平均8400万袋増加していたが、平均年収は107億ドルから66億ドルに、つまり一年間に40憶ドル以上も激減した。
――第17章 高品質コーヒー革命…会社のパンフレットには、スターバックとは『白鯨』に登場する「コーヒー好きの一等航海士」だと明記した。実のところ、『白鯨』の中では誰もコーヒーを飲んでいないのだが。
――第18章 スターバックス体験「高品質コーヒー焙煎業者の方々が、我々(コーヒー生産者)の作ったコーヒーを8ドルから10ドルで売っていると聞いて驚き、当惑しています。私たちは1ポンド1ドル少々しか受け取っていないのに」
――第19章 残りかす…カフェインは天然の殺虫剤なのだ。
――第19章 残りかす
【どんな本?】
現在、世界のコーヒー生産量と消費量は、年間一億袋に達している。
――第19章 残りかす
私たちの暮らしにはコーヒーがあふれている。テレビでは毎日缶コーヒーの宣伝が流れ、街にはスターバックスが次々と店を出している。最近はコンビニの100円コーヒーが話題だ。
なぜ、いつから、こんなにコーヒーが飲まれるようになったのか。どこでどのようにコーヒーは作られ、どうやって私たちの元に届くのか。育成・加工・流通には、どんな人たちがどのように携わっているのか。コーヒーの楽しみ方にお国柄はあるのか。そして、現代のコーヒー業界は、どのような道を辿ってきたのか。
主に20世紀のアメリカのコーヒー業界を中心に、コーヒーとそれに関わる人々の歩みを綴る、一般向けの解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Uncommon Grounds : The History of Coffee and How It Transformed Our World, by Mark Pendergrast, 1999。日本語版は2002年12月30日初版発行。単行本で縦一段組み本文約510頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント46字×19行×510頁=約445,740字、400字詰め原稿用紙で約1115枚。文庫なら上下巻~上中下巻ぐらいの大容量。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただ、当然ながら、コーヒーが好きな人向けだ。
【構成は?】
ほぼ時系列に沿って進むので、できれば頭から読んだ方がいい。
- はじめに 「オリフラマ」農園のコーヒー摘み
- 序章 霊薬か泥水か
- 第1部
- 第1章 世界に広まるコーヒー
- 第2章 コーヒー王国
- 第3章 アメリカの国民飲料
- 第4章 金ピカ時代のコーヒー大戦争
- 第5章 ジールケンとブラジルの価格政策
- 第6章 麻薬のような飲み物
- 第2部
- 第7章 成長に伴う痛み
- 第8章 世界中のコーヒーの安全を守るために
- 第9章 イメージ戦略で売るジャズ時代
- 第10章 焼かれる豆と飢える農民
- 第11章 大恐慌時代のショーボート作戦
- 第12章 「カッパ・ジョー」 第二次世界大戦の時代
- 第3部
- 第13章 コーヒー攻撃とインスタントの不満足感
- 第14章 勝ち誇るロブスタ豆
- 第4部
- 第15章 熱狂的な愛好家集団
- 第16章 黒い霜
- 第17章 高品質コーヒー革命
- 第18章 スターバックス体験
- 第19章 残りかす
- 謝辞/訳者あとがき/参考文献/索引
【感想は?】
書名の「コーヒーの歴史」は、間違いじゃないにせよ、正確じゃない。実際には、「アメリカのコーヒー・ビジネスの歴史」だろう。
コーヒーそのものの歴史は、「コーヒーの真実」の方が詳しいし、視点も世界全体を見ている。対して本書は、アメリカ合衆国に焦点を合わせた感が強い。フィリップ・モリスやP&Gやスターバックスなどが、どのように生まれ育ち市場を奪い合い身売りや合併を経て現在に至ったか、そんなUSAを舞台としたビジネスの話が半分以上を占める。
スイスのネスレやスターバックスが売り物にしているカプチーノなど、ヨーロッパも少し出てくる。が、あくまでも、背景としてだ。というのも、コーヒーは国際的な商品であり、世界のコーヒー市場の変化は、アメリカの市場にも影響するからだ。アラブに至っては歴史で少し触れるだけで、現代のアラブはほとんど出てこなかった。
アメリカもヨーロッパも、コーヒーの消費地であって産地じゃない。産地は北回帰線と南回帰線の間、熱帯地域の高地が向く。というのも気温が大事なのだ。最低気温は0℃より高く、最高気温は27℃より低く、平均は21℃ぐらいでなきゃいけない。しかも、アラビカの高級な種は、直射日光に当たらず、背の高い日除け樹の影で育てなきゃいけない。かなりデリケートなのだ。
そんなわけで、産地はかなり限られる。もともとコーヒーはエチオピアが原産なんだが、本書では中南米の話題が多い。特に存在感が大きいのはブラジルだ。こういう風に、中南米の農産物をUSAが買うって関係は、砂糖(→「砂糖の歴史」)やバナナ(→「バナナの世界史」)と似ている。そして、そこで繰り広げられるドラマも、似たような感じだ。
このたった一つの物資を注意深く観察すれば、それを通して中央アメリカ諸国の構造が見えてくるのである。
――第2章 コーヒー王国
どんな構造か。産地の中南米では、大資本が土地を買い占め、または原住民から強引に土地を奪う。土地を奪われた原住民は安くコキ使われ、または奴隷として使いつぶされる、そういう構図だ。不満を募らせた労働者が逆らおうものなら…
1933年に(グアテマラ大統領のホルヘ・)ウビコ(・カスタニェダ)は、労働組合や学生運動、政治運動などの指導者百人を射殺させ、次いでコーヒーとバナナ農園の所有者は雇い人を殺しても処罰を受けなくてよいという布告を出した。
――第10章 焼かれる豆と飢える農民
もう無茶苦茶だ。ちなみにこのウビコ、機を見る目はあったようで、「真珠湾攻撃の後、ドイツ人農園主たちとあっさり手を切った」。それぐらい真珠湾攻撃は愚行だったのね。まあいい。戦時中は煩い奴らにファシストのレッテルを貼り、戦争が終わり冷戦に突入するとレッテルを共産主義に貼りかえる。USAも赤の脅威と聞けば黙っちゃいない。CIAも政府に協力し…
こういうパターンはベトナムでも同じなんだよなあ。社会構造・経済構造に根本的な原因があるのに、そこに気づかず手っ取り早くケリがつく(ように思える)軍事力で解決しようとして、後々まで大きな禍根を残す。いつになったらアメリカは学ぶんだろう。
などの物騒な情勢をヨソに、USAでは幾つもの業者が生まれては消え、激しい競争を繰り広げる。最初はセールスマンが家庭を訪ね歩き、雑誌や新聞や看板で盛んに広告し、ラジオが出回ればスポンサーとして番組を提供し、スーパーマーケットが流行れば棚を奪い合う。当時の広告を多く紹介しているのも本書の特徴で、今なら炎上必至のキャッチコピーがズラリと並んでいたり。
このあたりは、さすがに時代の変化を感じるところ。
とまれ、流行り物を嫌う人も世の中には一定数いる。この本ではチャールズ・ウィリアム・ポストがコーヒーの敵役として登場し、優れたビジネスの手腕を見せてくれる。「私は治った!」なんて本を出してコーヒーを攻撃し、自社のコーヒー代用製品ポスタムに切り替えれば「普通の病気ならなんでも治せるのです」と売り込むのだ。
21世紀の今でも似たような手口はよく使われるが、ポストが活躍したのは19世紀末。ここでは、逆に人の変わらなさを痛感したり。
終盤では吸収合併による寡占化と、そのスキを突いて台頭するスターバックスに象徴される高品質コーヒーを描き、いまなお戦国時代が続いていることが伝わってくる。スターバックスの面倒くさい注文方法がどう決まったのかは、なかなか笑えるところ。世の中、往々にしてそんなもんです。
全般的にはUSA内でのビジネスの話が中心ながら、私は原産地である中南米とUSAの関係が面白かった。なんとなく、最近の日本も似た構図に組み込まれつつある、なんて感じるのは私だけだろうか。
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