多田将「すごい宇宙講義」イースト・プレス
本書は、厳密には「宇宙の本」ではなく、「人類がいかに宇宙を知ろうとしてきたか、その科学的な考え方を描いた本」と言えます。
――はじめに最新のデータでは、宇宙が出来てから50憶年くらいまではだんだんと(宇宙の膨張が)減速していって、50憶年から現在までは加速していることがわかっています。
――第二章 ビッグバン 人はなぜ宇宙をイメージできないのか?たとえば、地球と同じ体積の中に、暗黒物質はどれくらいあると思いますか? これが意外なほど少なくて、500グラム程度なんですね。
――第三章 暗黒物質 そこにいるのに捕まえられないものを、いかに捕まえるか?質量とは何だと思いますか? これはね、「動きにくさ」を表す量なんです。
――第四章 そして宇宙は創られた 想像力と技術力で辿り着いた世界
【どんな本?】
高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所助教授の多田将が、東京カルチャーカルチャーで行った講演を元に、書籍にまとめたもの。
ブラックホールとは何で、どんな性質があり、なぜ重要なのか。どこからビッグバンなどという発想が生まれ、何をどう調べて主流となったのか。噂の暗黒物質とはどんなシロモノで、そんなケッタイなモノをどこから引っ張り出したのか。そして極端に小さい素粒子と、異様に大きい宇宙論に、何の関係があるのか。
最新の物理学が描く宇宙の姿を、それを描き上げた天文学者・物理学者の研究を通し、素人にもわかりやすく伝える、一般向けの科学解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2013年6月24日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約387頁に加え、あとがき4頁。老眼に優しい10ポイントで38字×17行×387頁=約250,002字、400字詰め原稿用紙で約626枚。文庫本なら少し厚い一冊分だが、イラストや写真が多いため、実際の文字数は8割ぐらい。
文章はこなれている。高度な内容だが、不思議なぐらいスルスルと頭に入ってくる。分かりやすさはトップクラスで、サイモン・シンの「宇宙創成」すら上回っているかも。リサ・ランドールの「ワープする宇宙」やブライアン・グリーンの「ワープする宇宙」に挫折した人にも、自信をもってお薦めできる。
とはいえ多少の数学は必要。出てくるのは四則演算に加え、分数と平方根と指数。つまり中学二年生程度の数学の素養があれば大丈夫。
【構成は?】
各章は数頁のコラムをまとめた形になっているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。が、この手の本の例に漏れず、前の章を踏襲して次の章が展開する形なので、できれば素直に頭から読もう。
はじめに
第一章 ブラックホール 空間と時間の混ざり合う場所
第二章 ビッグバン 人はなぜ宇宙をイメージできないのか?
第三章 暗黒物質 そこにいるのに捕まえられないものを、いかに捕まえるか?
第四章 そして宇宙は創られた 想像力と技術力で辿り着いた世界
あとがき
【感想は?】
おお、確かにすごい。何がすごいといって、私にもわかる…というか、わかった気になるのがすごい。
例えば、相対性理論の確かめ方だ。理屈だと、速く動くモノは、時間の進み方が遅くなる。「そうなるハズ」じゃ満足しないのが物理学者だ。なんとかして確かめないと納得しない。
そこで飛行機に正確な原子時計を積んで飛んでみる。まあ、これぐらいなら私でも想像がつく。ただ、飛行機じゃたいした速度は出ない。いやウサイン・ボルトや自動車に比べりゃ飛行機は充分に速いが、相対性理論の相手は光速である。秒速約30万kmだ。桁が幾つも違う。じゃ、どうするか。
そこで加速器の出番だ。加速器は粒子を速く動かせる。光速の90%ぐらいまでは軽くイケる。のはいいが、どうやって時間を測る? まさか時計を加速器でブン回すの?
うんにゃ。粒子の寿命を測るのだ。陽子と電子以外は、短い時間で壊れる。そこで、普通の寿命と加速した時の寿命を比べれば、加速中にどれぐらい寿命が延びたのか=時間が遅くなったか、がわかるって寸法。その手があったか。
と、読んでる時は「おお、すげえ」と思って納得した。が、改めて考えると、色々とわからん事だらけなのに気付く。寿命の短い粒子を、どうやって作る?加速器の中と外で、粒子がいつ壊れたのか、どうやって調べる?寿命は、どうやって予測する? 歴史同様、科学も踏み込んでいくとキリがないなあ。
かと思えば、勘ちがいに気づかせてくれたり。
まずは光速度不変の法則。これアインシュタインが見つけたんだと思い込んでたが、実は違う。その前からわかってたとか。アインシュタインがやったのは、「よくわからんが光速は不変」と決めつけて、理論を組み立てた事だそうだ。
赤方偏移も、普通はドップラー効果で説明する。走ってる救急車のピーポーピーポーが、近づく時は高い音で、遠ざかる時は低い音になるってやつ。でも、実は違う。
宇宙が広がってるってのは、空間が伸びてるってこと。そこで光の波長が伸びる=周波数が低くなる。で、周波数の高い=波長が短い青い光が、周波数の低い=波長が長い赤い光になる。おお、そうだったのか。
やっぱり勘ちがいしてたのが、名前だけは有名なインフレーション。あれビッグバンの直後かと思ったら、正反対だった。ビッグバンの前に、インフレーションがあった、そういう理屈なのだ。宇宙の種がインフレーションで急にデかくなり、その後にビッグバンで今の宇宙になった。そういう理屈だ。
だとして、そんな「宇宙の初め」と、加速器に、何の関係があるのか。
あるのだ、ちゃんと。これをエアコンから説明してるのが巧い。空気は圧縮すると熱くなり、薄くすると冷たくなる。宇宙も同じだ。ビッグバンで急にデカくなった。小さなときは、やたら熱かったのだ。なら、モノを熱くすりゃ、ビッグバンの直後と同じになるんじゃね?よし、コンロ持ってこい…じゃなくて。
先ほど「温度」とは、粒子の速さ(エネルギー)だと言いましたよね。だから炉で温める以外に、(略)速度を与えてやればいいわけなんです。「エネルギーを与える」=「速度を与える」ということですから。粒子に速度を与える装置、それが加速器です。
――第四章 そして宇宙は創られた 想像力と技術力で辿り着いた世界
おお、そうか、速いは熱いなのか。で、それで何がわかるのかというと…
ってな感じで、読者をドンドン物理学の底なし沼へと引きずり込む、なかなか罪深い本なのだった。何が罪深いといって、単にわかっていることを書くだけじゃなく、「でもまだ、こんな事がわかってないんだよね、例えば暗黒物質の正体とか」と、謎を残すのが罪深い。これじゃ好奇心旺盛な中高生はついつい…
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- 2012.11.21 サイモン・シン「宇宙創成 上・下」新潮文庫 青木薫訳
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