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2019年2月26日 (火)

ジュディス・メリル編「SFベスト・オブ・ザ・ベスト 下」創元SF文庫

「パパ、おかしな人間たちは働かないの? ぼく、そのおかしな人間を見たいな!」
  ――ウィル・ワーシントン / プレニチュード

「うまく生きのびることができなかったら、少なくとも死にざまをうまくしてよ」
  ――ロバート・シェクリー / 危険の報酬

『あなたはどこでああいう気違いじみた考えを思いつくのですか?』
  ――アイザック・アシモフ / 録夢業

【どんな本?】

 SF界の名物編集者ジュディス・メリルが、1955年度~1959年度にかけて編んだ、年間ベストSF短編アンソロジー5冊から、更に選りすぐった作品を集めて1967年に出版した、1950年代後半のSF界を概観する作品集。

 下巻ではコードウェイナー・スミスやブライアン・W・オールディスやアイザック・アシモフ、そしてホラーでも有名なシャーリー・ジャクスンなどを収める。

 ちなみに下巻にもキャロル・エムシュウィラーが載っている。伊藤典夫訳「浜辺に行った日」。

【いつ出たの?分量は?】

 原書は SF The Best of the Best, Edited by Judith Merril, 1967。日本語版は上巻が1976年8月13日初版、下巻が1977年2月18日初版。私が読んだのは1998年2月20日の6版と1998年2月20日の3版。着実に版を重ねてる。

 文庫版で縦一段組みの上下巻で332頁+345頁=677頁に加え、浅倉久志の解説7頁。8ポイント43字×18行×(332頁+345頁)=523,998字、400字詰め原稿用紙で約1,310枚に加え、。上中下でもいいぐらいの充実した分量。

 それぞれ文章はこなれている。さすがに60年以上も前の作品だけに、難しい仕掛けも出てこないので、理科が苦手な人でも大丈夫。ただしスマートフォンはもちろんインターネットも出てこないアナログな世界だし、1940年代~50年代が舞台の作品もある。当時の風情を思い起こしながら読もう。

【収録作は?】

  著者ごとに著者紹介が1頁ある。著者紹介と序文の訳は浅倉久志。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 英語著者名 / 英語作品名 / 訳者 / 初出 の順。

コードウェイナー・スミス / 夢幻世界へ / Cordwainer Smith / No, No, Not Rogov! / 伊藤典夫訳 / イフ誌1959年2月号
  ソヴィエトが誇る秘密兵器、それは頭脳だった。空軍少将でありハリコフ大学の教授、ロゴフ。ライバルであり妻でもあるチェルパスと共に、ロゴフは秘密の村で研究を始める。スターリンの承認で始まった研究は、スターリン没後も続く。それは人間の思考を…
 ソ連の秘密研究所が出来る過程を描くあたりから、著者の経歴が見事に生きている。このあたりは、「死神の報復」が描くソ連の生物・化学兵器研究所を彷彿とさせる。無駄のないクールな文体ながら、そこに語られる物語は狂おしく今でも斬新なもの。
マーク・クリフトン / 思考と離れた感覚 / Mark Clifton / Sence from Thought Devide / 井上一夫訳 / アスタウンディング1955年3月号
 研究所の人事部長ケネディは、国防総省に人材の調達を頼む。六人の男のポルターガイストが欲しい、と。オーベルバッハがやっている反重力の研究に必要なのだ。最初の一人が来た。スワミと名乗る、胡散臭い男だ。ケネディは偽物だと見破りつつも、ボスにせっつかれ…
 ポルターガイストというか、今なら超能力者ですね。ところが肝心の超能力者スワミが、いかにもな胡散臭さプンプンで、ソレっぽい屁理屈を並べるあたり、こういう商売は昔から変わんないなあ、と思ったり。訳文は硬いけど、実はドタバタなユーモア作品だと思う。
フリッツ・ライバー / マリアーナ / Fritz Leiber / Mariana / 浅倉久志訳 / ファンタスティック1960年2月号
 ジョナサンとマリアーナは別荘で暮らしている。ジョナサンの留守に、マリアーナは秘密の制御盤を見つけた。スイッチが六つ並び、最初のスイッチには「ハヤシ」と書いてあり、オンになっている。機械オンチのマリアーナは敢えて触れなかったが、帰宅したジョナサンに尋ねると…
 10頁の掌編。トワイライト・ゾーンなど50年代~60年代のアメリカのテレビドラマにありそうな、ヒネリの利いたアイデアが光る作品。今なら「世にも奇妙な物語」が拾い上げそうなネタ。舞台を現代日本に移し、スイッチをスマートフォンのアプリに変えれば、製作費も安く上がりそう。
ウィル・ワーシントン / プレニチュード / Will Worthington / Plenitude / 井上一夫訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1959年10月号
 未来のアメリカで、文明から離れ山で生きる一家。夫と妻、二人の男の子。獣を狩り、畑を耕す暮らしだ。最も近い隣人は、山の向こうに住むサトー。争いを好まない、寡黙な一家だ。ある日、幼い子にせがまれ、シティに出かけたが…
 なんとも荒涼とした未来の一幕を描く作品。壊れたロボットが出てくるところで、舞台が荒れた未来であることがわかる。そこで弓で獣を狩り、畑を耕す、原始的な暮らしを営む一家が見たシティの姿は…。石ノ森章太郎の「リュウの道」を思いだした。
キャロル・エムシュウィラー / 浜辺に行った日 / Carol Emshwiller / Day at the Beach / 伊藤典夫訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1959年8月号
 「きょうは土曜日よ」とマイラは言う。「むかしは土曜日になるといつも出かけたものね」。マイラとベン両者とも、毛髪も眉毛もまつげも失った。チビ助は三つになるが、「アアア」と唸るだけ。結局、三人で浜辺に出かけることになった。
 これもまた、荒れた未来を描く作品。どうも核戦争で文明が滅び、その影響はヒトの身体にも及んだらしい。当然、暮らしは厳しいのだが、それをベンが「体はでぶでぶと太っていた」のが「かたくひきしまり、髪の毛は一本もなくなった」と描くあたりが、エムシュウィラーらしいところ。ところでデブとハゲ、どっちがマシなんだろうw
ブライアン・W・オールディス / 率直に行こう / Brian W. Aldis / Let's Be Frank / 井上一夫訳 / サイエンス・ファンタジー1957年6月号
 1540年、フランク・グラッドウェッブ卿の長男が生まれる。しかし赤子は泣きもせず、19年間ひたすら眠り続けた。父と同じフランクと名づけられた青年が目を覚ました時、フランク卿は驚くべき事実を知る。「これはいいかなる悪魔の業だ?」
 正直、私はオールディスを「ちと面倒くさい芸風の人」と思っていた。でも、この作品は全く違う。ケッタイなアイデアに上手いこと枝葉をつけ、調子よくかつユーモラスに話を進める、ポップなアイデア・ストーリーで、オチも楽しい。
ジョージ・バイラム / 驚異の馬 / George Byram / The Wonder Horse / 井上一夫訳 / アトランティック1957年8月号
 調教師のわたしと騎手のベン、二人だけの小さな牧場で、レッド・イーグルは生まれた。栗毛の色は普通だ。だが、それ以外はすべて申し分ない、いや一目で尋常じゃないとわかった。見た目だけじゃない、実際に走らせると、まさしく驚異で…
 「競馬の終わり」同様、珍しい競馬SF、というか競走馬SF。ほとんど競馬を知らない私でも、充分に楽しめた。小さな田舎の牧場に生まれた、革命的な競走馬レッド・イーグルが、競馬会に巻き起こす騒動を描く。競馬が好きな人なら、もっと楽しめるんだろうなあ。
アルジス・バドリス / 隠れ家 / Algis Budlrys / Nobody Bothers Gus / 浅倉久志訳 / アスタウンディング1955年11月号
 春の終わり、ドライブの途中で、ガス・クーゼヴィッツは丁度いい家を見つけた。ややくたびれているが、手入れすればいい。二年ほどかけ、庭もだいたい整ったところで、政府の者が来た。一緒にテレビのジャイアンツ戦を見る。今日の先発はハルジーだ。ハルジーにとって、これは勝負じゃない。
 人目を避け、一人で静かに暮らそうとするガス。彼が気にかけるのは、たった一人の若いピッチャー、ハルジーだけ。優れた成績だが、飛びぬけているわけじゃない。だが、ハルジーの秘密をガスは知っている。妙な選民意識を持つSFファンにはグサリとくる作品。
ロバート・シェクリー / 危険の報酬 / Robert Sheckley / The Prize of Peril / 井上一夫訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1958年5月号
 ジム・レイダーは追い込まれた。ホテルの浴室、出口はない。殺し屋は迫ってくる。テレビのアナウンサーが中継する。「ボーイが殺し屋にチクった」と。幸いなことに、「よきサマリア人」が現れた。視聴者の一人のアドバイスだ。昔、浴室には窓があった、そこが破れるだろう、と。
 テレビの殺人ショウに、獲物として出演する男の物語。追いかけるギャングから、一週間逃げ切れば賞金が手に入る。あざとい設定も巧みだが、語り口も巧い。特にアナウンサーのマイク・テリーの台詞。読んでいると、張りのある明るい声が、イラつくほどに頭の中で響き渡ってくる。
デーモン・ナイト / 人形使い / Damon Knight / The Handler / 伊藤典夫訳 / ローグ1960年8月号
 7頁の掌編。ピートが大広間に入ってきた。ピアノ弾きは手を止め、女たちはよろこびの声をあげる。「ショーは成功だ!」ピートの声に、みんなが歓声をあげる。男も女も、ピートに群がる。ピートも、ひとりひとりにねぎらいの言葉をかける。みんなのおかげだ、と。
 ショービジネスの世界で、成功を祝す打ち上げパーティー。その中心には、明るく快活で人に好かれる大男、ピートがいる…と、思ったらw よくめげないなあw
アヴラム・デイヴィットスン / ゴーレム / Avram Davidson / The Golem / 吉田誠一訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1955年3月号
 天気のいい秋の午後、静かな住宅街。。くつろぐガンバイナー老夫婦のヴェランダに、変な歩き方の見知らぬ男が入り込んできた。「わたしがだれだかわかったら、あんたはひどく驚くだろう」「わたしは人間ではないのだ!」
 メアリ・シェリーの「フランケンシュタイン」は、SFやホラーの原典の一つであり、人の世界に馴染もうとする怪物の姿は、大いなる悲劇だった。が、この作品に出てくるゴーレムときたらw
リチャード・ゲイマン / ちくたく、ちくたく、ケルアック / Riechard Gehman / Hickory, Dickory, Kerouac / 浅倉久志訳 / プレイボーイ1958年3月号
 大いなる動揺と変化の季節、目ざめの時期、行動のときがきた。リスはくりかえす。「いまがその時だぜ、あにき」。メッセージを受け取ったのはネズミだ。そして、走り始める。「おやあじ、おれはやっぱり出ていくぜ」
 ヒッッピーが街に溢れた激動の60年代を皮肉る作品、なのかな? 彼らの俗語が次々と出てくるし。タイトルが示すように、語呂やリズムが大事なんだと思う。ルビの多用は黒丸尚のお家芸だと思ったが、この作品で浅倉久志が既に使っている。
アイザック・アシモフ / 録夢業 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1955年12月号
 録夢。テクノロジーが実現した、新しい芸術。優れた才能を持つ夢想家の夢を記録し、専用のヘルメットで再生する。業界のパイオニア、ドリーム社の社長ウェイルは忙しい。見どころのある夢想家の卵をスカウトし、違法録夢の摘発に協力し、商売敵にも目を光らせ…
 録夢は、VRの更に先をゆくメディアだ。が、ここに描かれるトラブルは、他のメディアでも繰り返されてきたことばかり。物語、演劇、録音、映画、漫画。いずれも新しい才能の発掘・政府の規制・商売敵との競争・質の保証、そして優れたクリエイターの気質も…
スティーヴ・アレン / 公開憎悪 / Steve Allen / The Public Hating / 吉田誠一訳 / ブルー・ブック1955年1月号
 きのう有罪の判決が発表されたばかりなのに、ヤンキー・スタジアムには続々と人が押し寄せている。婦女暴行犯や殺人犯じゃ2~3万人しか集まらないが、政治犯となれば話は別だ。やがて有罪となったアーサー・ケテリッジ教授が引き出され…
 SFというかホラーというか。強姦や殺人より政治犯が憎まれるってあたりから、私は一種のディストピア物と解釈したけど、どうなんだろう。
シオドア・R・コズウェル / 変身 / Theodore R. Cogswell / You Know Wille / 吉田誠一訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1957年5月号
 殺人事件の被告はウィリー・マックラケン、自動車修理工場の経営者で白人だ。被害者は黒人で、自動車修理工場を開いており、ウィリーの客を奪っていた。重要な証人は二人、ウィリーの妻と、被害者の血族の老女。
 人種差別を扱ったホラー。被害者が「朝鮮から帰ってき」た、というのは、朝鮮戦争のことだろう。出征し復員した黒人が、白人に殺されたって構図だ。<炎の剣の会>は、KKKを模したと思われる。
シャーリー・ジャクスン / ある晴れた日に / Shirley Jackson / One Ordinary Day, With Peanuts / 吉田誠一訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1955年1月号
 天気がいい。ジョンスン氏はキャンディとピーナッツを買い、町を歩く。行き交う人にはほほえみかけ、赤ん坊にはカーネーションをプレゼントし、引っ越し最中の母子を見ては子守りを引き受ける。そして職場へと急ぐ若者には…
 独特の芸風で「魔女」の二つ名を持つシャーリージャクスンによる、なんともイヤ~な後味の作品。明るく楽し気に人助けをするジョンスン氏、いったい何を考えているのかと思ったら…。ヴァルカンがヒントかと思ってキューピットを調べたが、どうも違うらしい。
解説:浅倉久志

 SFというと難しい印象があるが、このアンソロジーに入っている作品は、いわゆる「少し不思議」に属するタイプの作品が多い。テレビドラマの「トワイライトゾーン」や「世にも奇妙な物語」で映像化したらウケそうな、そんな傾向の作品だ。

 時代が時代だけに、言葉遣いや風俗は古びている。が、ちょっとしたアイデアを巧みに膨らませた作品が中心で、難しい理屈はまず出てこないため、SFに不慣れな人にも親しみやすい作品が多い。特にロバート・シェクリー 「危険の報酬」は、まんまB級SFアクション映画に使えそうな完成度だ。

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