ジョン・スコルジー「ロックイン 統合捜査」新☆ハヤカワSFシリーズ 内田昌之訳
「合衆国政府は、作物を植えさせないために農家に金を払うことで有名ですから」
――p204「わたしは軽いおしゃべりがとても苦手で。話せば話すほどコミュニケーションからの亡命者のようになってしまうんです」
――p282「それでも、あんたのコーディング技術はたいしたもんだと思うよ」
――p305
【どんな本?】
「老人と宇宙」シリーズで大ヒットをかっ飛ばし、以後もヒット作を連発しているアメリカの人気SF作家ジョン・スコルジーによる、長編SF小説。
ヘイデン症候群は感染症だ。全世界で27億人以上が罹患し、四億人以上が亡くなった。後遺症は様々で、一部の人は“ロックイン”に陥る。意識はあるものの、体が動かせない。そんな人々を救うため、“スリープ”が開発された。ロックインした人の意識を載せて動くロボット/人形である。また、脳が変化した人もいる。その一部は、“統合者”となった。
クリス・シェインはヘイデン感染者であり、ロックインのためにスリープを使っている。FBI捜査官としての勤務二日目から、不可解な事件に出くわしてしまう。ホテルの七階からソファが落ちてきた。ソファのあった部屋では、喉を切られた男が死んでいる。部屋にはもう一人の男がいた。ニコラス・ベル、統合者。
近未来を舞台に、新米捜査官がクセの強い先輩と組んで難事件に挑む、スピード感あふれるSFミステリ。
SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2017年版」のベストSF2016海外篇で24位にランクイン。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は LOCK IN, by John Scalzi, 2014。日本語版は2016年2月15日発行。新書版で縦二段組み、本文約312頁に加え堺三保による解説5頁。9ポイント24字×17行×2段×312頁=約254,592字、400字詰め原稿用紙で約637枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。
文章はこなれている。ただし内容はちょいマイニアック。売れっ子作家のスコルジーだけあって、ガジェットの説明はわかりやすいが、SFに慣れない人には馴染みにくいかも。
【感想は?】
実はあまり期待していなかったのだ。なにせスコルジーだし。
ジョン・スコルジーには、ダン・ブラウンと幾つか共通点がある。文章が読みやすい。気の利いた台詞が多い。お話の展開がスピーディーで、意外な方向にコロコロと転がり、読者を掴んで離さない。
要は売れる小説、楽しく読める小説を書く人だ。ただ、SFだと、それだけじゃ足りない。ややこしい屁理屈が延々と続くグレッグ・イーガンやピーター・ワッツがもてはやされる世界である。SF者とは、自らの思い込みや世界観をひっくり返す作品を求める変態なのだ。
んなモンなくても売れるスコルジーが、世界観の変容なんぞという、面倒くさい上にSFマニアにしかウケないシロモノを、作品に組み込むだろうか。
組み込むんだな、これがw
ガジェットそのものは、地味で使い古されたものだ。その一つが“スリープ”。ヒトの意識を載せて動くロボット。攻殻機動隊の義体に近いが、“スリープ”は無線で動く。義体と違い、肉体は別の所にある。
そんなモノを使えるなら、どんなスリープを選ぶだろう?
私は最初、髪がフサフサなイケメンにしようと考えた。だってモテそうだし。でも、いくらイケメンでも、女湯には入れない。じゃ美女か美少女の方がいい…と思ったが、それも駄目だ。だってスリープは風呂に入る必要ないし。それ以前に、この作品でのスリープは、見てすぐスリープとわかる姿形らしい。
まあ風呂はともかく。スリープの暮らしはどんなものなのか、その細かい考証が実によくできているのだ。こういう所が、ダン・ブラウンになくてスコルジーならではの所。
例えば、主人公クリス・シェインが住処を探す場面。スリープだって住む所は要る。24時間闘えるわけじゃないし、プライベートな時間も欲しい。ただし人間の肉体じゃないから、求める条件が色々と違う。そのため、スリープ専用の物件もあったり。
パーティーでもスリープはちと異様な情景になるし、仲間と店に入る時にも気を遣わなきゃいけない。これが少数派ならともかく、ヘイデン症候群は感染者が多く、しかもその一人はアメリカ大統領夫人のため、少なくともアメリカでは社会全体がスリープに対応しているのだ。
また、スリープならではの能力もある。これは物語の冒頭、バディのレズリー・ヴァンとクリスが最初に出会う場面で示してるんだけど、実に盛り込み方が巧みなのだ。
SFやファンタジイを読み慣れると、困ったことにこういう「異世界ルール」に驚かなくなってしまう。それを、この作品では、先の住居探しなどの生活感あふれる描写で、まるで自分の身に起こったことの様に「異世界」を感じさせてくれる。これは丁寧な考証の賜物だろう。
ついでに言うと、先の会話、考証の妙だけでなく、相棒となるレズリーの性格も見事に表しちゃってるんだよなあ。どうすりゃこんな会話が書けるんだか。
能力的にスリープが捜査官に向くのも、先の会話で見当がつく。しかも、単なる刑事じゃなくてFBI捜査官である理由や、スリープや統合者が関わる事件がFBIの管轄になる理由も、ちゃんと考えられてたり。うん、確かにFBIには便利な人材だ。軍ヲタとしてはもっと物騒な応用も思い浮かんだけど。
こういった所が、ダン・ブラウンにはなくSF作家に求められる資質なんだろう。
加えて、マニアを喜ばせるイースター・エッグもちゃんと仕込んであるのも、オジサンには嬉しいところ。しかも、実用上はかのエニグマ以上の強度を誇ったとも言われる某暗号(ちょいネタバレ、→Wikipedia)まで出てきて、オジサンは大喜び。
しかもハインラインの「宇宙の戦士」を彷彿とさせる仕掛けまであるからたまんない。ちなみにチョムスキー、どう考えても元ネタはプログラム言語と自然言語の双方の世界で崇められているノーム・チョムスキー(→Wikipedia)だし。
と、そんなワケで、軽く楽しめて爽快な小説を期待して読んだら、いや確かに読みやすくて心地よいお話なんだけど、それだけじゃなくマニアックなSF魂まで充分に満足されてくれる、とってもお得で楽しい本格SF小説だった。
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