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2018年8月15日 (水)

デイヴィッド・フィンケル「帰還兵はなぜ自殺するのか」亜紀書房 古屋美登里訳

なぜなら、戦争における真実とは、隣にいる戦友を大事にすることに尽きるが、戦争の後における真実とは、人は自分ひとりでいきることだからだ。
  ――9章

「戦争に行って最悪なのは、人を殺すことだ」とジム・ジョージは言う。「俺にとって最悪なのは、殺人が気に入っちまったってことなんだ。それをするのが得意になった。そういうことが得意で、好きになった自分を俺はずっと憎んでたんだよ」
  ――13章

「俺は普通の男で、イラクに送られてからおかしくなった。だから陸軍は俺をまともにするためにアメリカに帰した。ところがいまや、俺をおかしくしているのはアメリカなんだ」
  ――15章

【どんな本?】

 合衆国陸軍第一歩兵師団第四歩兵旅団第16歩兵連隊第2大隊、略称16-2。彼らは増派としてイラクに派遣された。任地はバグダッド東部。最も戦闘の激しい地域だ。多くの犠牲を出しながらも、彼らは18カ月の任務を果たす。

  著者は「ワシントン・ポスト」の記者である。16-2に同行して取材した。母国での訓練から、イラクでの任務まで。その成果は、生々しい戦場ルポルタージュ「兵士は戦場で何を見たのか」として結実する。

 彼らは英雄として祖国に帰還した。しかし何人かは心と体に重い傷を負う。悪夢にうなされ、戦友を助けられなかった罪悪感に苛まれ、突発的な怒りを抑えられず、物覚えが悪くなり、自殺をはかる。

 苦しむ彼らから連絡を受けた著者は考える。「わたしの仕事は終わっていない」。

 200万人の帰還兵のうち、20~30%の将兵が心的外傷後ストレス障害(PTSD)や外傷性脳損傷(TBI)に苦しんでいる、そんな調査もある。そして、彼らの家族もまた、変わってしまった夫や父と折り合いをつけようと悩んでいる。

 この本の焦点は、16-2の五人の将兵だ。四人は戦争の後遺症に悩み、一人はイラクで亡くなった。

 彼らとその家族に著者は寄り添い、帰国後の彼らの暮らしを綴ってゆく。

 戦友を救えなかった罪の意識に苛まされる者、もの覚えが悪くなり日々の暮らしに支障をきたす者、戦士の誇りを失った者、妻の首を絞める者、自らに銃口を向ける者。そんな夫との暮らしに疲れ果て擦り切れる妻。

 そして、彼らを支えようとする戦友たち、かつて別の戦場で戦った老戦士たち、帰還兵の自殺を防ごうと務める合衆国陸軍、傷を癒そうとするボランティアや近所の人々。

 帰還兵たちと彼らを巡る人々の、日々の暮らしをリアルに描く、もう一つの戦場ルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Thank you for your service, by David Finkel, 2013。日本語版は2015年2月23日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約371頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント44字×18行×371頁=約293,832字、400字詰め原稿用紙で約735枚。文庫本なら厚めの一冊分ぐらいの文字量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくないし、専門的な話もほとんど出てこない。敢えて言えば、主な登場人物の多くは「兵士は戦場で何を見たのか」で描かれた人物なので、そっちを読んでいると、更に実感がわいてくる。

 それと、できれば登場人物一覧が欲しかった。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。

はじめに
1章~16章
訳者あとがき

【感想は?】

 デイヴィッド・フィンケルだからこそ書けた、もう一つの戦記物。

 戦士たちの戦後を描いた作品は多いし、「祖父たちの零戦」のように優れた作品もある。だが、自伝であれ記者による取材であれ、彼らの傷を描く作品は滅多にない。

 戦士は誇りを大切にする。だから、弱い所は見せようとしない。「貧しくて苦しかった」ぐらいは言うだろうが、「妻を殴った」なんて事は、まず言わない。そんなことは、戦士の誇りが許さない。

兵士たちは壊れつづけているのに、だれも助けを求めようとしなかった。助けを求めるのは不名誉なことだと思っていたからだ。助けを求めてもセラピストが不足していたり、薬物に過度に依存して中毒という二次被害をもたらしたりすることもあったからだ。
  ――5章

 そんな彼らの気持ちを代弁する文章が、アチコチに出てくる。腕や足を失ったのなら、誰が見ても負傷者だとわかる。帰還兵なら、英雄として扱われる。だが、脳や精神の傷は見えない。

ここにいる兵士たちは体に負傷した者だ。俺は違う。彼らは負傷した戦士で、俺は弱っちく、意気地のない、だめな男だ。アダムはひとりだけ離れて立っている。だれにも話しかけない。自分のそうした態度こそが負傷した兵士のそれだということに気づけなくなっている。
  ――7章

 だから、PTSDやTBIに苦しむ人や、その家族の暮らしは、滅多に表沙汰にならない。学者や記者が取材しようにも、よほどの信頼関係がなければ、戦士も家族も話してくれないだろう。こんな本が書けたのは、16-2に同行して同じ戦場を見てきた著者だからだろう。

 PTSDに悩む彼らの暮らしは、こんな感じだ。

マイケル(・エモリー)の幼い娘は、父親がある日突然気が違ったようになったとき、家族とトラックに乗っていた。父親はバックミラーを殴りつけ、ガラス窓を叩き壊し、母親の頭を掴んで前後に揺すってこう叫んだ。「ぶっ殺してやる」。
  ――6章

 そして、彼らの家族も苦しんでいる。請求書は溜まり、エアコンは壊れ、夫とは言い争いばかり。

「二週間くらいわたしが入院したいわよ。そしてゆっくり眠りたい。そうなったらどんなにいいか。わたしを治療してよ」
  ――11章

 そんな自分をおかしいと自覚した者に、軍はちゃんと支援の手を差し伸べている。誇り高い彼らが、自ら名乗り出れば、それをちゃんと称える。

「きみの声望を考えると、きみがこの部屋の扉を開けたおかげで、多くの兵士が救われることになるかもしれない」
  ――はじめに

 が、充分とは言えないし、必ずしも適切でもない。まるきし凶悪犯のように扱われる事もある。

ニック(・デニーノ)は、コロラド州プエブロにある「ヘイヴン・ビヘイヴィアラル・ウォーヒーロー病院」と呼ばれる精神医療施設の23号ベッドにいる。六階建ての最上階で、どの出入り口もボルトで施錠され、どの窓も患者が飛び降りないように固定されていて開かない。
  ――4章

 そんな扱いが、更に彼らの誇りを傷つける。

「お前は何も悪いことはしなかった」とジャングはトーソロに言う。
「わかってる」と応じられたらどんなにいいか、とトーソロは思うが、自分がわるいことをしたことがわかっている。
ここにいるのはそのせいではないか。
  ――9章

 それでも、帰還兵を救おうと、軍は努力している。ただ、戦争と違い、人の心は目に見えない。高地を攻略するのとは違い、何をどうすれば効果的なのか、未だによくわかっていない。合衆国陸軍副参謀長のピーター・クアレリ大将は、このギャップに嘆く。

「私は『午後五時までに丘を占拠せよ』という世界にいる。きみたちは『好きなだけ長く時間をかけよ』という世界にいる」
  ――5章

 そんなクアレリ大将の元には、月に一度、帰還兵の自殺に関する報告書が届き、会議が開催される。ここでは亡くなった将兵はただの名前であり、教訓を得るべき事例だ。

八カ月かけて五分の検討。そして次の自殺に移る。二度と検討されることはない。
  ――10章

 と、読者の気分を暗くする場面が、次から次へと展開し、著者はそんな風景を淡々と描き続ける。自らの感情を排し、ただ記録を取るだけのカメラに徹して。

 問題は山ほどあるにせよ、こういう本がちゃんと出てくるだけ、アメリカはマシなのかも知れない。彼らが苦しんでいる事をハッキリと認め、問題を解決すべく予算と人員を投入し、改善に向けてデータを取り、公開しているのだから。

 書名は疑問形だが、この本の中に解はない。それでも、読んでよかったと私は思う。とはいえ、どうしても想像してしまう。

 訓練を受けた戦士でさえ苦しむのだ。なら、彼らにガサ入れで踏み込まれたイラクやアフガニスタンの民間人たちや、出稼ぎでトラックを運転していたパキスタン人たち、そして何の手当も受けられない傭兵たちは、どうなんだろう、と。

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