パク・ミンギュ「ピンポン」白水社 斎藤真理子訳
原っぱのど真ん中に卓球台があった。どういうわけだか、あった。
――p8こんなふうにして人類も、自分のフォームを整えているのかな?
――p136僕らの、初の、公式の、試合だ。
――p231
【どんな本?】
韓国の作家パク・ミンギュによる、現代の韓国の男子中学生を主人公とした長編ファンタジイ小説。
中学生の釘とモアイは、日課のようにチスに殴られている。噂じゃ、高校のワルどもまでチスにビビってる。他の奴らは、みんな見て見ぬフリをしてる。みんな釘とモアイを無視してる。
初夏のある日、釘とモアイは、原っぱで卓球台を見つけた。卓球台と古びたソファー、それと錆びて開かない棚。やがて二人はラケットを手に入れて卓球を始める。ラリーが始まり、世界が動き始めた。
SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017海外篇の27位、2017年度の第8回Twitter文学賞海外部門第2位。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は 핑퐁, 朴玟奎(박민규), 2006。日本語版は2017年6月15日発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約235頁に加え、あとがき「近くの卓球場に行ってごらん」5頁+訳者あとがき7頁。9ポイント45字×18行×235頁=約190,350字、400字詰め原稿用紙で約476枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。
文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。舞台は2000年代の韓国の都市部だろう。人名や食べ物などの固有名詞を除けば、雰囲気も風俗も現代日本とあまり変わらないので、スルリと作品世界に入っていける。あ、もちろん、SF/ファンタジイなので、ブッ飛んだ仕掛けはあるんだけどw
【感想は?】
いじめの描写が凄まじい。
中学生ってのは、図体だけデカくなり筋力もついちゃいるが、中身はガキのまんまだ。特にワルどもの世界は、ケダモノの理屈で動く。弱肉強食、ツッツキの序列が支配している。
言葉をしゃべるから人間のように見えるし、連中も人間を装った方が得だと知っている。大人の世界も実態は力関係で決まると判っているから、権力を持つ者の前じゃいい子のフリをす知恵もある。そういう、損得にはやたら敏い奴が、チスだろう。
そこに釘やモアイみたいな羊を放り込んだら、そりゃまあ…。釘が「僕も早くお年寄りになって」とか考えるあたりは、行き場のない中学生の絶望がよく出てる。こういうのは国を問わず似たようなモンなんだろう。
そんな釘とモアイの世界が、卓球をきっかけに広がり始める。「行き場」ができるわけ。とは言っても、決して楽園ではなく、やっぱり変な人ばっかりなんだが。
中学生から見たら、大人はしっかりしてそうに見える。でも、自分が大人になってみると、案外とそうでもない。というか、世の中には変な奴がいっぱいいる。「ハレー彗星を待ち望む人々の会」の面子も、濃い奴ばかりで、SF者としては楽しそうだな、と思ったり。キャサリンを愛する男とか、切ないねえw
そういう、学校とは違う世界を開くキッカケとして、ラケットを選ぶ場面は、なかなか印象的。小突き回されるだけの釘が、これを機会に少しづつ自分を取り戻してゆく。
だからって突然に世界が変わるわけでもなく。同じバスに乗り合わせた人々のおしゃべりなどをダラダラと描くところでは、現代韓国の都市に暮らす人々の姿が目に浮かんでくる。
やはりSF者として興味を惹かれるのが、作中作として出てくる無名作家ジョン・メーソンの作品。なんじゃい「放射能タコ」って。オチもヒドいw ボウリングの話もイカれてる。こういう山椒は小粒でピリリと辛い芸風は、若い頃のカート・ヴォネガットを連想したり。いやストーリーは破綻してるんだけどw
かと思えば、「世界を握ってた三人の老人」なんてくだりは、R・A・ラファティが使いそうなガジェット。もしかしたら聖書のネタなのかしらん。実はSFを書きたいんじゃなかろか、この著者。
卓球に関するデタラメなウンチクも、民明書房というかゲームセンターあらしというか。セクラテンなどの真面目なネタで読者の警戒を解きながら、気が付けばとんでもねえホラに付き合わされてたりするのは、ベルナール・ウェルベルの手口に似てるかな。
これが終盤に至ると、「たかがピンポン」と思っていたのが、とんでもない決断を任される事態になっちゃったり。にしても、なんでこの二人を選ぶw いや厨房らしいけどw
強く冷酷で面の皮が厚くズル賢い奴らに、殴られ踏みつけられ奪い取られコキ使われ、他の者からは無視され除け者にされた、釘とモアイの決断はいかに。小説の概念を突き破る、破格の作品。「ヘンな話」が読みたい人にお薦め。
なお、Kool & The Gang の Celebration は、こういう曲です(→Youtube)。懐かしいなあ、このビート、チャララッって感じのギター。
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