オキシタケヒコ「おそれミミズク あるいは彼岸の渡し綱」講談社タイガ
ぼくはこの座敷牢に、話をするために通い続けている。
そして彼女が望んでいるのは、まさに――そういう話なのだ。
――p39「ぬしのこわいは、とてもよいぞ、ミミズク」
――p62
【どんな本?】
2015年の「波の手紙が響くとき」でSFファンを狂喜させた新鋭作家オキシタケヒコによる、ライトノベル風味のホラー。
逸見瑞樹は22歳。親の死により、12歳の時に引っ越してきた。今は叔母が営む新聞店で、配達の仕事をしている。海沿いの町は過疎化が進みつつあり、人口も三千を割った。
逸見は人付き合いが苦手だ。この町に住んで10年になるが、親しい友人は同級生の入谷勇と、ツナという名の少女だけ。既に入谷は都会で働いている。そしてツナは…
引っ越してきた年に、瑞樹は自転車で町を走り回った。土地勘を養うためだ。その最中に、逸見はあの屋敷を見つけた。なんの因果か屋敷の奥に通された逸見は、座敷牢に閉じ込められた少女ツナと出会う。色白で下半身が動かないツナは、この十年、ほとんど成長していないように見える。
逸見は、週に一度、ツナに会いにゆく。彼女に怖い話を聞かせるために。
SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017国内篇の17位に食い込んだ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2017年2月20日第1刷発行。文庫本で縦一段組み、本文約317頁。8.5ポイント40字×18行×317頁=約228,240字、400字詰め原稿用紙で約571枚。文庫本としては標準的な分量。
文章はこなれている。特に難しい理屈も出てこない。ただし巧妙な仕掛けがあるので、謎解きが好きな人は、特に序盤を注意深く読もう。
【感想は?】
SFファンが楽しめるホラー。
SFの面白さは、いろいろある。中でも私が好きなのは、世界観をひっくり返される感覚だ。A.C.クラークの「幼年期の終り」や山田正紀の「弥勒戦争」とか、実にたまらない。
お話は伝奇物風に始まる。
舞台は海辺の寂れゆく町。主人公の瑞樹は22歳の孤児。まだ若いのにマトモな職に就かず、今は叔母の営む新聞店で配達を手伝っている。田舎の町ではロクな職もなく、身を寄せる新聞店も、この先の営業は思わしくない。何より人付き合いが苦手な上に極端な怖がりで、慢性の胃潰瘍に苦しんでいる。
と、お先真っ暗…というか、むしろ自ら将来を投げ捨てているような瑞樹だが、この町を離れられない理由もある。
それはツナ。小径の奥にある屋敷。雨戸までシッカリ閉めた暗い屋敷に、住んでいるのは老婆のシズと、座敷牢に閉じ込められたツナだけ。当然、ツナが着ているのは和服である。おお、いかにも忌まわしい曰くがありそう。
とかの陰鬱な舞台装置を、更に盛り上げるのが、作品中に散りばめられた、短い恐怖譚。
なぜかツナは怖い話を聞きたがる。そのため、瑞樹はツナに話す「怖い話」を仕入れなきゃいけない。そんなわけで、数頁の体験談が、作中作として入っていて、これがなかなかに不気味。
怖い話も様々だ。古典的なパターンは、怪異の正体がわかっているもの。番町皿屋敷のお菊や、瓜子姫を攫う天邪鬼は、幽霊だったり妖怪だったりと、一応は正体がわかってる。子供はこういうのが好きだけど、大人になると怖さが薄れ、人によっては研究の対象になっちゃったりする。
対して、この作中作に出てくるのは、名前がついてない。現代人の体験談なので、どうしても都市伝説風になる。怪異の正体もわからず、結論を放り出していて、これが更に怖さを際立たせる。思うに、口裂け女や人面犬も、名前がつく前に話を聞いたら、もっと怖かったと思う。
正体不明なのは、ツナも同じ。そもそも座敷牢に閉じ込められ、怖い話をせがむってのが、意味わからん。なまじ愛らしい上に、怖い話を聞くと喜ぶってのも、なんかヤバそうだ。もしかして瑞樹、アブないシロモノに魅入られてるんじゃ…
とか思って読んでいくと、全く違う風景が忍び込んできて。
これがまた、世界をひっくり返すと同時に、おぞましい深遠を垣間見せる仕掛けになってるのが、なかなか憎い。おまけに初秋に目立つアレの印象も、ガラリと変わっちゃったり。
思い込みを覆されるのを心地よく感じる人にお薦め。
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