ニール・スティーヴンスン「7人のイヴ Ⅲ」新☆ハヤカワSFシリーズ 日暮雅通訳
「イヌ科の動物が大幅にエピになってるんだ。ほとんどわからないぐらいまでにね」
――p40何も読むものがないという状況に陥ること以上に、ひどいことはないのだ。
――p93
【どんな本?】
アメリカの人気SF作家ニール・スティーヴンスンによる、未来パニック長編三部作の最終章。
突然、月が砕けた。やがて月の破片は大量の隕石の雨となり地球に降り注ぐだろう。地上は千年単位で灼熱地獄となる。人類は種として生き残るべく、限られた時間で対策を講じる。地球の軌道を周回する国際宇宙ステーションを中心としたコロニーに、若者たちを送り出した。
そして五千年が過ぎる。
人類は生き残り、軌道上のコロニーはリング状のハビタットへと発展した。隕石の落下は収まり、テラフォーミングの努力も実って、地上の天候は落ち着きを取り戻す。幾つかの動植物も地上に導入し、独自の進化を遂げるまでになった。
キャス・アマルトーヴァア・ツーは監視人。地表で生態系を観察する任務の終わり近くで、人影を見かけた気がしたが…
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Seveneves, by Neal Stephenson, 2015。日本語版は2018年8月20日発行。新書版で縦二段組み本文約402頁9ポイント24字×17行×2段×350頁=285,600字、400字詰め原稿用紙で約714枚。文庫本なら厚めの一冊ぐらいの長さ。
文章はこなれている。ただし内容はコテコテのSFだ。軌道上のリングをはじめ、ウジャウジャとSFガジェットが出てくる。また、最近のSFによくあるように、冒頭から説明なしに物語世界の専門用語が次々と飛び出す。なので、「わからん単語はとりあえず読み飛ばす」というSFの読み方を身に着けた人向け。
また、物理的には三分冊になっているが、元は三部からなる長編の最終章だ。なので、Ⅰ・Ⅱを読んでから挑もう。
【感想は?】
「帰って、きたぞー!」と叫びたくなるようなオープニング。
何せ今までの舞台は、息苦しく狭苦しい宇宙船の中ばっかりだった。いや実際には広大な宇宙空間を動いていたんだが、物語の多くは狭い船内で展開したし。
ところがこの巻では、朝日がさす木立のそばで始まる。天井に何もない風景の解放感が、これほど心地いいとは。たかだか五千年では、人類百万年の本能を黙らせることはできないのだ。やっぱし野外でやる○○は気持ちいいよね、わっはっは。
テクノロジーも相当に進んだらしい。懐かしの<ナッツ>は、小さいながらも用途の広い便利屋に成長している。終盤ではダイナなら決して考えなかったような使い方までされてるし。次に出てくるグライダーも、この世界を象徴している。
というのも。この世界、確かに幾つかのテクノロジーは高度に発達している。が、私たちの世界じゃ巨大な存在感を示すモノが、見事に抜け落ちているのだ。石油と、それを使う内燃機関が、全く出てこない。
出てこないのも当たり前で、この世界のテクノロジーは軌道上で発達したからだ。そこには油田なんかない。だから、キャス・ツーの乗り物は無動力のグライダーであって、プロペラを回す軽飛行機じゃない。こういうマニアックな気づかいは、最後まで途切れず続く。設定マニアには実に嬉しい。
続いて出てくる<ボロ>は、この世界が成し遂げた技術の進歩を見せつけるに相応しい、大掛かりなシロモノ。現在の地球じゃ技術的にももちろん、社会的にも大問題を引き起こしかねないブツだが、地上の文明が滅びたこの世界なら、邪魔する者もいないしウフフw
そして、すぐに明らかになる「7人のイヴ」なるタイトルの意味。まあⅡの終盤でだいたい見当はつくものの、こういう風に物語を進めるかあ。これまた現在の文明と似たモノを引きずりながらも、由来がハッキリしているのが面白い。それに…
「私たちはテクノクラートです。判断はエンジニアのように下します。それが必ずしも、人々が望む想像と一致するとは限りません」
――p288
と、全般的にエンジニアが重要な役割を果たす、理性と合理性を重んじつつ、感情の影響をちゃんと計算する文化なのも嬉しいところ。これまた冒頭近くでキャス・ツーがベレドと会う場面でも、それが感情に由来するものだ、と自覚してるあたりがクールだ。
そういう文化の発達具合へのこだわりは、バトル・シーンでも大いに発揮してたり。何より得物がケッタイなんだけど、それが彼らの生活環境と密接に関係してるとか、どこまで拘るんだかw
などの細かい部分でマニアを散々くすぐりつつ、終盤ではベストセラー作家の腕前を存分に発揮して、SFならではの壮大な読後感を堪能できる本格SF長編。盛りだくさんのガジェットを楽しめる人にお薦め。
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