エリザベス・ベア「スチーム・ガール」創元SF文庫 赤尾秀子訳
ピーター・バントルには絶対に、一泡吹かせてやる。
――p38「わたしはね、我慢できないんですよ、いいたいことをはっきりいえない女は」
――p79いまここにいる人たちは、お互いいやな思いをしないよう、みんな仮面をつけているのかも
――p101「襲撃はこれが初めてではない」
――p304
【どんな本?】
アメリカの新鋭SF作家エリザベス・ベアによる、西部劇風味の百合アクション娯楽SF長編。
19世紀終盤のアメリカ、ゴールドラッシュに沸く西部の町ラピッド・シティ。カレン・メメリーは16歳。ホテル・モンシェリに住み込みで働く「縫い子」だ。主人はマダム・ダムナブル、縫い子を大切に扱ってくれるが、決して甘やかしはしない。辣腕で抜け目なく、商売柄か町の有力者にも顔が利く。
雨が降る冬の夜、モンシェリに二人の女が逃げ込んできた。一人はメリー・リー、チャイナタウンの有名人で縫い子を助ける運動をしている。もう一人はプリヤ、インド人で歳はカレンと同じぐらい。二人とも傷だらけだ。
すぐに追っ手もきた。率いるのはピーター・バンドル、マダムと同じく娼館で稼いでいる。でも女の扱いは荒い上に、時には見世物にする嫌な奴だ。おまけにアチコチに手を回し、街の支配を目論んでいる。今夜はどうにか追い返したが、奴が持つ変な手袋には不思議な力がある。
気の荒い連中が集う西部を舞台に、正体不明の連続殺人鬼・それを追う(副)保安官とその助手・陰謀を目論む悪党・追われる娘・活動家の中国人などが入り乱れ、女の子が大暴れするアクション小説。
2017年10月20日初版という出版時期の不利にも関わらず、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017海外篇の20位にランクインした。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は KAREN MEMORY, by Elizabeth Bear, 2015。日本語版は2017年10月20日初版。私が読んだのは2017年11月117日の再版。勢いありますねえ。文庫本で縦一段組み、本文約415頁に加え訳者あとがき4頁。8.5ポイント42字×18行×415頁=313,740字、400字詰め原稿用紙で約785枚。文庫本としては厚め。
文章はこなれている。内容も特に難しくない。一応はSFだが、特に難しい理屈は出てこないので、理科が苦手でも大丈夫。それより大事なのは、アメリカの歴史と西部劇の素養。当時の人々の暮らしぶりや、開拓使の有名人の名前が出てくるので、詳しい人には嬉しいクスグリが沢山詰まってる。
【感想は?】
裏表紙にはスチームパンクとあるが、私は西部劇風味のプリキュアと言いたい。
なんたって、舞台がモロに西部劇だし。時は19世紀終盤、南北戦争の記憶も新しい頃。場所は西海岸の(架空の)ラピッド・シティ、ゴールドラッシュでにぎわう港町だ。
一攫千金を狙う荒くれどもが集い、町は賑わっている。新しい国でもあり、南北戦争の傷跡も深く、連邦政府の威光は遠い西部にまでは届かない。そのため、それぞれの町は自治に任せる羽目になる。まっとうな者が治めているならいいが、悪党が権力を握ったら…
そんな具合だから、お尋ね者が潜り込むには都合がいい。ネズミが潜り込むなら、ネコも追いかけてくる。この話だとネズミは正体不明の連続殺人鬼、ネコは副保安官バス・リーヴズとその助手トモアトゥーア。雰囲気は猫というより狼だけど。
ちなみに副保安官って肩書はあまり偉くなさそうだが、バス・リーヴズで調べると、全然違う。ローン・レンジャーのモデルとなった人で、凄腕の連邦保安官だ。今でいうFBI捜査官だろう。日本の刑事ドラマなら、本庁から派遣されたエリート刑事にあたる。
そんな西部劇の見どころはガン・ファイト…と言いたいところだが、ここは幾つかヒネってあって。
中でもマニアックなのが、馬。主人公のカレンが馬に特別な想いを抱いていて、バス・リーヴズが連れた馬に彼女が出会う場面が、一つの読みどころ。彼女が馬をどんな目で見ているのか、どんな気持ちを抱いているのか、ひしひしと伝わってくる。
また、当時の人々の暮らしを細かく書いているのも、地味ながら楽しいところ。海が近いからシーフードも多いし、チャイナタウンがあるから中華風の食材もある。蒸しパンときたかw 「縫い子」なんて言葉でわかるように、身に着ける物も生地や柄はもちろん、靴の履き方まで実に細かく書いてある。
とかのマニアックな描写だけでなく、有名な人もチラホラ。先のバス・リーヴズに始まり、カラミティ・ジェーン(→Wikipedia)やアニー・オークレイ(→Wikipedia)など、どこかで聞いた事のある名前を散りばめてある。当然、本好き向けのクスグリもあって…
と、西部の雰囲気が満載ながら、今風に捻ってあるのがおわかりだろうか。
バス・リーヴズは黒人。相棒のトモアトゥーアはコマンチェ。メリー・リーは中国系の女。プリヤもインドの少女。語り手のカレンも少女だし、カレンと共にバンドルに挑むモンシェリの面々も色とりどり。
いずれも、従来の西部劇では無視されてきた人々だ。荒くれどもに踏みつけられ、食い物にされてきた立場の人々を、主人公カレンの目線で描いているのが、この作品のもう一つの特徴。私はクリスピンが好きだなあ。いや別に髪型に親近感が沸いたわけじゃないぞ。違うったら。
そんな中で、かぐわしく漂う百合の香りが、これまたたまんない。何せ時代が時代だけに、世相はそういう関係を歓迎しない。それだけに、カレンとプリヤもためらいがちに心を寄せ合ってゆく。いいねえ、青春だねえ。
だけじゃなく、「女のこだって暴れたい!」のがプリキュア。初代ならカレンがキュアブラック、プリヤがキュアホワイトかな。特に中盤から終盤にかけて、カレンが大暴れするから楽しみにしよう。
スペースオペラの原点、ホースオペラ=西部劇を題材としながらも、忘れられがちな人々を中心に配し、少しだけ「あったかもしれない技術」を交えながら、百合風味を利かせた楽しく爽快な娯楽アクション作品だった。
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