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2018年7月26日 (木)

松崎有理「5まで数える」筑摩書房

「…かくして、すべての生体実験はヒトのみで行われることになりました」
  ――たとえわれ命死すとも

「疑似科学測定三原則。1.反証不可能性。2.検証実験への消極性。3.自己修正機能の欠如」
  ――やつはアル・クシガイだ 疑似科学バスターズ

「魔法はけっして起こらない」
  ――バスターズ・ライジング

亜熱帯性気候から白い肌を守りたい。
  ――超耐水性日焼け止め開発の顛末

【どんな本?】

 「あがり」で2010年の第一回創元SF短編賞に輝き、その後も順調に執筆活動が続く新鋭作家・松崎有理によるSF短編集。

 この世界とは少し違う世界で医学研究に勤しむ人々を描く「たとえわれ命死すとも」、疑似科学を扱う連作「やつはアル・クシガイだ」「バスターズ・ライジング」、囚人たちの脱走を描く「砂漠」、少年の目線で数学を見つめなおす「5まで数える」、オチが見事な掌編「超耐水性日焼け止め開発の顛末」など、バラエティ豊かな作品が味わえる

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017国内篇の20位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年6月10日初版第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約236頁。9ポイント43字×20行×236頁=約202,960字、400字詰め原稿用紙で約508枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。多少ソレっぽい言葉も出てくるが、「何か専門的な事を言ってるんだな」程度に思っていれば充分に楽しめる。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

たとえわれ命死すとも / 「ちくま」2016年4月号~6月号
 彗星病。50年周期で流行る感染症で、小児の致死率は六割にも及ぶ。ヒト以外には感染しない。病原体の実態は未だつかめていない。実験医となった大良は、感染症研究班の第五班に配属された。動物実験は禁止されているため、治療法を確かめるには、自らを実験とするしかない。
 動物実験の禁止など、今とは少し違った世界で、感染症の撲滅に挑む医学者を描く。私が気にいったのは、同じ目的に対し、それぞれの研究者が取るアプローチの違い。
 目標に向かって一直線に突き進もうとする若い大良のいらだちもわかるし、他の研究者たちの一歩退いた、だがより広い視野に立った方法にも納得する。と同時に、現代の医学が、とても裾野の広い研究に支えられていることが伝わってくる。
やつはアル・クシガイだ 疑似科学バスターズ / 「ちくま」2016年7月号~9月号
 疑似科学バスターズ。ノーベル賞ダブル受賞のワイズマン博士、「モヒ族さいごの呪術師」の二つ名で有名な奇術師ホークアイ、そしてプラカード持ちのマコト。ペテン師いる所に彼らは現れ、その手口を暴いてゆく。今回の相手はアル・クシガイ。
 いいねえ、疑似科学バスターズ。わが国でも、ぜひ結成して活躍していただきたい。科学者には何人か協力してくれそうな人がいるけど、奇術師は探すのに苦労しそう。集団ヒステリーは、最近の日本でも起きそうで怖い。にしても、アメリカ人ってのは、なんだってアレが好きなんだか。
バスターズ・ライジング / 書き下ろし
 二度のノーベル賞に輝いたワイズマン博士は、研究を引退すると発狂した。今後は疑似科学を撲滅するために力をつくす、と。同じころ、自称超能力者のロクスタ師は、ステージを成功させていた。同様に、ライバルはの奇術師ホークアイ、自称「モヒ族さいごの呪術師」も。
 疑似科学バスターズ結成のお話。ホークアイ、酔いどれパディ、リズなどの人物像が、鮮やかに立ち上がってくると同時に、それぞれの役割に説得力を与える作品。確かに理詰めだけじゃ巧くいかないんだよなあ。にしてもギデオンは可哀そうw
砂漠 / 書き下ろし
 護送機は、砂漠に墜落した。生き残ったのは六人の少年。いずれも犯罪で捕まった連中だ。麻薬取引、放火、冤罪、連続強姦、詐欺、そして殺人。困った事に、全員が手錠で繋がれている。近くの町を目指し、彼らは歩き始めるが…
 極限状態で放り出された六人の悪党の中で、生き残るのは誰か。みんなが手錠で繋がれているってのが、面白い仕掛け。放火犯の使い方には笑った。確かにこの状況じゃ、この技能は便利だよね。
5まで数える / 書き下ろし
 九月。アキラは五年生になり、先生も変わった。ファン先生、若い女の人だ。最初の授業は数学。でもアキラは数学が苦手で、頭が痛くなる。アキラのお父さんは腕のいいディーラーで、巨大カジノで働いている。ディーラーは計算ができなきゃ駄目なのに、アキラは…
 世にも珍しい数学ファンタジイ。算数と数学の違い、障害を持つ者の悩み、引っ越しの不安など、多くののテーマを盛り込みながら、巧みにまとめた心地よい作品。にしても、いい先生に恵まれたなあ、アキラ君。私はセント・アイヴスにまんまとひっかかった。でもいいんだ、その方が作品を楽しめるし←をい
超耐水性日焼け止め開発の顛末 / Web「IHI空想ラボラトリー」2015年9月24日公開開始
 今日も暑い。日焼け止めを塗っても、汗で流れ落ちてしまう。営業あがりの開発部長は、呑気に「水に強い日焼け止めがほしい」なんて言う。無茶言うな、と思ったが、おもしろそう、などとも考えたのが運のツキ。ヨーコに開発が任され…
 五頁の掌編。オチのキレは鮮やか。国際スキンタイプ分類なんてあるのか。松崎しげるはきっと六段階の六だな。他にもアクリル樹脂とかほにゃらら酸とか、ソレっぽい言葉を散りばめながら、このオチかいw

 短編に現代医学の歴史を詰め込んだ「たとえわれ命死すとも」もいいいが、グレッグ・イーガンとは全く異なったアプローチで数学を扱った「5まで数える」も、その視点の見事さに脱帽してしまう。「超耐水性日焼け止め開発の顛末」も、オチが鮮やか。

 どれもネタをハッキリと示さないのが、この人の芸風なんだろうか。知らなくても話を楽しむには問題ないし、知っていればニヤニヤできる、ちょっとした読者サービスかな。

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