SFマガジン2018年12月号
「いや、十一時だ」
――ハーラン・エリスン「失われた時間の守護者」山形浩生訳「この体は本来のわたしのものじゃありません。わたしは有罪判決を受けて人間として生きることになり、そのせいで死にかけています」
――ハーラン・エリスン「奇妙なワイン」中村融訳「おとといは恐竜、きのうはピラミッド、きょうは女の子か」
――横山えいじ「おまかせ!レスキュ~」Vol.223王が王になってからは、いつも時間がありませんでした。王に時間があるときは、王には地位がありませんでした。
――小川哲「時の扉」意識とは、方向を把握する機能である。これにより生き物たちは前と後ろを区別することができるようになった。空間の方位ではない。対象は時間だ。
――神林長平「先をゆくもの達」第6回「あなたたち五人に、いつか大変な危機が訪れるの。その時みんなを守れるのはあなた」
――S・F・S/木村航「revisions リヴィジョンズ」関数というのはカップリングなんですよ。
――トークイベント「平成最後の夏と百合」宮澤伊織×草野原々
376頁の標準サイズ。
特集は「ハーラン・エリスン追悼特集」として、短編三作とエッセイ・年譜など。
小説は13本。まず「ハーラン・エリスン追悼特集」で3本。「失われた時間の守護者」山形浩生訳,「おお、汝信仰うすき者よ」柳下毅一郎訳,「奇妙なワイン」中村融訳。
連載は4本。夢枕獏「小角の城」第50回,椎名誠のニュートラル・コーナー「団体偵察旅行」,神林長平「先をゆくもの達」第6回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第23回。
読み切り&不定期掲載は6本。草上仁「魔王復活!」,飛浩隆「零號琴」削除されたシーン,S・F・S/木村航「revisions リヴィジョンズ」,澤村伊智「愛を語るより左記のとおり執り行おう」,小川哲「時の扉」に加え、第6回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作の抜粋として三方行成「トランスヒューマンガンマ線バースト童話集 灰かぶり姫」。
まずは「ハーラン・エリスン追悼特集」。
「失われた時間の守護者」山形浩生訳。老いたガスパールと貧しいビリーは、墓地で出会う。二人のチンピラにガスパールが襲われたのを、ビリーが助けたのだ。ビリーは自分のアパートにガスパールを迎え入れ、二人はともに暮らし始める。ガスパールが持つ懐中時計は、十一時を指していた。
妻を喪ったガスパールと、コンビニで深夜勤務のビリー。天涯孤独な二人の男の、ひとときの友情。短編集「ヒトラーの描いた薔薇」収録の「バシリスク」にも似て、傷ついた者への優しいまなざしが感じられる作品。
「おお、汝信仰うすき者よ」柳下毅一郎訳。アメリカ西部からメキシコに国境を越えた町、ティファナ。薬物、免税品、男女、なんだって売っている。ナイヴンとバータが来たのは、中絶手術のため。二人はメキシコ人の老婆が営む怪しげな店に立ち寄り…
どうしようもなくヒネクレて、あらゆるものを嫌い、何者も、自分すら信じないナイヴン。一種の厨二病と言ってもいいが、自分が若くないのを自覚してるだけに、更に悲惨だ。こういう、徹底してスレてねじ曲がった人物像は、エリスンならでは。
「奇妙なワイン」中村融訳。娘のデビーは交通事故で喪った。息子のギルヴァンはプールで背骨が折れ下半身不随。見舞いに行こうとしたら車が壊れた。南カリフォルニアだってのに大雨で家は雨漏り。そして自らはインシュリン注射が欠かせない体。ウィリス・コウは思う。(わたしはここの生まれじゃない)
次々と襲い掛かる不運に、くじけつつあるオッサンが主人公。「本当の私は違う」って想いは、幼い頃なら誰だって考えた事がある。SF者は、そんな想いをずっと持ち続けている人が多いのかも、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの「ビームしておくれ、ふるさとへ」を連想してしまうが、そこはエリスン。
鏡明「その頃、ぼくたちはみんなかれのファンだった」。日本のSFファンダム初期じゃ、伊藤典夫氏の影響が大きかったんだなあ。エリスンを「スタトレのライター」として報じる記事が多かったってのは、うーん。ヒトは誰でも、自分が興味を持つモノを中心に世界を観るんだろう。
若島正「もうひとつのエリスン」。いかにもこの人らしい目の付け所で、エリスンがSF界に嵐を巻き起こす前の、ギャング物や音楽物にスポットを当てたエッセイ。ビジネス的には現代日本のライトノベルに当たる市場かも。にしても六日で一冊ってシルヴァーバーグのペースは凄い。
三方行成「トランスヒューマンガンマ線バースト童話集 灰かぶり姫」。シンデレラは母を事故で喪いました。父は後妻を迎えます。継母は二人の娘と共にシンデレラをコキつかい、いじめます。悲しむシンデレラのもとに、魔女が現れました。魔女はシンデレラにドレスを与え…
はい、本当にそういう話です。嘘じゃありません。嘘じゃないけど…。冒頭から大笑い。あの童話と「トランスヒューマン」と「ガンマ線バースト」が、どう関わるのかと思ったら、いきなりこうきたかw うん、確かに「トランスヒューマンガンマ線バースト童話」だw
澤村伊智「愛を語るより左記のとおり執り行おう」。天祢和也42歳はドラマの制作会社に勤めている。最近の作品は評判が悪く、社内でも立場がない。そこに部下の多田が面白い案を持ってきた。自らの葬儀は伝統的な形で、と望む老人がいる。これをドキュメンタリーにしよう、と。
未来の家族シリーズ(シリーズ名は私が勝手につけた)最終回。VRが発達し、葬儀もVRを駆使して、複数の会場で同時開催する時代。そういえば落語の「らくだ」に描かれる葬儀は、現代と全く違う。同様に未来で現代の葬儀の復元を試みたら…という視点に、常識を疑い価値観を相対化する強烈なSF魂を感じる。
椎名誠のニュートラル・コーナー「団体偵察旅行」。駅前酒場に現れたナグルスが、この奇妙な惑星と、卵惑星の由来を語り始める。そして、ときおり訪れる「フットボール」の正体も…
いよいよ終盤にさしかかったのか、次第に明らかになるケッタイな世界の背景。とはいえ、それを聞く面々が妙にのんびりしてるのは、最近のシーナ風というかw
冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第23回。<蜘蛛の巣>に侵入し、ウフコックとの会合を果たしたバロット。次々と襲い来る<クインテット>を蹴散らし、ここを仕切るバジルへと迫る。だがバロットの狙いは彼らを倒すことではなかった。
これも終盤に入ったのか、今まで隠されていた謎が次々と明らかになってゆく回。にしてもバロット大暴れだなあ。
小川哲「時の扉」。遠い場所から来たものは、王に語る。「時の扉」のことを。大切なものを失った男の話を。父母の遺産で暮らていた絵描きがいた。彼の唯一の楽しみはオペラだった。その日、男はいつものようにオペラを楽しんでいた。すると、隣の席の女の具合が悪くなり…
未来は変えられないが、過去は変えられる「時の扉」。それはどう働き、何ができるのか。それを用いたものは、いかなる運命を辿るのか。末期の「彼」の様子の記録は少ないし、証言者による脚色もありそうだけど、こういう筋書きも充分にあり得る…というか、現在でも似たような人が多いような。
神林長平「先をゆくもの達」第6回。火星のナミブ・コマチは、機械鳥に問う。「いまのあなたは、なに。地球の<知能>の代表のつもりなの?」 チャフと名づけられた機械鳥は語り始める。ヒトと機械の知性の違いを。ハンゼ・アーナクの生涯を。そしてトーチの目的を。
なんと最終話前編。これも終盤に差し掛かり、重要な謎の多くが明らかになる回。意識とは、ハンゼ・アーナク誕生の理由、トーチの目的、そして「先をゆくもの」とは何か。
草上仁「魔王復活!」。魔王クルタルパが蘇りつつある。以前の鎮圧の際には、五百人の魔術師と二千人の戦士、そして複数の英雄豪傑が動員された。そこで戦士と神官と魔導士が鎮圧に向かう。実体化の地は、埼玉県春日部市付近。三人はまず築地市場に立ち寄り…
一種の異世界転生物…かな? この現代日本で魔物を退治するにはどうするか。いきなり東武伊勢崎線とか、やたら親しみのある名前が出てくるあたりから、笑うやら納得するやら。なにせハイテクが普及し治安のいい日本。魔物退治のパーティーも意外な苦労を背負っていて…
S・F・S/木村航「revisions リヴィジョンズ」。七年前の事件から、大介は信じ続けている。自分には仲間を守る使命がある。ガイとルウ、マリマリ、慶作の四人を。高校に入ってからも、トレーニングは欠かさない。だが、そのために、仲間たちからは少々疎んじられ始めている。
2019年1月からアニメの放送が始まり、小説版が2018年12月から全三巻で刊行を予定している「revisions リヴィジョンズ」の冒頭部分。設定関係の説明や人物の気持ちの描写も多い。これをどう映像化するのか、なかなか興味深いところ。
トークイベント「平成最後の夏と百合」宮澤伊織×草野原々。関数はカップリングなんて謎理論ながら、なんか納得させてしまうあたりはさすがSF作家w でも結局は編集さんが最強だったりするw
SF・Tシャツ、草野原原デザインのカエアンは←ダメだろ
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