クリストファー・プリースト「隣接界」新☆ハヤカワSFシリーズ 古沢嘉通・幹瑤子訳
「正三角形だった。頂点は直線で構成されており、少しのずれもなかった」
――第一部 グレート・ブリテン・イスラム共和国「想像力が死ぬとき、希望も死ぬのだ」
――第二部 獣たちの道「ドイツ軍もいない、敵もいない、ただ自由な空気と空があるだけ」
――第五部 ティルビー・ムーアブラチョウスは宗教を持たない島である。宗教的発言は大目に見てもらえるが、奨励されているわけではない。
――第七部 プラチョウスカメラマンの仕事は、けっして自分がしたことではなく、自分が見たものにまつわる。
――第八部 飛行場
【どんな本?】
イギリスのベテランSF/ファンタジイ作家クリストファー・プリーストによる、最新長編小説。
近未来。ティボー・タラントは、カメラマンだ。看護師である妻のメラニーと共に、内戦下のトルコで働いた。だが戦闘に巻き込まれメラニーを喪い、失意を抱えて国に帰ってきた。母国イギリスは大規模なハリケーンに痛めつけられ、またテロも頻発し、緊張感に包まれている。軍用の人員輸送車で当局に連れまわされるタラントは…
舞台は変わり、時は第一次世界大戦。ベテラン奇術師のトムは、王室海軍航空隊に徴用され、フランスへ向かう。既に兵として役に立つ歳でもなく、軍の意図をいぶかしむトムだが、任務の内容は現地に着くまで教えてもらえない。英仏海峡を渡る船の中で、トムはバートと名乗る同年配の男と知り合い…
近未来のイスラム化したイギリス、第一次世界大戦の膠着した塹壕戦、第二次世界大戦の空軍基地、そして夢幻諸島と、幾つもの舞台を渡り歩く、幻想的な長編小説。
SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017海外篇で堂々のトップに輝いた。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Adjacent, by Christopher Priest, 2013。日本語版は2017年10月25日発行。新書版で縦二段組み、本文約558頁に加え、古沢嘉通による訳者あとがき3頁。9ポイント24字×17行×2段×558頁=約455,328枚、400字詰め原稿用紙で約1,139枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。
文章はこなれている。内容も、SFガジェットは少ないし、特に科学的に難しい理屈も出てこない。ただし、わかりやすいかと言うと…
【感想は?】
うーむ、わからん。
たぶん、この作品を楽しむのに必要なのは、理科ではなく国語の素養だ。でもって、私にはソレが徹底して欠けている。
いや、お話のスジはわかるのだ。というか、この作品の中には、幾つかの(半ば独立した)小説が入っている。その「半ば独立した小説」のスジは、だいたいわかるし、それぞれ楽しめる。また、作品内小説は少しづつ関係していて云々、というのも見当がつく。
タイトルが「隣接界」だし、奇術師がそのタネを説明するあたりでは、「何かヒッカケてるんだろうなあ」とは思う。が、何をどうヒッカケてるのかまでは、読み解けなかった。
比較的にSFっぽいガジェットとしては、まずタラントが乗る人員運搬車メブシャーだろう。
いわゆる装甲車で、無限軌道ではなくゴツい車輪を履いてるやつ(→Wikipedia)。これだけなら今でもあるが、エンジンがガスタービンって所がSF。とにかく甲高いエンジン音がうるさいのが特徴の一つで、タラントも散々に悩まされている様子。
タラントが使うカメラも、なかなか便利で、撮ってすぐネットにアップできる優れもの。メーカーがアレなのは、ちょっと嬉しかったり。
タラントのいる近未来のイギリスは、たびたびハリケーンに襲われている様子。たまたま、これを読んでいる時は、日本の各地に大雨注意報が出ていて、テレビも各地の河川が暴れる模様をしょっちゅう映していた。そういう点では、異常気象の恐ろしさが肌で感じられて、タイミングは良かったなあ。
挨拶が「インシャラー」や「平安あれ」だったり、兵の名前がイブラヒムだったりするあたりは、イギリスがイスラム化している雰囲気を出している。タラントがどこに出入りするにも、いちいち権限の有無を尋ねられる場面では、小うるさい役人根性というか、異様な秘密主義の匂いが強く漂う。
第二部の奇術師トムのパートでは、SFファン大喜びのゲストが登場して、闊達な魅力を振りまいてくれる。イギリス軍ってのは、ときおりフリーダムな発想を見せる所で、第二次世界大戦でドイツ軍のエニグマ暗号を解読する際にも、クロスワード・パズルのマニアとか色々と奇想天外な人を使ってたり。
奇術師が戦争で何の役に…ってのは、この辺(ちょいネタバレ)を読んでると、少し見当がつく。軍ヲタとしては、ドイツ軍の秘密兵器(→Wikipedia)がチラリと出てくるのが嬉しかった。
それ以上に軍ヲタが喜ぶのが、「第五部 ティルビー・ムーア」。主人公は英国空軍の整備兵。彼が面倒を見ているのは、重爆撃機ランカスター(→Wikipedia)で、ドイツへの戦略爆撃に従事している。ランカスターの活躍を描いたレンデントンの小説「爆撃機」を思い出しながら読んだ。
が、ここで最も美味しい所をさらっていくメカは、やっぱりアレ(→Wikipedia)なのは仕方がないか。イギリス人なら、どうしたって贔屓するよね。ただし、少しヒネってある所がマニアック。
また、主人公の相方の運命も、軍ヲタを唸らせる仕掛けなのが憎い。あの国であの立場だと、やっぱりあの事件(ちょいネタバレ、→Wikipedia)に巻き込まれ…。終戦間際にも壮絶な事件(ちょいネタバレ、→Wikipedia)があり、戦後もアレだし、なにかと厳しい歴史を背負った国なんだよなあ。
などと、SFというより軍ヲタとして、散りばめられた小ネタが楽しい作品だったけど、こういう読み方する人は少ないと思う。リアルで凄惨なネタに気を取られてしまったためか、幻想世界との頭の切り替えがうまくいかなかったし。
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