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2018年6月12日 (火)

シルヴァン・ヌーヴェル「巨神計画 上・下」創元SF文庫 佐田千織訳

それは千キロメートル上空からでさえ、大きな手のように見えるんだ。
  ――上巻p192

「科学者ならあのようなことをやめるのは無理だ」
  ――上巻p312

これがいま起こっていることのすべてであり、これがあんたたちの成人式だ。
  ――下巻188

【どんな本?】

 サウスダコタの田舎の地中から、7メートルほどの「掌」が見つかる。

 素材はイリジウムを主とした金属製だが、重さは大きさから予想される値の1/10ほどしかない。鮮やかな青緑色に輝いているが、動力源は見当たらず、しかも光が減衰する様子はない。出現場所は真四角の壁に囲まれ、壁面には青緑に輝く記号が並んでいた。この壁の光も動力源は不明で、減衰は認められない。放射性炭素年代測定によると、できてから少なくとも五千~六千年は経っている。

 それから17年。

 発見した11歳の少女ローズ・フランクリンは物理学者となり、再び「掌」に関わる羽目になる。シリアとの国境に近いトルコ領内で、前腕部が見つかったのだ。「掌」は、巨大な人型ロボットのパーツらしい。

 地球のアチコチに隠された巨大ロボットのパーツを求め、秘密プロジェクトが動き出す。同時に、ローズを中心として、巨大ロボットの謎を探る計画も。

 だが、世界の国は親米国ばかりではない。やがてロボット探索計画は国際的な緊張を招き、またロボットに隠された未知のテクノロジーも想定外の状況を引き起こす。

 謎の巨大ロボットを巡る事件を、国際的なスケールで描く、SFエンタテイメント小説。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017海外篇で10位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SLEEPING GIANTS, by Sylvain Neuvel, 2016。日本語版は2017年5月12日初版。文庫本で上下巻の縦一段組み、本文約319頁+247頁=566頁に加え、渡邊利通の解説7頁。8ポイント42字×17行×(319頁+247頁)=約404,124字、400字詰め原稿用紙で約1,011枚。文庫本の上下巻としては標準的な分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。何はともあれ、オーパーツ的な巨大ロボットの話なので、そこでノれるかどうかが大事。

【感想は?】

 解説によると、三部作の開幕編だとか。確かにジワジワと盛り上がってきて、アッと驚く展開で終わる。

 お話は、謎の人物「インタビュアー」が、それぞれの関係者の話を聞く形で語られる。あの怪作「WORLD WAR Z」と同じ形式だ。次第に事件の全貌が浮かび上がってくる語り口は、この作品に相応しい。

 なんたって、巨大ロボットだ。それだけでワクワクする。なかなかロボットが全貌を見せないあたりも、山田政紀の「機神兵団」やTVアニメ「宇宙戦艦ヤマト」みたいで、重量感のようなものを感じさせる。もったいをつけながら少しづつ謎を明かしていくあたり、新人とは思えぬ語り口の巧さだ。

 開幕してしばらくは、世界各地でちょっとづつパーツが見つかってゆく下りが、もうそれだけで気分が盛り上がってくる。と同時に、秘密プロジェクトのメンバーのキャラクターが見えてくるのも、憎い工夫だ。

 メンバーの中でも、最も光っているのが、合衆国陸軍の三等准尉でヘリパイロット、カーラ・レズニック。

 パイロットとしての腕は最高なんだが、とにかく性格に難ありな人。職務には生真面目なんだけど、やたらヘソ曲がりで攻撃的でつっけんどんで、人と距離を置きたがる。どう考えても、同僚や上官に気に入られるタイプじゃない。が、腕と熱意と実績を買われたんだろうなあ。

 これで眼鏡っ娘なら私の趣味的には完璧なんだが、パイロットってのは目を大切にする種族で…。

 お堅く陰険なカーラとは対照的なのが、やはり合衆国陸軍の二等准尉ライアン・ミッチェル。陽気で気さくなアメリカン・ボーイで、場の空気を読むのに長け誰とでもすぐに友だちになるタイプ。何の因果かカーラと組む羽目になり、パーツの探索じゃ生死をともにする立場に。

 陰険カーラと陽光ライアン、対照的な二人のコンビはいかに。

 ちなみに准尉って階級、ちとややこしくて。小さな軍だと、功績のあった下士官が昇進するか、または士官学校を卒業したての新人士官が最初に与えられる階級だ。が、合衆国陸軍ぐらい大きいと、士官とも兵卒とも独立した階級で、専用の准士官学校がある由が、ライアンの語りでわかる。

 カーラ&ライアンとは別の意味で強烈なのが、遺伝学者のアリッサ・パパントヌ。

 この人のキャラクターは、学者魂炸裂どころか、次第に見えてくるのは、この手のSFには欠かせない大事な属性で。あまりカッコいい役じゃないんだが、映像化する際にはベテランの強烈な個性を持つ役者でないと務まらない、ある意味、この小説の焦点でもある大切なお方。続編でも活躍を期待してます。

 微妙に著者を投影していそうなのが、記号の解読に挑む言語学担当のヴィンセント・クーチャー。

 BBとか、何かとオタクなネタが漏れてきて、妙に親しみが湧く人だけど、注目してほしいのは、著者と同じカナダのケベック州(→Wikipedia)出身って所。ここはフランス語を話す人が多く、独立の機運もあり、アメリカ・カナダ両国に対し複雑な感情を抱いている土地。

 ヴィンセント自身は穏健派っぽいが、登場人物の多くが持つアメリカ中心の考え方には、微妙な気持ちを見せる場面がチラホラ見えてきたり。

 こういう「世界はアメリカだけじゃないんだぞ」な想いが、ロボットのパーツを集める所や、その後の展開でも、チョロチョロと漏れてくるのも、ケベック人らしい隠し味と言うか。前腕部が見つかるトルコ・シリア国境付近もそうだし、その後も軍事的にかなりヤバい土地が出てきたり。

 冷戦時代にもソ連上空に超音速偵察機を飛ばす(→Wikipedia)なんて無茶やらかした米軍のこと、この小説でも世界各国で何かとやらかすから相変わらずでw

 とかの小難しいネタに一喜一憂してもいいけど、基本は「オーバー・テクノロジーな巨大ロボットが見つかって」なんてヲタク心を震わせるお話。文章は読みやすいし、語りも巧み。子供に戻って、楽しみながら読もう。

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