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2018年6月22日 (金)

エドワード・ケアリー「アイアマンガー三部作1 堆塵館」東京創元社 古屋美登里訳

「安全ピンの叫び声が聞こえたんです」
  ――第1章 なんの変哲もない浴槽の栓

「わたし、ほかにはなにも持っていないの! なにひとつ持っていないのよ! 自分の物はひとつも」
  ――第13章 口髭用カップ

「これがあれば自分が何者かがいつもわかるだろう」
  ――第19章 大理石のマントルピース

【どんな本?】

 イギリスの作家エドワード・ケアリーによる、グロテスクでユニークで奇想天外な10代の少年少女向け長編ファンタジイ。

 時は19世紀後半、場所はロンドン郊外のフィルチング区。そこは大量のゴミが山を成す巨大なゴミ捨て場だった。ゴミの山の中央に、堆塵館がある。ゴミで財を成したアイアマンガー一族が住む館。

 一族の者は、生まれた時に特別な品物「誕生の品」を贈られる。それはドアの把手だったり、安全ピンだったり、曲がった鉗子だったり、首つり用ロープだったり、踏み台だったり。誕生の品は、常に肌身離さず持っていなければならない。

 若きアイアマンガーの一人、クロッドは15歳。誕生の品は排水口の栓。栓には名前がある。ジェームズ・ヘンリー・ヘイワード。それが判るのはクロッドだけ。クロッドには物の声が聞こえるのだ。

 堆塵館に住まうのは、二種類のアイアマンガー。純血のアイアマンガーが君臨し、その血を引く混血のアイアマンガーが仕え働く。その日、一人りの少女が、フィルチングから館に連れてこられた。名前はルーシー・ペナント。両親を喪い、孤児となったルーシーは、これから堆塵館で働くことになる。

 やがてクロッドとルーシーは、堆塵館に大きな騒ぎを引き起こし…

 不思議な音感の言葉をふんだんに織り込み、リズミカルな文章で異様な人々と事件を、先の読めない驚きの連続な展開、そして著者自らのイラストで綴る、娯楽長編ファンタジイ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は IREMONGER BOOK 1 : HEAP HOUSE, by Edward Carey, 2013。日本語版は2016年9月30日初版。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約388頁に加え、訳者あとがき9頁。9ポイント44字×20行×388頁=約341,440字、400字詰め原稿用紙で約854枚。文庫本なら厚い一冊分。

 文章は翻訳物とは思えぬ読みやすさ。たぶん原書の文章にも微妙なリズムがあるんだろう。このリズムを巧みに日本語に写しとっている。お陰で心地よく読める反面、「あれ、なんか今、大変な事が起こったよね?」と何度も同じところを読み返す羽目に。

 少年少女向けのためか、難しい理屈は出てこない。ただしファンタジイなので、常識じゃありえない事が度々おこる。子供に戻って頭を柔らかくして読もう。

【感想は?】

 読むミュージカル。

 少年少女向けとはいえ、翻訳物だ。言葉の選び方や、文章のリズムなどで、普通は多少ぎこちなくなる。が、この作品は、なんかリズムのようなものを感じるのだ。リズムというよりグルーヴが近いかも。

 中でも私が脱帽したのは、執事スターリッジが歌で自己紹介する場面。

「私は管理者、あるべき場所に物を置く。箒と塵取り、磨いては叱る。ご機嫌いかが?」
  ――第7章 鼈甲の靴べら

 全然キャラは違うけど、私はここで映画「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」のドS歯医者を思い浮かべた。あ、86年のリメイクの方です。あと、ロッキー・ホラー・ショーでバイク乗りのエディが登場する場面。いやいずれも雰囲気は全く違うんだけど、変な奴が続々と出てくるのが共通点かな?

 とかの文章に乗って登場するキャラクターたちは、イギリスのファンタジイらしくケッタイな奴ばかり。

 主人公のクロッドからして、体が弱く暗くイジケた性格の小僧な上に、物の声が聞こえるという変な能力を持っている。バトル物なら、この特殊能力が何かの役に立つかもしれないが、生憎とそんな単純なお話じゃない。

 従兄のモーアカスはいばりんぼのいいじめっこ。乱暴な奴で、コイツに見つかったらタダじゃ済まない。小うるさいロザマッド伯母さんの誕生の品はドアの把手。不愛想で子供たちの粗さがしに余念がない。いるよね、こういう小言オバさん。

 でも少しは気が合う人もいる。従兄のタミスは二つ年上。大人しくて生き物が好きだが、一族から軽んじられている節がある。伯父のアライヴァーは医師。落ち着いていて理知的だから、珍しくマトモな人かと思ったら…。そういうアレな所も含めて、私はアライヴァーが気に入った。

 そんな変人ばかりが住む堆塵館は、屑山に取り囲まれている。

 最近の世の中は安全意識が高まってて、危ない場所は有刺鉄線などで囲み子供が入れないようにしてある。でも私が幼い頃は廃材置き場みたいなのが近所にあって、悪ガキどもの遊び場になってた。今から思えば無茶苦茶な時代だw

 そんな悪ガキの血が騒ぎだすのが、屑山を描く場面。なんだが、近所の廃材置き場なんて甘っちょろいシロモンじゃない。見渡す限りのゴミの山で、毒ガスが噴き出してくる。足元も安定しておらず、崩れたり大きな穴が隠れてたり波打ってたり。

 想像がつかなかったら、「スモーキー・マウンテン」で画像検索してみるといいかも。

 そんな舞台で繰り広げられるドラマも、これまた奇妙奇天烈なエピソードがてんこもり。そもそも「誕生の品」からして、何の意味があるのやら。

 風呂の栓や安全ピンぐらいなら、役に立たないまでも、少なくとも邪魔にはならない。でも、これが片手鍋や踏み台やブリキの如雨露は、ちと邪魔くさい。なんだってそんなモンを持ち歩かにゃならんのか。それでも持ち歩けるならまだマシで…

 そんな彼らアイアマンガー一族が、後生大事に守るケッタイなしきたりの数々は、今でも残るイギリスの貴族制度を皮肉っているのかな?

 もっとも、そういう小難しい事を考えなくても、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」から続く、イギリスのナンセンス・ファンタジイの豊かな地脈の色合いが濃いかも。独特のリズム感があるあたりは、マザー・グースの香りも少々。

 変テコな舞台で変テコな者たちが変テコな信念に基づく変テコな儀式を繰り広げつつ、アッと驚く展開で目まぐるしく話が進んだ末、「なんだってー!」な場面で第一部は終わる。気の短い人は、第三部の「肺都」まで揃えてから読み始めよう。でないと、屑山の悪夢に悩まされるかも。

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