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2019年1月17日 (木)

デニス・E・テイラー「われらはレギオン 3 太陽系最終大戦」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳

「負けたんだ。そのせいで、知的種族が十億人、命を落とすはめになるんだ!」
  ――p16

[接続先の船とのインターフェースが突然終了しました。シャットダウン・ハンドシェイクは実行されませんでした]
  ――p119

「ええと、問題はそこなんだ。ぼくにはこれが核融合炉だと思えないんだよ」
  ――p135

「やつが墓場まで持っていかなきゃならないと思った秘密ってなんだろうな」
  ――p189

「間違いないな。ぼくたちは侵略されようとしている」
  ――p299

【どんな本?】

 カナダの新人作家デニス・E・テイラーのデビュー三部作の最終章。

 プログラマのロバート・ジョハンスン(ボブ)は、事故で死んだ…はずだったが、2133年に目覚めた時は、マシンの中のプログラムになっていた。ボブは恒星間宇宙船となり、宇宙へ旅立つ。人類が植民できる惑星を探すために。

 旅の途中では、見つけた金属資源で自らを複製し、更なる探索へと向かう。複製たちは、少しづつ性格が違い、気が合わない奴もいる。だが、宇宙は広い。ツルむのが嫌なら、別の星系へと向かえばいい。そうやって探索範囲を広げていくうちに、知性を持ちそうな種族にも出会う。

 その頃、地球は幾つかの勢力が睨み合い、寒冷化して人類は絶滅寸前となっていた。

 異星の知的種族を助け、人類の植民に協力し、新たな植民惑星を見つけ…とボブたちは忙しく働き続ける。だが思わぬ天敵の出現・現地の生物の襲来・人類同士の反目と、解決すべき問題は増える一方。加えて恐るべき敵アザーズが地球へと迫っていた。

 丹念に考察された設定ながら、ヲタク大喜びなネタを随所に取りまぜつつ、ユーモラスな筆致でテンポよく物語が進む、新世代のスペース・オペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は All These Worlds, by Dennis E. Taylor, 2017。日本語版は2018年10月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約376頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント41字×18行×376頁=277,488字、400字詰め原稿用紙で約694枚。文庫本としてはやや厚め。

 文章はこなれていて読みやすい。ただし内容はコテコテのスペース・オペラだ。なにせ主人公が恒星間宇宙船だし。加えて、三部作とは言いつつ事実上は大長編の第三部なので、登場人物や独特の設定について詳しい説明はない。素直に最初の「AI宇宙探査機集合体」から読もう。

 登場人物がやたらと多いので、巻末の登場人物一覧はありがたい。カバー折り返しや冒頭にも抜粋があるが、巻末の一覧は段違いに詳しいのでお見逃しなく。

【感想は?】

 ノリとテンポの良さは相変わらず。目まぐるしく場面が切り替わりつつ、一気に最後の決戦まで突っ走る。

 人格を持った宇宙船ってアイデアは、結構前からある。キャプテン・ハーロックの乗艦アルカディア号とか。アン・レッキー「叛逆航路」シリーズは逆も出てきた。S・K・ダンストール「スターシップ・イレヴン」は、正体不明ながら多少匂わせてる。すんません、アン・マキャフリィ「歌う船」はまだ読んでません。

 対してこの作品の特徴が、いかにも元プログラマの著者らしい所。ボブは人格を持ってるだけでなく、コピーまで出来てしまう。そりゃプログラマなら、貴重なデータを預かった時は、とりあえずバックアップを取るよね。

 お陰でボブはうじゃうじゃと増殖してゆく。ただし少しづつ性格が違う。もっとも、違うといっても、元がボブだけに、みんな揃って権力志向がないのが心地よいところ。なんたって宇宙は広い。新天地はいくらでもある。気に食わなきゃ他へ行けばいいのだ。

 ってなわけで、アチコチに散らばったボブたちは、それぞれがやりたいようにやっている。衰え切った地球の調停に携わる者、植民地の自立を助ける者、異星種族の意生き残りを見守る者、そしてアザーズへの反撃を目論む者。

 どれ一つを取っても、他のSF作家なら一冊分の長編を書けるだけのネタだ。が、このシリーズでは、その全部をブチ込み、マルチスレッドで展開してゆく。おかげで、次々と場面が切り替わり、ストーリーはサクサクとテンポよく進んでゆく。娯楽作品としては、実に気持ちのいい構成になっている。

 中でも私が最も気に入ったのが、オリジナルのボブのスレッド。エリヌダス座デルタ星系で、旧石器時代レベルの文明を持つ異星人を導くパート。私はこういうのが大好きなのだ。ロジャー・ゼラズニイの「十二月の鍵」とか小川一水の「導きの星」とか…って、前にも書いたなあ。

 ここで最初から気が付くのが、世代が変わっている点。今まで活躍していた賢者アルキメデスと戦士アーノルドは少し引っ込む。その分、表に出るのは息子のドナルドとバーニイだ。

 世代ったって、ボブたちの世代とはワケが違う。ボブたちにも世代はあるが、彼らは老いないし、記憶も引き継ぐ。最悪の場合に備えてバックアップだって取れる。イザとなったら新しいハードウェアに移植すればいいだけだ。

 だが、アルキメデスたちは違う。これはアルキメデスたちだけじゃなく…

 とまれ、バックアップから復旧するにしても、リソースが必要だ。ハードウェアの原材料となる金属はもちろん、何より時間が厳しい。これで笑っちゃったのが、ニールとハーシェルの会話。プログラマなら何度も味わうジレンマだ。

 マクロなどの道具を造れば、似たような事態に陥った時、今後は楽になる。でも今回だけに限れば、その場しのぎの手作業で片づけちゃった方が早い。さて、どうしますか? まあ、たいていはスケジュールが厳しいんで、その場しのぎでやっちゃうんだよね。でも、それが積み重なると…。 余裕は大事だね。

 とかのマニアックなクスグリは、この巻でも健在だ。加えて、サブタイトルの「太陽系最終大戦」は伊達じゃない。幾つもに分かれたボブのスレッドは、途中で想定外の割り込みに足を取られつつも、終盤で鮮やかな同期を果たし、三部作に相応しいクロージングへと向かってゆく。

 ヲタクなネタをアチコチに埋め込み、多数のストーリーを同時並行的に語ることでスピード感を生み出し、綺麗なフィニッシュを決めた新世代スペース・オペラの快作だ。

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